生きたいと思っていた
――ルーナはこの場に本当にやって来るのか。それとも、来ないのか。そもそもルーナが来るまで俺は耐えきれるのか。
「さっきの通信、あいつが聖騎士か?」
「はは……、さあな。だが、後方のやつらは制圧しちまったそうだぜ。いいのかよ。このまま俺と戦っていたら、最強格がきちまうぞ」
「これだけの数を魔法無しにたった一人で制圧できるお前も十分危険人物だ。この場で排除しておかなければこれからの作戦に支障が出る。危険因子は取り払わねばな!」
ヨハンは走り出した。
俺の右手は緑色魔弾の効果で徐々に回復しつつあるが、速度が遅い。もう魔法の効果が切れかかっているみたいだ。
そりゃあ、九発も実弾を身に受けていたら、効果がさすがに薄まるわな……。もう一発、緑色魔弾を撃ちたいところだが、次撃ったら一日以上確実に眠っちまう。
――だが、ヨハンは左腕だけで何とかなる相手か。逃げるにも血を流しすぎたせいで貧血気味。もう、世界が歪んで見えるくらい視界がぐらぐらだ。視線を反らしただけで走っているヨハンを見失う。この場から動けない。
俺は無駄に重たいヘルメットを外す。なるべく体を軽くして少ない筋力でも動けるように配慮した。
「はあああああああっ!」
俺は大声を出しながら、一歩踏み出す。だが、人は血が無いと力が本当に出ないらしい。
関節を止めておくための筋肉にすら力が入らず、腰が抜けるように膝が笑い、四つん這いになった。目の前にヨハンの靴が迫ってくる。
――受け止めて足を取るか。いや、今の筋力じゃ、どのみちすぐに引きはがされる。回避だっ!
俺は体を横に回転させ、ヨハンの大振りの蹴りを回避する。
真横で巨大なハンマーが振り上げられた風圧を肌で感じ、背筋が凍った。
ヨハンの体だけは視界の中に止め、両膝を地面に付けたまま、体勢と息を整える。
――右手が使えない今、左手で殴るしかない。金的は流石に警戒されている。顎を揺らして脳に直接攻撃を加えるか……。いや、顎まで攻撃が届かないだろう。くそ、勝ちが見える対抗手段がない。このまま犬みたく攻撃を躱し続けてルーナが助けに来るのを待つか。一番助かる確率が高いのはその作戦だな……。ん? ちょっと待てよ。今、俺は助かろうとしているのか。そんな気持ちで勝てる相手がいるのか。
俺は気づいてしまった。今、この瞬間に未来を生きていたいと言う気持ちがあったことに……。
「はははっ……。俺としたことが……、生きたいと思っちまってた。戦いにおいて無駄すぎるな。こんな感情は……捨てないとな!」
俺は左手で爺さんから貰ったリボルバーの回転弾倉を手で回し、ハンマーを引いてこめかみに撃つ。装填していたマグナム弾が撃ち込まれれば即死。空薬莢ならヨハンの攻撃を受け、死亡。
だが、撃ち込まれたのは赤色魔弾だった。
――また死に損なった。
「ちっ……。この感覚、以前と同じ……。こいつスイッチが入りやがった……」
ヨハンは警戒し、攻撃を見定めている。
俺はリボルバーをホルスターに戻し、赤色魔弾で無理やり強化した影響で右腕が動くようになってた。右腰に付けた緑色魔弾の装填された拳銃を持ち、こめかみに打ち込む。寝ぼけたように視界が回っていたが、激痛と二発の発砲音でぐらつきが完全に止まり、目の前が真っ赤になる。
「さあ! 俺を殺してもらおうか! ヨハン・ハルモニア!」
「ちっ! 死に急ぎ野郎が……」
ヨハンは地面に転がっている部下のアサルトライフルを持ち、銃口を俺に向けてくる。やはりパワードスーツを起動しているため、銃が持てるようになっていたようだ。
奴は脇で銃を固定し、引き金を引く。魔弾とは違い、実弾は反動が大きいため、感度が上がっている体に自ら攻撃を食らっていた。
「はははははははっ! そんな高めに撃っていたら、一生当たらねえよ!」
ヨハンは仲間を傷つけないよう、俺の頭部を狙って平行に撃ってきた。だが、俺は犬よりも低い姿勢で床を駆ける。人の走り方ではなく四足歩行だ。人の域で戦っていたら勝てねえ。人間本来の獣の勘がそう言っている。
「俺を舐めるな! 兵よ、国王に命を捧げよ!」
ヨハンは味方に当たるのも覚悟のうえ、銃口を下げ、連射してくる。すでに一〇発打っているはずだ。弾倉の中身を確認せず、撃っていたらいずれ……。
「弾切れ……。くっ! こんな時に!」
ヨハンの持っていたアサルトライフルの弾倉には一五発しか弾が入っていなかった。
「せっかく良いスーツがあるんだから、それで戦えよ! 弾倉の装填は苦手だろ!」
俺は弾が無くなったのを好機ととらえ、全力で走る。
ヨハンがアサルトライフルに弾倉を再装填するよりも俺の動きの方が早かった。
「おらっ!」
俺は弾倉を持っているヨハンの左手を右脚で蹴り上げる。弾倉が天井に当たりコンクリートにめり込んだのか、破片が小雨のように降ってきた。
「くっ!」
ヨハンは痺れから膝を地面につけ、目尻から血を流し、口からも血を流している。歯茎から血が出るほど歯を噛み締めているようだ。
「おらああああああっ!」
俺は振り上げた右脚をヨハンの頭目掛けて振り下ろす。ヘルメットをしていようが関係ない。
「ぐぬうおらあああっ!」
ヨハンは両腕を頭上で交差させ、踵落としを防ぐ。だが、先ほど蹴り上げられた反動が残っていたのか左手が震えており、力が抜けていく。
「はああああああああっ!」
踵落としの攻撃の勢いはヨハンに殺されたが、俺は自力で脚をねじ下げる。
「うらあああああああっ!」
ヨハンは右手で俺の右足首を掴み、俺の体ごとぶん投げた。
「うわっ、まじかよっ!」
俺の体は木の枝かと思うほど軽々と飛び、鉄格子にぶつけされた。後方を見ると檻に入れられたガキどもがおり、俺が金属製の檻に叩きつけられた影響で腰を抜かしていた。
ちびってるやつもいる。
檻はトラックに似た乗り物に乗せられており、すぐに出発できる状態になっているようだった。
ヨハンはこの乗り物で逃走しようとしていたのだろう。
ガキどもは恐怖が強すぎて声を出せずにいた。本当の恐怖を味わうと声すら出ないようだ。
涙に失禁、死んだような表情をしている奴ばかりで貴族だろうが平民だろうが成れの果ては同じなんだなと知った。
「ふぅ……。お前ら……、助かりたいか、この先も生きたいか?」
俺は真っ赤に染まる視界の先で泣いている子供達に話しかけた。
「い、生きたい……。パパに合いたい……」
「僕も……」
「私も……」
「生きたい!」
精神的にきつい状況で生を望むとは、国の未来はまだ明るいな。
女の騎士を罵るような馬鹿どもに成り下がらないことを祈るか。
「じゃぁ……、俺があいつをぶっ倒さねえとな……」
――魔法の効果が切れる前にヨハンを倒す、又はルーナが来るまで耐えきる。その二択で選択が変わる。だが俺は死ぬ気だ。ルーナが来るまで待つなんてまどろっこしい真似できるか。
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