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Aフリカ  作者: summer_afternoon
VR歴史体験
16/82

チュニジアン・ブルーで

自然交配禁止の理由って、人口調整かと思った。

ルツのお気楽な脳も、ときには考える。自然に任せていると、通年発情できる人間は子供を作ってしまう。食料の都合も技術や制度の都合もおかまいなし。すでに人は老いない時代。

元気な若者ばっかだったら、人、増えすぎるって。

とR18な発想をしてしまうルツ。


同僚の研究者は自然交配のO氏をあからさまに遠ざけたがっている。


「よりによって、なんで、このニッチな研究に興味持つかな。大抵の人は排泄物をどうしようってよりも、人口増大による食料不足の研究に行くのにさ」


人口が増え続け、食糧不足はすぐそこまで来ているとのこと。


「培養肉と工場野菜と魚の養殖では乗り切れないんですか?」


ルツはどうにでも生産調整ができそうな技術があるのにと不思議に思った。


「人口増加がエグいから。1番の原因は、寿命がなくなったことだよな」

「そーそー。今じゃ、自然交配の人も成長を止めてる」


でも……とルツは思う。


「O氏は50代ですよね?」

「ああ。50代で成長を止めたんだ。オレが勧めた。膝が痛いって言ってたから、加齢によって軟骨が減ってるんじゃないかって。これ以上、歳のせいの物忘れも止めて欲しかったし」

「自然交配の男性は、あまり成長を止めないね」

「年取ってると偉いみたいな前世紀の文化のせいだな。しゃーない。全く。不思議でならない。どーして年上ってだけで敬うのか、どーして家長とか跡取りとか、ロイヤルファミリーでもないのに(こだわ)るのか」


ルツの同級生に、和菓子屋の跡取り息子がいたことを思い出す。


「それは、家業を継いで、伝統や技術を継承するためですよ」


すると、たちまち突っ込まれた。


「へー。どんな? AIやロボットに記憶させる方が確実だ」

「子供の将来の選択権は自由であるべきだろ」

「例えば野菜工場があったとする。長年奉仕している人を無視して、なぜ『子』っていう偶然的に存在する者が、工場主の引退後、それを引き継ぐ?」

「不平等だ」

「血縁は、全く不平等」

「オレは工場をやりたくて妬んでるとか、そーゆーのは全くない。逆だってある」

「だな。例えば、自然交配には毒親がときどきいる。親ガチャに外れた子供は、親の尻拭いに疲弊する。不平等だ」


この時代にも毒親がいる話は興味深い。


「毒親って、パチンカスとかギャンカスとかですか?」


ルツはうっかり、21世紀のカス例を挙げてしまった。

想像したのは築40年ほどの狭いアパート。ポストには消費者金融からの封筒が溜まっている。日に焼けた畳の部屋、スエット姿の小汚い男が発泡酒の缶を握り潰して子供に投げつける。『酒買って来い、酒』と。未成年が酒など買えるはずないのに。『ちくしょう。3連単、来ねーし』などと呟きながら、男はテレビの前で寝っ転がる。


「パチンカス? ギャンカスなら分かる」

「まあ、ギャンブルはアドレナリンが分泌されるよね」


え、お金って存在してないじゃん。お金賭けなくてもアドレナリンって出るんだ。でもって、ギャンブルは健在。

人間は何年経っても、あんまり変わらないのかもしれないと思うルツだった。


「連邦政府は、子供2人までを推奨してるけど、自然交配の家族って子沢山なんだよな。無計画だと思う。3人いたら、1人は親の目から零れる」


そっかな。結構、全員大事にされてると思う。

ルツは3兄妹。兄兄ルツ。ルツは両親にも2人の兄にも、ウザいくらい、見張られるように可愛がられている。隣には激甘の祖父母まで住んでいる。ついでに曽祖父も健在だった。

ちなみに、上の兄は万象(ばんしょう)推し、下の兄は森羅(しんら)推し。上の兄は「万象だったら許す」と訳のわからないことを言い、下の兄は「いや〜、万象はモテ過ぎるっしょ。ルツが他の女から妬まれるのは可哀想。森羅だったら平和じゃね?」と妥協案として提示する。


「オレは、子供いたら、自分の時間が削られるから勘弁かな」

「ルツだって、子供は困るだろ。いくら保育園があっても、10歳までは1人での留守番も出歩くこともできないんだから」

「出歩くくらいは……」

「犯罪に巻き込まれる」

「ロボットはあるけど、人を攻撃できない設定だから犯罪対策にはならない」

「2人は子供、育てたいと思わないんですか?」

「ぜんぜん」

「まあ、たった18年間だし、一生のうちにはどっかでそう思うのかもな」


家事はほぼロボットがしてくれるというのに、それでも人を1人育てるというのは大変なことなのだろう。


「連邦以外の国みたいだったら、子供いてもいいかも。男は育児にノータッチ」

「オレ、子供いたら、ちゃんと関わりたいけどな。進学の面談はパートナーだけに任せられない」


進学?


「知識はダウンロードじゃないんですか?」

「「は?」」


あちゃー。その技術はまだだったかな。


2645年、デザイナーベイビーが大半を占めている。それは、カップルが子供を欲しいと思ったときに発注し、人工子宮での成長を終えて空気で呼吸するようになってから、1ヶ月後に届く。里親といえば里親だけれども、自分達の子供として遺伝子の希望を練って発注する。

西暦3000年代では、子供を発注できない。デザイナーベイビーを作るのは連邦政府の管轄下にある遺伝子バンクのみ。


自然交配禁止は2649年。4年間で大きく動くことになる。


ルツが2645年のこの日にいたことには意味があった。翌日、イランのテヘランに水爆が落とされた。

研究室でニュースを知った。

連邦総裁は、できるかぎり移民を受け入れると表明した。


「大量の移民が来るぞ」

「物資は足りるの?」

「パートナーが小麦関連の社会奉仕しててさ。さっき、従来の4倍の小麦が穫れる品種の注文が来たってメッセージあった」

「4倍も。どーして今まで、それ使ってないんですか?」


とルツ。たくさん穫れるなら、作付面積も手間暇も1/4で済む方がいい。


「不味い」

「なーるほど」


研究者の1人は立ち上がった。


「オレらも貢献しないとな。処理する排泄物だって大量になるんだ」

(にお)いだけじゃなく、ルツが発見した菌で、粉末にしよう。できれば土と同じように」


水爆が落ちた後の人工衛星からの映像を見た。かなり上空からのもの。それは水爆の範囲を黒く、あるいは炎で示してはいたけれど、あまりに範囲が広すぎて、建物や人々の惨状は見えなかった。

よかった。

ルツは、戦争の悲惨な映像なんて見たくない。映っていないのは不幸中の幸い。


2646年、移民は(とど)まることを知らない。

これまで情報規制がされていたことにより、連邦以外の国々の人達は、連邦が移民を受け入れると知らなかった。それが、今回を機に、広く明るみになってしまった。

まず、イランからの避難民が連邦へ輸送された。主に、旧インドへ。

イランが陸続きで隣接している国は全て連邦外。テヘランに連邦軍のマークがついたヘリが物資を運び、連邦軍のマークがついた飛行機が人を輸送していく映像がニュースとなって周辺の国に流れた。アラビア半島から、ある者は徒歩で、ある者は船で紅海を渡って旧エジプトへ押し寄せる。アラブの国々があらゆる船の出航を禁止しても、多くの漁船が旧インドを目指してアラビア海を渡った。


難民には大きな波が3回あった。第1弾は、テヘランに水爆が落とされた直後。第2弾は、テヘランの避難民が電話などによって連邦側の対応を知人に報告したころ。第3弾は、連邦以外の国々のニュース映像がハッキングされて「レッツゴー連邦! 連邦内では通貨が不要だよ。みんな手ぶらでウエルカム」と配信があった後。

第3弾のときは、自国民が逃亡しないよう、それぞれの国々が武力行使した。武力で止める側のはずの軍艦が旧インドに逃亡するという珍事まで起こった。


ルツは、研究室に通いながら日々のニュースを観た。

地中海の風が吹く白い街に、イスラム教徒独特のヒジャブ(女性が髪を覆う布)を被った女性やターバンの男性を見かけるようになった。このときルツがいたのは、旧チュニジアのチュニス。地中海の南側。イスラム教徒が多い地域だけれど、もともとの連邦のイスラム教徒はスーパーライト。ヒジャブもターバンも身につけないし、お祈りも1日に1回くらいらしい。


海に向かう斜面、白い壁に青い窓やドアの絵画のような街を歩きながら、ルツは異邦人のように、どこまでも青い空に目を細める。

森羅がいなくてつまんない。森羅、どこ。寂しいよ。

地中海に向かって「しんらー」と大声で叫びたかった。

VRは、自然交配の禁止を体験するものだったが、ルツにとっては、人生初の森羅のいない世界を体験するものになっていた。


「すみません。カレー屋を探しています。ご存じですか?」


頭にターバンを巻いたヒゲの生えた男から道を尋ねられた。ルツ自身は異邦人の気分でも、はたからはジモティーに見えるらしい。


「え、森羅?」

「ルツじゃん!」


びっくり。ヒゲ生やしちゃってる。森羅って、ヒゲ、似合う。ちょっとワイルド♡_♡。


「どーしたの?」

「オレ、難民設定だった」

「イランで被曝したの?」

「じゃなくて、パキスタンにいて、歩いて山越えして旧インド入った」


森羅は、ネットで避難民が手厚く扱われていることを知った。近くにいた同じ歳くらいの男の子達数人で山を越えてインドに入った。そこで、今後はどこか別の街で暮らすことになることや通貨が存在しないこと、通貨を得るために働く必要はないことなどを知った。そして、難民キャンプと呼ばれる瀟洒なホテルでしばらく暮らす間に、友人達とニュースを流す施設をハッキング。「レッツゴー連邦」のCMのような動画を流した。


Qちゃん、森羅はどこでも森羅だったよ。ハッキングなんてしたら、危険分子候補リストに載っちゃうじゃん。あっちでもこっちでも悪いことしないでよ。安全なとこ、なくなっちゃうじゃん。

ルツの心配をよそに、森羅は視線を逸らしてぼそっと告白した。


「なんか、ルツがすげー女の人に見える」


きゃー、森羅。やっと私を意識してくれたの? このVRでは、しばらく会えなかったもんね。会えない時間が愛を育てるって本当だったんだね。セクシーになったのはヒゲだけじゃなくて、心もなんだね。


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