冒険者ギルド
それからは特にトラブルなく進むことができた。
盗賊の襲撃を受けた後、すぐにアルモンが中間地点と言っていた川までたどり着いた。
そこまで大きくはない川に、年季の入った木の橋が架かっていた。
水の音が心地良く、少しゆっくりしていきたかったが先を急ぐことにした。
そして川からしばらく走ったところで、王都テゼリアは見えてきた。いや、正確にはテゼリアを囲む外壁だ。
バウウェルとは比べ物にならない、大きな石塀で街は囲われていた。
塀の上は人が歩けるようになっている。恐らく、見張りが定期的に回っているのだろう。
遠くから見ても、テゼリアの大きさはバウウェルの比ではなかった。
石塀がずっと横に続いている。横幅はバウウェルの数十倍、いや百倍ほどあるだろうか。
街に近づくと正面に大きな門があった。
..デカいな。高さは10m程、外開きの大きな扉が2枚付いている。流石は王都の正門だな。
門の手前に少しの人集りと衛兵がいる。
街に入るのには審査が必要だとダリさんから聞いていた。
ギルド発行の身分証や、国で長年商売を営む者の推薦状が必要だと言っていた。幸い、ダリさんは推薦状発行の資格を持っていたので書いてもらった。
人集りの後ろに並び、順番を待つ。
どうやらこの正門から入るのではなく、隣にある小さな扉から中へ入るようだ。
前の人の審査が終わり、中へ入って行った。
「次の方」
衛兵に声を掛けられる。
真面目そうだが優しそうなおじさんだ。
「どこから来たんだ?身分証を。」
「バウウェルから来ました。身分証はないんですけど、推薦状を書いてもらいました。」
俺はそう伝えると胸ポケットにしまっていた推薦状を渡す。
「身分証はないのか。ふむ、どれどれ?」
衛兵は推薦状に目を通した後、塀の中にある部屋へ入って行った。
扉の外から中を少し覗くと、推薦状を石の上に載せている。ふと、石が青白く光った。
推薦状を持って衛兵が戻ってくる。
「正規なものである確認が取れた。入っていいぞ。」
ふぅ..。少しヒヤヒヤしたが、良かった。
「ありがとうございます!」
塀の中にある部屋を通り抜けて街の中へ入る。
街への扉を開けると眩しい光に包まれたが、すぐに目が慣れる。
うわ、すごいなこの街。
目の前にはものすごく大きな街が広がっていた。広すぎて、もはや街の反対側は見えない。
正門から続く巨大な大通りがずーっと街の奥へと続いていて、街の北側、視界の奥の方に城が見える。大きな城だが、距離が遠すぎてすごく小さく見える。
そしてこの大通りもすごい賑わいを見せている。今視界に入っている人だけでもバウウェルの人口を上回っているだろう。
大通り以外の道も、バウウェルの大通りより人が多い。
あまりの景色に見惚れて立ち尽くしてしまった。
さて、どこに行けばいいのかまったく分からんな。
冒険者ギルドはどこだろう?
少し街を進んでいくと、街の案内所があった。
中にいたおばさんと目が合う。
「あら、テゼリアへようこそ。この街は初めて?」
おばさんが微笑みながら話しかけてくる。
「はい、初めてです。冒険者ギルドへ行きたいんですけど..」
「そうなのね。この街は南北で分かれているのよ。南から中央を少し超えた辺りまでは、一般庶民や冒険者、商人や旅人が多いエリアよ。中央より北の方へ行くと王族や貴族、騎士が多いエリアよ。
冒険者ギルドはこのままメイン通りを進んで、最初の大通りを右に曲がったところよ。大きいからすぐ分かると思うわ。」
「ありがとうございます。北の貴族エリアへは行ってはいけないんですか?」
「いえいえ、そんなことないわ。どこへだって行っていいのよ。あ、でも南西の奥の方へはあまり行かない方がいいわ。スラム街なんだけど、かなり治安が悪いのよ。ちなみに、宿屋や飯屋は南東にも多いわよ。冒険者ギルドもあるから、冒険者の人達は南東エリアにいることが多いわね。」
おばさんは親切に案内してくれた。
「ご丁寧にありがとうございます。」
「えぇ、初めてのテゼリア、楽しんでいってね。」
おばさんに会釈し、メイン通りを歩き出す。
通りには、家族連れや冒険者、商人など色んな人が歩いている。時折、2人組の衛兵も見回りで歩いているを見かける。
しばらく歩いていると、メイン通りには劣るが大きな通りに出た。
おそらくおばさんが言っていた大通りだろう。
右に曲がると、一際大きな建物が目に入る。
冒険者風の人々が出入りしていることから、これが冒険者ギルドであることはすぐに分かった。
冒険者ギルドの前までたどり着くと、入り口に《冒険者ギルド テゼルウォート基幹支部》と書かれている。
それにしてもデカいな。想像をはるかに超える大きさだ。
扉を開けて中へ入ると、広いスペースにたくさんのテーブルと椅子が並べられていた。
中では屈強な戦士から魔法使いのような女の子まで、数十人が席に着いて雑談をしている。一見、酒場のような雰囲気だ。
奥には幾つかのカウンターがあり、ギルド職員が冒険者と会話をしている。
1番人が多いカウンターは任務の受注、次いで報酬の受け取りかな?
とりあえず、人のいないカウンターに行って聞いてみよう。
俺が中を歩き始めると、数人がこちらを見てきた。
好奇心のこもった目で見る者や、見てすぐに興味を失う者、中には少し攻撃的な視線も感じる。
歩いていると、通路沿いの席にいた3人組と目が合う。その視線は残念ながら攻撃的なタイプ。
1人が立ち上がり俺の行く手を阻んでくる。
背中に大斧を装備した、見るからに屈強な男だ。
なんていうか、デカいな。身長も2m近くあるのだが、腕や胴体も筋肉で膨れ上がっている。
俺は立ち止まってそいつの顔を見つめる。
「見ねぇ顔だな。ここはお前みたいなひ弱なチビが来るとこじゃねぇ。怪我しねえうちに帰んな。」
チビか..。まぁ、成人男性の平均よりやや背が低いくらいだが。チビって程ではないぞ。
うーむ、めんどくさいな。
見た感じ、肉体はゴツいがそんなに強くない。
そもそも俺のことを戦えないひ弱と思ってる時点でお察しだ。
「...そこ、退いてもらえませんか?」
面倒を起こしたいわけではないので、なるべく丁寧に言ってみる。
「痛い目に合わないと分かんないらしいな。」
男は指をポキポキならしながら少し歩み寄ってくる。
ダメか..。
周りの冒険者達はすっかり俺たちのやり取りを興味津々に見ていた。皆んな思い思いにヤジを飛ばしている。
「やれやれー!」
「ガイン、ぶっ殺しちまえー!」
「新人弄りだせえぞー!」
「そいつお前より強そうだぞーガイン!」
この男、どうやらガインというらしい。
しかし周りの冒険者達はただ面白そうに見ているだけだ。いや、全く興味を示していない連中もいるが。
ガインとの距離が近づく。
しょうがない、やるか。面倒は起こしたくないが正当防衛を主張しよう。
そう思った時、冒険者ギルドの扉が開き誰かが入ってきた。
「やれやれ、冒険者ってのはどこの国でも野蛮で嫌ですねぇ。」
少し鼻にかかった男の声だ。
「相手にするだけ無駄よ。」
今度は透き通った女性の声。
入り口を振り返ると、紺のローブを羽織った2人組の男女が入ってくる。
2人とも、歳は俺と同じくらいか。
男性は金髪、前髪を目の上で切り揃えていて優しそうな顔だが瞳の奥には鋭さがある。腰には大杖を携えている。
女性も綺麗な金髪を後ろで一つ結びしていて、可憐な美少女だった。背中には槍を担いでいる。いや、よく見ると刃がないから長棍か。
「なんだお前ら?まとめて殺されてえのか?」
ガインが怒気の籠った声で2人に問う。
すると、金髪の男が言葉を返した。
「はて。だいたい、どう見たって貴方より彼の方が強いでしょう?」
そう言うと男は俺を指差し、言葉を続ける。
「まぁいい。野蛮な猿共に争いには興味がありませんね。」
「行くわよ、ソロモン。」
「えぇ。」
金髪の女性に促され、ギルドカウンターへ歩き出す。
俺たちの横を素通りしようとした時、ガインが金髪の男に殴りかかった。
一瞬、止めようと思った。が、俺より先に金髪の女性が動いた。
速い..!
目で追うのがやっとだった。
ガインは腹を蹴り飛ばされ、通路を入り口の方へ転がって行った。
..。
静まり返る冒険者ギルド。
さっきまで興味を示していなかった連中も、今度はしっかりと見ていた。
2人は何事もなかったかのようにカウンターへ向かって歩き出す。
ふと、金髪の男が俺の方を振り返る。
「おや?貴方、何をそんなに怯えているのですか?」
「え?」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
怯えている?俺は何かに怯えているよう見えるのか?
「貴方からは恐怖の匂いがしますよ。まぁ、いいでしょう。」
男はそう言うと興味を失ったように再びカウンターの方へ歩き出した。
「ど、どういったご用件でしょうか?」
カウンターに居た職員のお姉さんも、一連のやり取りを見ていたからか、少し緊張しているようだ。
「聖女教会のフィオネとソロモンです。密命で参りました。」
金髪の女性、フィオネがそう口にすると、冒険者達がざわつく。
「なっ、聖女教会の騎士だと!?」
「フィオネとソロモンって言ったか!?」
「聖女教会の中でも指折りの強者じゃねぇか!」
「ヤバい仕事もやる残虐な双子だと聞くぞ..」
職員のお姉さんはすぐに立ち上がった。
「お話は伺っております。どうぞこちらへ。」
2人は職員に連れられ、奥にある別室へと消えて行った。
あの2人、双子なのか。言われてみれば少し雰囲気が似ている。
それにしても強い。できれば敵対したくない強さだった。
ぶっちゃけ、勝てる気がしない。
俺は気を取り直してカウンターへ歩いていく。
さっき注目を浴びてしまったせいで、こっちを見ている冒険者が多い。嫌だな。
「どういったご用件でしょうか?」
職員のお姉さんが声をかけてくる。
「あの、冒険者登録をしたいんです。」
「承知しました。初登録ですね。お名前を宜しいですか?」
ベリアと名乗ると、真っ白い石が渡された。偽札を調べる紙幣石に似ているな。
「これは?」
「判定石です。魔火の性質を登録するのと、魔火指数を判定することができます。その石に魔火を流せますか?」
言われた通り、判定石に魔火を流す。
判定石が青白く光る。光り終わったので、判定石をお姉さんに返す。
「それでは、登録と判定を行ってきますので少々お待ちください。」
お姉さんはそう言うと、奥の部屋へ消えて行った。
しばらくして、お姉さんが1枚のカードを持って戻ってきた。
心なしか、少し驚いた顔をしている気がする。
「お待たせしました。登録が完了しました。
ベリア様の魔火指数は47でした。」
聞き耳を立てていた冒険者達が驚愕している。
「通常、Fランクからのスタートになりますが、四十超の方はCランクからスタートが可能です。Cランクで登録して宜しいでしょうか?」
よく分からないがとりあえず肯定しておく。
ところで、俺の過去の情報は無かったのだろうか?肝心なのはそこだ。
「あの、俺もう登録されてませんでしたか?」
職員のお姉さんは首を傾げる。
「? ベリア様は情報が無かったので、今回が初めての登録かと思います。」
「..そうですか。ありがとうございます。」
...外れか。
過去の情報を知るチャンスかと思ったが、しょうがない。
だが、自分の強さを知れたことは前進と捉えよう。
魔火指数47。四十超は数千人に1人しかいないとアルモンは言っていた。
やはり、俺はそこそこ強いみたいだな。
たが、さっきの聖女教会の2人組を見た手前、自分の強さを過信をする気には全くなれなかった。
その後、職員のお姉さんから一通りギルドについて説明を聞いた。
ギルドカードは各国共通の身分証となり、1年に1回は更新が必要らしい。受け取ったギルドカードには、名前と魔火指数の他にも、《21歳 男》と書かれていた。
どうやら判定石によって年齢も分かるらしい。意外なところで自分の年齢を知った。
また、受けれる任務のランクは自分のランクの一個上まで。つまり、俺の場合はBランクの任務までだ。
自分のランクの任務を10回クリアすると、昇格任務に挑戦できるらしい。そしてそれを無事にクリアできれば、晴れてランクアップというわけだ。
聞けば、冒険者の大半はDEFランクらしく、Cランク以上の冒険者は多少名の通った者が多いのだとか。
俺の魔火指数が分かってから、お姉さんの対応が丁寧になって、やたら上目遣いが多くなったのは気のせいってことにしておこう。
そんなわけで、俺は冒険者ギルドへの登録を完了した。