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Aフリカ  作者: summer_afternoon
VR歴史体験
13/82

フェイク情報による支配




イスラエルの国境は遠かった。そして、いい方向にルツの想像を裏切ってくれた。


ルツは職場に休暇を申請してイスラエルと連邦の国境に向かった。事前にリングに尋ねた。


「支援物資は何がいいの? 予算は少ないんだけど」

「気持ちだけで十分だと思います。物資は足りています」

「じゃ、お金がいいの? 通貨が廃止されるなら、金の指輪みたいなものが」

「ライフラインの残金では、配れるほど買えません」

「だよね。分かってる。横浜のシュウマイみたいな配れる物があればいいんだけど」

「イスラム教徒は豚肉を食べません。シュウマイを配るべきではありません」

「じゃ、ハーバー?」(ハーバーは横浜土産の焼き菓子。フィナンシェ)

「取り寄せるには3日はかかります」

「え、逆に3日で届いちゃうの? 早っ。ってかハーバー、あるんだ?」


日本人は消滅したのに。


「乗り物はなにを使いますか?」

「タクシー。タダだもん」

「8時間かかりますし、かなり道が悪いです」


そーだ。この時代の車、まだタイヤじゃん。道が悪いってどの程度なんだろ。

8時間、乗り心地の悪い移動をしなければならないだろう。タクシーは、行き先を告げるだけで連れて行ってくれる完全自動運転ではあるものの、西暦3000年以降とは比較にならない。機能もデザインも。地面から浮いて、道のない場所も進むキューブ型の車はまだない。無人で完全自動運転でも、タイヤで動き、道路の状態が乗り心地を左右する。


「電車はもうないんだよね?」

「ありません」

「飛行機は?」

「ありますが、金銭が発生します」

「いくら?」

「1人往復2.5ゲルです。ルツの部屋から国境の難民キャンプのある辺りまで1.5時間ほどです」


リングは飛行機を勧めてくる。2.5ゲルなら1.5時間で快適。タダなら8時間でハード。

8時間もかかったら、どこかで泊まるしかないよね。♡_♡


「ここはやっぱり、タクシーでしょ。ね、国境でホテルの手配できる?」

「シングル1つですね。かしこま……」

「ツイン1泊」

「かしこまりました」


ダブルでもいいんだけど。「間違えちゃった。てへ」って。AIに頼むんだから、そーゆーわけにいかないっか。

ツインでも問題だということは、ルツは棚に上げていた。実は、それ以前に問題があったのだが。


「明日の朝は国境だな」


森羅(しんら)は大量のお菓子と共に車に乗り込んで固まった。

時刻は22時 。狭いタクシーの中にはフラットになったベッド。ベッドというよりも、乗車する部分が全てマットと布団。なんだかとてもエロい空間になっている。これにはルツさえも戸惑った。


「うっそ。タクシー、どーやって頼んだの?」


慌ててルツはリングに確認する。


「22時出発、イスラエルの国境の街、ラファ難民キャンプ、朝到着予定。車中泊。2名。です」


間違いない。その希望は満たしていそう。

ルツも乗った。

エッロ。

30分ほどはルツも森羅も寝転んで音楽を聴いたり、お菓子を食べたりした。けれど、街灯のない窓の外の景色があまりに暗く、結局、寝た。

家だったら「歯を磨きなさい」と母親に言われるところ。この時代は、食後に歯垢除去飴を舐めればいいだけ。この飴には歯槽膿漏予防の作用もある。ルツが生まれた時代はコンビニと同じくらい歯科医院があった。それは遠い昔のこと。歯科医院の数は少ない。虫歯治療や歯列矯正、入れ歯などを扱うことはない。虫歯は基本できない。できたとしても歯を再生、あるいは生成させる方法で治療する。歯列矯正は、生まれる前の遺伝子段階でその必要がないデザイナーベイビーが造られる。入れ歯は虫歯ができないことと歯槽膿漏の予防が進んでいることによって必要とされなくなった。怪我によって歯が欠損した場合は再生か生成。

車はタイヤのままでも、時代と共に、科学技術も医療も確実に進歩していた。


翌朝、5時55分、国境の街、ラファに着いた。

カイロほどではないが、近代的なビルが立ち並び、整備された広い道路があった。人は歩いていない。


「あ。カフェあるじゃん」


森羅が24時間営業のカフェを見つけた。砂漠の中の街という雰囲気はまるでない。道路と建物が整然とあり、巨大なバオバブの木がダイナミックな街路樹となっている。カフェは緑の木々が鬱蒼と生い茂る庭の中にあった。メニューは時代を超えて同じ。朝食プレートには卵料理、サラダ、パン、スープ、ドリンクがある。スイーツ系のパンやパイもある。ルツはハムエッグにサラダ、トースト、野菜スープ、オレンジジュースを、森羅はチェリーパイとアイスコーヒーを注文した。注文を聞くのはドローン、料理を運んできたのは、研究室やコノハナサクヤヒメさんの部屋にあったのと同じタイプのワゴンだった。


「森羅、人じゃないことに慣れてきたよ。私」


ルツは、様々ことが無人で行われる世界が当たり前になってきた。スーパーに会計をするレジはない。欲しい物をカゴに入れるだけ。気が変わってカゴから商品棚に戻せば、その商品は省いた値段が、チャージされていた金額から引かれる。商店では、高級品を扱う店に人がいるくらい。それを見て、人の役割はおもてなしなのだと感じた。観光をしたピラミッドやスフィンクスの周りには露天商があった。らくだが近くにいて、商人は布を巻きつけたような民族衣装を纏っていた。人による観光用のおもてなしなのだった。


「ここにもいるな。ドローン」


テラス席から森羅は、街をゆっくりと移動するドローンを見た。

道案内や違法行為防止のためのドローンがカイロにも飛んでいた。この街、ラファにもいる。カイロでは、主に自転車の安全走行を促していた。自転車はこの時代、利便性よりも健康面やレジャーでの地位を確立している。


「ねー、難民キャンプって、ガサ地区(イスラエル国内)にあると思ったら、違うんだね」


21世紀とは全く違う。連邦側は、国境を越えてやってくる人をウエルカム。なので、難民キャンプは連邦側にある。ちょうど、今、ルツ達がいる辺りのはず。

森羅がリングに尋ねた。


「難民キャンプってどこ? オレらって入れる? どんなエリア?」

「ここはエリア内です」


2人で驚く。ルツも尋ねた。


「難民が暮らすテント、どこにもないよ?」

「この建物は宿泊施設になっていて、難民が一時的に宿泊しています」

「オレら、できれば支援物資を渡したいし、遣えなくなるお金で何か、寄付をしようと思ったんだけど」

「物資は足りています。必要ありません。通貨やそれに準ずるものは廃止されるので、寄付できません。ゴミになってしまいます」


またまた「物資は足りている」と言われてしまった。


「ねーねー、じゃ、難民ってどんな風に受け入れてるのか知りたい。見学なんて失礼?」


ルツは、方向転換した。ここにはテントも水不足も飢えも不衛生もなさそう。それを自分の目で確かめたかった。


「はい。そういった人が多くいるので、ツアーコースが用意されています」


なんと。観光地扱いになっていた。ルツと森羅はそれに参加することにした。



「無境の境」の見学から始まる。

都合よく難民が逃げてくる瞬間に居合わせることなどないはず。そこはVR。国境にいると、道の向こうの方から4人が歩いてくる。大人2人子供2人。家族に見える。子供1人は男性が抱っこして。もう1人の子供を女性が手を引いて。

道は国境を(さかい)に向こう側は舗装されていない。茶色い土があるだけの道。連邦側には、鉄製の壁があり、扉のない門がある。そこから綺麗に舗装された道になっている。

ルツと森羅がいるのは鉄製の壁の上辺りにある見学スペースだった。管制塔よりも低く、地上に近いのでよく見える。


ルツは妄想した。攻撃をかいくぐって、連邦の保護を求め、命からがら逃げる様子を。

きっと……


「う”っ」


バタ


男性が背後から撃たれて倒れる。抱っこされていた子供が地面に投げ出され、「お父さん!」と泣き叫ぶ。女性が投げ出された子を抱き、倒れた男性に駆け寄った子供を強引に男性から引き剥がして走る。門を越え、舗装された道路に3人が差し掛かると、何もなかった門に鈍色(にびいろ)の壁が造られる。可動式の壁。


パンパンパン


鈍色の壁に銃弾が当たる音が耳をつんざく。鈍色の壁を向き、女性は子供2人を抱き抱え、亡くなった男性を思って嗚咽。


というルツの妄想のようなことは全くなかった。


「ハーイ」


4人は笑顔で門から入り、舗装された道を歩く。にこやかに門番に要件を告げているようだった。

なんてスムーズな。

ルツは拍子抜けした。ツアーなので、ルートを進む。次はホテルのロビーだった。広くゆったりした空間に優しい音楽が流れている。難民の家族がロビーでくつろいでいた。

あ、イヤホンつけてる。

難民は、左耳にイヤホンをつけていた。恐らくは翻訳機。西暦3000年代では、白い小豆型にまで進化を遂げるのだろう。


ツアー案内アプリがリングと連携して起動している。難民と会話するように促された。自己紹介をしあい、談話が始まる。


「戦争はひどいのですか?」


ルツが尋ねると、女性が答えた。


「建物が壊れて生活する場所がありません。食べ物も薬も不足しています。国境を越えれば、連邦が受け入れてくれると知ったので来てみました」

「オレは軍の幹部らが話してるのを聞いて知ったんだ。神に感謝するよ」


男性は偶然知った。

ルツも森羅もそれに引っかかった。今度は森羅が聞いた。


「幹部以外は連邦のことを知らないのですか?」

「知らない。それどころか、国境には壁があって、触れると体が溶けると言われている。情報操作がされてるんだ」

「密入国ブローカーはいないんですか?」

「そんな危険な仕事をするよりも、連邦に行った方がいい」


確かに。

ルツが頷いていると、2人の子供達が無邪気に話す。


「歩いて来たんだよ」

「おまえは抱っこばっかだったろ?」

「最初は歩いたもん。ダディが車ダメって」

「車はGPSがついてるから、『無境の境』に近づくとバレるんだ」

「そっか。がんばって歩いたんだね」

「おねーさん、ここはいいとこ? お金がいらなくなるってホント?」

「うん。いいとこだよ。安心して暮らせるよ」

「もう警報は鳴らないんだね」

「みんなもこっちに来ればいいのにな」


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