恐怖の日本人限定殺人虫
時空を超えた大恋愛の話を期待していたルツは、昆虫の卵に面食らう。
生き物。すぐに環境を整える必要あり。
「ルツと森羅は離れて。原因がまだ分からないから。日本人は危険かもしれない」
何台かのロボットが登場し、コノハナサクヤヒメさんの指示に従って空いている部屋へたくさんの箱を運んでいった。
31世紀のヨハネスブルグでは5日間しか経っていない。けれど、コノハナサクヤヒメさんにとっては5年1ヶ月。
「ヒメ、疲れた顔してるよ。しばらくゆっくり休んだら?」
結果を聞きたくてたまらないだろうに、ハオラン氏は優しかった。
「ありがとうハオラン。歩き疲れてるくらい。あれを運ぶのが大変だったから。家に帰る前に、ここで食事をしてもいい?」
「喜んで!」
コノハナサクヤヒメさんは、リングをはめる。
「リング、注文をお願い。ミートローフ、バケットパン、野菜スープ、コーヒー」
みんなで食事をすることにした。
「サミュエルさんも呼びます」
森羅が、横浜から持ち帰ったパソコンで遊んでいるサミュエルさんに連絡した。
「よ、お帰り」
サミュエルさんの挨拶に、コノハナサクヤヒメさんはにこやかに返す。
「ただいま帰りました。すっかりこの研究室の人のようですね」
ちょっと皮肉? 5年経っても変わんないんだね。^_^;
テーブルを囲むと、ハオラン氏は無言でコノハナサクヤヒメさんに問う。リングを外した方がいいのかどうか。
「大丈夫」
「OK」
「最初に昆虫の話をするわ。とても不思議な現象が起こっていたから。話を聞いたのは、3年前の秋。遺伝子的な日本人は、地方に多いの。なぜか、そういった日本人が多く亡くなる現象があって。『虫の死らせ』のせいって噂。SNSではかなり前から有名だったそうよ」
「ヒメ、それは、虫が、なんらかの菌を持っているってことかな。マラリアみたいに」
「それが、全く分からないの。ただの噂かも」
ハオラン氏とコノハナサクヤヒメさんの話にサミュエルさんがIN。
「火のないところに煙は立たない。調べてみる価値はあると思う。昆虫の卵を持ち帰ったって? 土ってことは、カブトムシやコガネムシ、セミかな?」
「コオロギよ」
「そりゃまたマイナーな。菌を運ぶ虫なら蚊、蝿、ゴキブリだろうに、土を運んでるって聞いて不思議だったんだ。コオロギとは。余計に不思議んなったな」
サミュエルさんの言葉を聞いて、蚊、蝿、ゴキブリでなかったことに、ルツは胸を撫で下ろす。
森羅は提案した。
「日本は冬だったから、卵を持ってきたんですよね? 害があるとすれば幼虫か成虫。温度を高くして孵化を早めませんか?」
日本のコオロギは秋の虫。けれど、暑い国では年中いる。リングに尋ねると、28~30℃なら7~10日間で卵から孵るだろうとのこと。
原因が分からないので、日本人であるルツと森羅は、卵の部屋に近づかないことになった。また、部屋から出る場合は必ず殺菌する。そのために部屋が急遽仕切られ、ドアを入った場所に小さな殺菌室が設けられた。
恋バナは出ず。
コノハナサクヤヒメさんは、2127年の日本の状況を説明した。
「好景気だったわ。歴史的だそうよ。当然よね。日本に滞在するためにとんでもない金額を払わなければならないんだもん。そのことは、ルツや森羅から聞いたでしょ?」
「ああ」「聞いたよ」
報告済み。
「戦争に日本が不参加だったのも聞いたでしょ? 戦争を逃れる外国の富裕層を40万人受け入れたの」
30億円×40万人=1200兆円 $_$
「私はね、武漢へ行きたかったけれど、とても日本を出ることなんてできなかった。仮に出たとしたら入れない。そんな状況。あ、そうそう。ルツや森羅は、日本人は少ないって思ったでしょ? いたの。いるのよ。地方には息を潜めるようにして生活している方々が大勢。朝早くに畑仕事をして、昼間はそれほど出歩かないで、夜は日が沈むころに寝ちゃうの。素食で、質素で、時代を忘れたかのような生き方」
「人間らしい、理想の生き方なのかもね」
ハオラン氏の美しい言葉を、サミュエルさんがぶった斬る。
「金、無いんだな。年齢を止めるなんてできない時代だろ? 体が弱って働けない。いつまで生きるのか分かんないのに怖くて金遣えないだろ」
実はそっちが真理なのだろう。
「そうね。ライフラインと同様の制度があっても、生活のコストが上がってるから、なかなか。……。けなげに見えたわ。不憫にも」
ルツは先ほどのコオロギについて詳しく聞きたい。
「ヒメさん、コオロギの噂はどんなですか?」
「ちょっとオカルト的にも感じる話なの。具体的な数字は何もない。日本には、地方に純日本人が多いって話したでしょ? 最初は地方には外国人が少なかったせいだと思ったの。そうじゃなく、排他的なのね。地方には工場や農業の働き手として、古くから外国人が移住してたわ。かなり混血は進んでる。でも、都会とは比較にならない。でね、若者は高賃金と便利さを求めて都会へ出る。地方には代々の土地を守る純日本人の高齢者が残る。つまり、地方の構造は、若い外国人の働き手やその家族と純日本人の高齢者が多いって形」
ルツには具体的に想像できた。2127年の横浜の若者は、国際色豊かだった。コノハナサクヤヒメさんから「できちゃったかも」と聞かされた富山の日本海に面した旅館をきりもりしていたのは、どう見ても純日本人。しかもアラ還。
「日本にはね『虫の知らせ』という言葉が古くからあるんですって。現実的でない予知みたいなもの。それもあってなのか『虫のタヒらせ』って言葉がSNSで使われるようになったの。最初何のことだか分からなかったわ。ネットでは『死』って文字を弾かれる場合があるから『タヒ』って書くの。症状としては、元気がなくなって、畑仕事をしなくなって孤独死。或いは、自殺」
あれ? 変。
「ヒメさん、それって、亡くなってから発見されるってことですよね? どうして虫のせいって分かるんですか?」
ルツの疑問に、コノハナサクヤヒメさんは答えてくれた。
「そこなのよ。分からないから虫の死らせって言われているのかもしないの。ただね、同じ地域に住んでいても、日本人だけにそれが起こるの。ほとんどは一人暮らしみたいなんだけど、家族と一緒に住んでた人もいたわ。最初は、高齢者だけかと思った。どうも、50代でもあったみたい。確認はできないけど。検死結果は閲覧できないから。少なくとも『虫の死らせ』なんて書かれてないはず。共通してるのは、日本人。それと、夏の終わりから症状が現れるってことかしら。静かな夜、虫の声を聞きながら自分の死を悟るんですって」
「実にオカルト的だね」
とハオラン氏。
サミュエルさんは黒目を天井に向けて考える。
「日本人だけが罹患するのか。夏の終わり。これまで読んできた書物では、貧しい人は冬を越せない。日本の冬はそんなに厳しいのか?」
これには森羅が答えた。
「自然は死ぬほど厳しくても、そこまでの生活をするほど、日本は貧しくはありません。家はあるし、ストーブやエアコンもあって快適なはずです」
「ええ。一応、2127年ごろの日本は先進国の1つよ」
コノハナサクヤヒメさんも補足した。
「一応」なわけね。だよね、中国、韓国、北朝鮮、日本は、一括で貧困国だったってことになってるんだもんね。T_T
「純日本人しか持たない遺伝子に反応する物質が、コオロギから出ているのかもしれないね」
ハオラン氏は仮説を立てた。
ルツがいた21世紀のコオロギは無害だった。ただ、コオロギが人間に有害な菌を運んでいると聞いて、ルツは素直に納得できる。
あれ、見た目は脚の長いGっぽいもん。
「そういえばサミュエルさん、暗号資産の件ではお世話になりました。株よりもゴールドよりも素晴らしいパフォーマンスだったわ」
2127年の日本で、暗号資産が爆上がりしていたのはルツも森羅も知っていた。知ったからこそ暗号資産の口座を用意したのだから。
コノハナサクヤヒメさんが横浜にいる間も急上昇だったらしい。
「31世紀の連邦には通貨がないから、最初は金銭の価値が理解できなかったの。けれど、どんどん暗号資産の価値が上がって、コインを遣っても遣っても増えて笑いが止まらなかったわ。まあ、遣うって言っても、日本の津々浦々を旅するってくらいだけれど。最初はね、いいホテルに泊まってみたりしたのよ。ダメね。情報収集できない。民泊を利用したら、いろんな話が聞けたわ。チップって制度を聞いたから、チップを渡したかったんだけど、断られることが多くて」
「チップって、いくらくらい渡してたんですか?」
「お札1~2枚。ほんの10万か20万円。チップ用に換金したの」
「「……」」
ルツと森羅は絶句した。ルツ達が生まれた21世紀で考えると、1~2万円に相当する。
そりゃ断られるよ。めっちゃ高額。民泊だったら宿泊費より高いかも。
それ以前に、日本にはチップ文化が根付いていない。
「どんどんお金が増えて遣いきれないし、余ってもどうしようもないから貰ってくれればいいのに。タクシーなんて、出発した後から追いかけてまで返しにくるの」
タクシーを利用しなければならないのは地方。地方のタクシーの運転手は高齢者が多かった。
おじーちゃんやおばーちゃん、走らせちゃったんだ。
「戦争を逃れるために来た外国人富裕層は、世界共通の暗号資産を利用してたの。通貨は国ごとに違ってて、資産を国外に持ち出すのはなかなか難しいらしくて。さまざまな抜け道を教えてもらったわ。暗号資産が1番簡単で足がつきにくいのね。私、エルシン本社があるモンパサについて調べようと、貿易会社に勤めること考えたの。でもね、戸籍もパスポートもマイナンバーもないから働くのは諦めたわ。戦争中も貿易は行われてた。国外への飛行機はなし。船での行き来は航路限定で人も物資もOK。もちろん人は仕事関係だけね」
コノハナサクヤヒメさんは、テーブルの上に、データが入ったカードを10000枚ほど積み上げた。31世紀のカードで容量が半端ない。ネット上のあらゆるデータをひたすら読み込んだとのこと。日本だけでなく他の国も。
「ヒュ〜」
サミュエルさんが口笛を吹いた。




