最終話:義勇兵
「初めましてメイ・アンディシュさん。私はルーナ・チス・セレモンティと言います。あなたの兄、キースさんの上司です。断じて結婚相手ではないので、お間違いのないように」
「えー、そうなんですか。残念ですー」
メイははーッとため息をつきながら言う。
「俺がこんなちんちくりんと結婚するわけないだろ」
「でもでも、お兄ちゃんは背が低くておっぱいは控えめでお尻が大きな人が好きって言ってたじゃん。ルーナさんって、お兄ちゃんが思い描く好きな女性に完璧に突き刺さってるよね。なのに、なんで嫌いみたいな雰囲気を出しているの?」
メイはにたにた笑いながら、発言する。
「なっ!」×キース、ルーナ。
「め、メイの発言は嘘だ。メイは虚言癖でよくこうやっておちょくってくるんだよ」
俺はルーナに向って真実を言った。
「別にキースさんに好かれようなんて思っていませんから、ど、どうでも良いです」
ルーナは頬を赤らめながら、俺に背を向ける。
「お兄ちゃんはロリコン気質で捻くれているから、おっぱいとお尻が大きな女の人が好きって嘘を言っているんだよー。ねー、お兄ちゃん」
メイはまたしてもにたにたと笑いながら言う。こういうところが治っていないのはとても残念だ。だが、いつものメイだとわかるので、これもまたよし。
「ち、違う。断じて違う!」
「キースさん、やはり少女性愛者でしたか……。牢獄にぶち込んであげても良いですけど、どうします?」
ルーナは瞳を黒く染め、今にも捕まえようとしてくる。
「メイ、訂正するんだ。今の発言は嘘ですって言えばいい。嘘は泥棒の始まりだぞ」
「私、嘘なんてついてないよー。ルーナさん。信じてくださーい」
メイはにたにた笑いながら言う。今の発言が嘘なのだ。
「もちろん、信じますよ。キースさんにはあとで厳しいお仕置きをしておきますから、メイちゃんはこんな大人にならないように、反面教師にしてくださいね」
「はーい。ルーナさん、ありがとう。だーいすき」
メイは近くに寄ってきたルーナに抱き着き、言い放った。だが、目が全く嬉しそうじゃない。誰にでもうまく溶け込み、仲良くなれてしまう、狂った子供だ。
例え、相手が聖騎士であろうが、子供であろうが、犯罪者にだってつけ込める。
そんな妹だが、俺の大切な家族だ。狂っていないと下町では生きていけない。
「はあ……。メイ。純粋無垢なルーナをからかうのはもうやめなさい」
「はーい。ごめんなさい、ルーナさん。私、嘘つきなの」
「え? そうなの。いったいどこからどこまでが嘘なの」
「さー、どこでしょう。逆にどこが嘘だったら嬉しいですか?」
メイはにたにた笑いながら言う。
「え……。そ、そうですね……」
ルーナは真剣に考え始めた。
――子供の遊びに付き合い過ぎだろ……。
「全部嘘だよ。ルーナ、メイにからかわれすぎだ。子供は皆、正直とは限らない」
「全部嘘ってことは、私が好きっていうのも嘘なの……?」
「はい、嘘です。私はお金持ちの方は嫌いです。お金を一杯持ってるのに、下町の人に全然くれないんですもん」
メイはルーナにプイっと顔を背け、本音を言う。
「メイ、ルーナは俺の上司だ。金は払ってもらってる」
「そうなんだ。へー、いくらもらってるの?」
「月に金貨三〇枚。この前、上がったらしくて、金貨五〇枚だ」
「……へ? 金貨五〇枚」
メイは目を丸くして呟いた。
「まあ、死ぬかもしれない危険な仕事なんだけどな」
「ええ……。死ぬかもしれない危険な仕事って……」
「義勇兵だ」
「……お兄ちゃんの馬鹿っ!」
メイは本気で怒ってきた。父親と同じ死にかたをするのではないかと不安なようだ。
「メイ、俺は今から訓練施設に戻る。その間、金は送るし、リーズさんとテリアちゃんの世話になるんだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん。いきなりそんなこと言われても……」
「すまない、メイ。俺の命はお前とテリアちゃんを助けるために、天使に売っちまったんだ。これからはこいつのために使わないといけなくなった」
俺はルーナの肩を抱き、メイに伝える。
「なな……、ちょ、キースさん。何を言って……」
「なにを言って? 俺はルーナの野望を叶える手助けをするって言っただろ」
「本気だったんですか?」
ルーナは目を丸くしながら呟いた。
「当たり前だ。俺はいつ死んでもおかしくないからな好みの女の求愛を無理やり断ってきた。俺の安い命はお前の高い命を守るために使うのが一番効率がいい使い方だろ。あと俺はおまえの夢に酔わされているんだ。戦争が無く、皆、仲良く暮らせる世界。そんな世界が作れるのなら、俺は死をいとわない」
「キースさん……」
「お兄ちゃん……」
「だから、メイ。もう、前みたいな生活には戻れない」
「はぁー。ほんと、捻くれてるなー。大金を稼いで私を学園にでも入れる気でしょ」
「…………よくわかったな。そのためもある。メイは俺よりも何倍も頭がいいから、学園に行けば伸びるはずだ」
「もう、過保護すぎるよ。でも、ありがとう、お兄ちゃん。私、こんな下町暮らしはもうごめんだったの。少しでもこの環境を変えたい。だから、私、いっぱい勉強をして偉くなって下町を変えるよ!」
メイは本気で言っていた。瞳が燃え、やる気に満ち溢れている。
「はは……、本気みたいだな。じゃあ、下町はメイに任せる。国は俺とルーナに任せろ」
起きて早々、メイは下町を変えると言い出した。本当に変えられるのなら、変えてほしい。だが、下町を変えるのは生半可な努力じゃ不可能だ。国を守るのだって簡単じゃない。でも、ルーナとなら俺は世界を変えられる気がする。
「じゃあ、メイ。また今度な。もう、風邪なんて引いて死ぬんじゃねえぞ」
「うん。お兄ちゃんも戦場で勝手に死なないでね」
メイは笑顔で言った。
「なんか、この二人、似た者同士ですね……。って、兄妹なら当たり前か」
ルーナは苦笑いを浮かべ、引き気味だ。
「ルーナ、訓練施設に戻って訓練の再開だ。ヨハンはまたいつどこで現れるかわからない。次こそは必ず捕まえて罪を償わせる」
「そうですね。ヨハンを野放しにしておくわけにはいきません。また、王国に牙をむくでしょう。必ず捕まえなくては」
俺とルーナはメイの病室の外に向かう。
死にたがりの義勇兵は妹の目覚めと共に死んだ。
病室から出たら、ただの義勇兵に成り下がる。女の夢に絆された義勇兵のあくなき戦いはまだ始まったばかりだ。
死にたがりの義勇兵、終わり。
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