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Aフリカ  作者: summer_afternoon
日本人消滅解明PJ
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1000年後に幻の日本人

幻の日本人? 

目の前の左右対称な顔の美人女性はルツに尋ねた。


「あなた達は、日本人?」


ルツは辺りを見回してから、足元で尻餅をついている森羅(しんら)に目をやった。状況が分からなくて怖い。


「はい」


森羅の声が聞こえた。けれど、森羅の口は英語で「YES」と動いていた。

女性は満足そうににっこりすると、森羅の両耳珠(じじゅ)にも、先にルツにしたように、白い小豆のようなものを着けた。


「ようこそ。1000年の未来へ。私はコノハナサクヤヒメ。よろしく」


コノハナサクヤヒメさんは、自己紹介をして握手の右手を差し伸べる。ルツはそれに応えた。

ずっと握りしめていた森羅の学ランの袖がルツの左手の中で動く。森羅も立ち上がって、コノハナサクヤヒメさんと握手した。







2週間前、西暦20??年3月、ルツは浮かれていた。隣に住む大好きな森羅と同じ高校に進学が決まったから。


せめてこっち見ろ。

自然光がカーテンに遮られる部屋で、液晶画面からの光に顔を漬ける森羅を、ルツはため息混じりに眺める。きっと次の言葉にも、森羅は反応しない。


万象(ばんしょう)に告られた」

「おめでと」


一応、反応はあった。最悪だったけれども。


パソコンに向かっているだけの「オタク」と称される森羅は、中学校での評判はよろしくなかった。つるんでいるのは、オタクかタトゥのある連中。授業中は寝ていることが多い。塾でもぼーっとしている。

けれどルツは満足だった。


『ライバルいないじゃん』


親友のQちゃんに話すと、げーっと顔をしかめられた。


『万象にしとけ。どう考えたって万象。100人中200人が万象がいいってゆーよ。アタシさー、あの男がいつか警察につかまるんじゃないかって心配』


Qちゃん、オタクは性犯罪を犯すって決めつけてんだよね。酷い。女の子に相手にされないから性癖が歪んで、VRと現実の境を見失っちゃうって。んなわけあるか。

確かに最近、その手の犯罪は多い。けれど、森羅がそんなことをするわけがない。ルツにとって、森羅は王子様。ルツの乙女ゲームでの王子様の設定は、小さなころから森羅に激似。森羅の画像データを読み込んでいるのだから当然。VRと現実の境を見失うという点で当てはまるのは、森羅ではなくルツだろう。事実、ルツは森羅と、乙女ゲームで様々なシチュエーションのキスを経験済み。最近は朝会ったとき「おはようのキスをしてくれてもいいのに」と思うほど。


『森羅はねー、ぷってオナラして。ごめんって謝るの。可愛くない?』


ルツは森羅の全てが好き。そっけないところも、ときどき見せるはにかんだ顔も、寝顔は天使だと思う。たとえ授業中であっても。


『んじゃ、アタシがオナラ男をいっぱい連れてきてやるよ。ま、万象はしなさそうだもんね』


Qちゃんが繰り返す万象は、森羅の双子の弟。同じ顔で同じ体型なのに、全く違う人種。学校にファンクラブがあるモテ男。ちゃらくはない。陸上部。誰に告られても「好きな子がいるから」って断る。でもって、それが誰なのかは学校中の者が知っていた。ルツ。


『森羅の名言。牛乳ってすぐヨーグルトんなるのなって。笑えるでしょ?』

『笑えん』


Qちゃんは言い捨てる。


『森羅と一緒の高校行くし、がんばる!』

『友達として応援しなきゃいけないってのは分かってるけどさ、どーして万象じゃないわけ。そこは万象でしょ万象』


両拳でテーブルを連打してQちゃんが抗議する。


『万象、高校違うし』

『ちょっと、そのことなんだけど。万象に合コンセッティングしてもらって。ルツの頼みだったら聞くと思うから』


ルツはQちゃんににじり寄られるのだった。


森羅と万象とルツは、同じ公立高校を受験した。森羅とルツが合格。不合格だった万象は、先に合格していた私立男子高校へ進学を決めた。通称モテ高。その高校の生徒だと言えばJKが釣れてしまうので、学ランの校章入りボタンが売れまくるという。ルツの親友Qちゃんは、高校生活を薔薇色にしようと意気込んでいた。


森羅と万象の母親ーーールツの家族は「森万(しんばん)ママ」と呼んでいるーーーは、森羅のことをものすごく心配した。万象はどこでもやっていける常識人。けれど森羅は小さなころから問題児で、あらゆる面で万象がサポートをしていた。


『お願い、ルッちゃん。うちの森羅をよろしくね』

『はい!』


たぶん森羅はアスペルガー症候群だとルツは思っている。森羅はいいやつだから、周りには彼を理解する友達しかいない。けれど、提出物を期限通りに出さなかったり、机の中やロッカーを整理できなかったり、教師からの評価は低い。授業中に寝ていることも大きい。森万ママは、個人面談のたびに胃薬を飲んでいた。


別々の高校へ進学が決まったからだろう。今日、ルツは、とうとう万象に告られてしまった。今更。友達も後輩も先生までも、家族は当然、万象がルツを好きだと知っている。

マジ勘弁ーーールツは思うのだった。

告られる間、ルツは「森羅だったら」と万象にとっては残酷な妄想していた。

きっと片方の手を制服のポケットにつっこんでるよね。少し猫背になりながら。髪は寝癖つきだったかも。


万象にはいつか告られると思っていたけれど、断り方を考えていなかった。お隣さん。しかも好きな人と双子。誠意の伝わる断り方をしなければ、今後に支障を来たす。『つきあって』の断り方を『えっと』と考えているとき、『連絡したり、休みの日に会ったりしたい』と言われた。ルツは『それなら』と答えた。

アホだー。それもダメって言わなきゃ。だって、森羅が好きなんだもん。なんでくだらないこと考えちゃったんだろ。すっぱりきっぱり断ることこそ、誠意なのに。

後悔先に立たず。


ゲーム用TVやコントローラー、USB、卒業アルバム、漫画を読むためのタブレット、ガムの包み紙。こちゃこちゃとした部屋で、森羅は液晶の光に顔を漬けたまま、音をさせずにキーボードを叩く。


「何してんの?」


ゲームではなさそうだから訊いてみた。プログラムに見える。


「小学生の宿題のお手伝い? 中学もか」

「春休みなのに?」

「政治の授業できてから、結構使われてる。アプリのバージョンアップ」

「ふーん」


ルツ達が中1のとき、政治という科目が小学生の授業に加わった。中学生は財政という授業がある。行政機関や政治団体は電子マネーしか使用できない。そのため、シャープペンの芯すら記録に残る。小中学生は授業や宿題で、どこかの省庁や地方自治体、あるいは一般会計歳出、特別会計歳出、あるいは政治団体のお金の流れを調べる。

詳細で膨大なデータは、すでに決算報告としてまとめられている。が、不適切な物品、数や入出金を探す闇アプリなのだとか。


「ときどきニュースになってっじゃん?」

「そーだっけ?」

「テレビじゃ流さないか」

「ネットでも、そんなニュース観ないって」


万象に告られた話はどこかへ行ってしまった。

でも、万象に『それなら』って言ったから、今ひとつ乗り気じゃないってニュアンスは通じてるよね? ま、いっか。

「明日できることは明日やろう」がルツのモットー。要するに問題を先送りした。




高校生活が始まって数日。ルツは森羅と横浜駅西口五番街にいた。森羅と2人ならファーストフード店も青春の1ページ。小さなテーブルで距離が近い。ちょっと寝癖で跳ねたままの森羅の前髪に触れようとして迷う。もう自分は中坊じゃない。

カップルに見えてるかも。だったら、カレシの前髪に触れるのはアリだよね。(じゃ)れ? いいよね? 好きだと触りたくなっちゃうもん。

にへら〜っと顔を緩めて手を伸ばすと、、、 


「ほら」


ブルーハワイを飲んでいた森羅が舌をべーっと出す。かわいい! 好き。


「青っ」


その時、ダークスーツの男がテーブル横に立った。


「ちょっといいかな。MOLLY(モリー)?」


立体的な警察のマークが他の客に見えないよう、スーツの影で静かに掲げられている。瞬間、森羅はガタリと席を立ってダッシュ。なに? 警察? 訳がわからないまま、ルツは森羅を追いかける。勢いでテーブルがずれ、イスがひっくり返る。ルツの目の前には森羅の背中。狭い階段を人にぶつかりながら駆け降り、全速力。警察? モリー? 頭の中が疑問符だらけのままルツは走った。居酒屋、ゲーセン、携帯ショップ、横浜駅西口五番街は人だらけ。青い橋の階段を昇る。走りながら森羅は抱えていたリュックを幸川(さいわいがわ)に放り投げる。マジで? 横浜駅徒歩数分の幸川はお世辞にも綺麗とは言えない。そしてあろうことか、森羅まで橋の手すりを乗り越えようとする。

背後からは、アスファルトを蹴る靴の音が迫る。

森羅は泳げない! 助けなきゃ。

具体策もないまま、ルツは柵を乗り越えた森羅の横で跳んだ。助走は十分、歩幅もばっちり、左足で階段踊り場を踏切り、手すりの天辺を右足で蹴る。思いっきり左腕を伸ばして森羅の学ランの右袖を掴んだ。


森羅しか見てない。

いつだってそう。


真っ暗だった。上下も重力も分からない漆黒の中、ルツはただ、森羅の学ランを握っていた。


漆黒が薄くなり、黒い(もや)に変わり、やがてそれが消滅していく。

柔らかなベージュの床とベージュのラグ、三方はベージュの壁だった。

ルツは森羅の学ランの裾をぎゅっと握り続けた。ルツは立っていたけれど、森羅は床に尻餅をついていた。一方のガラスの壁の向こうでは、白い服を着た2人が歓喜している。口々に何かを言いながら。1人はガッツポーズしている。


幸川に飛び込もうとした森羅を追って、自分も着水を覚悟したはず。けれど濡れていない。ルツは自分の身に起こっていることが不思議すぎて、ますます森羅の学ランを握る指に力を込めた。


女性が、飛行機のように分厚いドアを開け、ガラスで仕切られた部屋へ入ってきた。完璧に左右対称の美術室の彫像のような美人。小さな、白い小豆のようなものを、ルツの両耳珠に着け、そっとルツの右の指で触れさせた。開いているドアの向こうからの声が日本語になって聞こえてきた。


「すごいな。想定外だ。やった。しかも男と女。幻の日本人だ」


幻の日本人? 

目の前の女性がルツに尋ねる。


「あなた達は、日本人?」


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