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始まりの街バウウェル



歩き続けて2時間程経った時、ようやく森を抜けた。


このまま森を抜けられなかったら餓死もあり得た。

数時間の移動で精神的にも肉体的にもボロボロだが、なんとか森を抜けることができたのは幸いだった。



そして木々の数が減り、視界の開けた草原を少し歩いていたら、遠くの方に街のようなものが視えてきた。


安堵で胸をなでおろす。


深く深呼吸をして、街の方へ歩き出した。

気付いてなかったが、極度の緊張状態だったようだ。

緊張が途切れた瞬間、脚が棒のように重くなり意識も朦朧としてきた。





なんとか街まで辿り着かないと・・・。




歩を進める。




街まであと半分、といった所で俺は倒れ込み意識を手放した。






ーーーーー





全身の疲労と痛みで目を覚ました。

ゆっくり目を開けると、そこは草原ではなかった。


白いシーツが敷かれたベッド。少し小さめの木造の部屋。

右を見ると窓が開いていて、よく晴れた空が見える。



どうやら、ひとまず助かったようだ。







・・・。




残念ながら記憶は戻ってないな。

俺はいったい誰なんだろうか。




「クッ..!」


ゆっくり身体を起こそうとして、痛みで唸った。

全身を打撲してるような痛みだ。

身体を見るとアザや切り傷で痛々しい状態だった。

そして殆どの傷が真新しい。


いったい森の中で何があったんだか。


だが所々包帯が巻いてあり手当をしてもらった跡がある。


この家の主か?


着ている服も、森の中を走っていたボロボロの服ではなく、ゆったりとした寝巻きのような上下を着ていることに気付く。


悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、ゆっくり起き上がる。

さて、命の恩人に礼を言いに行かないとね。



部屋の扉は引き戸だった。

ゆっくり引くと木の軋む音がなる。


部屋の外は廊下だった。


廊下に出ると同じような扉が幾つか続いている。

そして下に続く階段。ここは2階か。


身体が傷むのでゆっくりとした足取りで進み、階段を降り始めた。



控えめな音を鳴らしながら下に降りると、そこは食堂のような空間だった。相変わらず全て木で出来ている。



階段の横にあるカウンターの奥にキッチンがある。

奥は見えないが、料理をしている様な音が聞こえる。




こちらに気付いたのか、小走りでこちらに走ってくる音がした。

簡易扉を勢いよく開けてキッチンから1人の少女が出てくる。


年齢は20歳手前くらいか?

上品な金髪の少女だった。


驚いたような目でこちらを数秒見つめる。


ふとキッチンの方を向き、中に向かって叫んだ。


「パパ!起きたわよ!!」


中から、さっきと比べると大きめな足音が聞こえてくる。

出てきたのはわりとガタイの良い優しそうなおじさんだった。



「おぉ..!起きたのか!君、酷い怪我で倒れていたんだ。大丈夫なのか?」



やはりこの人が助けてくれたのか。



「はい、助けて頂いてありがとうございます。」


丁寧に頭を下げた。






そして俺は話した。

気付いたら森の中を走っていたこと、自分が何者なのか覚えていないこと。







「・・・。記憶喪失か、本当にそんな事あるんだな。」


ひげを撫でながら難しそうな顔でおじさんが呟く。

そして少し考えた後に続けて呟く。


「それなら君、行くあても無いんだろう?落ち着くまで、うちにいたらどうだ?少し手伝いでもしておくれ。」


隣にいた少女も口を開く。


「うちは宿屋をやっているのよ。そんな怪我でどこかへ行くのは危険だわ。」



少し考える。

今の1番の願いは自分の記憶を取り戻すことだ。

そのためには過去にいた場所や俺のことを知ってる人を探しに行きたい。


だが、仕事も金もなくこんなボロボロの身体で旅をするのは確かに危ない。

それに、そんなに急ぐ理由もないか。

よし、ここはお言葉に甘えよう。


2人を見つめ、伝える。


「ありがとうございます。しばらくの間ここにいさせてください。」



2人とも、安堵したような顔になった。

おじさんが言う。


「決まりだな。俺はダリだ。みんなからは、おやっさんとか呼ばれてるから好きに呼んでくれ。あとそんなにかしこまらなくていいからな!」


「ありがとう、ダリさん。」


「私はアリシアよ。よろしくね!」


「あぁ、よろしく頼む。俺は..」


そこで気付いた。

俺は自分の名前も分からない。



するとダリさんが笑いながら口を開いた。


「自分の名前、覚えてないか。だが、おそらくお前さんの名前はベリアだ。」


「えっ?」


「お前さんが持っていた短刀の柄にな、名前が彫ってあったぞ!」


そういうとダリさんはカウンターの下から短刀を出し、俺に手渡してきた。


受け取った短刀を見る。

そこには確かに、「ベリア」と掘られていた。


「ベリア..」


俺はその名前を呟いた。

根拠はないが、たしかに自分の名前の様な気がしてきた。



「ま、そういうことだ、ベリア。記憶がなくて大変だろうが、何かあったら俺たちを頼ってくれ。

身体もボロボロだったが、アリシアが手当をしてくれたからな。」


ダリさんがそう言うと、少し照れくさそうにアリシアが続ける。


「私、医者を目指しているのよ。こんなに酷い状態の人は初めて手当したけどね。」


「ありがとう、アリシア、ダリさん。2人は命の恩人だよ。」


俺は心を込めて2人に改めてお礼を言った。

実際、2人がいなかったら俺は死んでいたかもしれない。


「まぁ、そう改まるなよ。命があって良かったな、ベリア。

さぁ、もうあと30分もしたら客が来る。俺は仕込みを続けるから、後はアリシアに聞いてくれ。」


ダリさんはそう言うと、のそのそとキッチンの方へ戻って行った。



「じゃあベリア、改めてよろしくね!」



その後アリシアから色々聞いた。

ダリさんとアリシアが食材となる植物を森に採りに行った帰り、草原で倒れている俺を見つけたらしい。

ボロボロの俺をダリさんが担ぎ宿屋へ連れてきて、そこからアリシアが手当をしてくれたようだ。



「なぁ、アリシア。ここはどこなんだ?」


「ここ?あぁ、この街はテゼルウォート王国の街、バウウェルよ。」


「デゼルウォート王国...。ダメだ、どうやら土地についても覚えてないみたい。」


「それは大変ね...。テゼルウォート王国はオルブラン大陸の南西に位置してる小国よ。この街は小さな街だけど、王都テゼリアが近いから人の出入りはわりと多いの。」


「そっか、ありがとう。土地勘については生活しながら覚えていくしかないな。」


これだけ何も覚えてないと、生活だけでもかなり苦労しそうだな..


「ところで、アリシア。手伝いってどんなことしたらいいかな?」


「えーっと、そうね。何をお願いしようかしら。

ここは伝えた通り宿屋なんだけど、夕方から夜にかけては酒場としても営業しているのよ。

基本的にはパパが料理を作って、私が配膳をしているわ。」


「ごめん、料理は全然できる気がしない。」


「そうねぇ、そしたら・・・」

   




アリシアとそんな話をしていると、宿屋の扉が勢いよく開いた。


「おやっさーん!獲ってきたぞー!」


若い男2人が入ってきた。

歳は俺と同じくらいだろうか。2人とも腰に剣を携え、見たところ冒険者の様だ。


「お、アリシアちゃん!今日はいい肉が獲れたぜー!」


短髪で元気そうな青年が背負っていた大きな袋を見せながら言う。


「おかえり、ゼト。ずいぶん大きいわね。なんの肉?」


「白大猪さ!森の中で偶然見つけてさ。旨いだろ?こいつの肉。」


アリシアの問いかけに、ゼトと呼ばれた青年が自慢げに答える。そして、こちらに気付き続けた。


「あれ、もうお客さん来てるの?」


アリシアが口を開きかけた時、キッチンの簡易扉からダリさんが出てきた。


「おぉ、ゼト、アルモン。早かったな!」


「おーおやっさん!今日は白大猪獲ってきたぜ!旨い飯作ってくれよ!」


ゼトが相変わらず自慢げに返す。


「白大猪か、腕がなるぜ!」


ダリさんが腕を見せつけながら嬉しそうに返した。


「そうだ、ベリア。2人を紹介するよ。こいつらはゼトとアルモン。うちの宿屋にしばらく泊まっててな、タダで泊めてやってる代わりに肉を獲ってきてもらってるのさ。」


「ゼトだ!よろしくな!」


ゼトという短髪の男が笑顔で話しかけてくる。


「僕はアルモン、よろしくね。」


ゼトの隣にいる、少し背の高い優しそうな顔をした男も微笑みながら続ける。


「俺は..ベリア。よろしく頼む。」


自分の名前に少し自信が持てなかったが、とりあえず挨拶を返す。




その後、ダリさんとアリシアが俺のことを2人に説明してくれた。


5人でテーブルを囲み、席につく。


アリシアが全員分のコーヒーを持って来てくれた。


「記憶喪失ーっ?!本当にそんなのあるのか..!」


ゼトが大きな声で驚いてこっちを見る。


「おい、ゼト。あまり大きな声を出すなよ。まだ病み上がりなんだぞベリアは。」


やれやれと言った顔でアルモンがゼトをなだめる。


「あぁ、ごめんごめん!びっくりしちまったもんで..」


ダリさんが咳払いし、ゼトとアルモンに向き直って話しかける。


「そういうわけだ、ゼト、アルモン。ベリアはしばらくうちにいることになったから、なにかあったら力になってやってくれ。」


「あぁ、もちろんだ。いつでも頼ってくれ、力になるぜ!」


そう言いながらドヤ顔でガッツポーズをするゼトの横で、アルモンは肩をすくめながら俺を見てくる。


「フッ(笑)」


「あ!笑ったー!」


笑った俺を指差しながらアリシアが声を上げた。


「え?」


戸惑う俺に、ダリさんも頷きながら続ける。


「ずっと顔色悪かったからな、お前さん。もう少し気を楽にした方がいい。」


ダリさんはそう言うと俺の肩に手を置いた。


「この2人、こんなんだけど腕の立つ冒険者でね。北西にある危険な森で狩りをして来てくれるんだ。南の森はまだ安全なんだが、北西の森は奥にいけば魔獣もいる。街の者では行ける者はほとんどいないから助かってるんだ。」


ダリさんの話に終始ドヤ顔のゼトはみんなスルーしてる。



ふと、考える。

狩りなら、俺でも手伝えるのではないだろうか?


「なぁ、ゼト、アルモン。俺も狩りに連れて行ってくれないか?」


一瞬、何を言われているか理解できていない様な顔をした2人だが、ゼトが答える。


「あぁ、いいぜ。」


するとダリさんが心配そうに横から口を挟んできた。


「おいおい、本当に大丈夫か?ゼトとアルモンの実力なら万が一って時は大丈夫だろうけど...。」


「いいや、おやっさん。ベリアはきっと相当な実力者だから大丈夫だよ。おそらく、僕やゼトと同じくらいか、それ以上に。」


返したのはアルモンだった。

ゼトも隣で頷いている。


「そうか...。余計な口出しをして悪かったな、ベリア。」


ダリさんは後頭部をかきながら申し訳なさそうに言う。


「いいやダリさん、心配してくれてありがとう。十分に気をつけて行くよ。」


俺は微笑みながらダリさんにそう告げた。


ダリさんにアリシア、そしてゼトとアルモン。

皆んなすごく優しいな..。


そんなことを考えながら、残っているコーヒーを飲んだ。


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