氷滝の洞窟
フィオネとソロモンの後を着いてテゼリアの道を歩く。
歩きながらフィオネが話しかけていた。
「ところでベリア、あなたの名前を聞いたことないけど、魔火指数が47もあるなら少しは名の通る冒険者なの?」
「いや、冒険者ギルドにはさっき登録をしたんだ。俺は有名ではないと思うよ。」
「あら、そうなの?でも戦いには身を置いていたのでしょう?」
「過去の記憶が無くて分からないんだ。何か分かるかと思って冒険者ギルドに行ってみたけど、情報は無かった。」
フィオネは目をパチリとしてソロモンを見る。
「なんとも胡散臭い話ですねぇ。ただ、嘘の匂いはしない。本当の様です。」
「そう、それは可哀想ね。」
ソロモンの発言にフィオネが納得する。
「すごい棒読みだな..。なぁ、その匂いって何なんだ?冒険者ギルドでも俺から恐怖の匂いがするとか言ってたよな?」
「ソロモンはね、人の感情が匂いで分かるのよ。魔火の特殊な使い方らしいのだけれど、聞いても無駄よ。何言ってるかさっぱりだから。」
「魔火ってそんなこともできるのか。」
「これは生まれつきの癖なんですよ。無意識に探ってしまうので随分苦労もしましたよ。それに、私の他にも魔火の特殊な使い方をする人はいますよ、稀にね。」
「へぇ、そうなんだ。やり方教えてよ。」
「えぇ、いいですよ。魔火を鼻と胸で渦巻かせてください。そして相手の顔の周りの空間を探るんです。」
言われた通りにやってみる。
いや、やろうとしても、鼻のあたりで上手く魔火を扱うことができないな。
分散してしまうというかなんというか..。
「無駄よ、どうせ出来ないわ。私は10年練習してもダメだったわ。」
「それはハードすぎるな..。便利そうだけど諦めるわ。」
「無駄話をしてる場合ではないですよ。もうすぐです。」
ソロモンの声で現実世界に帰ってくる。
辺りは街ではなく大きな公園のようだった。前方にも公園がずっと続いている。
ぽつぽつと街灯はあるが、ほとんど真っ暗だった。
だが、王都テゼリアの中ではあるようで、遥か遠くに外壁が見える。
「ここは王都テゼリアの西の外れです。人が住むエリアではないですが、先に行くと廃小屋があるはずです。ベンが言っていたのはそこでしょう。」
「詳しいんだな。2人はこの街の出身なのか?」
俺の問いにフィオネが振り向く。
「いいえ、違うわ。でもこの街には大きな大聖堂があるの。聖女教会の仕事で何度か来ているわ。」
「へぇー、いろんな街を巡ってるのか。楽しそうだね、聖女教会。」
「あら、あなたも女神様に祈りを捧げたら入れるわよ。」
「んー、女神様とか知らないし遠慮しとくよ。」
「女神様を知らないとは、全く不敬な人ですね(笑)」
ソロモンが楽しそうに呟く。
そんな会話をしている時、フィオネが俺とソロモンを手で制した。
「お客さんみたいよ。」
フィオネに言われ前方の気配を探ると暗闇の中から3人の男が姿を現した。
「あの餓鬼、喋りやがったか。あとでぶっ殺してやる。」
真ん中にいる男がボソッと呟く。
「いやいやフィオネ、我々が出向いているのですから、客人はこちらではないですか?」
ソロモンは相手のことを全く気に留めず真面目な顔でフィオネに問いかける。
「確かにそうね。ってことは彼らは出迎えてくれたのね、嬉しいわ。」
こいつら真面目な顔して何言ってるんだ?
「舐めやがってクソ餓鬼ども..!全員ぶっ殺してやるよ!」
案の定、男たちはキレながら武器を抜く。3人ともサーベルナイフのような武器だ。
「あら、ソロモン。おもてなしはしてくれなそうな雰囲気よ?」
「えぇ、実に残念です。ベリア、やってしまいなさい。」
「えっ?俺がやるの?」
「そうですよ。あなたには我々の騎士を任命します。うん、刀を抜いた姿も強そうでいいですねぇ。」
「はぁ..。だいたい、お前らどう考えても騎士なんて要らないだろ。守る側の人間だろ!」
「何を言いますか。我々のような、か弱くかわいい教徒を守るのが騎士の役目です。」
「か弱くもねぇし、かわいくもねぇよ!」
「ちょっとー、ベリア。それ私にも言ってるのー?」
俺の発言にフィオネが口を曲げてブーイングしている。
「あぁ、もうやりにくいな!分かったよ、やるよ!」
俺は刀を構えて3人の男と向き合う。
「なんだ?クソ餓鬼。1人でやろうってのか。いいぜ、お前からぶっ殺してやる。」
右にいた奴がそう言うと、3人が同時に向かって来る。
さて、どうするかな。
どうせ悪人だから殺していいか?
俺も3人に向かって距離を詰める。
「ベリア、真ん中の男だけ生かしておいてください。後は殺してよしです。」
「..随分物騒なことを言う教徒だな。了解。」
ソロモンの発言を聞いた真ん中の男が、ほんの少しだけ気を緩めたのが分かる。
俺は真ん中の男までグッと距離を詰め、刀を下から振り上げた。
男はそのスピードについて来れず、ガードが間に合わない。
胴体を縦に斬り裂くかのような軌道だが、斬らずに衝撃で弾き飛ばす。
もろに喰らった男は吹き飛んで数メートル先で転がる。
うん、あれなら死にはしないだろう。
残りの2人に緊張感が走るのが分かる。
同時に斬りかかってくるが、その剣筋は迷いにブレている。
片方を刀で流しながら、もう片方を躱わす。
そのまま勢いを殺さず2人の胸をそれぞれ斬り裂いた。
2人が地面に崩れ落ちたのを確認し、刀を鞘に納める。
「流石です、ベリア。」
ソロモンが拍手をしながら歩いてくる。
フィオネも満足気な表情をしている。
「で、どうやって聞き出すんだ?拷問でもするのか?」
俺の問いにソロモンは歩きながら答える。
「それは私の仕事ですよ。」
ソロモンが倒れた男の元へ着く。
男は完全に意識を失っているようだ。
ソロモンはローブの下から、大きな杖を取り出し両手に構える。移動している時から腰に携えていたのは気付いていたが、焦茶色の木で出来たシンプルな杖だった。装飾などは付いていないが、頭の方が不規則に少しだけ斜めに曲がっている。まるで大きな木に刺さっている一本の枝をそのまま取ったかのような見た目だ。
ソロモンの杖から、目に見えない何かが放出されると、男の意識が戻った。
「グッ..!!」
「おはようございます。私はソロモン、しがない教徒です。今から貴方を拷問して殺します。」
「ヒィッ..!ヤメてくれ..!」
男は仲間の死体に気付き青ざめる。
「た、頼む!金なら幾らでも払う!い、命だけは取らないでくれ..!」
「金など要りません。それに元々貴方のモノではないでしょう。」
男は顔を引きつらせて震えている。
「..ですが、有益な情報を持っていたら検討の余地をあげましょう。」
「な、なんでも話す!聞いてくれ!」
ソロモンは不気味にニッコリと笑い、言葉を続ける。
「あなたは盗賊団"灰狼"の一員ですね。」
「あ、あぁ、そうだ。」
男は一瞬躊躇し、肯定する。
「..嘘は付いていないようですね。いきなり当たりを引きましたか..。貴方達は今日の昼頃、女の子を攫いましたね。彼女はどこです?」
「す、スラム街のガキか?もうこの街にはいねぇんだ!アジトに連れて行っちまってる。こ、殺してねぇぞ、まだ生きてるはずだ..!」
「ふむ、やはりそうですか。あなた方のアジトはどこです?」
ソロモンの淡々とした問いかけに男はごくりと唾を飲む。
「アジトは..ドゥーべの森だ。南の正門から真っ直ぐ西に行って森を少し進んだ辺りにある。」
男の返答を聞くとソロモンは顎に手を当て空を見上げた。
深いため息を付いて視線を男に戻す。
「残念です。せいぜい虚言を吐いた我が身を呪ってください。」
ソロモンの杖から目に見えない何かが再び放出される。
その瞬間、見ていた俺までゾッとし鳥肌が立つ。
「なッ!まってくれ!うわぁ"ああああああ!!!」
男が悲鳴をあげてのたうち回る。
男の顔は恐怖と苦痛に歪み、吐いていたズボンが濡れ始める。失禁したようだ。
隣で見ていたフィオネが「うわっ」と呟き顔を歪める。
「フィオネ、あれは何?」
「精神魔法よ。相手に恐怖の感情を与えたり苦痛を錯覚させたりするの。戦闘向きではないけれど、拷問によく使われるわ。ただ、元素魔法や空間魔法に比べて使える人は多くないわ。精神魔法でソロモンの右に出る者はそういないわね。」
ソロモンは屈んで男への聴取を続けていた。
だが男にはもう嘘をつく余裕はなさそうだった。
しばらくしてソロモンが聴取を終え、こちらへ歩いてきた。
男は涙とよだれを垂らしながら倒れている。
精神が壊れてそうだな。あれって元に戻るのか..?
「素直に話してくれました。いい人で良かったです。いや、悪行を働いているのでいい人では無いのですが..」
「良かったわ、ソロモン。それでベンの妹は無事?」
「えぇ、今は彼らのアジトにいるはずです。恐らく明日の昼過ぎに売り捌かれるでしょう。」
フィオネの問いにソロモンが答える。
売り捌かれる..。
「人身売買か..。アジトの場所は分かったのか?」
嫌な顔を隠さずソロモンに問う。
「はい、アジトはテゼリアの南門から南東、"氷滝の洞窟"です。急げば1時間ほどで着くでしょう。」
「どうするんだ?衛兵に報告したら国が動いてくれるかな?」
「もちろん、動いてくれるでしょう。でも明日の昼過ぎには間に合わない。どうしますか、ベリア?」
ソロモンは真っ直ぐ俺を見つめる。
心の奥まで見透かされそうな目をしている。
「行こう。ここまで来たんだ。それにベンとも約束しちゃったしな。」
「そうですね。では急ぎましょう。夜のうちに奇襲を仕掛けます。」
ソロモンは俺の回答に嬉しそうに同意した。
ーーーーー
フィオネとソロモンと共に草原を駆ける。
ゼトやアルモンと走っていた時より少しペースは速い。
街の南門から外に出た俺たちは"氷滝の洞窟"へ向かっていた。
王都テゼリアへ入る時は衛兵に身分を証したが、外へ出るのには特に手続きは必要なかった。
「フィオネ、ソロモン、"氷滝の洞窟"は分かるのか?」
風を切りながら2人に問いかける。
「えぇ、行ったことはないですが、おおよその場所は分かっています。」
「確か、昔はダグアイス鉱石が取れる名所だったわよね?」
「はい。鉱石を取り尽くした後は人々が立ち寄ることもなくなり、魔獣が多く棲みついていると聞いてましたが..。」
「その大量の魔獣を撃退できるほどの盗賊団ってことなのか?」
「分かりません。ですが、"灰狼"は多少名の通った盗賊団です。故国アイヴァンホーデンの辺りで20年近く前に結成された盗賊団です。もっとも、当時は盗賊団というよりは旅団といったイメージが強く、民間人は襲わず盗賊や悪党のみを襲う義賊として名を知らしめていました。」
「たしか、彼らが民間人を襲い始めたのはここ数年よね?」
「えぇ、内情は知りませんが、頭が変わり組織としても大きく姿を変えたようです。いずれにせよ、腕の立つ者が何名かいるのは事実です。」
「油断はできないってことか。」
「そういうことです。頼りにしてますよ、ベリア。」
「いや、お前らも強いんだから戦えよ。」
「もちろん、ベリアで手に負えないようでしたら助力しますよ。微力ながらね。」
しばらく走っていると川が横断しているところに出た。
恐らく、バウウェルからテゼリアへ向かう道中にあった川だろう。橋が架かっていた場所よりは少し東側、上流のようだ。
「そろそろね。」
「えぇ。滝の音が聞こえてきました。氷滝と呼ばれる滝です。」
暗闇の中、目を凝らすと前方に岩山から滝が流れているのが見える。あの滝から川が続いていたようだ。
前を走っていたソロモンが少しペースを落とす。
「岩肌に沿って滝から少し南へ行くと"氷滝の洞窟"です。気配を消して行きましょう。」
「えぇ、先に川を越えるわよ。」
フィオネがソロモンに同意すると、2人は川を向こう岸に向かって飛び跳ねた。
川幅は結構あるけど、当たり前のように軽々と飛ぶんだな..。
2人に続いて向こう岸へ向かって飛び跳ねる。
脚に伝える魔火の適量は感覚で分かった。音を殺して着地し、2人の後に続く。
岩肌に沿って少し進むと、木々が生えて林になっている場所へ出た。
「ありました。"氷滝の洞窟"です。」
ソロモンが木の陰に身を隠し囁く。
岩山に洞窟の入り口となる穴が開いていた。
大きさは馬車が1台通れるほど。
中は真っ暗で何も見えない。
「どうするんだ?」
「入り口はあそこしか無いみたいですし、突入するしかないですね。」
「そうね。敵に見つからないことを祈って進みましょう。遭遇したら、騒がれる前に殺すわよ。」
「えぇ、同意です。」
「まったく、物騒な聖職者だな..。」
ソロモンは杖を手に、フィオネは背負っていた長い棒を手に洞窟の中へと入っていく。
道中に聞いたが、フィオネの武器は長棍というらしい。一見、槍のような見た目をしているが刃が着いていない。
2人は棒術が得意らしい。てっきりソロモンは魔法のみの遠距離タイプかと思っていたが、遠近両方いけるようだ。
俺も刀を抜き、2人を追って洞窟へと踏み入った。