突破口は前しかない
「ナリス、脱出経路の方はどうなってる……」
「いやぁ、前方にでっかい鉄の車。後方にでっかい鉄の車。背後は山脈で越えられない。もう、前後ろから狙われて横から逃げるのも無理、前からしか逃げられないのに敵兵がずらり。突っ走って逃げようとしてもこのざまだ。もう、逃げ道がないよね」
ナリスは笑いながら言った。笑えるほど体力が残っているなら俺にくれよ……。
「後方の敵は私が鎮圧しました。なので、残るは前方の敵のみ。魔弾の数と私の魔力量も残りわずか。最悪、実弾を使用して貴族の子息を逃がす作戦に切り替えなければなりません。二人共、人を殺す覚悟をしておいてください……」
ルーナは瞳を潤わせ、悔しそうに呟く。
「ルーナ、泣きそうな顔をするな。今は戦争中なんだ、人が死ぬのが当たり前。人が死なない戦争なんてただのお遊びだろ。大切な者を守ることは命を懸けるってことなんだ。俺達は同等の価値を掛け合っている。奪うか奪われるか。それだけだ。だが、お前の力は多くの人を救う。普通の人間とはわけが違う。お前を殺すためには敵が命を何個も投げ出さなければならない。それくらいお前は強い。だから、自分の力に責任を持て。甘い覚悟で命を懸けるな。それなら、おとなしく中央区で女の幸せを噛み締めてろ」
俺はルーナの肩に手を置き、声を絞り出しながら言った。
「ド正論ばかり言われて返す言葉もありません……。そうですね。自分の力に責任を持ち、叶えたい未来を手に入れるために私は戦わなければなりません。今のままじゃ、覚悟が全然足りませんね……。私も死ぬ気で戦います。死に損なったら儲けものです!」
ルーナは笑い、手をサーベルの柄に当てる。
俺達は地上に出ると、地面は沈下しておらず、大量の敵が幽閉施設の裏地に倒れていた。加えてバリアの中に車の上に乗った檻が視界に映っている。もう一個、小さなバリアがあるが、中には誰もいない。
「ヨハンがいない……。あの状態からどうやって……」
ヨハンはバリアの中におらず、死んだのか生き残ったのか、わからずじまいだった。――いや、あいつは生きている。簡単に死ぬような玉じゃねえ。くっそ……。
「お兄ちゃん! 良かった、生きてた!」
「うわぁ~ん! 怖かったよぉ~!」
ガキたちが檻の中で泣きわめいていた。俺は唇の前に人差し指を持っていき、静まらせる。
「ルーナ、この乗り物は魔動車じゃないよな?」
「はい。この乗り物は自動車です。石油で走る乗り物になります」
ルーナは檻の入り口に立ち、鍵穴に魔力を注ぎ入れて指を捻る。すると、鍵が開いた。
ルーナの前では鍵状の防犯は意味をなさないようだ。子供達を檻から出すと俺の方に飛びついてくる。そのせいで俺は子供に埋もれた。
俺は名前も知らない子供達になぜか懐かれたようだ。
「皆、いったん離れろ。ここは危険な場所だ。いつ死んでもおかしくない戦地なんだ。だから慌てず騒がず大人の話を聞け。それが出来ないと、簡単に死ぬぞ」
子供達は俺から離れ、黙る。貴族の子供だからと言ってわがままなわけでもないようだ。
「皆さん、今からこの血まみれの男性と一緒にこの場で待機していてください。時が来たらこの車で逃げてもらいます」
ルーナは子供達に作戦を説明した。
ナリスは子供達の保護と護衛、俺とルーナは前方に残っている敵兵の排除。もう、すでに限界だが、弱音を吐いている時間はない。
「ナリス、子供達を頼む。車の運転は出来るか?」
「ま、ここに潜伏している間に色々覚えたから大丈夫ですよ。後方の敵を鎮圧できるのなら、前方の敵も必ず鎮圧できます。ここが正念場ですよ」
「ああ……。気張らないとな……。出来ればあと一人欲しいところだが、子供達を丸腰でいさせるわけにはいかない。俺とルーナが敵兵をなるべく減らす。もう、無理だと思ったら作戦失敗の狼煙でもあげろ。騎士団とて貴族の子息を見殺しにはしないはずだ」
「騎士団が作戦に参加していないのかい? えっと、救助が来ないのはそう言うわけ?」
ナリスは目を丸くして呟いた。どうやら今の状況がどれだけやばいか理解していないようだ。
「騎士団はルーナ小隊の全滅を目的に子息の奪還を命令してきました。でも、ナリスさんはすでに死んだと決めつけられているので、別人を装えば生き残れるかもしれません。もし生き残ったら中央区に戻った仲間に私達の勇姿を伝えてください」
ルーナはアサルトライフルの遊底を動かし、魔弾が入っているか確認しながら言った。加えて車の入り口を開け、運転席に付いていた鍵穴に魔力を注ぎ、捻ると車が音を鳴らし、黒い排気ガスを排気口から出した。
「石油の量からして一〇〇キロメートルは走れるはずです。ありったけの食料と水を置いていきます。と言ってもほぼ無いんですけど、皆さんでわけてください」
ルーナはアイテムボックスからパンと水の入った容器を取り出し、車の台に置いた。俺は水を少しだけ貰い、体を潤す。血がないなら水で代用なんてバカみたいな考えだが、意外と有効だった。ルーナも水を飲み、口もとを濡らす。やけに厭らしく見えるのは目の錯覚か、はたまた脳の疲労ゆえか……。
――って今はそんなことどうでもいい。集中しろ。
「では、キースさん。行きましょうか」
「ああ。そうだな。皆、心配せず、待っていろ。必ず助けてやる」
子供達は泣きながら手を振っていた。
俺とルーナも手を振り返し、前方に向かう。
前方に移動すると敵兵が混乱していた。
ルーナ曰く、敵兵は後方からの連絡が取れず、地鳴りのような爆発音によって最悪の事態が起こったのではないかと、後方に向ったほうがいいと言う声や、このまま待機していた方がいいと言う声があちらこちらで交わされているそうだ。
「キースさん、私が偽物の騎士を反対方向から魔法で出現させます。その間にアサルトライフルである程度、数を減らしてください。私が前に出て戦車と多くの敵兵を倒しますから、キースさんは後方から援護射撃をお願いします」
「ああ。わかった……」
敵兵の数は見えるだけでもざっと三五〇人。隠れている者も合わせたら五〇〇人以上いるかもしれない。
戦車の数は四台で右翼と左翼に二台ずつ。砲弾を撃たれたら、ルーナでもひとたまりもない。
機関銃、堀、砂袋を見る限り、前方からの攻撃を完全に警戒していた。後方から攻撃されるなど、思ってもいないだろう。
ルーナが暴れている時、前方から後方に援軍を向かわせたせいで数が減っているのか、不安な表情をしている者が多い。
今なら押し切れる可能性がある。そう、信じたい。
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