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Aフリカ  作者: summer_afternoon
VR歴史体験
11/82

ヤバいものには蓋をされ

「掃除の仕事は、掃除ロボットをモニターで監視して、ウオッシャー液や電池の交換、ロボットを清掃する仕事です」

「へー。面白そう」

「困りましたね。ロボットの下僕的な業務です。しかも、掃除したロボットを綺麗にするのですよ。人間だからというだけで採用される、自身の能力や存在を無視されたような仕事です」

「じゃ、介護は?」

「こちらは若干違います。お年寄りが大勢いる介護施設では人とのふれあいが求められます。入浴や排泄に関して直接携わるのはロボットですが、声かけを行ったり手を取って導いたりします。それから朝の身支度の介助など」

「そっちは『人間だからというだけで採用された、自身の能力や存在を無視されたような仕事』とは思えないんだけど」

「かなりのハードワークです。介護用ロボットは多機能で高額。なので人間は低賃金。1人で多くの介護用ロボットを扱い、多くの人を介護しなければなりません。アルツハイマーの方の夜歩きの応対や介護していた人との死別など心身共に疲弊します」

「この時代でも介護士は大変な仕事なんだね」

「ルツの時代では、介護をすべき老人がいないのではありませんか?」

「はははは。そーだった」


いっけない。21世紀と比べちゃった。


「んーっと。チャージされたのは30万ゲルだっけ。これが2ヶ月分だから、1ヶ月15万ゲルでしょ。ね、家賃ってどんだけ?」

「1ヶ月4万ゲルです」

「へー。残りの11万ゲルから光熱費と食費とスフィンクス行くお金」

「ルツはライフライン申請をしたので、タクシーが無料です」

「マジで?」

「マジです。電気、水、通信費はもともと無料。美化税、酸素税、eデータ使用税も免税となります」


ガスは使っていないっぽい。プロパンが高いとか気にしなくていーんだ。


「だったら、残りは食べて遊ぶだけ?」

「はい。遊ぶといいますか、人間的な営みをするために遣ってください」


ルツの仕事は週5、13時から17時。時給1500ゲルなので、1ヶ月12万ゲルの予定。


「もし9時から17時まで働いたら1ヶ月24万ゲル」

「ルツ、9時から17時までの場合、休憩が入ります。1日7時間勤務で21万ゲルです」

「おおーっ。13時から17時までなら、ライフラインの分と合わせて1ヶ月27万ゲル。富豪じゃん。もし9時から17時までだったら36万ゲル。大富豪じゃん」


ルツは目を輝かせた。しかーし。


「ルツ、12万ゲルの収入があった場合、ライフラインからのチャージは3万ゲルとなります」

「何それ。働き損」

「なので求人があるのに働き手がいないのです」

「くっそぉ」


ルツはただの好奇心で職に就いたことをすっかり忘れて、守銭奴になってしまっていた。


「大丈夫です。どこも良心的で20万ゲル以下の給料にしてくれます」

「は?」

「20万ゲルを超えると、社会保険料、介護保険料、グリーン課税、災害支援税が給料から天引きされます。もちろん、美化税、酸素税、eデータ使用税もです」

「へー。大したことないんでしょ?」

「給与所得に対して、社会保険料30%、介護保険料10%、グリーン課税2%、災害支援税2%、美化税2%、酸素税2%、eデータ使用税2%。翌年に住民税。更にタクシー代が発生します」

「は?」


だったら、働かない場合、1ヶ月15万ゲル。13時から17時働いても15万ゲル。なのに、9時から17時まで働いたら税金で持ってかれて10.5万ゲル、プラス住民税があってタクシー有料。


「おかしくない?」

「大丈夫です。20万ゲル未満か30万ゲル以上の仕事がほとんどですから」


それを「大丈夫」と片付けていいのか、ちょっとルツは腑に落ちなかった。が、VRでのテーマは、通貨及びそれに準ずるものの廃止。ここはスルーすることにした。


「そーなんだ」

「低所得を肌で感じてください」

「はーい」


低所得って、結構酷な言葉だなと感じたルツだった。

でもまあ、7割の人がライフラインで生活しているなら、低所得であっても1番一般的な中間層となる。そう考えてからは、月15万ゲルでどう豊かに暮らすかをリングに尋ねまくった。結論。自炊し、出歩くのは散歩程度にとどめる。


4時間の倉庫番を終え、上司ゼニガタに帰宅することを伝えに行った。


「お疲れさん、ルツ。明日から気にせず17時に帰っていいよ。顔認証システムがルツの出勤と退勤を記録しているし、オレは捜査で出歩いていることが多い」

「はい。分かりました」


帰宅途中、マンションの最寄りのスーパー前でタクシーから降りた。労働して気分がいい。

奮発して自分へのご褒美、買っちゃおうかなー。

キッチンにあったのは、鍋、フライパン、オーブンレンジ、包丁、まな板、温冷蔵庫。食器はなかった。ルツはカップとお皿をペアで購入。自分へのご褒美とした。

食材と調味料も購入。料理はリングに聞けばいい。今の自分にできそうなのはカレー。作ったものを保存するための容器も買った。


自分の部屋へ帰る前に、ルツは森羅の部屋のインターホンを押す。


「ルツ、おかえりー」


うっわー。癒される。なんか、今日、めっちゃ仕事頑張った気がしてきた。イスに座ってただけなのに。「おかえり」マジックすごい。

森羅の部屋は、ゴミがなくなっていた。部屋の前の通路にあったペットボトル空き缶ダンボールもない。掃除はまだなのだとか。


「森羅、今日『働いたら負け』って分かった」

「いきなりどした?」


ルツは、働かなくても働いても15万ゲル、20万ゲルを超えると半分がなんちゃら保険やなんちゃら税、プラス次の年に住民税があり、タクシー代がかかるようになると嘆いた。


「なかなかエグい制度だな」

「やる気なくすじゃんね」

「さっきまでさ、暇だったから、リングで色々調べてたんだ」


あれ? 掃除は?

そう思ったけれど、ルツは尋ねなかった。森羅はいつでもどこでも森羅だから。興味のあることを優先する。


「なんか分かった?」

「15万ゲルがどうやって設定されたか」

「すっごー。貰えるお金なんて気にしなかったよ。取られるなら反応するけどさ」

「連邦が決めた制度だった」

「連邦が。じゃ、他の場所でも15万ゲルなんだ」

「そ」

「ヨーロッパとか物価高そうなんだけど」

「一緒。連邦内はほとんど。ワルシャワで国がなくなるときの原因から続いてた」


ワルシャワでみみず爆弾を経験したのは、敵国から多くの人が出国して移民となり、行った先の国で受け入れてもらえず強制送還されたことだった。制度は連邦政府によってかなり画一化されていたものの、移民は福利厚生が充実して、少しでも移民や失業者に手厚い地域、美しく住み良い地域を選んで押し寄せた。この経緯があり、社会保障が完全に連邦内で統一された。


「一緒なんだね」

「都市部に移民が多いってのはあるけど、割とまんべんなく散らばってるらしー。最初、未収入の人は、やっと食べていける程度の支給額で。そしたら、治安が悪くなったんだってさ」

「へー」

「普通に生活できる分を支給したら犯罪が減った。貧困が犯罪の温床になる」

「そーゆーもんなんだね」

「市場に金が供給されたことが原因で、インフレが問題ンなってる」

「連邦が価格統一できないんだ?」


インフレ=物価上昇。


「金って、お化けみたいなもんなんだな。ないと犯罪が生まれるし、あっても別の形の犯罪が生まれる」

「……」


森羅ったら。自分が仮想通貨の送金アプリ作ったから。


「デザイナーベイビーだらけで、有能な遺伝子ばっか。この時代」

「え? だったらどーして7割もライフラインの人がいるの?」

「7割も?」

「うん。リングが言ってた」

「5割くらいだと思った」

「それだって半分」


ルツは森羅が5割と考えた理由を尋ねた。


「超高齢化社会。医療技術が進んで、年食っても死なない。まだ、老化を止める薬は発明されてない。たっくさんのリタイヤ老人がいる。連邦の年齢別人口のグラフは縄文土器みたいな逆三角形。さすがに一番上は尖ってるけどさ」

「子供減ってる?」

「うん。まず自分の長い人生を生き抜くのが大変って」

「仕事、AIやロボットのおかげで、しなくていいみたいじゃん。ってゆーか、少ない職に、優秀な大人になったデザイナーベイビーが殺到するんじゃない? いい仕事に就けたら、女の人は子供産むのがリスクになっちゃう」


ルツは話しながら、家でぼーっとしている森羅に子供を預けて、自分がバリバリと働く姿を想像した。

私だったら、森羅の子、産む。仕事も諦めない。

なぜかルツは、自分がデザイナーベイビー並みに優秀な設定で想像していた。


ルツはその日から自炊した。森羅は仕事をする気はなさそう。1日中リングで遊んでいる。その点は、ルツもあまり変わらない。仕事の傍、ずっとリングで情報収集をしているのだから。


翌日の午前中、ルツは森羅を引っ張って、スフィンクスを見に行った。歴史あるファーストフード店で、ピラミッドを見ながらピザを食べた。

2人で旅行に来たみたいだね、森羅。ああ、どーして午前中なんだろ。仕事休みの日まで我慢して、夕日を見に来るべきだった。サンセット・異国・砂漠の風。雰囲気に流されて、思わずキスなんてこともありそう。


「やっぱVRなんだな」


森羅の言葉は唐突だった。いつものこと。


「どしたの?」

「24歳設定だしさ、仮想通貨で遊ぼうと思ったら、口座開設できねーし」

「なんで」

「知りたいじゃん。オレら、通貨の臨終を見に来たんだから」

「臨終って。」

「仮想通貨は存在してる。でも、アンダーな通貨。オレらんときよりもっとヤバい。だからってアクセスできないって、VR作った人の手抜きだと思う」

「しょーがないじゃん。社会で偉人について習うとき、裏の顔なんて教科書には載ってないでしょ? それと同じ」

「でもさ、たぶん、今回、仮想通貨は割と重要だと思ったんだけどな」

「ヤバいものには蓋をするものなんだよ」


森羅はストローを望遠鏡のようにしてピラミッドを見る。


「MOLLYアプリ、リングに聞いた」

「何って?」

「都市伝説の類だってさ。『21世紀に日本人が作ったとされるアプリ。複数存在したとされる』って。なんのアプリか聞いても答えてくんねーし」

「あはは。めっちゃ蓋されちゃってるじゃん」


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