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Aフリカ  作者: summer_afternoon
31世紀MOLLYアプリ
19/82

アフリカの鰻重は背開き

すでにVRの中でリングを使いまくっていたルツは、使い方を心得ていた。


「リング、カレーを食べたいの。この研究施設に食堂ってある?」

「はい。ルツと森羅がいた建物の隣にあります」

「ありがと」

「個室を予約しましょうか?」

「個室じゃなくても大丈夫だけど」

「ルツと森羅は日本語で話します。シールドで顔を変えても、音声は変わりません。不審に思われます」

「そっか。個室にする」

「公用語は英語です。歩いているとき、ルツは翻訳豆を着けていないので、英語で話してください。そうすると、森羅には日本語で聞こえますし、周りにも怪しまれません。森羅は日本語で普通に話せば、周りに英語が聞こえます」


森羅の方を見ると、感心している。


「すげーな、リング。オレらの事情まで汲んでくれてっじゃん」

「ヒメさんが設定してくれたのかな」

「どーなんだろ。ヒメさんじゃなくて、連邦政府関係者かもな」

「聞こう聞こう。リング、うちらの事情って、誰から教えてもらったの?」

「事情は分かりかねます」

「うっそ。日本語のこと言ったじゃん。シールドのことも」

「待機している間も音声を拾っています。なので日本語で話すことが分かりました。シールドを起動していることも音声から判断しました」

「へー。なんだって、森羅」

「分かった。ありがと、リング」

「いえいえ。私はAIですのでお気になさらず」


森羅は自分の指にはめているリングを見つめる。


「なー、データってクラウドかな。いくら技術が進んでも、こんな小さな中にデータ入れないよな。識別番号みたいなのだけ記憶してんだろな」

「そんな難しいこと考えなくても、便利だなってだけでよくない?」

「そーなんだけどさ」


歩いていると、大きな建物に着いた。グレーの建物。体育館のように広い食堂だった。個室を予約したはずなのに個室が見当たらない。


「リング、予約した個室ってどこ?」

「E03の席です」

「個室じゃなくない?」

「A~Cが姿も音声もプライバシーが保たれるテーブル席、D~Fから音声のみ遮断のテーブル席です」


A~Cの席ははっきりした空席と、ぼやっとした白いモヤがかかったような席がある。ぼやっとした方は使用中なのだろう。D~Fの席は全てクリアに見える。


「なんか半端で不思議。いっそのこと個室はA~Cのタイプだけでいい気がする」

「会話を聞かれたくないけれど、知人や恋愛対象者に姿を見せたいという要望によって設置されました」

「「へー」」


恋愛を求めている人が多いんだ? 研究所なのに。

今度は森羅が聞いた。


「だったら、会話なんて聞かれたくないからA~C以外は全部、D~Fのタイプにすればいいじゃん?」

「一度そうなったのですが、あまりに静かで活気がないということから、現在のような状態になりました。声が掛けやすくなったと評判がいいのです」


ルツは、能力チート集団が恋愛脳なのを、少し疑問に思った。

E03の席に座ると、リングがメニューを出す。なんでもある。リングに注文すると、ワゴンで品が運ばれてくる。ルツは鰻重、森羅はジャンバラヤにした。器からして老舗の鰻屋のよう。肝吸い付き。箸とフォークの両方が添えてあった。

ルツは一口食べて驚いた。


「美味しー。蒸してある。やっわらか。ちょっとちょっと、背開きんなってるよ。専門の職人さんいるの?」


はしゃぐルツの前で森羅が自分のリングにルツの疑問を尋ねる。


「鰻は下処理済みの物が冷凍されています。注文すれば、関西風の皮がばりばりしている腹開きタイプを食すことができます。在庫があれば」

「すっご。関西風とか知ってんの?」

「日本人が消滅する前に日本食が広まっていたので、天ぷら、すきやき、寿司、鰻などは連邦内であればどこででも食すことができます」

「お漬物は?」


ルツが追加質問すると「ジャパニーズピクルスはあります」と返された。

森羅は牛肉がたくさん入った、カラフルなジャンバラヤを食べている。パプリカとピーマンがたっぷり。

ここは会話が外に漏れない空間。リングには気を遣う必要はない。ルツは尋ねた。


「リング、この研究所って大学みたいなのの中にあるの? それとも、いろんな研究してる人が集まってる感じ?」

「ここは連邦政府直轄の極秘研究所です」

「そーゆーとこって、世界に何箇所もあるの?」


連邦政府直轄なら、ニューヨークやパリにあるのが普通じゃないかとルツは思う。


「いえ。極秘の研究所は2箇所です。生物学や薬学系が旧中国の武漢に、物理学、情報、工学系がこのヨハネスブルグです」

「そんなすごいとこだったんだ」

「すげー」


ルツと森羅は感心した。

連邦政府が研究を依頼する正規の研究所は、20箇所ほどあるらしい。それは主に大学。知識はダウンロードするため、教育機関である学校はなくなったが、大学は研究する場として存在していた。中でも極秘研究所へ召喚されるのはその道トップの頭脳。


アラサーの美男美女ばっかなのに。意外すぎ。

ルツは広い食堂内を見回す。


「ねーねー森羅、そーゆー人らが恋愛求めてるってとこが面白くない?」

「そりゃ、周りに何もないとこにずーっといたら、ここでしか相手を探せないもんな」

「いーじゃん。イケメンと美人さんばっか」

「あのさールツ。もう、ここの世界の人にとって、外見がいいってのはデフォなんじゃね?」

「そっか。じゃ、どーやって。あ、聞こ。リング、恋愛対象って、ふつー、どーやって選ぶの?」

「見た目です」

「はい? だって、みんなスゴいじゃん」

「見た目の雰囲気や佇まいの好みは重要です。近づいてから相性を確認します」


なんだか21世紀と変わらなさすぎる。同じ1000年でも、21世紀から日本の平安時代の方が違いがある。

紫式部やせいしょー納言の時代の方が独特だよね。

男女の恋愛は、評判。近づくのは和歌。けれど、これはアッパークラスの話。多くの庶民がどう恋愛対象を探していたのかは不明。案外、変わらないものだったかもしれない。

コノハナサクヤヒメさんやハオラン氏も恋人探しをしているのかな?

森羅は、ルツと違って恋愛脳ではない。


「なぁ、サミュエルさんって、ちょい変態入ってね?」

「サミュエルさんが?」


生まれ持った素晴らしい外見を、雰囲気によって見事にムダにしている男。


「最後のVRのとき、毛布掛けられたじゃん」

「うん。やさしーね」

「ちげーし。」

「へ?」

「あいつ、オレの耳元で言ったんだよ。『反応するなよ』って」

「?」

「くっそぉ。あん時のにやけた目が気に入らない。おかげで」

「おかげで?」

「あ、いや。その。いろいろ夜とか、考えるときに自制心が働いた」

「じせーしん?」

「その、えーっと、……。トイレとか」

「あ、トイレ。VRの中では入らなかったね」

「オレも。すっげー違和感あった。何日も何年も過ごしてるのにトイレ行かないって」

「リアル過ぎるもんね。ホントに出ちゃうって」

「ルツ、寂しくね? 万象に会えなくて」


また森羅の話が跳んだ。いつものこと。周りにとっては話が跳んでいるようでも、実は森羅の中では関連性があるのは、ルツにはうっすら分かっている。


「そっか。森羅は万象に会いたくて、難民のとき鏡見たんだもんね」

「いや、あれは、どっちかっつーと自制心」

「は? 万象に会いたいからじゃなくて?」

「そりゃ会いたいけど」

「だよね。生まれたときからずーっと一緒だもんね。万象もきっと、森羅に会いたがってるよ」

「ルツはどーかって訊いたの」

「私? 森羅がいるじゃん」

「顔が一緒だからって、一緒の扱いかよ」


森羅がいればいいってこと。


「なんか、楽しくない? 1000年先なんて、宇宙で生活してるかと思ってた。戦争で人類がほぼいなくなってるとか、タケコプターで移動するとか。意外と一緒」

「すっげー変わったじゃん。リング」

「それはスマホと一緒だよ」

「宇宙に滞在するのは、社会奉仕でポイント貯めればできるんだろ?」

「あそっか」

「人類はいるけど60億人。減ってっじゃん。オレらがいたときで、80億超えて増え続けてから、どっかでピークがあって、相当減ってるはず」

「だね」

「タケコプターじゃなくても、車は浮いてた」

「空飛ぶって感じじゃなかったから。あ、リング、訊いていい?」

「なんでしょうか」

「車、宙に浮いてのに空飛ばないのなんで?」

「機能としてはあります。エネルギーをなるべく消費しないようにするため、そして、安全のため、地面から離れる程度の設定です」

「エネルギーって考えるなら、道があるとこはタイヤの方がよくない?」

「道路の修繕が大変になります。道路は100年以上修繕していない箇所が多く存在します。人々は大昔ほど移動をしません」


そうだろうなとルツは思った。立体映像で臨場感のある会議ができる。そもそも仕事ならぬ社会奉仕をしている人が少ない。便利すぎる社会。


「森羅、今度、タクシーに飛んでもらおう。ヨハネスブルグを空から見るの」


楽しく会話しながらも、ルツは頭の隅に不安があった。

私、この世界では能力不足なんだろーなー。空間を歪める理論とか時間の理論とか、理解できないと思う。

社会奉仕をする能力がなく、ただ生きているだけ。日本人消滅を調べるプロジェクトがなければ、自分はそういった存在になることが目に見えている。何不自由なく遊んで暮らせる世界は、(イコール)自分が必要とされない世界。それを想像すると、恐ろしいほどの劣等感に見舞われた。


「ルツ、どした?」

「ん?」

「疲れた?」

「ううん」

「元気がないときはさ」

「あるって」

「リング、取りな。オレも取る」

「リング?」

「これ、指にはめると起動するじゃん。外せば、今までと一緒」

「うん」

「誰も何も知らない、ってことはないか」

「ないの?」

「部屋にはハウスキーパーのナニーがいる。他にもそこら中に」

「あはは」


見られている。行動の全てが。聞かれている。会話も独り言も。


「ルツ、ありがとな」


森羅から唐突に感謝される。


「へ?」

「ルツが明るくはしゃいでくれるおかげで、なんか、オレも気分上がる。でもさ、ムリしなくていーから。オレしかいねーし」

「ムリはしてないよ」

「そっか」

「うん」


ルツは森羅を守るつもりでいたけれど、自分の方が、森羅の優しさで守られている気がした。


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