テゼリアへの道
王都テゼリアに向けて道を走る。
まだ先は長いから、あまり力を使わずに走っている。
とは言っても、馬が駆けるより速い。
このくらいの速度であれば、魔火に負担をかけることなく走れることが分かる。
それにしても魔火って何なんだろう。
目には見えないエネルギーのような物。アルモンは身体の中を血のように流れていると言っていたな。
..流れている、か。
走りながら体内の魔火を意識をしてみる。
確かに、魔火が体内を巡っているのが分かる。水というよりは炎に近いように感じる。
だが恐らく実態はないだろう。
考えれば考えるほど不思議なものだった。
俺も魔法を使えるのだろうか?
ふと疑問に思い、足を止める。
イメージはアルモンがホーンズベアーに放った衝撃波。
魔火を手の先に集め、衝撃波のイメージで前方に飛ばしてみる。
...。
衝撃波とは言えない、空気砲のような固まりがゆっくり飛んで行った。少し先で消滅する。
これは実戦じゃ使い物にならないな。要練習だ。
ゼトが放った、衝撃波を乗せた斬撃はどうだろうか?
刀を抜き、道を逸れて少しだけ森へ踏み入る。
植物と土の香りに鼻が包まれた。
木で試し斬りをしてみるか。
近くにあった手頃な木に向かって刀を構える。
刀身に魔火を流す。
斬るのではなく、弾くイメージで刀を横から軽く振り抜いた。
鈍い音が響き渡り、木が大きく揺れる。
小枝や葉っぱが沢山落ちてきた。
木を見てみると、刀で斬った跡ではなく、ハンマーで殴ったような跡が付いている。
成功だ。
どこまで火力を上げられるだろうか?
再び刀に魔火を流し、最大限の力で弾くイメージをしながら刀を振り抜いてみた。
うわっ..!
凄まじい衝撃音と共に気の幹が折れた。いや、というより砕けた。
倒れた木が地面に衝突し、大きな音と煙を上げる。
..使い方は気を付けないとな。
しかし魔火の使い方次第で色々なことが出来そうだ。
落ち着いたら試してみよう。
俺は再び道へ戻り、テゼリアに向けて走り出した。
ーーーーー
暫く走っていると、向かいから馬車が走ってくるのが見える。
近づいて見ると、隊商のようだ。
3台の馬車が縦に並び、その周りを複数の護衛が馬に跨がり走っている。
距離が近づくと、護衛のリーダー格の男が警戒しながら前に出て来た。
声をかけて来そうなので、走る速度を落とす。
リーダー格の男は馬から降りて口を開いた。
「何者だ貴様?」
...いきなりなんだ。態度の悪い奴だな。
まぁいい、面倒事は御免だ。
「旅の者です。バウウェルからテゼリアへ向かってます。」
「フン、本当か?最近ここらを根城にしてる盗賊団の一員じゃないのか?」
「盗賊団?知りませんね。」
男は鼻を鳴らすとつまらなそうな顔をして馬に跨った。
「せいぜい気を付けるんだな。お前みたいなガキでも奴らは容赦なく襲ってくる。良くて奴隷として売り飛ばされ、悪けば殺されて終いだ。」
「..ご忠告どうも。」
隊商が再び動き出す。
他の護衛たちはこっちに見向きもせず、馬を走らせ始めた。
隊商が進んで行くを見届け、再び走り出す。
まったく、なんだったんだか。
まぁいい、切り替えてテゼリアへ向かおう。
ん?
ふと道の両脇、林の奥に複数の気配を感じる。
人間のようだ。気配を殺して移動しているのが分かる。
俺とは反対の方向へ進んでいるようだ。
道を挟んだそれぞれの林、合わせて十数人。
俺は気付いてないフリをしながら走り続ける。
気配を探っていると片側の林の方にいた集団が別れる。
..少し付いてきたな。こっちに来たのは2人か。
恐らくは盗賊。残りの大半はさっきの隊商を狙いに行ったのだろう。
少し走り続けるがやはり付いてくる。
さて、どうしたものか。
立ち止まって様子を見てみる。
「あぁ?気付きやがったのか?やるじゃねえか、てめぇ。」
2人の男が林から姿を現す。
腰には剣と短刀を携え、ボロボロに汚れた布鎧。2人とも見るからに盗賊といった見た目だ。
「そんなに気配丸出しで付いて来られれば誰でも気付くだろ。なんの用だ?」
「言うじゃねえか餓鬼が。よっぽど苦しんで死にてぇみたいだな。」
2人は剣を抜きこちらに歩み寄ってくる。
俺の態度にご立腹の様子だ。
まぁ、やるしかないだろうな。
俺も刀を抜き、さらに言葉を返す。
「死ぬ?お前らを相手にか?笑わせるなよ。」
2人が殺気立つのが分かる。
挑発に乗りやすいタイプみたいだな。
「おい、こいつ殺しちまおうぜ。どうせこんな餓鬼売ったところで大した金にならねぇ。」
「だが、顔は悪くねぇ。売り捌けば少しは金になるんじゃねぇか?勝手に殺したらお頭にドヤされるぞ。」
「チッ。抵抗したから殺したってことにすればいいだろ。」
「まぁそうだな。舐めた態度を後悔させてから殺そう。」
2人組が会話をしながらこっちに歩いてくる。
少しは戦えそうだが、あまり強そうには見えないな。
「やっぱりお前ら弱そうだな。相手にならなそうだ。」
「殺す..!!」
2人が声を揃えて飛び掛かって来た。
余裕の態度で挑発してみたが、俺は少し緊張していた。
記憶を失って以降、バウウェルを拠点にゼトやアルモンと狩りをしていたわけだが、人間とは戦ったことがなかった。
ゼトとは手合わせをしようと言っていたが、結局やらずにバウウェルを発ってしまったのだ。
この盗賊2人より俺の方が強いだろうが、油断はできなかった。
1人が上から剣を振りかぶりながら飛び掛かってくる。刀を振り上げて剣を受け止めた。
するとそいつの背後からもう1人が現れ、剣を横から振り抜いてくる。後ろに下がりながらその剣も弾く。
その後も交互に剣戟を受け止めていく。
かなり余裕はあるな。
分かったことがある。俺は刃を交える瞬間、無意識に刀身に魔火を流す癖が付いている。
恐らくこれは記憶を失くす前からの癖だろう。
そしてこれは剣士として正しい戦い方であると感じた。
刀身に魔火を流すことで刀の強度が増す。
強度ってのはなにも刀身の頑丈さだけではない。刀の重みや威力も増すのだ。
盗賊から受けた初撃。彼は全身の力を乗せ剣を振りかぶって来た。
俺よりも遥かに体格の良い男の体重が乗った重い剣戟を、俺は刀一本で軽く受け止めたのだ。力はそんなに入れていなかった。
そして分かったことがもう一つ。
俺は人間との戦いにかなり慣れている。
無意識に相手の動きが読めたり、隙を付くことができる。
魔獣よりも戦いやすかった。
そんなことを考えながらも剣戟を受け続ける。
「チッ、てめぇなかなかやるじゃねぇか。」
盗賊が肩で息をしながら、一旦距離を取った。
かなり疲れているようだな。
一方で俺は全然疲れていない。体内での魔火の使い方の違いか?
「そろそろ終わらせよう。」
俺は心の声をそのまま呟く。
「舐めんじゃねぇぞ餓鬼がぁ!!」
再び2人が距離を詰めて来た。
相変わらず上からの大振りな一太刀だ。
しかし今度は受け止めるではなく、右から左へ刀で受け流す。すぐに刀身を翻し、盗賊の首を跳ねた。
そして面食らっているもう1人へ一気に間合いを詰める。
左から右へ、刀を素早く振るう。
盗賊は後ろへ下がりながら何とか剣で受け止めようとしたが、俺は刀が剣に当たる瞬間、弾くイメージで刀を振り抜く。
盗賊はその一撃を受け止めきれず、剣が宙へと舞う。
そして盗賊の肩へ、刀を振り下ろした。
2人の死体を見つめる。
...。
人を殺すことに、俺は大して抵抗が無かった。 相手が悪党だから?恐らくそれはあるだろう。
だが、少なくともこれが初めてではない気がする。
今まで幾人もの人を殺してきたのだろうか。
ふと、アリシアにダリさん、ゼトとアルモンの顔が思い浮かぶ。
もし俺が殺人鬼だったら、みんなはどう思うのだろうか。
俺は少しだけ、自分の過去を知るのが怖くなった。
ーーーーー
王都テゼリアを出発した隊商は順調に進んでいた。
南の街バウウェルを経由してそのまま南下していく予定だ。
しかし護衛隊のリーダー格である男、エドモンドは面白くない気分だった。
先ほどすれ違った少年。歳は20くらいだろうか?
少し脅してやろうと思って話しかけたが、全く気にも留めず、自分なんか眼中にないかのようなあの態度。
(クソッ..!俺は傭兵ギルドでこの護衛隊のリーダーを任されるような男だぞ!舐めやがって!)
この護衛隊は傭兵ギルドから派遣された護衛だった。
傭兵ギルドは仕事を任命する際、そのメンバーの中で最も実績のある傭兵にリーダーを命じる。
リーダーとして更に実績を積んだ後、傭兵ギルド本部へ出世することがエドモンドの夢だった。
傭兵ギルド本部からは、実績・実力共に認められた傭兵に声が掛かる。
本部にはより大きな仕事が多く報酬も多いため、傭兵ギルドに所属する者は皆本部を目指して任務に取り組んでいた。
先日、傭兵ギルドの判定石で判定を行ったエドモンド。
魔火指数は21で、ついに二十超と呼ばれる領域まで成長していたことが彼に自信を付けていた。
(こんなつまらない任務、さっさと終わらせてやる。)
エドモンドはそう思いながら馬を進める。
「エドモンド、そんなに気張らずに行こうぜ。大道の護衛なんて何も起きやしねえよ。」
隣で馬に乗っている傭兵ヒューイが話しかけてくる。
ヒューイとは何度か一緒に任務をこなしている。
「うるせぇ。最近この辺りで大規模な盗賊団が確認されてんだ。しっかり警戒しろ。」
「"灰狼"か。噂じゃ100名規模の盗賊団で、半数近くが二十超って話だぜ。」
「あぁ、人数は多いらしいが二十超がそんなにいるわけねぇよ。ハッタリだ。」
「ハッ、違いねぇ!本当にそんな連中なら国やギルド本部が動かないとどうしようもねぇ。ところでよ、エドモンド、おま..」
その時、ヒューイの胸に深々と短剣が刺さった。
ヒューイ言葉を続けることなく落馬する。
「ヒューイ..!おいお前ら敵襲だ!」
(クソッ..!どこからだ!?)
エドモンドは馬から降りて剣を抜く。
傭兵の面々も慌てて戦闘体制に入った。
ヒューイに向かって短剣が飛んできた、右前方の林を見つめる。
..ッ!!
エドモンドの胸を目掛けて再び飛んで来た短剣を、ギリギリのところで剣で弾く。
両脇の林から十数名の武装した男達が出てくる。
「やるねぇ、おっさん。」
リーダーと思われる、頭に黒いバンダナを巻いた男が面白そうに呟く。
「.."灰狼"か?」
「いかにも。」
男が剣を抜きながら言葉を返すと、盗賊達は一勢に襲いかかってきた。
そしてほんの数分後、隊商は全滅した。