ただの人間じゃ駄目
「うわーんっ! キースさん、会えて嬉しいですーっ! 抱き着きたいですけど、今はそれどころじゃありませんっ!」
ハイネは重装備で大量の木偶人形に負われながら戦闘訓練を行っていた。
「ぐ、ぐぉおおおおお……。つ、つぶされる……」
アイクは筋力の鍛錬か、直径二メートルはありそうな大きな岩を背負いながら、よたよたと歩いていた。もう、こけた頬を見る限り、奴隷のようだ。
「あばばばばばばばっ! し、しびれるうううっ!」
レインは大量の電撃をあびながら、射撃訓練を行っていた。
「ぐあぁあぁぁぁぁっ……。なんて無慈悲な……」
ナリスは大量の銃弾を浴び、地面に倒れ、すぐに立ち上がって、また撃たれる。いったい何の訓練なのか全くわからない。
「うぐぐ……、あ、頭が割れる……」
ライトは一人椅子に座り、とんでもなく分厚い本を読んでいた。あれはあれで辛そうだ。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
エナは重装備で反りかえった崖を宙ぶらりんになりながら上っていた。
「さ、キースさんは一〇分間、息を止めながら人食いザメのいる水槽の中で生き残ってください」
ルーナは満面の笑みで俺を魔法で持ち上げ、水槽の中に突っ込む。真面に息も吸わせてもらえず、いきなり大口を開けた体調一〇メートル超える巨大サメが遅い掛かってきた。叫ぶことは出来ず、死ぬ気で逃げるしかない。
ルーナは丸テーブルに紅茶の入ったティーカップを置き、高級そうな白い椅子に腰かける。
白い瓶のふたを開けると白い角砂糖が入っておりルーナは右手で掴めるだけ掴み、カップの中に入れる。そのまま優雅にティータイムを決め込みやがった。
「皆さん、これからはただの人間では生きていけません。なんせ相手はただの人間だけじゃありませんからね。魔物に人外、化学兵器、島国、魔法使い。全てに対処するには騎士程度では話になりません。聖騎士に並ぶかそれ以上の力を付けてもらわないと死にます」
ルーナの声が聞こえにくいが、力を付けないと死ぬらしい。死ぬ気じゃどうにもならない相手もいるだろう。そんな奴らに対抗するためにルーナの人を超越させる特訓は行われた。
俺は死にかけながらも、一〇分間生き延び、ルーナに助けられる。
五分の休憩後、俺はルーナに腹が減りまくった熊がいる檻に叩き込まれた。
「ナイフ一本で倒してください(にこり)」だそうだ。
泣き言を言っても仕方ない。俺はやると決めたらやる男だ。覚悟を決めてルーナ考案の訓練を一時間、みっちり受けた。なまった体がもとに戻るどころか、以前よりも死に敏感になり、研ぎ澄まされた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。やっぱり、俺を殺せるのはお前しかいねえよ……」
俺は疲労困憊、立ち上がることも出来ず、背が低いルーナを見上げる。
「お疲れさまでした、キースさん。やはり、キースさんには生き残る素質がありますね。で、腑抜けた精神は抜けましたか?」
ルーナはブーツの裏でボロ雑巾のように汚い俺の頭を踏みつけてくる。どうやら、病院の看護師さんといちゃついていた状況に相当ご立腹のようだ。
「す、すみませんでした……。もう、うつつを抜かしません……」
「よろしい。では、休憩も出来ましたし、私達は下町に行きましょうか」
「俺は全く休憩出来てないんだが……」
俺はルーナに回復魔弾を撃たれ、傷が治った。副作用で眠気が襲い掛かってくる。目を覚ますと、車の中だった。
「いつつ……。ここは……。車。ルーナ、今はどこだ?」
「起きたようですね。今いる場所は下町ですよ。もうすぐリーズさんの病院に到着します」
俺は起き上がり、フロントガラスから見える懐かしい風景を視界に入れる。一ヶ月以上経っているせいで、俺が知っている下町とは全くの別物に変化しているだろう。
「これが童話の世界で言う、爺効果ってやつか」
「さすがにそこまではいかないでしょう。リーズさんがお爺さんになっているなんてことはあり得ません」
俺とルーナはリーズ先生の病院に到着した。馬車を止めるための土地に魔動車を置き、入口から入る。看護師さんが目を見開き、口を手で押さえていた。リーズ先生の居場所を聞くと、いつもの診察室にいると言う。
俺とルーナは待合室を通り、廊下を歩いた。
時刻は夕方ごろ。
西日が赤くなり、下町が真っ赤に染まりかけていた。天井にぶら下がっている電球がチカチカと光り、そろそろ変え時だと教えてくる。
鼠やゴキブリが出そうなボロボロの床を歩き、靴裏に引っかかる木のささくれを踏みにじる。この場所は何年も変わらないなと言う安心感すら覚え、リーズ先生の診察室の前にやってきた。
扉を三回叩き、失礼しますと言う声を出して横に動かす。
滑車と金属が擦れる嫌な音が鳴り、扉が開く。すると目の前に一八〇センチメートルを超えた白衣姿の男性が両腕を広げながら立っており、俺を覆いつくさんと抱き着いてくる。
「キース君っ! 良かった、良かった!」
リーズ先生は声だけで俺だとわかり、抱き着いて来たそう。少々漂う加齢臭が先生の年齢を彷彿とさせる。たった二ヶ月程度でリーズ先生の白髪が一気に増えており、一瞬、爺効果を疑ったが、ただただ疲れているだけのようだ。
「リーズ先生……、放してください……。苦しいです……」
「あ、ああ。すまない。いや、本当に良かった。テリアが返ってきた時は泣くほど嬉しかったが、キース君が戻ってこないと言うのがどうも不安で……、ルーナさんから大怪我を負ったが帰ってきたと聞いた時は魂が抜けるかと思ったよ」
「はは……。心配させてしまってすみません。テリアちゃんは元気ですか?」
「ああ。元気過ぎて困っているくらいだ。キース君に会いたくて会いたくて仕方がないと毎晩言っている。ありゃ、もう、他の男に眼がくらんだりしないだろうな……。これから、テリアのことをよろしく頼む」
「ちょ、いきなりそんなこと言われても困りますよ……」
「そうですそうですっ! テリアちゃんはキースさんにもったいないですっ! この死に急ぎ野郎さんを夫にするなんて考え直したほうがいいですよっ!」
ルーナは俺よりも必死に反対した。そこまで言わなくても……。
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