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何者にもなれないね

 よく研がれた、鋼鉄の刃。それが僕の首を跳ねる。斬首される。


 その感覚で、僕は目が覚めた。だらだらと冷や汗が止まらなかった。夢の中で首を括った後、目が覚めた時と状況は酷似していた。あの時も焦燥が止まらず、呼吸や脈が張り裂けそうなほど乱れていて。


 ふと、気づく。僕の首に紐縄が掛けられていることに。


 そして、僕ははっとあたりを見渡す。


 そこは馴染みのある静謐さと無機質だった。下を見ると、僕は台の上に立たされている。そんな僕を、クロはどこか憐れみというか、慈愛の込められた瞳で見つめていて。


 つまり、僕はまた来たのだ。あの執行室に。


「おはよう、起きたか?」


「……クロ、これは?」


「見たままだよ」


「……見たままって……。というか、あの時僕は死んだんじゃ」


「生身のお前だったら死んでただろうけど、覚醒状態だったらあれぐらいで死ぬことは無いよ。まぁ、首を切られたから、再生にはかなり時間は掛かるけどな」


「……そっか」


「今、お前の意識があるのは、ここがお前の精神世界だからだ。まぁ、あの時見ていた夢と同じだと思ってくれればいい。この光景だって見覚えがあるだろう? リバイバルってやつだな」


 つまり、僕はまだ生きているのか。……だけど、何で僕の首は紐縄でくくられているのだろう。バクバクと、まるで生き急ぐみたいに心臓の鼓動が激しい。


「……色々聞きたいことがあるんだ」


「あぁ、何でも聞いてくれ。最後だから、知りたいことは全部答えてやる」


 最後……。本当に僕は、まだ生きているのか? でも、首縄のざらざらとした感触や息が詰まるこの部屋の空気を感じるのは、紛れもなく僕にまだ意識があるからだ。どこか、猛烈な切迫感を覚えながら、ひとまず思いついた疑問を一つ一つ尋ねてみる。


「……じゃあ、まず僕を殺そうとしたやつは、何者なの?」


「あれは宇賀神の彼氏の橋本優だよ。お前より先に覚醒した、覚醒者一号」


「……だから、クロはあいつの傍に居たんだ」


「あぁ。宇賀神がピンチだって教えてやったらすぐ駆けつけてきた」


「……宇賀神さんも覚醒者なの?」


「いや、能力はまだ発現してなかったはずなんだが……。何かあったのか?」


 そう尋ねられたから、僕はさっき教室で宇賀神さんに傷つけられたことを話す。すると、クロは。


「もしかしたら、お前が暴れ散らかした時に、死の恐怖で覚醒したのかもな」


「ということは、宇賀神さんも僕みたいに長い夢を見てたの? たしか、あの夢を見ることが覚醒の条件なんでしょ?」


「あぁ、というよりも、あの長い夢は俺たちが見させていたんだよ」


「……どういうこと?」


「簡単に言うと、人間を覚醒させるための薬物に、長い睡眠時間という副作用があるってだけの話。普通の人間が化物になったり、あんなメタルスーツを自身の防壁としてまとえるわけがないだろ? あれはな、俺たちが薬を使って覚醒の見込みがありそうなやつに陰で遺伝子操作してたってだけだ。で、眠ってる時の方が脳の変化が起きやすいから……つまり覚醒には副作用が必須なんだよ」


「……」


「まぁ、宇賀神については俺じゃなくシロという奴が担当してたんだが……。あいつ、クスリを使っても中々効果がなくてな、一向に長い眠りにつかなかった。お前、宇賀神が巻き込まれた事故、覚えてるか」


「……うん。どっかの山奥に家族とドライブしてた時、バスと衝突して崖から落ちたって」


「あれな、実はシロが仕向けたんだよ。強いショックがあれば昏睡状態になると考えてな。まぁ、結果バスの乗客は全員死んだけど、宇賀神は長い夢を見ることが出来たし計画通りってわけだ」


 そう、漫画のネタバレを話すみたいに、クロはあっけらかんとニュースで何度も報道されたあの事件の真相を語りだす。酷い話だと心の底から思った。自分たちの目的の為に、奴らは罪のない人を何人も殺した……。


 同時に僕はこいつに唆されて、こいつらの目的である覚醒を遂げて宇賀神さん以外のクラスメイトを皆殺しにした。父親も殺した。先生も殺した。たくさんの人を殺した。


 いや、唆されてもいない。僕は自分の意思で、クラスメイトを殺したのだ。父親も。それが今更、今更耐え難くなって、僕は逆流してきた胃酸を吐き出した。朝食も昼食も食べてないから、ただ唾と胃酸だけを吐き続ける。こうなったのは誰のせい? 僕のせいなのは分かってる。分かってるけど、僕だけが悪いわけでは……。


 元はと言えば、全てコイツのせいだ。


「……どうした、突然吐き出して」


「……お前が、お前さえいなければ、僕はクラスメイトを殺したりなんてしなかった」


「……まぁ、そうかもな」


「宇賀神さんも、あんな不幸な事件に巻き込まれなくて済んだ」


「それは、そうだ」


「全て、お前らのせいだ。お前らが、覚醒者だとか何とか言って、この国に来なければ……」


「それもそう。けど、仕方ないじゃないか。この星に来た本当の目的は侵略だし」


「え……?」


 今こいつ、なんて言った? 僕の耳が確かなら侵略という言葉を使ったような……。


「ちょっと待って、お前たちって侵略者から自分の星を守るために、僕を覚醒者にしようと」


「あー、あれか? 申し訳ないけどな、あれは半分嘘だ」


「……うそ?」


「侵略者に襲われて困っているのは本当だ。そのための対抗策を探していたというもの、本当。だけど、それならこの星を侵略して、自分たちの資源や土地にすれば一石二鳥だろう? 幸い、地球は俺たちの星より文明が発展していないしな」


「……なら、そのまま戦争でも何でもすれば良かったじゃん」


「さすがに、何億キロも離れている星に何万も兵隊は送れないさ。それに、もし俺たちの星の兵器を奪われて技術をパクられたら、下手したらこっちが負ける可能性もある」


「……」


「だったら、お前みたいな覚醒者に治安を荒らしてもらって乗っ取るのが一番楽だと、偉い人たちが考えたんだ。まぁ、お前たちが覚醒するまではどうやって覚醒させるかも分からなかったし、そもそも本当に覚醒なんかするのかという疑問もあったんだけどな。でも、結果的にうまくいったから良かったよ」


「……」


「教室にあるお前の身体は、すでに俺たちの仲間が回収して自分たちの星に輸送している。これから脳を改造して、俺たち専用の生物兵器に仕立て上げるつもりさ」


「……え」


「そうすれば、俺らは厄介な侵略者に対して有効なカードを持つことが出来るし、地球侵略の一手として使うことだってできる」


「……ちょっと待って、脳を改造するってことは、僕は」


 死ぬのか、とそう尋ねようとした。それを察したのかクロは、曖昧に笑った。それが、もうすべての答えだった。


「……まぁ、もう二度と自分の意思で物事を考えて行動できないという意味では、死と同義だな。きっと、あと数時間もしたら、お前が綿貫夢生として思考することは二度となくなる」


「……そんな」


「本当は、優や宇賀神も同じ状態にしたかったんだが……。あいつらは、まだお前みたいに仮死状態じゃないからな、今はまだできない。だけど、事を急いでは仕損じると言う言葉もある。俺たちはこれからも、あの場所で少年少女が覚醒するように種を蒔き続けるつもりさ。……そう言うと、なんだか野菜でも育ててる気分になるな」


「……」


「まぁ、とにかく。お前が地球を滅ぼすためのきっかけを俺たちにくれたってことだ。だから、俺はお前にはとてつもなく感謝してるんだ。それが、例えお前にとって不都合なことだとしても、な」


「そっか……。そっかぁ……」


 そう、僕はうろんなひとになって、ただ俯いて呟き返す。もう、取り返しがつかないんだと思った。僕は異星人に嵌められて彼らのものになり、きっとこれから一滴も残らない程、搾り取られる。


 今までの人生、何を間違えたかを聞かれたら、きっと何もかも。だけど、これでも僕は必死に今まで耐えてきた。抵抗をすることは知らなかったけど、それでもされるがまま、自死をすることも無く耐えてきた。


 その結果がこんな結末だなんて、いくら何でも残酷が過ぎる。


 だけど、それすらももはや諦めることしかできない。もう、終わりなのだ。僕の人生のレールは行き止まり。僕がクラスメイト達のレールを破壊したように、行き止まり。


 それを思えば、今更後悔することなんて何もない気がした。


 だってもう、全てが仕方ないんだから。


「……なんか、憑き物が取れたような顔してるな」


「……だって、もう何もかも終わりなんでしょ?」


「……まぁ、そうなるな」


「なら、もうそれでいい。そっちの方が良い……。僕なんか、生まれなくて良かった。生まれたとしても、早く死んだ方が良かったんだ。僕みたいな人間は、早く勇気を出して死ぬべきだった」


「……」


「なんて、そんな後悔ももう考えなくて済む。未だに僕は、さっき殺したクラスメイトや父親の顔が染み付いて消えないよ。そもそも、今更思うんだ。僕は殺してしまうほど、一緒の時間を過ごしてきたクラスメイト達を恨んでいたのかなって」


「……というと?」


「たしかに、八瀬とか愛川とか河合とか仲川とか、あと鈴木も……僕のことをいじめてきた奴らは、あまり殺したことも後悔はしていない。でも、他のクラスメイト達は……。確かに、僕を見下していたかもしれない。僕を馬鹿にしていたのかもしれない。でも、僕に優しかった人だっていたんだ。どのみち、殺してやりたいとまでは思っていなかった」


 でも、そんな彼らを僕はゲームで人を射殺するみたいに、簡単に殺した。昔、蟻を潰して遊んでいたのと同じような愉悦が、そこにはあった。


「父親だって、本当は殺さなくてよかったんだ。あの人に、僕はたくさん怒られて厳しくされたけれど、それだって期待の裏返しだった。最後は僕を諦めたけど、それまであの人は、僕を見捨てることはしなかったんだ。……まぁ、期待の仕方は良くなかったかもだけど」


「……」


「僕、思うんだ。あの夢の中で僕が自殺する前に父親に言われたこと。あれは全て、僕が僕自身に言っていた言葉だったんだよ。僕は僕の駄目さ加減を自覚して、そこからずっと目を背けていた。気付いても、直そうとしなかった。でも、そんな僕に気づいて、ずっと声を荒げていたのが、僕の父親だった。


 ならもっと、ちゃんと話してみればよかった。怖がらないで、怯えないで、あの人の話にもちゃんと耳を傾けるべきだった。そうすれば、今よりは少なからず僕は『夢生』と名付けたあの人の理想通りに生きれたんじゃないかって。あの人のことを、こんなにも毛嫌いしないで済んだんじゃないかって……。


 でも、そんな後悔も、罪悪感も、今までの苦悩もすべて、今日で終わるんでしょ? なら、それでいい。それがいい」


「……そっか」


 そうクロが優しく相槌を打つから、僕は最後を刻みつけるように、懺悔を続ける。


「ねぇ、クロ。人生で一番大事なものって、一体何だったんだろうね」


「……自分の存在が必要だと思ってくれる人や、自分が大切だと思える人、とかか?」


「なら、僕にはそんなもの、一つとして無かったな」


「……」


「いや、もしかしたら、そんな答えに辿り着かない思考が、心が、一番大事なものなのかもしれない。こうならないことが一番大事だったんだ」


「……なぁ、夢生は人生をやり直せたら、とか思うか?」


「思わない。どうせやり直しても、僕は僕のままさ」


「……」


「でも、もし人生をやり直せたら次は、ちゃんと両親に感謝できる人間になりたい。産んでくれた二人に、『産んでくれてありがとう』って言える人間になりたい」


「……そうか」


「うん、そうだ」


 ここまで間違いを続けて取り返しがつかなくなった今、ようやくこんなことを思えても、今更何もかも手遅れだ。本当は、あの子みたいに生きたかった。僕が彼女を好きになったのはきっと、僕とは何もかもが正反対で、でも、だからこそあんな風に自信を持って、優しく生きたいと思ったからかもしれない。


「そういえば、どうして宇賀神がお前のことを学校にチクらなかったのか、シロが聞いたよ」


「……なんて言ってたの?」


「宇賀神は、お前が八瀬に強制されてやったんだって、ずっと前から気づいてたんだ。だから、黙っていた。学校に報告したら、綿貫まできっととんでもないことになると言って」


「……そっか」


 ……やっぱり、宇賀神さんは優しい人だった。この世の誰よりも優しい人だと思った。そんな人を傷つけて、泣かしてしまった。


 今更、思う。せめて、ちゃんとした恋を、失恋をしたかった。彼女の純白の正義を汚すようなことなんてせず、自分なりの正義を貫いていきたかった。


 それが出来なかったから、僕は僕を嫌いなまま、後悔だけを抱いて死んでいく。


 ……もし、今の感情をあの小説に込められていたら、少しはましな作品が作れたのかもしれない。誰かを感動させることだってできたのかもしれない。でも、結局僕には何も出来なくて。


 ほんと、何者にもなれないね。いや、最低最悪の殺人鬼にはなれたか。地球という惑星を滅ぼすための、第一歩にもなれた。そう自嘲する。


 なりたかった何者かの正体は、決してこんな自分ではなかったはずなのに。


 そして、僕は台に付いた足を軽く揺らして、その不安定さを、踏み外した途端に首を吊ってしまう想像を噛み締めた。


「そろそろ、死ぬよ。もう、考えるのにも疲れた」


「……そうか。今まで、本当にお疲れ様」


 そのクロの言葉に頷づいて、僕は目を閉じる。浮かんでくる光景は思い出したくもないものばかりだった。天国は想像の中にしかなかった。


 だからもう足は、震えてなんていない。


 そして、僕は乗っていた台を足裏で蹴り飛ばした。


おわり。

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― 新着の感想 ―
面白かったです。 どうしようもない状況に陥ってしまった者が、反出生主義のような思想を持つに至るまでを、切実な筆致で描いた作品です。 痛々しさ、臨場感が素晴らしい。 現実にこれほどキツイいじめを受け…
とても感動しました。苦しみながら生き抜いた夢生といつ一人の人間の物語。 それは確かに成長物語でした。 結末まで悲しいものでしたが、決してマイナスの方向だけでなく、正と負の両方に心動かされました。 素晴…
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