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Aフリカ  作者: summer_afternoon
VR歴史体験
14/82

貧乏を攻略したのかな?


難民キャンプツアーは続いた。次は、難民キャンプ後の生活の場にいた。


A:イスラム教を捨てた場合の例 グラーツ(旧オーストリア)


4人家族は洋服を着ていた。女性は美しい髪を後ろで1つに束ね、近所の人や子供と一緒にサッカーをする。ヨーロッパの公園は美しく、広場には石像の噴水があり、秋の終わり、木々は紅葉していた。景観を引き継がれた街並みは中世を思わせる。女性と子供2人が家に帰ると、男性がエスニック料理をふるまった。大人2人は食前酒付き。


B:イスラム教を続けた場合の例 パラン(旧フィリピンのミンダナオ島)


夕方、家族は友人宅へ集っていた。そこにはパーティのようにたくさんの料理があった。用意したのは髪を布で覆うヒジャブを被った女性達。イスラム教徒はラマダンという断食月中、日の出から日没までの間、飲食をしない。そしてラマダン明けの最初の日没後に食べる食事をイフタールと言い、親戚や友人達と共にする。

家族は周りの人達と、イフタールを楽しむところだった。もちろん、イスラム教なので飲酒はない。


どちらも幸せそうだった。コミュニティに溶け込んでいる。一見理想的に見える。

ルツは質問した。


「イスラム教を続けながら、キリスト教徒の多い場所で暮らすことはできないんですか?」


案内の声が答えた。


「難しいです。まず、モスクがありません。ラマダンや祈りの時間や葬儀など、生活習慣が周りと異なります」


そしてルツは自分の家が仏教だったことを思い出す。

じょーどしんしゅーのお西とかお東とか聞いたよーな気がする。


「では、仏教徒も同じですか?」


再び案内の声が聞こえた。


「仏教徒は信仰熱心な人がごく少数です。年に数回、あるいは数年に1回、寺に行く程度なので問題ありません。古くから仏教徒はキリスト教の行事であるクリスマスを、他の行事の何よりも盛大にお祝いする文化があります」


だよね。うんうん。クリスマスにチキンとケーキ食べたちょっと後、お寺からの除夜の鐘の音聞いて、神社に行って柏手打ってお参りするもんね。

自分の家の宗派すら思い出せないルツは納得した。


「分かりました」

「参考までに申し上げます。ルツと森羅(しんら)の西暦3000年代は、イスラム教徒がまとまって暮らす必要はありません。様々な問題が解決されました。但し、イスラム教徒は非常に少なくなりました」

「「なぜですか?」」

「自然交配が禁止されたことが大きいと考えられています。西暦3000年代は、デザイナーベイビーが里親の元で育ちます。子供に宗教の自由を与えるため、里親は未成年を育てる期間、宗教が禁じられています。大人になった子供もまた、無宗教になる確率が高いのです」

「え、だったらお葬式ってどーすんの?」


ルツが素朴な疑問を持つ。


「葬儀は生前に『お別れの会』を開くことがあります。ご存知のように西暦3000年では自然死が難しく、多くの場合、死は自分で選びますので。『お別れの会』を開く人は1割ほどです」


へー。お葬式がないんだー。だったら法事なんて絶対ないよね。

森羅は別の質問をした。


「他の国々で困っている人を受け入れるキャパシティは、連邦に十分ありますか?」

「はい。海からの難民も様々な場所で受け入れています。しかし、連邦以外の国では一般市民が正しい情報を得られないため、難民はそれほど多くありません」

「どうして情報を? 弾圧するほど、戦争で殺すほど嫌なら、連邦でもどこでも行ってくれた方がいいのに」

「連邦以外の地域では、AI化やロボット化が遅れています。一般市民は大切な労働力であり兵であり税を徴収する対象です。他の地へ行かれるのは支配者側にとって不都合です」


森羅が質疑応答をしている間、ルツはホテルで一泊することに胸を高鳴らせていた。未成年がセックス禁止なのは西暦3000年代の話。それ以前は違っていそう。それは、家族という形態がまだ残っていることから推測できる。

一方、森羅はまだ案内の声と対話していた。


「連邦があっちの国の人達に『ウエルカムです』って情報流せないの?」

「技術的にはできますが、モラル的に行いません。連邦対その他の国々との戦争の可能性があります」

「デザイナーベイビーの知力があれば、そーゆーの回避できるんじゃないの?」

「連邦以外も支配層はデザイナーベイビーです。連邦側から亡命した人間もいます」


え、


「こっちからあっちへ?」


なんで?

ルツはいきなり会話に加わった。


「はい。こちらでは、極端な富を得ることが難しい社会的構造になっていました。平等な社会で権力を所有することはありません。そして、連邦以外の国々の情報はいくらでも入手できます。富と権力を手に入れたいと願った者が、度々、あちらへ亡命します。連邦以外の国々では、支配者層以外のデザイナーベイビーは少数。デザイナーベイビーとして身につけている能力だけで、十分、突出した人間になれる可能性があります」

「富と権力への欲求をなしにするって、遺伝子的にできないの?」


その段階で?!

森羅の発想はルツには全く思いつかなかった。

案内の声は、真摯に答えた。


「権力欲は極めて動物的なものです。しかし、それを抑えると社会性や様々な面で進歩するということに関わってくるのです。まだ試行錯誤段階と考えてください。そして経済は、遺伝子段階では考えにくい、人間が後発的に作り出したものです。富と権力に関連性はありますが、異なるもの。連邦では通貨とそれに準ずるものを廃止しようとしています。それは連邦での経済を無にする大きな決断です」

「つまり、不平等や戦争を起こしてる原因の1つを潰すってこと?」


森羅が再び興味のないことを話題にしているので、ルツは会話から離脱。リングを使って夜までぶらぶらする観光地を探した。が、見事にない。ラファの観光地は、現在ルツと森羅がいる「無境の境」と難民キャンプだけだった。

ルツががっかりしていると、リングは「嘆きの壁」「聖墳墓教会」「岩のドームとアル・アクサ・モスク」を勧めてくる。しかし。


「それ、連邦の外じゃん。エルサレムっしょ。行けんし」


リングは答えた。


「行けます。VRで。もともとこの体験全てがVRです。但し、VRとして体験することをお勧めします。VRの中であっても、イスラエルの国境を越えるという法律違反を犯したことが政府機関に知られた場合、ルールからの逸脱行為をする危険分子とみなされる可能性があります」

「こっわ」


VRの中でVR旅行。だったら、この時代の日本にだって行けるはず。横浜。日本人が消滅したって言われてる350年くらい後。でも横浜のシューマイとフィナンシェのハーバーはあるんでしょ?


「ルツ、ルツ」


森羅に呼ばれ、ルツはツアーが終了したことを知った。


「終わったんだ」

「おう」

「じゃさ、森羅、せっかくここまで来たから『嘆きの壁』『聖墳墓教会』『岩のドームとアル・アクサ・モスク』をVRで体験してこーよ。でね、明日は横浜」

「うっす」


森羅は「明日」という言葉に何の疑問も持っていない。ルツの立てる予定を全面的に信頼している。信頼ではなく、気にしていないの方が当てはまる。ホテルで一泊が、まさか同じ部屋だとは思ってもいないだろう。知ったところで、タクシーの車中泊の後ではインパクトは薄い。


「嘆きの壁」「聖墳墓教会」「岩のドームとアル・アクサ・モスク」の見学が無事終了した。国境からかなりの距離だけれど、そこは「通貨及びそれに準ずるものの廃止」を経験するためのVR内でのVR観光。移動に時間はかからない。体験場所はタクシーの中だった。


いよいよ!

夕方、ホテルに向かう。バオバブの並木道を歩いているとき、森羅が推測した。


「オレらって、通貨がなくなった後までVR体験あると思う? オレ、ないと思う」

「へ?」

「オレらがいたはずの西暦3000年代は通貨なかったじゃん」

「うん」

「だから、もう通貨がなくても社会が機能するってことは体験済み」

「うん?」

「VRの目論見は、オレらに貧困やそこからくる絶望感を味わわせること。なのに、オレらは楽しく生活して、金を貯めた」

「だね」

「もう、VRはオレらのこと諦めたかも」

「え、それって」


今夜はどーなるの? ホテルの一泊。

ルツがバオバブの大木の下で、森羅の後ろに太陽が沈んでいくのを見たとき、VRは終了した。


目覚めたのは、休憩室のようなスペースの一角にある知識をダウンロードするイスの上だった。


ルツと森羅が伸びをしていると、コノハナサクヤヒメさんが来た。


「あなた達、何をしたのですか? VR作成者からこの研究所に連絡がありました」

「「VR作成者?」」

「2人にはまだ、リングを渡していなかったから直接連絡がとれなかったらしく、VRが使われた位置情報から研究所に連絡が入りました」


休憩した後で、VR作成者と話すことになった。

その前に、ルツと森羅はリングを渡された。要するにスマホ。身分証明も兼ねているため、連邦内の全ての人に連邦政府から渡される。

それって、政府に行動も何もかも把握されてるってことじゃん。

ルツはちょっとだけ不気味さを感じた。


シールドを起動して顔を変え、待機。

VR作成者は立体映像でやってきた。どこかで会ったことがある気がする。端正な顔立ちのはずなのに、少し猫背で前髪が目に入りそうなダサい青年。

サミュエルさんじゃん。

VRの中で最初に出会った、未収入面接のサミュエルさんだった。


「君達は、稀にいる攻略タイプでした」


その言葉を聞いたとき、ルツは「勝った」気がした。顔が自然ににやける。


「とくにルツ。君は最初から最後まで一貫して精神的ダメージが皆無。始終、声のトーン分析からはハッピーしかない」

「いえ……。それほどでも」


照れる。森羅がいればいーの♡


「そして森羅。仮想通貨について話をしたい」


相手の声のトーンが明らかに変わった。


「はい」

「君は仮想通貨の多くが犯罪に遣われていたことに言及した。初めてだよ。未成年カリキュラムでダウンロードする内容には、犯罪に繋がる危険因子が省かれている。仮想通貨もその中の1つ。歴史研究者の経済分野の者は知っているが、他には知られていない。君は研究者かい?」


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