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原始時代のオリンピック

作者: 雉白書屋

 近々、この国で再びオリンピックが開催されるということで、マスメディアはその話題一色になっていた。

 新人記者の彼は、ある興味深い説を唱える博士に取材するため、その自宅を訪れた。


「……オリンピック。人々が熱狂し、欲望が渦巻く平和の祭典。その起源は古代ギリシャだと考えられているだろう。しかし、本当の発祥はさらに古い。そう、原始時代にその原型が存在していたのだよ」


 本や資料が山積みされた部屋で、博士は椅子に腰掛けて語り始めた。


 ある日、原始人たちは広大な原野に集まり、部族対抗の競技会を開いた。

 最初の種目は、現代でいうやり投げに似た競技だった。

 槍を遠くへ投げるこの競技は、基本的には現代と同じだ。ただ、原始人たちはなぜか投げた槍をキャッチしようとし、その結果、何人かが首や胸に突き刺さり絶命していた。競技の盛り上がりどころは飛距離ではなく、その致命的な瞬間にあったようだ。

 次の種目は砲丸投げ。もちろん鉄球など存在しないため、代わりに大きな石を投げていた。そして、またしても原始人たちは投げられた石をキャッチしようとして、負傷者が続出した。

 三つ目の競技はレスリングだった。これは、ただの乱暴な取っ組み合いで、相手を動けなくすれば勝利となる単純なルール。しかし、彼らには整地するという概念がなく、地面には無数の石が転がっていた。勝者も敗者も血まみれになり、時には命を落とす者もいた。

 他にも二百メートル走や、野球の原型のような競技があった。

 投手が石を投げ、打者が棍棒で打ち返し、どこまで飛ばせるかを競うシンプルなもの。だが、この競技ではなぜか原始人たちは飛んだ石をキャッチしようとはせず、ただ投手と打者の勝負を楽しんでいた。

 打者の顔面に石が直撃し、死亡することもあったが、乱闘は起きなかった。どうやら、この時代から野球は神聖視されていたようだ。

 さらに、サッカーに似た競技も存在していた。

 ただし、使われるボールは人間の頭部だった。血が滴っていることから、先の競技で死んだ者の頭を使用しているらしい。彼らの力は凄まじく、試合中に潰れるため、次々と新しい頭が投入された。

 審判は存在せず、ルールも単純だった。『ボールを蹴る』か『相手を蹴る』か。そのどちらかだ。後者のほうが圧倒的に人気があった。ゴールポストはなく、蹴り合い、殴り合いが続き、試合終了時には両チームの選手が全員倒れていた。あるいは、全員が倒れたときが試合終了の合図だったのかもしれない。

 また、原始人らしく狩猟競争も行われた。小動物を放ち、それを追いかけて槍で仕留める競技だったが、ここでも相手への妨害行為が許されており、何を狩るのかを忘れる者も多かった。

 ただ、『不正』という概念が存在しないという点では、フェアと言えるだろう。

 原始時代のオリンピックは厳密なルールはなく、ほぼ無法地帯だった。しかし、勝者が誰かは重要ではなかった。極めてシンプルな価値観の中で生きる彼らは、すでに知っていたのだ。

『生き延びた者こそ真の勝者』であることを。それこそが、彼らにとっての究極のルール。

 生きているだけでみな優勝。競技終了後には部族の違いを越えて、互いを称え合った。

 彼らが競技会を開いた目的は不明だ。娯楽だったのか、戦士としての力を誇示するためだったのか。あるいは、単に暇を持て余していたのかもしれない。

 だが、現代オリンピックに欠けているものを、彼らは持っていた。それは、フェアプレーの精神だ。どの競技も男女の区別なく、障害の有無に関わらず全員が平等に参加できた。そして、勝者を中傷する者などいなかった。

 私は今一度、現代オリンピックの在り方について考えてほしいと思っている。莫大な予算が動き、中抜きが横行し、賄賂やドーピング、不正がまかり通る。ルールがあるように見えて、太古の昔と変わらず無法地帯ではないだろうか。


「あの」


 進歩というものは化石になってしまったのだろうか……。


「あの、博士」

「ん? なんだね?」


「いえ、非常に興味深いお話でしたが……その、原始人がオリンピックを開催していたという証拠はどこに……? ははは、まるで見てきたかのように話されていましたけど……」


 記者は慎重に言葉を選びながら問いかけた。噂通り、この博士は大変な空想家らしい。以前もタイムマシンを作ったと豪語していたという話を聞いたことが――


「見てきたのだよ」


「え?」


「その結果がこれだ。私は太古のオリンピックを直接見てきた。そして知ったのだ。我々はあの頃から何も変わっていない。支配、迫害、一方的な蹂躙を好む。それが人間の本質だということをな」


 博士の声は真剣だった。しかし、記者の耳に届かなかった。彼の目は、博士が取り出した二つの義眼と体に刻まれた傷跡に釘付けになっていた。

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