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Aフリカ  作者: summer_afternoon
VR歴史体験
15/82

実はチートじゃないから

歴史の経済分野の研究者かと訊かれて森羅は否定する。


「違います」

「どこで仮想通貨を知ったんだい?」


その質問にはコノハナサクヤヒメさんが答えた。


「申し訳ありません。事情があってお話しできません」

「それは、2人のリングにアクセスできなかったことと関係ありますか?」

「ありますーーーね。」

「そうですか。仮想通貨は連邦以外の経済がある国々では未だ健在です。森羅は連邦以外から亡命してきたのですか? ルツは翻訳豆をつけていないが、森羅はつけている。VR作成者として、森羅と話したいのですが、そちらへ行ってかまいませんか? 面会もできませんか?」


見た目と違って押しが強いサミュエルさんだった。

耳珠につける翻訳機は翻訳豆という呼び名らしい。今更知った。ルツは知識のダウンロードを行った後、英語が分かるようになった。森羅は様々な物質の構造が分かるようになったが、翻訳豆は着けていた。


VR体験をするとき、ルツは顔がエマ・ワトソンになるシールドを使わなかった。森羅も使っていなかった。サミュエルさんと立体映像でやりとりする前にシールドを起動させた。今、ルツの目の前には、ハリウッド俳優のような森羅がいる。もちろん成人と分かる外見。そして、耳珠には翻訳豆。VRの中と今とで顔が違っているはず。サミュエルさんは、そのことを全く気にしていない。

変なの。


「上に報告しておきます」


コノハナサクヤヒメさんはお茶を濁した。


が、翌日、サミュエルさんは飛行機でイスタンブールからやってきた。

VRの中で「子供に働く背中を見せたいから仕事をしている」と言った、ちょっと鬱気味で気が弱そうな雰囲気はない。逆。自分の好奇心と探究心を最優先する人だった。


「足を運ばれても困ります」


コノハナサクヤヒメさんは、あからさまに嫌な顔をした。それでもめげない。


「もーしわけありませんー。ほんのちょっと話をしたいだけです」

「だったら映像だけで、いえ、音声だけで大丈夫ですよね? 関係者以外、研究室へは入れません」


結局、サミュエルさんは上とやらに直談判し、関係者になった。タイムマシンで1000年前から来た未成年という極秘事項を共有した。


「なるほど。じゃあ、森羅は仮想通貨が流行り始めた時代から来たんだね」


未成年とバラしてしまったので、もうシールドを使う必要はない。ルツと森羅は自分の顔でサミュエルさんと対峙する。


「流行ってたかどうかは分かりません。他の時代を知らないので」

「仮想通貨の口座開設をしようとしたから驚いたよ。VRの中でよかった。リアルだったら、危険分子候補リストに載るところだった」

「VRじゃ成人設定だから、ちょっとやってみたくなったんです」

「成人になってやりたいことが仮想通貨だなんて。普通、君らの歳なら、そこはセックスだろ」

「ごほっごほっごほっ」


サミュエルさんの言葉に、コノハナサクヤヒメさんが咳を被せる。


「通貨が廃止されるとき、本当は、資本主義こそあらゆる問題の原点かもしれないという考えがあった。森羅がVRの中で言ったように上位10%が富の75%を所有していた。社会は富める者とそうでない者に分断された。時代が進むと富める者はデザイナーベイビーで優秀な子供を作り出して富を引き継ぐ。そうでない者は貧しく、犯罪に近づいた。そして仮想通貨を知った者もいた」

「サミュエルさん、特別な事情があっても、2人は未成年です。話す内容が不適切です」


コノハナサクヤヒメさんがサミュエルさんにストップをかける。


「オレはちゃんとVRを作りたいだけです。コノハナサクヤヒメさんは、このVRを体験しましたか? どうでしたか?」

「とても辛い体験でした。チャージされたお金はあっという間になくなりました。食料配給所へ通って、なんとか仕事をして」


へー。食料配給所なんてあったんだ。チャージされたお金がなくなったパターンで出てくるのかな。

ルツは、料理とはおよそ縁のなさそうな、コノハナサクヤヒメさんの美しい手と爪を見る。


「仕事は?」

「高層ビルの清掃です。あの時代の繊維はまだ埃を大量に出すような品質で、お掃除ロボットも自分も薄汚れました。そして、顧客データを盗んだと疑われました」


森羅が推測していたように、仕事を体験する人にはトラブルが組み込まれているようだった。

コノハナサクヤヒメさんは、見事にVR作成者の意図通りに行動し、精神的にまいり、通貨廃止の発表に喜びの涙を流した。


「ほぅ。」


サミュエルさんは満足げな声を出す。


「あのように恵まれない人がいるのはよくないことです」


コノハナサクヤヒメさんの訴えを、サミュエルさんはぶった斬った。


「実際は、そんな単純じゃないんです」


ルツはぼーっと窓の外を眺める。

お腹減った。


「……というように経済は……です。連邦の目指す……です。確かに……と考えられます。……複雑な背景によって……」


サミュエルさんの講義が続いている。


「R30の裏VRを作成します。教育的ではない真実。仮想通貨こみこみの。協力してほしい。森羅、ルツ」


やっと講義が終わった。


「え?」


右の耳から左の耳へ話を流していたルツには、何のことか分からないのに自分も協力を要請されている。

森羅は断った。


「すみません。できません。他にやりたいことがあります。それはもう了承済みで、今の準備をしている段階です」

「協力といっても、大したことじゃない。ときどき思考段階のVRを体験して欲しいってくらいだ」


それくらいなら協力してあげればいいのに。

ルツが思っていると、


「頼んだよ。ルツ」


とサミュエルさんから言われてしまった。


「私、仮想通貨とか、ぜんっぜん知りませんけど。経済にこれっぽっちも興味ありませんし」

「まさか。君の行動力と貧困回避の仕方は突出していた。状況も分からない中、開始5分で水のシャワーを浴びたのは、君だけだ」

「素晴らしいわ! ルツ、尊敬します」


コノハナサクヤヒメさんが両手を口に当てて感嘆する。


「サミュエルさん、質問があります」


ルツは、VRの中でシールドを使わず、昨日の立体映像ではシールドを使ってエマ・ワトソンの姿になっていたのに、不思議だと思わなかったのかを尋ねた。


「VRは夢に近い。人間の脳が勝手に想像して自分自身に姿を認識させているだけだ」

「ちょっと、何をおっしゃっているのか分かんないんですけど」

「オレからVRの映像は見えない。脳内の音声だけを拾う。起きているときに使うVRはリアルな映像が求められる。けれど、経験を記憶に埋め込む、夢を見せるようなVRは、映像の欠損部分を体験する本人が脳内で作り出すんだ。VRに入っている情報は、同時体験の場合の同期だけ。あとは勝手に脳がやってくれる」

「分かったよーな気がします」

「それはよかった。ご協力、よろしく」


森羅は我関せずだった。


「まだ1つ、2649年自然交配禁止のVRを観ていません。知識のダウンロードを早く終えて、希望の研究をしたいんですが」


ヒュ〜っとサミュエルさんは口笛を吹く。


「ちょっと刺激的だよ。普通は家でVR体験する。力を込めたんだ。検閲でカットされた部分もある」


おおーっ。エロいの? 期待。

ルツと森羅は、VRで2649年自然交配禁止についてを体験することになった。再びイスに横たわった。「少し寒い」と毛布が掛けられた。



【A.C.2649年 自然交配禁止】


2645年、ルツは白衣姿で研究をしていた。テーマは排泄物の無臭化。食品に混入させる人体に無害な新薬の開発だった。

研究室の隅で、ガチャンとガラスの割れる音がした。誰かがうっかり試験管を割ったのだろう。


「ケガはありませんか?」


ルツは掃除ロボットを起動させ、何が入っていた試験管だったのかを確認するために歩み寄る。空の試験管と分かり、ほっとする。そして、シャーレーがだるま落としのように積まれているのを見て、ぎょっとする。それはルツが培養しているものだった。どれがどのような条件なのか分かるよう、ルツはシャーレーにラベルを貼っておいた。それが綺麗に剥がされている。


「すみません。試験管、また割っちゃいました」


助手のO氏は、にへら〜と笑った。今は試験管よりもシャーレーの方が問題。


「こちらのは、培養している最中です。触れてはいけない棚に置いておきますね」

「ああ、あの棚って、触っちゃダメな物が置いてあったんだっけ。カビが生えたりして汚かったから、洗っちゃったよ」


研究室の他の人のシャーレーが洗われてしまっている。中には何ヶ月も前から観察していたものもある。

どーしよー。

ルツがあたふたしていると、白衣の2人が研究室に入ってきた。シャーレーの中身がなくなったと知って、1人は床に両手両肘をついた。もう1人は下唇を噛んで困った顔をしていた。怒気を感じる。


O氏が帰ってから、研究室では話し合いが行われた。


「O氏は、なぜ。こっちの落ち度はなかったはず。説明はしてある」

「作業は単純だよ。洗う物を機械にセットするだけなのに」

「……」

「首にできないのか?」

「本人が研究したいって言ってるのに、追い出すわけにいかない」

「……」

「連邦中で起きてる現象だから仕方がない」

「自然交配だから」


そこでルツは初めて発言した。


「連邦中で起きてる現象ですか?」


なにそれ。


「自然交配の人は、どうしても、何かをするときに足並みが揃わない。記憶力や知識において限界がある」

「研究したいってことだから受け入れるしかない」

「……」


O氏は自然交配で生まれた人だった。すでに連邦の8割がデザイナーベイビー。成長を止める薬が普及し、大半が30歳前後の美男美女の社会になっている。

社会の8割が、能力チート完全無欠。

残りの2割の自然交配の人達は、基本ひっそりと生きている。けれど、社会貢献をしたい人もいる。チート軍団の中では、どうしても、自然交配の人の失敗が目立つ。多くの社会貢献の場で、自然交配の人間は足を引っ張っているのだった。


他人(ひと)ごとじゃないじゃん。私って自然交配。

デザイナーベイビーしかいない社会のVRだからチートキャラ設定なだけで、ルツは、実際には、知識のダウンロードを通常通り行えない程度には劣っているのだった。


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