紫角鹿
ゼトはまだ戦っているようだった。
激しい戦闘音が聞こえる。
アルモンと目を合わせ頷き合うと、俺たちはゼトのいる方へ走った。
俺たちがゼトの元へたどり着いた時、ちょうど戦いは終わった。
ホーンズベアーは頭に斬り込みが入り倒れている。
身体を見ると幾つか傷が付き赤黒い血が溢れていた。
剣の柄を握りしめたゼトがこちらを振り返る。
「おいおい、お前らもう終わったのか。早かったな。」
「ゼト、ベリアは想像以上だ。ホーンズベアーの首を綺麗に切断してしまったよ。」
「なっ?! まじか?!」
ゼトが走ってもう一頭の死骸を見に行ったので、俺とアルモンも付いていく。
「...おいおい、まじかよ。ホーンズベアーをこんな綺麗に斬っちまうなんて..。」
ゼトは死骸を見て呆然としていた。
「ゼトだって斬ってるじゃないか。」
肩をすくめてゼトに言う。
「いやいや、こいつらの硬い身体には浅く斬り込みをいれるのが精一杯だ。てか、並の剣士なら傷だって付けられねぇんだぞ!」
ゼトは少し悔しそうに言う。
「ゼト、ベリアは身のこなしから剣術まで相当のものだよ。残念だけど僕らよりも強い。」
「そうみてーだな。ベリア、今度手合わせしてくれよ!」
「もちろん、いつでも受けて立つよ。」
「くぅ、自信満々かよ畜生。」
「ところで、ホーンズベアーは食べれないんでしょ?」
「あぁ、こいつらの肉は硬すぎてだめだ。他の獲物を探しに行こう。」
ーーーーー
宿屋の椅子に腰掛け、アリシアは心配そうな表情をしていた。
「ベリア、大丈夫かしら。」
「ゼトとアルモンが付いているんだ。心配する必要ないさ。」
ダリはそう言い、言葉を続ける。
「それにアルモンが言ってたろ、ベリアは強いって。」
「そうだけど..!もしかしたらアルモンの勘違いかもしれないじゃない..!」
アリシアはテーブルに肘をつき、ため息を付いた。
ダリはそんなアリシアをしばらく見つめ、面白そうに呟いた。
「..お前も年頃だもんな。店の手伝いばかりしてないで、自分の人生を生きてみるのもいいかもな。」
アリシアは少し顔を赤くし、両手でテーブルを叩くと立ち上がった。
「そんなんじゃないから!!!」
ーーーーー
3人は獲物を探し、森をさらに奥へと走っていた。
「..こんなに奥に来て大丈夫なのか?」
「心配性だなベリアは。こんなのまだまだドゥーべの森の入り口だぞ。」
そんなやり取りをしながら暫く走っていた時、3人はまた生き物の気配を感じて足を止めた。
息を殺して気配の正体に近づく。
「..大当たりだな。」
「あぁ、紫角鹿だ。」
ゼトとアルモンの会話を聞きながらその獣を見る。
薄茶色の身体に紫色の立派な角が生えた鹿が一頭、優雅に小川の水を飲んでいた。
「あれも魔獣か?」
「あぁ、魔獣だよ。角に魔火を通して魔法を使う。
だけど、魔法にさえ注意していればそんなに危険じゃない。」
「けどなベリア、紫角鹿は滅多に見つけられないんだ。そしてアイツの角は高く売れる。魔火を伝達し易いから杖の素材になるんだぜ。」
「さて、ゼト、ベリア。アイツに稼がせてもらおうか。」
勝負は一瞬でついた。
気配を殺して接近した俺たちに、紫角鹿は気付くことが出来なかった。
アルモンが魔法を使い、紫角鹿が飲んでいた川の水が、生き物のように動き紫角鹿の首を捉え、固定した。
紫角鹿は慌てて暴れ出す。頭を振り回す紫角鹿の角が一瞬光を帯び、水が弾け散る。
しかし既にゼトがその間合いまで走り込んでいた。
ゼトが振り抜いた剣に紫角鹿は反応ができなかった。
首を斬り落とした。そう思ったが、ゼトの剣が接触した瞬間、紫角鹿はものすごい速さで吹き飛んだ。
少し距離のあった大木に当たり、紫角鹿は動かなくなった。
アルモンが紫角鹿の元に駆け寄り、息絶えていることを確認する。
「さぁ、解体しようか。」
アルモンの言葉に同意し俺たちは解体を始めた。
ゼトが懐から革のような布の袋を取り出す。
道中で聞いたが、解体した肉をアルモンの魔法で冷凍し袋に入れて持ち帰るらしい。
「なぁゼト、さっきのなんだ?」
「さっきの?あぁ剣の話か。俺、斬るのが苦手でな。魔火で衝撃波を乗せたんだ。」
「そんなこともできるのか。俺も今度やってみよう。」
アルモンが腰に携えていた剣で解体を進める。
どうやらこの剣は解体用のようだ。
「似合うか?」
ゼトが解体を終えた紫角鹿の角を頭の上に掲げる。
「すごく似合わないよ、ゼト。」
俺の適当な相槌に少し拗ねるゼト。
そんなやり取りをアルモンが笑って見ている。
「さぁ、バウウェルに帰ろうか!」
紫角鹿の肉と角を袋に詰め、俺たちはバウウェルへの帰路についた。
ーーーーー
狩りから帰った俺たちを、ダリさんとアリシアは暖かく迎えてくれた。
「紫角鹿か、これはまた珍しいのに出会ったな。」
「あぁ、おやっさん!まじで幸運だったぜ!」
ゼトが相変わらずドヤ顔で言う。
「ベリア、怪我はない?」
アリシアが心配そうに俺を見ている。
「心配ないよ、アリシア。ベリアは僕たちの予想を超えた強さだったよ。」
「おいおいアリシアちゃん、俺のことも心配してくれよー!!」
酒場が暖かい笑いに包まれた。