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己の魅力さと存在のなさ

「どーしたの? 森羅(しんら)

「どうしていいか分かんねーよ。VRなのにさ。腹減った」

「森羅んとこに、サミュエルさん来なかった?」

「なんか、最初、インターホン鳴ったけど、怖くて。でもどんどん腹減って。VRだから死なないはずって我慢してたんだよ。したら、暗転して、たぶん、日にちが経ったってことだろーと思った。だから、今度はインターホン出てみた。ルツいたし」


玄関の外まで、部屋の中の生ゴミの臭いが漂ってくる。


「リングは?」

「ああ、指輪? 邪魔くさいから取った」

「光らなかった?」

「すぐに取ったから。光ったかどーか知らん」

「あれ、スマホみたいなヤツだと思う」

「マジか」

「ちょっと待って。まず、ライフライン登録しよう」

「なにそれ」

「リングはめて」

「どこにあるか分かんね」


Qちゃん、森羅はどこでも森羅だったよ。ぜんっぜん生活力ない。森万(しんばん)ママ、お任せください。私がいる限り、森羅を泣かせません。もう半泣きだったけど。


まず、森羅にシャワーを浴びてもらった。汗臭くて。それは森羅も気になっていた様子。頭をばりばり掻いて指の臭いを嗅いでいた。

嗅ぐな嗅ぐな。


「水しか出ねー」

「暗くて見えないだけ。シャワーヘッドをタップすると温度調節できたよ。私、初日に水で浴びた」

「うっそ」

「ホント。ここ、カイロだから風邪ひかないよ」

「カイロ?! そーなん?」

「森羅がシャワーしてる間に、私、リング探す」


リングは、ベッドの下に落ちていた。

いつものルツだったら、森羅の生背中くらいは見たいと思っただろう。けれど、森羅の部屋はあまりに酷い状態で、そんな気分にならなかった。どうせ見るなら、思わず抱きつける雰囲気がいい。シャワー後の森羅にも、いつものようには気分が上がらない。汚部屋がムリだった。


森羅がリングをはめると、画面が現れた。会話しながら、ライフライン登録に辿り着く。支払い機能のあるアプリにお金がチャージされた。森羅と一緒に買い物をし、森羅のカップ麺やゴミ袋、着替えを買った。


帰宅してから一緒に掃除。けれど、ルツは途中で退出しなければならない。


「私ね、今日から仕事なの」

「え?」

「倉庫の番」

「人間がすんの?」

「どんな感じかは、行ってみないと分かんない」

「そっか。西暦3000年に比べれば、まだまだ昔だもんな。そんなに技術が発達してないのかも。ここアフリカだし。すげーな、ルツ。もう仕事見つけたんだ」


森羅は唇を尖らせて俯く。拗ねた顔もルツ目線ではかわいい。


「森羅、苦手かもしんないけど、ちょっとは片付けなよ」

「オレが出したゴミじゃねーじゃん」

「分かってる。でもね、片付けないとずーっと汚いとこにいなきゃだよ?」

「がんばる」


不本意なのか、俯いて視線を逸らしながら返事をする森羅。


「私も頑張って仕事してみる。行ってきまーす」

「じゃな」


ルツは、一緒に森羅の部屋を片付けたい気分だった。

森羅、がんばれ。


マンションを出てタクシーに乗って職場へ行った。本来なら、ルツにとってはタクシーは贅沢。パブリックな電車やバスを使いたいところ。しかーし。鉄道はもうない。線路の鉄は再利用済み。人が同じ場所を目指して行き来しないのでバスもない。200年経っても500年経っても、カイロは暑い。タクシーは最適で快適な乗り物だった。


到着した建物は警察署。

え、何で? 聞いてないよ。住所はここで合ってる。

ルツはリングで確認した。間違いない。倉庫の番と聞いたから、通販的な物の倉庫かと思っていた。ロボットが作業するのを眺めながら見張り番をするのではと。


「やーやー、君か。オレはゼニガタ」


玄関ホールで実態のない声に2、3言受け答えしていると、黒髪がくるくるして顎が割れた男が出てきた。イカツイ。デザイナーベイビーじゃないと分かる外見。


「ルツです。よろしくお願いします」

「倉庫に案内しよう。犯罪現場から押収した物が保管されている倉庫なんだ。基本的にAIに管理させていた。そしたら先日、無人をいいことに窃盗目的で忍び込まれたんだ」

「……」


そんな物騒な。それって、私いてもカンケーなくない? 人間がいたって忍び込まれるって。

案内されたのは、地下だった。エアコンが効いてひんやりする。遺体安置所を通り過ぎた先、廊下の突き当たりに倉庫の入り口があった。ドアの横に、ロック解除のための読み取り装置らしき物。天井には監視カメラ。ルツの仕事場は。

うっわー。最悪。

ロック解除のための読み取り装置らしき物のすぐ横にイスが1つある。

ここ。場所的に、壁の向こうは遺体が安置されてる冷蔵庫の横ら辺じゃない?

ルツの背筋を冷たい物が走った。


「倉庫番といっても、監視カメラとロック解除の顔認証で済む。君の……ルツの仕事は、人間がいるってこと。だから、ゲームしててもいいし、友達と電話しても、動画観ててもいい」

「はい」

「やってくれる人がいてよかったよ。よろしく。あ、トイレも気にせず行ってくれていい。ちょっとした居眠りも問題ない。どーせ何事もないだろうから」

「はい」

「ま、大した物は入ってないんだ。金は基本ネットん中だし、薬や銃は、こんな盗むのにリスクのあるとこよりも外でいくらでも手に入る」


サミュエルさーん、治安、悪いですよー。


仕事開始。

……。

……。

……。

ただ時間だけが過ぎる。

ルツは、リングでいろいろ調べてみることにした。

スフィンクスまでの行き方は、タクシーか。

無人タクシーなので、ルツが生まれた時代のように、ぼったくられるとか変な場所で降ろされるという心配はない。バスのように、言葉が分からなくて間違えて乗る心配もない。すでに英語が世界の共通語になっているらしく、上司ゼニガタも玄関ホールでのAIとのやり取りも英語だった。

リングは聞けば教えてくれる。便利。


「スフィンクス見に行ったら、近くにお勧めのお店ある? カフェとかお土産とか」

「たくさんあります。予算は?」

「えーっとね、あ、そーだ。このチャージされた金額って1ヶ月分だっけ」

「いえ、2ヶ月分です」

「ふーん。食費ってどれくらいかかるんだろ。あ、いっか。どーせVRだもんね」

「食費に関しては、外食と自炊の割合でかなり違ってきます。『VR』とルツは考えているようですが、神経に刺激を与える方法と取っていますので、飢餓感、そこからくるストレス、気分の落ち込みはハードに設定されています」

「おおー。すごいね。あ、なんかトイレ行きたくなっちゃった」


ルツはトイレに行こうとイスから立ち上がる。そして気づく。

こんなにリアルだったら、本当に体から放出しちゃうよね。まずくない? VRなのに。

そもそも、本当にトイレに行きたいのだろうか。それとも、神経が刺激されているだけなのだろうか。それすら、全てがリアル過ぎて判断できない。

アップルタイザー飲んだじゃん。


「あのさ、トイレ行ったらやばくない? VRで体験しながらおもらしする気がする」

「なるほど。では一旦覚醒しましょう」


ぱち


ルツは目覚めた。そしてトイレへ直行。なんだか授業中に挙手して「先生、トイレに行きたいです」と訴えたような感覚だった。

トイレから戻って森羅を見ると、森羅のまぶたが小刻みに動いている。ときどき眉間にシワを寄せて。ルツは思わず囁いた。


「お片付け、がんばって」


森羅の眉間からシワがなくなり、口の端がちょっと上がる。

かわいー。好き♡

ルツは満足して、再びVR体験に戻った。

遺体安置所奥、ぽつんとあるイスに一人で座り続けるという仕事。場所が怖過ぎる。VRでも超常現象で起こるのかな。

ルツは気を紛らわすために明るい声を出した。


「リング、聞いていい? 時間ってどうなってんの?」

「ただいまの時刻は14時です」

「え。13時から仕事の説明受けて、まだ1時間なんだ。って、そーゆーことじゃなくて。ここで色々経験すると、例えば、この仕事は 5時までで4時間かかるじゃん。そこんとこ、目が覚めたら何時間も経ってるの?」

「いえ。記憶に経験を埋め込みます。なので、こちらで1年を経験しても、実際には1分も経っていないという状況です。一応、ここでの私の役目はリングの機能のみです。比較的多くある質問なのでお答えしましたが」

「あ、そーなんだ。ごめんね」

「いえ」

「でも、もうちょっと質問したい。コンセプトは弱者の経験をすることって聞いたんだよね。でねでね『通貨及びそれに準ずるものの廃止』がテーマじゃん。ってことは、お金がない生活を味わう感じ?」

「困りました。そういった質問は比較的多いのですが、味わってくださいとしか言いようがありません」


あらら。困らせちゃったよ。


「いろいろ予備知識ちょうだいよ。この仕事で潤った分でスフィンクス見に行けるの?」

「給料が入らなくても観光はできます」

「めっちゃいいじゃん」

「困りました。惨めな気分を味わうものなのですが」

「へ?」

「薄暗くて不気味な場所。人間だからというだけで採用された、自身の能力や存在を無視されたような状況。ひたすら時間が過ぎるのを待つ」

「確かに不気味だけど。仕事って感じじゃないじゃん。他にも仕事ってあるの?」

「高層ビルの掃除や介護の夜勤、探偵などがあります」

「探偵?! えー、そっちもやってみたいなー」

「響きはいいのですが、単純作業です」

「どゆこと?」

「銀行が企業に融資をする際、その企業の場所を確認するという仕事です」

「そんなの、ドローンとかで確認すればいーじゃん」

「そういった電子機器にダミーの映像を送って、資金を騙し取る詐欺が多発しています。なので、人間が見て確認するのです。タクシーでは500m手前までしか行けません。タクシーには別の場所を案内させる手の込みようです」

「あったまいー」

「困りましたね」


あらら。また困らせちゃった。


「困るの?」

「人間だからというだけで採用される仕事です。自身の能力や存在を無視されたような状況になります。ただ建物の映像を送信するたけの単純な作業です」

「じゃ、高層ビルの掃除は、外でクレーンに乗ってガラスの掃除とかするの?」

「とんでもありません。そのような(いにしえ)の仕事はロボット任せです」

「なーんだ」


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