灰狼
中は月明かりも無く暗闇だった。
だが、なにも見えないわけではない。これも魔火によるものなのだろうか?
俺たちは気配を殺し、音を立てないように歩を進める。
幸いなことに、今のところ洞窟は一本道だった。馬車が1台通っても少し余裕があるくらいの道幅だ。
「除獣香を焚いているわね。」
「たしか、獣や魔獣が近寄らなくなる匂いだっけ?」
「えぇ、恐らく洞窟内の魔獣を駆逐した後に拠点とするために焚いたのね。」
フィオネとそんな会話をしていると、ソロモンが手で合図を送ってきた。
道は少し先で右に曲がっている。
「角を曲がった先、人の匂いがします。」
ソロモンが囁く。
角まで辿り着いたソロモンが、慎重に角の先を覗き見る。
「敵は2人です。松明があるので、恐らく見張でしょう。」
耳を凝らすと、微かに2人の男が談笑する声が聞こえる。
「こちらは暗闇なので、敵からは姿が確認しにくいはずです。この中で、気配を消すのが1番上手いのは..ベリアですね。」
「悔しいけれど、事実ね。」
「なっ!?また俺かよ?お前らな..」
「ベリア、これは冗談ではなく事実ですよ。」
ソロモンとフィオネが真剣な目で俺を見る。
どうやら、本心で言っているようだ。
「はぁ..。分かったよ。気付かれても文句言うなよ?」
「もちよんです。そのときは3人で暴れましょう。」
ソロモンが微笑む。
俺は改めて角から敵を覗く。
距離はそんなに離れてない。
俺が本気で駆ければ2,3秒で到達できるだろう。
だが2,3秒もあれば十分に叫ばれてしまう。
..行くか。
角を曲がり、少し身を落としながら歩を進める。音を立てず、気配を殺しながら。
「それがよォ、なかなか良い女だったんだぜ?!」
右側にいる男が楽しそうに手振りを使いながら喋っている。
左側の男もこちらに気付かず笑っている。
大丈夫、まだ行ける。
男たちとの距離はあと半分。
ふと、左側の男がこちらに視線を向ける。
その瞬間、全力で駆ける。一瞬で距離を詰め、こちらを認識した左側の男の首を斬り裂く。
「え..」
声にならない声をあげながら首が宙を舞った。
そしてそのまま右側にいた男に斬りかかる。
..反応が早いな。男は驚きつつも腰の刀を抜きかけていた。
俺が男の胴体に向かって左から刀を振りかぶると、男はガードしようと刀を合わせてくる。
刀が交差する。そう見せかけ軌道を変えて男の首を刎ねた。
「なっ!?」
男は防ぐことができず、またしても首が宙を舞った。
音が鳴らないように、男の手から離れた刀を即座に空中で掴む。
少し遅れ、ドサッと鈍い音と共に2人の身体が崩れ落ちた。
男の刀をそっと地面に置く。
うん、我ながら完璧だ。
「さすがですね。」
振り向くと、ソロモンとフィオネが音を立てない拍手をしながらこちらへ歩いてきた。
「本当にやるわね、ベリア。」
フィオネも満足気に頷いている。
「そりゃどうも。次はお2人さんも頼むよ。」
「分かってますよ。さて..。」
ソロモンが笑いながら答え、道の先に視線をやる。
道はしばらく続き、今度は左に曲がっている。
そして道の先から光が漏れていた。
「近づいてきたわね。行きましょう。」
フィオネの言葉に頷き、俺たち進んだ。
角まで辿り着き、左に曲がる道の先を覗くと再び道が続いていた。
その道には、規則的に松明が並んでいた。道が明るく照らされている。人はいないようだ。
俺たちは頷き合い、道を進んでいく。
道の両側に並ぶ松明はかなり使い古されているように見える。かなり長い間ここを拠点にしているのだろうか。
しばらく進むと、道の先が見えてきた。
一瞬、行き止まりに見えたが、左に曲がれる通路がある。
奥から人の気配と話し声がする。かなりの人数がいるな。曲がった先はかなり広い空間になっているようだ。
「敵の本陣のようです。数が多いですね。数十人はいるみたいです。」
ソロモンが囁き声で呟く。
俺たち影に身を潜めながら中を見る。
広い。
中は大きな広間になっていた。広間を囲むように壁際に松明が並べ慣れている。
そして大量の盗賊。盗んできたであろう椅子やテーブルを並べて飲み食いをしてる者や寝袋で寝ている者、様々だがそのほとんどが武器を携帯している。数は50人くらいか?
いずれの盗賊もそれなりに腕が立ちそうだが、際立って強そうな奴はいないか。
いや、1人いるな。
奥の大きな椅子に深々と座っている女盗賊。
恐らくかなり強い。1対1でも勝てるか分からない。
女盗賊が座る椅子の奥に小部屋に続く道がある。
その先から女子供の気配。恐らく攫われて来た者はそこにいるのだろう。
「フィオネ、ソロモン、どうする?」
「この数、流石に少し分が悪いかしら。どいつもこいつもそれなり戦えるみたいだし。」
「そうですね。それに殆どが武器を携帯していてすぐに戦える状態。奇襲を掛けてもあまり効果は期待できませんね。」
「あぁ、かなり強そうなのもいるぞ。一度引いて、テゼルウォートの力を借りた方がいいんじゃないか?」
「ですが、既に2人を殺してしまっているので、より警戒されるでしょう。そして攫われた人々を助けるのも難しくなる..。」
ソロモンは顎に手を当てて考えている。
少し沈黙が流れる。
「ッ!!」
フィオネが進んできた道を振り返り、長棍を構える。
「来るわ!敵よ!」
フィオネが言い終わるのと同時に、進んできた道の先から2人の男がこちらに曲がって走ってきた。
強い..!
2人とも歳は40前後か。一目見て、先ほど殺した2人の男や中にいる奴らより遥かに強いことが分かる。
「フィオネ、この2人強いぞ..!」
「分かっているわ!貴方たちは中の盗賊をお願い!」
俺の発言にフィオネが言葉を返し、長棍を構えて2人の男に向かって走り出す。
片方の男が貝のような物を口元に当てる。
その瞬間、耳を塞ぎたくなるような甲高い音が洞窟の中に響き渡った。
「警笛か!ベリア、やるしかないようですね。死ぬ時は一緒に死にましょう。」
ソロモンは杖を手に広間へ向かって走り出す。
「くそ、分かったよ!けど死ぬ気はねぇぞ!」
「もちろんです。思う存分暴れましょう。」
俺も刀を手に広間へ飛び込む。
広間の中に居た盗賊達はすぐに武器を抜き臨戦体制に入っていた。
「侵入者だ!殺せぇ!」
「2人だけか!?」
「命知らずが!ぶっ殺してやる!」
盗賊達は口々に叫びながらこちらへ向かってくる。
手前の盗賊達に向かって速度を上げようとした時、ソロモンの杖から複数の何かが物凄い速さで飛んでいく。
「うっ!!」
「くそッ!!」
数人の盗賊が何かに撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちる。
衝撃弾とでも言うべきか、目に見えにくい空気の弾のようだ。
バウウェルを拠点に狩りをしていた時、アルモンが似たような衝撃派の魔法を使っていた。
アルモンの衝撃派に比べ、規模はかなり小さい。だが弾速は比べ物にならないくらい速く、そして複数の衝撃弾を正確に同時に発生させていた。
ソロモンが目にも止まらぬ速度で衝撃弾を撃ち続ける。
攻撃を受けた盗賊達が次々に倒れていく。たが、中には剣や刀で衝撃弾を弾いている者もいる。
俺は衝撃弾を弾いた盗賊へ間合いを詰め、刀を振り抜いた。盗賊は咄嗟に対応できず胴体を斬り裂かれる。
左右から他の盗賊が斬りかかってくる。
左の盗賊に詰め寄り、剣を躱して首を刎ねる。
そして右の盗賊からの追撃を刀で弾く。すぐに刀を翻し盗賊の腕を斬り落とす。
「うわぁあああ!!」
腕を斬り落とされた盗賊が悲鳴を上げるが、すぐにソロモンの衝撃弾に撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちた。
既に10人以上の盗賊が倒れているが、数はまだまだ減らない。
俺は奥にいる盗賊の群れに向かって突っ込んで行った。
同時に3,4人は相手にできそうだ。そして敵を斬ってすぐに移動する。ヒットアンドランを繰り返す。
このペースなら行けそうだな。
そんなことを考えている時、身の危険と魔法の気配を感じ、後ろに大きく飛び跳ねた。
目の前を巨大な炎の弾が右から通り過ぎた。
あっつ..!
右を見ると魔法を放ったと思われる盗賊が笑っている。
魔法使いもいるのか..厄介だな。
俺は魔法使いを殺そうと、一気に距離を詰める準備をする。
「ベリア!上だ!!」
ソロモンの声と真上からの急な殺気にハッとして咄嗟に右に跳び退く。
髪を刃が掠めたのが分かる。
地面を転がって起き上あがるとすぐに刀を構えた。
「今のを躱わすとは、やるじゃないか坊や。」
さっき椅子に座っていた女盗賊。
盗賊達の中でも強さが際立っている女が、サーベルナイフのような武器を右手に持ち、こちらを見ていた。
歳は40くらいか。整った顔だが傷んだ髪と薄汚れた肌。着ているコートにはフードが付いていて、獣の毛で作られたファーも相まって猛獣と対峙しているかのようなオーラだ。
「..。」
俺は無言で刀を構える。
今のは、本当に死ぬかと思った。
いや、ソロモンが叫んでくれなかったら回避できず殺されていたかもしれない。
「お前、なかなか強そうだな。この胸の高鳴りは久しぶりだよ。」
女はギラギラと瞳を輝かせ、楽しそう嗤う。
ふと、サーベルナイフを地面に投げ捨てた。
「なんのつもりだ..?」
乾いた喉から声を出し、女に尋ねる。
「なに、久しぶりの殺し合いなんでな。本気で相手をしてやろうと思ってな。」
女は再び嗤うと、腰の鞘から剣を抜いた。
盗賊には似合わない立派な剣だった。
「まるで騎士が持っていそうな剣だな。盗賊にはサーベルナイフの方が似合ってるぞ。」
「ハハハッ!そうか?私にはサーベルナイフの方が似合っているか?それはそうだよな!なんて言ったって私は盗賊なのだから!」
女は高らかに叫びながら剣を上に掲げる。
楽しいのか悲しいのか、よく分からない表情で剣を見つめている。
なんなんだこいつ?
女は剣を振り下ろすと盗賊達の方を向き口を開いた。
「おいお前ら!こいつの相手は私がやる。お前らはその金髪の男を殺せ。無理なら時間を稼げ。さっきの警笛はカルマン兄弟だろう。間も無くこいつらの仲間を殺して戻るはずだ。」
さっき進んできた奥の通路から激しい剣戟を交わす音が聞こえる。
「承知しやした!」
「アンネのお頭が剣を抜いた!お前はもう助からねえぞ餓鬼!」
「カルマン兄弟にてめぇらの仲間も殺される!」
「お頭とカルマン兄弟は四十超の強さだ!世の中の厳しさを教えてやるよクソ餓鬼ども!」
盗賊達は口々に嗤いながらを武器を構える。
「よく喋る人たちですね。アンネ..。カルマン兄弟..。どこかで聞いたことがあるような..。」
ソロモンは顎に手を当て、ボソボソと呟いている。
「まぁいい。ベリア、彼女は貴方をご指名のようですが、どうしますか?私はこのまま乱戦でも構いませんが。」
刀を構え、女を見つめる。
盗賊達はこいつを四十超と言っていた。
もし事実なら実力は同程度か。
..自分の強さを試すのには、良い機会だな。
「何を笑っているのです?貴方、戦闘狂タイプでしたか。」
ソロモンに言われ、自分が笑っていることに気付く。
「彼女は任せますよ、ベリア。恐らく四十超というのは事実でしょう。死ぬんじゃないですよ。」
「あぁ、もちろん死ぬつもりなんてないさ。」
俺は刀を構え、神経を研ぎ澄ます。
「ハハハッ!そうこなくちゃな!可愛いだけかと思ったが、良い顔できるじゃないか坊や!」
女盗賊、アンネは嗤うと剣を上段に構える。
..来る!
俺とアンネはほぼ同時に踏み込み間合いを詰める。
上段から振り下ろされた剣を刀で受け止める。
刃が交差し、金属音が鳴り響いた。
それを合図に盗賊達が雄叫びを上げて再びソロモンに飛びかかって行った。
重い..!
アンネの一撃を受け止めた刀と腕に重い衝撃が走る。
魔火を流していなかったら今の一撃で刀は砕け散っていただろう。
フッ!!
刀に流した魔火を使ってアンネの剣を弾く。
追撃をされる前に左から刀を振り抜く。最速の斬撃でアンネ首を狙う。
アンネは上半身を後ろに逸らし、ギリギリのところで刀を躱わす。そして戻ってくる勢いを使って右腕で剣を横から薙ぎ払ってくる。
急いで刀を戻し、鋒を下に向けて左から迫る剣を受け止める。
く、重すぎる..!
刀を持った右手が軋むのが分かる。
だめだ、受け止めきれない..!
そして身体が宙に浮く感覚。
アンネがそのまま剣を振り抜き、俺は右側へ吹き飛ばされた。
倒れることなく、空中で身を翻して着地する。
剣を受け止める腕力が無かったら、今ので胴体を真っ二つにされていたな。
「なかなか速いな、そして軽い。でもこんなものじゃないだろう?」
アンネを楽しそう呟きながら、俺の方へ歩いてくる。
「あぁ、当たり前だろ。小手調べだよ。」
空気を大きく吐き、全身と刀に流れる魔火をより増幅させる。まるで、体内に流れる炎が大きく燃え上がるような感覚。
さっきよりも速い速度でアンネとの間合いを詰め、斬りかかる。
俺の一撃は余裕を持ってアンネに受け止められる。やはり、剣が重いな。
だがそれは想定済みだ。
二撃目、三撃目と最速で打ち込む。
刀と剣が何度も弾き合い、お互いに一瞬の隙が生まれ、そして再び刃が交差する。
受け止めきれず、俺は再び弾き飛ばされた。
相変わらず、重いな。
この一撃、何度も喰らってると刀が先に折れそうだ。
だが、今の剣戟で攻略の糸口は見えた。
アンネの剣は重いし剣技のレベルも高い。だが、速さはない。
速さは俺の方が上だ。だからこそ、余裕を持って受けられない剣戟にはそこまで重さがない。
つまり、速さと手数で攻め続ければいい。受けに回ったら負ける。
俺は再び刀を構え、アンネを見つめた。
ーーーーー
ソロモンは複数の衝撃弾を撃ちながら横目でベリアとアンネの闘いを見つめる。
先程から状況は変わらない。剣戟を繰り返してベリアが吹き飛ばされる。そして再び剣戟を交わしてベリアが吹き飛ばされる。
「よそ見してんじゃねぇぞてめぇ!」
衝撃弾を潜り抜けた盗賊が斬りかかってくる。
「おっと。」
盗賊のサーベルナイフを杖で弾き、そのまま杖を回転させて盗賊の胸を突く。
衝撃を乗せた杖を受けた盗賊が吹き飛ぶ。
「なっ!こいつ接近戦まで!」
盗賊達は一瞬怯んだが、すぐに気を取り直して斬りかかってくる。
盗賊達の刃を杖で弾きながら、隙を見て後ろにいる盗賊へ向けて衝撃弾を放つ。
そして目の前の盗賊を杖で弾き飛ばす。
「化け物かコイツ..!こっちには二十超も三十超もごろごろいるってのに、全く歯が立たねぇ!」
「だが、お仲間はお頭に押されているようだな!もう少し持ち堪えれば、カルマン兄弟も来るさ!お前は終わりだ!」
ソロモンは再び杖で盗賊を弾き飛ばすと、もう一度ベリアとアンネの闘いを眺めた。
「ふむ..。まったく貴方たちの目は節穴のようですね。ベリアが押されている?表情をよく見てご覧なさい。苦しそうなのは貴方たちの頭の方ですよ。」
盗賊達は不安そうにアンネの方を見やる。
ちょうどベリアがまた弾き飛ばされた。
しかし肩で息をしているのはアンネで、身体や顔に浅い切り傷がある。
「嘘だろ..!」
「お頭..。」
その時、透き通るような女性の声がする。
「カルマン兄弟ってのは、これかしら?」
現れたのは金髪の女性、フィオネだった。
右手には長棍、左手には2つの生首の髪を掴んでいる。
「なっ..!?」
「カルマン兄弟!!?」
「嘘だろ..。」
盗賊達はフィオネの登場とカルマン兄弟の死に青ざめる。
「さて、続きを始めましょうか。」
フィオネはそう呟くと盗賊に向かって生首を投げ長棍を構えた。
ーーーーー
アンネは冷静に分析していた。
状況は最悪。
身体の至るところから出血している。
致命傷こそ負っていないが、既にベリアという目の前の男の刀に付いていけていなかった。
そして隣の闘いでは金髪の男が"灰狼"の盗賊達を圧倒していた。あっちはどう足掻いても勝ち目は無いだろう。
せめてカルマン兄弟の加勢に期待したかったが、あの金髪の女は1人でカルマン兄弟を殺したという。
カルマン兄弟を2人同時に相手したら、恐らく私でも勝てない。
そもそも私の魔火指数は45、カルマン兄弟は43と42。もともと大した実力差は無いのだ。
そんなことを考えながら、目の前のベリアと剣戟を交わす。
まだ少年と言ってもいいような、あどけなさを残した顔だった。
だが剣の腕は私より上。そして刀の速度がまた一段階上がる。
いつ斬られてもおかしくない。
剣戟を繰り返し、ベリアの刀を弾く。
お互いに一瞬の隙が生まれる。この闘いで何度もあった光景だ。
そして再び交差する刃。重さを込めた一撃でベリアを弾き飛ばす。
..はずだった。
しかしベリアの刀に受け流される。しまった..!
ベリアがすぐに刀を振りかぶる。
咄嗟に剣を戻し受けようとするが、それは叶わなかった。
今まで最も鋭く力強い斬撃を胸くらい、後ろに弾き飛ばされる。
..上手いな。見事に誘われたか。
地面を転がり、壁に衝突する。衝撃で意識が飛びかける。
もはや手には剣を持っていなかった。
胸の傷も深い。切断されてないのが奇跡だな。
勝負あったな、ここまでか。
死に対する恐怖は無かった。
今まで自分だって散々殺してきたんだ。
因果応報ってやつだ。
ふと、ある男の顔が思い浮かぶ。
若かりし頃、片想いをしていた相手。
喧嘩別れをしてからは一度も会っていない。
「..私はどこで間違えたんだろうな、チェスト..。」
ーーーーー
なんとか勝った..。
斬り飛ばしたアンネの傷は深く、もはや剣も手放していた。
刀がいつ折れるかも分からず、決して余裕があったわけではなかった。
「お見事です、ベリア。」
振り返るとソロモンとフィオネがこちらに歩いて来た。
盗賊達は全滅しているようだ。
「..すごいな。全員殺したのか?」
「えぇ。悪は根絶やしにしなければいけせんので。と、言いたいところなのですが、証言や情報も必要なので何名かは深い眠りに付いてもらっています。数日は起きませんよ。」
「そっか。それにしても、やっぱりお前ら強すぎないか?」
「ベリアだってやるじゃない。それに、上には上がいるわよ!」
フィオネが笑顔で答える。
やっぱりこの2人とは敵対したくないな..。気をつけよう。
ふと、ソロモンが仰向けに倒れたアンネに視線を向ける。
「ところで、貴方。アンネという名に聞き覚えがありました。それに貴方のその剣技。故国アイヴァンホーデンの騎士、アンネ・ブルクマンに違いありませんね。」
「..よく知っているな。大した知名度はないと思うが?」
アンネが声にならない声で言葉を返す。口元からは血が流れ出ている。
「やはりそうですか。我々の探し人ではなくて残念です。ですが、ということは20年近く前に"灰狼"を結成したのが彼という噂は本当でしたか。」
「奴はもう"灰狼"には関係ない。ただの逸れ狼さ。アイヴァンホーデンが"屍人"に滅ぼされた後、行き場を失った私たちは生きる為に盗賊に身を落としたのさ。奴とは結局喧嘩別れになったがな。」
「そうですか、まぁそんなに興味があるわけではないのですが。どっちにしろ"灰狼"は今滅びました。」
「あぁ、そうだな。今更生き延びようなんざ思わん。さっさと殺せ。」
「その傷なら、トドメなんて刺さなくても死にますよ。」
ソロモンは感情の籠ってない表情でアンネと会話をしていた。
だが、その声にはどこか憎しみが含まれているような気がした。
やはり聖職者。悪人が嫌いなのだろう。
ソロモンがアンネに杖を向ける。
俺もフィオネも黙って見ていた。
ソロモンの杖から目に見えない魔法が飛び、アンネが目を閉じた。
「..眠らせました。"灰狼"の頭です。生かしてテゼルウォートに引き渡した方がいいでしょう。」
そう言うと再びソロモンが魔法を放つ。
目に見えないオーラがアンネの胸の辺りを包む。
しばらくすると、アンネの胸の傷が塞がっていった。
「回復魔法ですよ。完全に治せるわけではありませんので、あくまで応急処置です。生きるか死ぬかは女神様に任せましょう。」
俺が驚いた顔をしていると、ソロモンが解説してくれた。
「さて、あの奥にベンの妹がいるはずです。助けに行きましょうか。」
ソロモンは切り替えたかのように微笑み、歩き出す。
俺もフィオネも同意して付いて行く。
ーーーーー
奥は小さな部屋のような空間だった。
中には10人程の女性や子供。
見たところ、縛られてはいるが目立った怪我などは無いようだ。
俺たちが入って来ると、みんな怖がって後ずさった。
「私は聖女教会のソロモンと言います。ご安心なさい、皆さんを助けに来ました。」
ソロモンの言葉を聞いて、喜ぶ者や安堵で泣き崩れる者もいた。
子供も数人いるが、ベンの妹はいるのだろうか?
「この中に、ベンの妹はいないか?」
俺の問いに、1人の女の子が声を上げる。
「ベン?お兄ちゃんが来てるの!?」
するとフィオネが女の子の前で屈み答える。
「ベンは街にいるわ。でも私たちはベンに言われて助けに来たのよ。素敵なお兄ちゃんを持ったわね。」
「うん!!」
フィオネの言葉を聞き、女の子は嬉しそうに微笑んだ。