死告げ童
高校の帰り道。夕暮れの河川敷を、わたしは親友のかなこと歩いていた。
「おじいちゃんが死んでから、もう一ヶ月も経つんだ」かなこは言った。「入院が長かったからさ。死んじゃったんだって実感がなくて」
かなこの祖父は寝たきりで死期を待つばかりだった。会話らしい会話ができなくなってからも、彼は二年ほどその命をどうにか生きていた。家族にとっては、別れを覚悟する時間などたっぷりあったらしい。
「葬式も、そのあとのことも、まるで準備万端ではじまったイベントみたいでさ。こんな言いかたはしたくないけど、やっと終わったんだ、っていう空気感を家族みんなで共有していた変な感じだったよ」
「そっか……」
わたしはつまさきで小石を蹴った。
ふと、思い出したことを口にしてみる。
「そういえばさ。一〇年前だけど。わたしのおばあちゃん、近所の公園で倒れて死んじゃったって話、覚えてる?」
「ああ、そうだっけ。なーんとなく、覚えてる。急に倒れたんだよね」
「あのときさ。散歩の途中で、ベンチに座ってて。——公園にはたくさんの親子連れがいたり、子供たちが遊んでたんだけど。ひとりだけ、変な子がいたの」
「どんな?」
「夏の暑い日なのに、黒い着物に、彼岸花の帯を巻いた、おかっぱの女の子」
「えー、祭りの帰りとかじゃないの?」
「どうだろ……」
そのときわたしは、ベンチで祖母に訊いた。
あの子、どうしてあんなに暑そうな格好をしているの?
すると祖母は言った。
みーんな半袖じゃない。だれも暑そうな人なんかいないわよ。
着物の女の子は、こちらを指差した。
あれはきっと、祖母を指差したはず。
ねぇ、おばあちゃん、あの子こっちを指差しているよ——わたしが言って、おばあちゃんの服をつまんだ。なんだか、こわかったんだ。
しかし返事の代わりに聞こえたのは、骨肉の細い老体が倒れる音だった。
「それから救急車さわぎになって、女の子のことはどうでもよくなったのよね——公園からいなくなったのか、ずっとこちらを見ていたのか——なにも覚えてないの」
「それってさ」かなこが慎重な口調で、「死告げ童じゃない?」
「え、なにそれ。座敷童じゃなくて?」
「それとは別だと思う。もうすぐ死んでしまう人のところに現れて、その死を伝える存在」
「妖怪みたいなもの?」
「幽霊——、死神、まぁ、なんとでも言えちゃうけど、その子が殺すわけじゃなくて、もうすぐ死んじゃうよ、って教えてくれるだけの存在なんだとか」
「へぇ、かなこ物知りだね」
「弟が百物語みたいな本持っててさ、最近読んじゃったのよ」
「わたし、ホラーとか苦手だからさ。まぁ、自分が経験した心霊体験みたいなのも、その黒い着物の女の子くらいだし」
もしかしたら、夢と記憶が混ざっているだけなのかも。そう思いながら、わたしは、別の話題に切り替えようとした。
「すいません」杖をついた老人とすれちがうと、むこうが声をかけてきた。「靴を直してもらいたいんだけど、商店街はここをまっすぐですか?」
商店街は、ここからだと電車を一本乗らないと行けない。雰囲気からして認知症なんじゃないか、と肌で感じる。
「えと……」わたしが答えようとすると、
「そうですよ、ここをしばらく行くと、ありますから」かなこが答えた。
「ありがとうございます」老人は礼をして、ふたたび歩きだす。
「いいの?」わたしは小声で、かなこに耳打ちした。
「あれ、たぶん徘徊だよ。きっとまた、だれかに道を訊くから下手に関わらないほうがいいよ」
「そ、そっか……」
さて、帰ろうか、という気になったとき。別れたはずの老人が、背後からこちらに声を投げてきた。
「ありがとうね、そこのちいさい子も、指を差して道を教えてくれて」
翌日もわたしたちは河川敷を通って帰ろうとしたが、通行禁止になっていた。警察と救急車のすがたもあり、とても近づける雰囲気ではなかった。
杖をついた老人が転び、アスファルトで頭を打って、死亡してしまったと、その日の夕方、地元のニュース番組で報じられていた。
〜死告げ童〜