屍人
「窓と扉を閉めて!屍人が現れたわ!」
女性の言葉に、賑やかに飲んでいた客達が立ち上がり騒然とする。
「みんな落ち着け!そして窓とカーテンを閉めてくれ。」
ダリさんの一言でみんなは動き出し、落ち着きを取り戻した。
俺は息を潜めてアルモンに尋ねる。
「屍人って?」
「闇ギルドの連中さ。決して関わってはいけない。
ギルドってのはなにも冒険者ギルドだけじゃない。商人ギルドや傭兵ギルドなど色々ある。そして闇ギルドと呼ばれている組織が幾つかあるんだ。
闇ギルドの中でも特に危険な組織が3つ。"鴉"、"煙影"、そして"屍人"だ。彼らによって国が滅ぼされることもある。」
「ベリア、お前強いからってぜってー関わっちゃいけねぇぞ。屍人は3つの中でも1番危険な組織だ。詳しいことは分かっちゃいねぇが、戦争したら大国だって落としかねないと言われてるんだ。」
ゼトも珍しく焦った顔をしている。
酒場は異様な緊張感で包まれていた。
ーーーーー
バウウェルの大通りを、3人の男が歩いていた。
黒いローブを着て、フードの中には不気味な面を被っている。
南門から入った彼らは、街の北へ向かって悠々と歩いている。
通りに人はいない。彼らの姿を見るなり、建物中や裏道へ身を隠した。
「フンッ、やっぱこの格好だと寂しいねェ。いつもなら皆んな明るく接してくれるのによォ。どれか1つ、建物消し飛ばしてみっかァ。そしたら歓迎してくれるかァ?」
「無駄口を叩くな、バモン。それに今回の目的地は一箇所だけだ。」
「固いこと言うなよォ、ザレオニール。あんま調子乗ってっとオマエから殺しちまうヨ?」
「ほぅ、実力の差も分からない馬鹿だったとは。今ここで死ぬべきだな。」
「...。早く行こうよ、2人とも。」
軽い口調のバモンと、しゃがれた声のザレオニールが殺気をぶつけ始めると、半歩後ろを歩いていた少年が呆れながら口を開いた。
2人は殺気を引っ込め再び歩き出す。
街を暫く歩き、3人はある建物の前で立ち止まった。
「ここか?目的地ってのはァ。」
「あぁ、死にたがりが何人かいるみたいだがな。」
「...。」
3人は領主の家の前に立っていた。
門の前には武器を構えた数人の衛兵。今日は非番の者も居たが、屍人の知らせを聞き駆け付けていた。
「貴様ら、屍人だなッ!!この街になんの用だ!?」
いつだったか、ベリアに会釈をした人の良さそうな衛兵が槍を構え叫ぶ。
「オイオイ、威勢はいいけど声が震えてんぞてめェ!そんなんで何が守れんだァ?!」
バモンが笑い、衛兵に緊張が走る。
「なんの用か、今その身体に教えてやるよォ。」
そう続けると背負っていた大鎌を手にした。
ーーーーー
その夜、バウウェルの街は未だかつてない静寂に包まれていた。
街に残る人は誰もが音も立てずに家の中に篭っていた。
ダリの宿屋に来ていた客は、そのまま無料で宿屋に泊めてもらうことになった。食堂に布団を敷き、全員で雑魚寝をする。
しかし、ほとんどの者は眠ることができず、怯えながら夜が明けるのを待っていた。
「この街、どうなってしまうのかしら..。」
隣の布団で寝ていたアリシアが不安そうに口にする。
「...。」
なんて言葉をかけたらいいか、分からなかった。
「...大丈夫だよ。なにかあったら、この宿屋は俺が守る。」
少し間が空き、俺はそう返した。
守る、か。俺は何を根拠に言っているんだろう。
相手の強さも自分の正体も知らない。
そんなやつに一体何が守れるというんだろうか?
しかしアリシアは少し嬉しそうに微笑むと言った。
「ふふっ、なら安心ね。」
アリシアの顔を見て俺は心に誓った。
アリシアにダリさん、ゼトにアルモン。付き合いは短いけど俺を支えてくれたみんなを、命をかけて守ろうと。
ーーーーー
翌朝。
外で小鳥が鳴いている声がして起きる。
どうやら眠ってしまっていたようだ。眠たい目を擦って周りを見渡す。
隣ではアリシアが寝息を立てて眠っている。
食堂の様子は眠る前と変わりなかった。皆んな横になっているが起きてる気配がする。
身体を起こすと、壁に寄っ掛かり座っていたゼト目が合う。
「街の様子を見に行こうと思う。」
「俺も行くぜ。」
俺の発言にゼトが力強く言葉を返すとアルモンも身体を起こした。
「アルモンは残ってくれ。いざとなった時に皆んなが心配だ。」
「..分かったよ。」
ゼトの言葉に、少し考えてからアルモンが返した。
ーーーーー
街はまだ薄暗かった。
肌を刺すような冷たい空気を顔に感じる。
街の南側の大通りには人がいないようだった。
「ベリア..」
ゼトが右側、街の中央部を見つめ呟いた。
右を振り返ると街の中央部に少しの人だかりが見える。
俺たちは中央部に向かって歩き出した。
中央の噴水がある広場で数人が立ち尽くしていた。
噴水の奥にいる人だかりに向かって噴水をぐるっと迂回していた時、あるものが目に入り、一瞬足を止めそうになる。
噴水の縁石には、数人の生首が並べられていた。この街の領主と衛兵のものだった。
どれも苦痛に歪んだ顔、中には涙を流した跡もあった。
衛兵の母親だろうか、1人の女性が泣き崩れる。
ゼトが歯を食いしばっているのが分かる。
「ベリア..。街を見て回ろう。」
ゼトは苦しそうに呟いた。
ーーーーー
俺たちが一通り街を見て回ったころ、日が上り辺りはすっかり明るくなっていた。
結局、領主達以外の被害はどこにもなかった。
屍人の気配もなく、人々は疎らに街へ繰り出していた。
しかしその表情はどれも重く不安気だった。
宿屋に帰った俺たちは、みんなに状況を伝えた。中には涙を流す者もいた。小さな街だから知り合いもいるのだろう。
重い空気に耐えられず、俺たちはそれぞれ宿屋の自室へと戻ったのだった。