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未収入者→社会不適合者

なんだかよく分かんないけど、ハイタッチとクラッカーが楽しかったな。

ルツは、理由がはっきりあって「はーい、今日から国はありませーん」というのを想像していたから、理解したい気持ちが萎んでしまっていた。それでも大きな収穫があった。森羅(しんら)が作ったアプリがお化けのようなとんでもない存在になっていたこと。

たぶん、警察に追われたのって、あれが原因だよね。アプリ作る前になんとかしようって思ったけど、そんなめっちゃ世の中に影響があるものだったら、どーすればいーんだろ。でもでもでも、モリーが森羅だってことは分からなくしなきゃ。


ルツはイスに寝転んだまま目を開けていた。


「ハーイ」


イスがあるのは、休憩室のようなスペースの一角。そこにコノハナサクヤヒメさんが、アップルタイザーを2本持ってきてくれた。


「「ありがとうございます」」


森羅はすでにイスを離れ、窓辺で景色を眺めていたようだった。2人でアップルタイザーを飲む。


「どうでした? 私も昔、このVRでみみず爆弾を味わったの。そのころはアップルタイザーの味や舌で泡が弾けるところまではできていませんでした。今は、神経に作用するよう機能が追加されているそうですね?」

「ヒメさんも、これを経験されたんですね」

「ええ。次の、通貨がなくなるVRは、結構メンタルが落ちるの。アップルタイザーを飲んで、ちょっとだけ覚悟してから挑んだ方がいいと思います」

「「?」」

「あまり繊細な人向きではないのです。製作者の意図としては、弱者の気持ちを味わって欲しいというのがあって。だから、途中で落ち込んだら、そういったコンセプトで作成されたVRだってことを思い出してください」


前置きが怖い。



【A.C.2547年 通貨及びそれに準ずるものの廃止】


イスに寝転んで目を閉じ、始まったところは、汚部屋だった。

お腹が空いて、自分が汗臭くて、生ゴミの臭いがする8畳くらいの部屋だった。ベッドから起き上がると、枕周辺には抜けたままの髪の毛が何本もあった。ルツはそれに眉をひそめ、髪の毛を拾う。

臭いが気持ち悪くて窓を開けた。けれど、窓の外は隣の建物の壁。新しい空気はほんの少ししか入らない。


「ハウスキーパー? お名前は?」


ナニーのようなAIがいるかなと呼びかけてみたけれど、返事はない。仕方なく、ルツはゴミを片付け始めた。それにしてもお腹が空いた。

そんなとき、左手の中指で指輪が光った。

え、何これ。私、指輪は森羅にプレゼントされたものを最初にするって決めてるのに。

ルツは指輪を外そうとした。すると、A4程度の大きさの画面が空中に開き、文字が表示された。


「こんにちは リングです」


おおー。これ、今までに見てきたやつじゃん。へー。私って、24歳の設定なんだ? 未成年では不都合なVRなのかな。飲酒とかエロいことに巻き込まれるとかあるのかも。期待大。


「ルツ 24歳

 美化税が支払われていません。

 酸素税が支払われていません。

 eデータ使用税が支払われていません。

 住民税は免除されます。

 ライフライン登録を行なってください。

 未収入面接のための訪問は本日14時です」


ひたすら耳慣れない言葉が、画面に映し出される文字と共に、音声となって流れてくる。現在の時刻は13:40。ルツは考えた。

14:00の訪問面接に合わせて、VRのプログラムが作られてるっぽい。13:40か。7分あればシャワーを浴びられる。

ルツはシャワールームに入った。

げっ。

カビの臭いがする。そして、電気が点かない。どーなってる? 暗闇に目が慣れてくると、僅かな光の中、電球に相当するものがないと分かった。水は出た。温かくする方法は分からない。シャンプーっぽいものはあった。とりあえず、水でシャワー。髪の毛がギシギシした。けれど汗臭いよりはずっとマシ。着替えもどこにあるのか分からない。クローゼットの中の全てがくしゃくしゃの布で、よく分からなかった。気持ち悪いと思いながら、着ていたものを再度身につけた。

ドライヤーがあったのは奇跡。髪を乾かす。

空気が悪いし暗いので、玄関のドアを開けてみた。建物の通路には、ゴミ袋やよく分からない箱が積み上げられていた。それはルツの部屋の前だけではなく、両隣も。


「こんにちは」


玄関前のゴミをどうしようか困っていると、白いシャツに青いボトムスの男の人が訪ねてきた。


「こんにちは」


ルツは挨拶を返す。


「本日14時から訪問予定のサミュエルです。ルツさんですか?」

「はい」


到底人を招き入れるような部屋ではないし、女性が男性を不用意に部屋へ招き入れるのはよくない。けれど、VRだから従った。


「未収入面接をしたいのですが。では失礼します」


日本ではないので土足。2人がけのダイニングテーブルのイスを勧めた。テーブル周りにあったゴミはビニール袋に入れてトイレに避難させてある。キッチンのシンクの洗い物はまだ手付かず。


「ルツさん、大丈夫ですか? 今の社会では未収入者は大勢います。気に病むことはありません。(うつ)症状など出ていませんか? もしそうであれば、病院を紹介します」

「大丈夫です」


ちゃうちゃう。それより、ゴミの分別と曜日を教えて欲しい。あ、そーだ。さっきのなんちゃらが支払われてないってゆーの、聞いてみよ。

ルツは、リングでメッセージを表示させて、どうすればいいのか尋ねた。


「ふむふむ。はあ。まあ、そうですよね。聞いてくださってありがとうございます」


なんでこっちがお礼言われるんだろ。


「?_?」

「未収入者は社会不適合者が多く、社会システムから零れ落ちて飢餓で死体となって発見されることが相次いでいます。ルツ様は少なくとも、人に尋ねるというアクションをされました。社会に適合しようという姿勢が見られます」


へー。


「まず、住民税が免除されるのは、昨年未収入だったからです。美化税と酸素税とeデータ使用税は、ライフライン登録を行うことにより免除となります。ライフライン登録をすれば、生きるための最低限が提供されます。もともと、水と電気は無料。使用料を気にせず電気を点けてください。ささ、どうぞ」


ルツは指摘されて初めて気づく。

バスルームが暗すぎて、ダイニングテーブルの上の電気点けるの、忘れてたよ。


ゴミはマンションの1階に収集場所があり、いつでも利用できると教えてもらった。そしてライフライン登録とやらをその場で行った。それによって、使えるお金がリングで起動できるアプリにチャージされた。


「コンビニってどこですか?」

「コンビニとはなんでしょう」


マジか。ここ、コンビニないの?


「では、ここはどこですか? 国は?」

「ルツ様、大丈夫ですか? 連邦内は国に分かれていません。もう200年以上前から」


そーだった。


「あ。いえ。ワルシャワですか? ヨハネスブルグですか?」

「カイロです」


エジプト?!


「カイロってスフィンクスとピラミッドの?」

「はい」

「サミュエルさん、未収入者が多いってどれくらいですか?」

「7割くらいは未収入世帯です」

「7割も。じゃあ、治安は悪いですよね?」

「別に、普通に出歩けますよ。未収入者はライフライン登録をして生活していますので」

「それって、やっと食べていける程度ですよね?」

「ん? 特別な贅沢をしなければ、十分の暮らしていけると思います。ただ」

「ただ、何でしょう」

「ルツ様もそうだったように、未収入者の中には社会との接点を欠いて、手続きをなさらない人が多いのです。税金についてもです。収入を得るようになっても、社会でのルールにのっとって生活する能力に乏しいと申しましょうか。あ、すみません。ルツ様は大丈夫だと思います」


サミュエルさんは「能力」という言葉を出したとき、はっと口に手を当てた。遣ってはいけない言葉なのだろうとルツは直感した。


「あの。ハローワークはどこにありますか?」


未収入でも暮らせるのかもしれないけれど、職業体験をしてみたい。ルツは好奇心まみれ。

ピラミッド案内とかあったら面白そう。そーだ! せっかくだから、スフィンクスを見に行こ。


「何か資格はお持ちですか?」

「やる気はあります! 体力はあります!」

「ないのですね。資格」

「……はい」

「体力があっても、ロボットには敵いません。ほぼ全ての肉体労働はロボットが行なっています。やる気があっても、最初から全てを知っているAIには敵いません。ほぼ全ての知的労働はAIが行なっています。私のこの仕事も、やっとやっとありついたものなんです」

「職がないのですね?」

「IT分野の高度なスキルがあれば、いくらでも職はあります。私は子供がいるので、なんとなく働く姿を見せたいと思って仕事をしているだけです」

「ご立派です」

「古い考え方ですよね。いつも自問自答しています。自分の人生はなんなのか。金銭を得るために働いているだけなのか。金銭を得るためなら働く必要はないんじゃないか。かといってやりたいことはあるのか。子供に見せる背中は、もっと社会で合理的に生きる姿がいいんじゃないのか」

「サミュエルさん、サミュエルさん、大丈夫ですか?」


なんだかこっちが心配になってきちゃうよ。


「失礼しました。ハローワークはネット上にあります。その他、必要なお店もネットや地図アプリで探してください。できそうですか?」

「はい」

「では、来月、もう一度来ます。その前に分からないことや心の病や様々なことがありましたら、ご連絡ください」

「ありがとうございました」


ルツは元気よく挨拶した。


それから暗転した後、同じ部屋にいた。部屋の中はすっかり片付き、電気が点いて明るかった。生ゴミの臭いがない。玄関を出てみると、玄関外もルツの部屋の前は綺麗になっていた。

おおーっ。

ちょっと満足した後、ふと、森羅が気になった。近くにいるかもしれない。


ピンポーン


隣の部屋のインターホンを鳴らしてみた。知らないお爺さんが出てきた。


「すみません。間違えました」


ピンポーン


反対側の部屋のインターホンを鳴らしてみた。部屋の前にはダンポール箱が積まれ、空き缶やペットボトルが転がっている。酷いありさま。

! 森羅。


「ルツ! ルツ、ルツ、ルツルツルツ」


森羅が涙目で、何度も名前を呼ぶ。


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