ドゥーべの森
ドゥーべの森。
一部の地域では、神の眠る森とも呼ばれている。
大陸の西側、縦長に位置する広大な森である。
そのあまりの面積の大きさから、縦に縦断することは不可能だと言われている。
横からの横断は不可能ではないが、数日かかる上に、深部では深い霧。そして棲み着く魔獣の多さから、相当な実力者でも死と隣り合わせである。これまでこの森で命を落とした人は数知れない。
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街を出ると見覚えのある草原だった。
遠くには森が見える。
「俺がダリさんに拾われた草原だ。」
「..ってことはベリアはドゥーべの森から来たのか。」
俺の呟きにゼトが返す。
「あれ、街の人はドゥーべの森には行かないんじゃなかったのか?」
「基本的にはな。でもおやっさんとアリシアちゃんは植物を獲りに森の入り口辺りまでたまーに行くみたいだぜ。ベリア、マジで運良かったな。」
「あぁ、ほんとに..」
自分の幸運に感謝する。
「ところでベリア、走れるか?歩いて行ったら日が暮れちまう。森に沿って林道が北に向けて伸びてるんだ。林道に出たらしばらく林道を走るぞ。」
「あぁ、わかった。」
俺がそう返すと2人が走り出すので、着いていく。
2人は俺に気を使ってか、最初はかなりゆっくり走っていたようだが、徐々にペースを上げる。
なるほど。魔火を使って走るのか。
俺は自然に、地面を蹴る足に魔火のエネルギーを伝達させて走っていた。
こういうのは身体が覚えているんだろう。無意識に出来ている。
気付けば俺たちはかなりの速さで走っていた。
馬で駆けるよりも速いだろう。
ゼトとアルモンは俺が付いて来ていることが少し嬉しそうだった。
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林道を10分ほど走った時、ゼトとアルモンが走る速度を少し落とした。
魔火をエネルギーとして走っているからだろうか?走っていても疲労を全く感じない。
このペースなら恐らく1時間以上は走れる気がする。
「この辺りから森に入るぞ。」
「了解!」
ゼトの合図で俺たち3人は森に足を踏み入れた。
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魔獣を警戒するため、森に入ってからは少しペースを落として走った。
この辺りは土地が平らなようで、森の中でも比較的走りやすかった。
走っていると、所々で生き物の気配を感じる。
大概は数十メートル離れた所にいる小動物だった。
ゼトとアルモンの反応を見る限り、2人も気配を感じ取っているようだ。
20分程経っただろうか。
しばらく走っていると、左斜め前の方に少し大きな気配を感じた。
100mくらい先か。
ゼトとアルモンに声を掛けようとした時、2人も気付いたようで止まった。
「なんだろうな..?」
ゼトが声を押し殺しながら呟く。
俺たちは気配を抑えながら、距離を縮めていった。
距離が50m程になった時、木の影からようやく姿が見えた。
大きな熊のような獣だった。
全体的に黒い毛で覆われているが、眼の辺り、縦に2本の白い線が入っている。
「ホーンズベアーだ。魔獣だよ。」
アルモンが囁き声で教えてくれる。
「食えるのか?」
「いや、ホーンズベアーの肉は硬くて食えない。他を当たろう。」
俺たちが気配を殺しながらその場を離れようとした時、
ホーンズベアーと真反対の方角から何かが向かってくる気配がした。
「..っ?!」
「くそ、またホーンズベアーだ!番か?!こいつら!」
ゼトが振り返りながら叫ぶ。
「そのようだね。ゼト、ベリア、やるしか無さそうだ!」
「おう!」
アルモンに返事をして俺は刀を抜いた。
俺たちを前後に挟んだ2頭のホーンズベアーもこちらに気付いたようだ。
前方にいたホーンズベアーが立ち上がり咆哮を上げた。
すごい威圧感だ。
2本足で立つと3メートルを超える程の大きさがある。
そして何よりガタイがいい。前足を地面につけ、此方に向かってくる。
すごい重量だな、地面から振動が伝わってくる。
ゼトが腰から剣を抜き、前方にいるホーンズベアーに向かって走りだす。
「アルモン!ベリアをフォローしろ!!
ベリア!こいつの体はマジで硬いから生半可の斬撃は通じねーぞ!」
「了解!」
アルモンはそう返すと、着ていたローブの中から杖を取り出し、後方から走って来るホーンズベアーの方を向いた。
どうやら、俺たちが相手をするのは後ろのやつらしい。
俺もホーンズベアーに向かって走り出す。
相変わらず凄い振動が地面から伝わってくる。
だが速度はそこまでだな。本気を出せば、俺の方が遥かに早く動ける。
グッと距離が縮まった時、ホーンズベアーが太い右腕を斜め上から振り下ろしてくる。手の先にはギラっと光る鋭い爪が5本。
これに引き裂かれたらひとたまりもないな。
そんなことを考えながら左に屈み、振り下ろされた右腕を躱わす。
振り下ろされた右腕がそこに残ってるうちに、腕を斬り落とそうと刀を左から振り抜く。
腕を斬り落とした。..と思ったが、刀は太い腕の真ん中辺りで止まった。本当に硬いな。
ホーンズベアーは怒りの咆哮を上げながら、今度は左腕を振り下ろしてきた。
刀をホーンズベアーの右腕から抜き、後ろへ飛んで回避する。
怒り狂ったホーンズベアーがすぐに此方を見て追撃して来ようとする。
だがその瞬間、衝撃波のようなものを真横からもろに受け、ホーンズベアーは吹き飛んだ。
アルモンの魔法により10m近く飛ばされたホーンズベアーは砂煙を上げてゆっくりと立ち上がる。
ダメージはありそうだ。
右腕からは血が滴り、衝撃波のせいで少しフラついている。
真っ赤な眼で俺とアルモンを交互に見る。
どっちから殺ろうか悩んでいる、そんな眼だ。
..ところで、さっきの右腕を切断できなかった一太刀。全然ダメだな。魔火をしっかりと扱えてなかった感じがする。
集中しよう。ちゃんと斬りたい。
俺は再びホーンズベアーに向かって走り出す。
ホーンズベアーとの距離が少しずつ縮まる。
ホーンズベアーが此方に向けて走り出した時、俺はホーンズベアーの懐まで急加速した。
ホーンズベアーが慌てて左腕を薙ぎ払う。
しかしホーンズベアーの懐に入る直前、俺は上へ跳んだ。
集中力が増し、時間がゆっくり流れているような感覚になる。
空中で身を翻し、斬り裂くイメージで刀身に魔火を流す。
そして首を目掛け刀を振り抜く。今度は、あまりに無抵抗な手応えだった。
再び身を翻して地面に着地する。
振り返るとホーンズベアーは綺麗に首を切断され、動かなくなっていた。
刀身から滴る血を振り払い、刀を鞘に収めた。