自殺行為
「おい、ライト。いつまで寝ているんだ。さっさと起きて子供達の護衛の仕事に付け」
「う、うぅ……。あ、あれ。俺、生きてる……」
もとから赤い髪が血で赤黒くなり、蝋を塗ったように固まっているライトは眼を覚まし、撃たれた箇所を触った。
「ルーナの緑色魔弾の効果は常識からぶっ飛んでる。血の量は増えてないからふら付くが、立てない訳じゃないだろ。俺達はガキンチョを連れていったん非難だ。さっさと護衛に付け」
「あ、ああ。わかった」
ライトは子供達を纏め、先頭に立ち、歩き始める。
「エナ、いつまで気絶しているんだ? 早く起きないと置いていくぞ」
「う、うぅ……。キース、体が痺れて動けない……」
エナは床に突っ伏しながらかすれた声を出す。
「赤色魔弾の副作用か……。仕方ないな。のこっている黄色魔弾以外は置いていくぞ」
「う、うん……」
俺はエナの重装備を剥がしていった。下半身は漏らしまくっているのでびちゃびちゃだ。
濡れているズボンとパンツを脱がし、俺の上着を腰に巻いて下半身を隠す。
「テリアちゃん、このガキの下半身を拭いてやってくれ。このままじゃ、かぶれちまう」
「わ、わかりました」
テリアちゃんは看護師経験が豊富なので幽閉施設で手に入れた飲み水で濡らした布を使い、エナの下半身をあっという間に拭き終えた。
俺はエナを背負い、縄で地面に落ちないように固定する。エナが持っていた黄色魔弾の入っている弾倉は俺のアサルトライフルに装填する。
「キース、エナのお股……すうすうする。変な気分……」
エナは俺の耳元で一〇歳とは思えないほど色っぽい声を出した。
「我慢しろ。にしても身体強化を一回しただけでこうなるんじゃ、エナには赤色魔弾が使い物にならないな……。あの強さは諸刃の剣か。まぁ、無いよりはましだな」
「えっと、キースさん。彼女がいるというのに物凄く仲が良さそうな方がいるのはどういうことですか? もしかして浮気ですか」
テリアちゃんは俺とエナの関係を聞いてきた。いや、聞くのそこじゃなくないか?
「はぁ、俺はテリアちゃんと付き合ってないし、こんなガキンチョに興味はない。あと、そんなことはどうでもいいだろ」
「どうでもよくありませんよ。私にとってはとてもとても大切なことなんです!」
テリアちゃんは俺の左隣に立ち、体を支えるように腰に手をまわした。
「はぁ……、そうかい……」
俺はため息しか出ず、張り詰めていた空気が元気はつらつ少女のせいで和んでしまった。
きっと、テリアちゃんには看護師の才能があるのだろう。
俺達は第一幽閉施設を出る。その後、俺は黒色の信号弾をすぐに発射した。黒い狼煙が空に伸び、数分間停滞する。
――狼煙にルーナの魔力が含まれているはずだ。気づいて飛んでくるだろう。
第一幽閉施設にいた下町の子供達の数は二○名。大人数すぎて荒野に隠れるのも一苦労だ。残党に注意しながら一キロメートル走り、岩の切れ目に隠れる。
「はぁ……。二輪車は置いて来ちまったが仕方ない……。今の状況じゃ確実にこけちまう。あとでルーナに回収してもらうしかないな」
「キースさん、ルーナって誰ですか……。また知らない女の名前なんですけど!」
テリアちゃんは未だにしつこく聞いてくる。彼女にしたら絶対に駄目な束縛の強すぎる女だ。愛が深すぎるのか強すぎるのか、まあ、可愛くはあるからまだ許せる。
黒色の信号弾を放ってから二時間、もう懐かしいと思ってしまう声が脳裏に聞こえた。
(キースさん、キースさん。ハイネです。無事ですか?)
ハイネからの通信が届いた。どうやら、俺達の近くまで来ているらしい。
「ああ、無事だ……。死にかけたがな。また死に損なって生きてるよ」
(よかった……。えっと黒色の信号弾を確認したんですけど、テリアちゃんとペンダントを同時に確保できたんですね)
「ああ。これでルークス王国の民は一安心だ……。ルーナから借りた二輪車が第一幽閉施設の入り口に置きっぱなしになってる。回収してから、俺のところまで来てくれ」
(了解しました。では、あと一五分もしたらキースさんのもとに付きます。それまで大人しくしていてください)
「わかってるよ……。もう、くたくたで動けそうにない。今は可愛らしい保護対象に質問攻めに合ってるよ」
(ははっ……、たまにはいいじゃないですか。では、また後で)
ハイネからの通信が切れる。
「キースさん、いきなり独り言を始めて、とうとう頭がおかしくなってしまったんですか? まあ、もとからおかしいですけど」
テリアちゃんは俺の頭を撫でる。悪気はないと思うが、もう少し包んだ言い方ができなかったものか……。
きっと頭がおかしいと言われて嬉しい奴はあまりいないだろう。
「彼女って言うなら、お疲れの彼氏は放っておいてほしいんだが……」
「彼氏が疲れていたらこれでもかって言うくらい癒してあげるのが彼女の役目。彼氏に惚れこんじゃっている私は彼氏を目一杯癒しちゃいますよ」
テリアちゃんは俺に抱き着き、頬擦りをしてくる。うっとうしい、あと汗臭い。そんなことを言ったら確実に殴られるか、発砲される。
今、一発の弾丸を食らうだけで死にそうなので言葉をグッと飲み込んだ。
「キース、あとは俺が見張りをやるから、お前は寝てろ。暴れ回って疲れただろ」
俺の前に立つライトはいつの間にイケメンになったんだと言わんばかりの発言をした。
「まさか……、お前にカッコいいなんて感情を抱く日が来るとはな……」
「うるせえ。ほんと、失礼な奴だな」
「ははっ……、じゃあ、見張りを頼む……。もうすぐ、ルーナたちが来るはずだ」
「ああ、俺も連絡をもらった。もう、見えるはずだ」
「なら、心配いらねえな……。俺はちょっと寝る……」
俺は緑色魔弾の副作用で猛烈な眠気に襲われた。ライトはさっき気絶したままだった。その影響で副作用があまり出ていない。
俺は気を失うように眠った。ほんと一瞬の出来事で死んだかとすら思うほどだった。
俺が目を覚ましたのは硬い簡易ベッドの上。天井は布っぽく、どうやら天幕が張られているようだ。
天幕は明りで少々透けており、まだ明るい時間帯だった。
「ここは……、どこだ……。俺はテリアちゃん達を助けて……」
「キースさん、眼を覚ましましたか。一昨日はお疲れ様でした。大活躍だったようですね。さすが私の特別訓練をすべて一回で終わらせてしまった化け物さんです」
俺の右隣りには椅子にちょこんと座る小さい女の姿があった。顔と尻だけはいっちょ前な聖騎士のルーナだ。
「一昨日ってことは一日寝ていたのか……。んで、ここはどこなんだ?」
「ここはヘンケル街に設置された、騎士団の基地ですよ」
「騎士団の基地……。そうか、じゃあ貴族のガキも助け出したんだな」
「いえ、まだです。第三幽閉施設だけ第一第二とはくらべものにならないくらい敵兵が大勢いるんです。もう幽閉施設と言う名の軍事基地ですよ。騎士団も攻めあぐねています」
「なんだそりゃ。騎士は全員、魔法が使えるんだろ、ただの敵兵なんて魔法でさっさと倒しちまえよ」
「キースさんは誤解しているようですが、騎士の皆が私のように魔力で壁を作ったりできるわけではありません。あと私以外の聖騎士が一人もいないと言う状況も第三幽閉施設を攻めあぐねている理由にあります」
「貴族が攫われているのに聖騎士の一人もよこさねえなんて騎士団の長官はどうかしているんだな」
「そうかもしれません。ただ、ルークス王国の敵はプルウィウス王国だけではありませんから、聖騎士は一二方位全てに散らばっているんです。この戦場は停滞していましたし、上層部は私がこの場に来ることを知っていますから、結果的に私はこの戦場を任されたのでしょう……」
ルーナは苦笑いをしながら話す。
「じゃあ、ルーナが第三幽閉施設に向かうことか? 騎士と貴族たちは幸運だな」
「そうですね……。でも、キースさん達にとっては良くない状況かもしれません」
ルーナは下を向いて呟いた。だが、その後はどうも言葉が出しずらいのか口をつぐむ。
「どういう意味だ?」
「貴族の子息を奪還する命を受けた指揮官がルーナ小隊に出撃命令を出してきました」
ルーナは無理やりこじ開けた声帯で大きな声を出した。
「なに……。騎士の指揮官が俺達に貴族の奪還に行けって?」
「はい。騎士団の予想を上回る敵兵の数、兵器などのせいで聖騎士が対応するべき事態だと判断したそうです。ただ、私達だけでどうにかできる敵ではありません……」
ルーナは両手を握りしめて歯を食いしばっていた。眉間にしわを寄せ、怒りをあらわにしているが、口に出せないようだ。
「はぁ、行かないとどうなるんだ?」
「私の聖騎士の位が剥奪されます。加えてそうなった場合、中央区に不法侵入したキースさん達は捕まり、最悪の場合死刑に……」
「たく……、ふざけた連中だな……。行っても死ぬ、行かなくても死ぬ、笑うしかねえ」
俺は両手を後頭部に当て、脚を組む。
「キースさん達はアイクさんが運転する魔動車でルークス王国に戻ってください。私一人で戦いに行きます。そうすれば聖騎士として役割を遂行できますし、例え死んだとしても、キースさん達は殉職した指揮官の部下という扱いになりますから、犯罪者になることはありません」
「お前、死にに行く気かよ」
俺は視線を泣きそうなルーナに向ける。
「…………それ以外に皆さんを助ける方法がありません」
「ルーナ、お前だけで死にに行こうなんてずりいじゃねえか。俺も死にに行かせろよ」
俺は上半身を起こし、ルーナの肩に手を置いて話す。
「な、何を言っているんですか。自殺行為です! そんなの私が許可しません!」
ルーナは顔を上げ、涙を溜めた綺麗な黄色の瞳を俺に向け、叫ぶ。
「女を殴りたくねえから言うけどな、お前も自殺行為をしてるじゃねえか。馬鹿なのか?」
「私は皆を助けるための最善を言っているまでです。あと数日の猶予がありますから、ルークス王国に早く移動してください」
「はぁ……。じゃあ、アイクとエナ、ハイネ、ライトの四人にデイジーちゃん達を運ばせよう。俺とルーナで敵陣地に突っ込む。それでいいだろ」
「だ、駄目に決まっているじゃないですか! 二人で死にに行く必要はありません!」
ルーナは顔を険しくしながら怒鳴る。
「死ぬかどうかは行ってみないとわからないだろうが。死に損なう可能性だってあるだろ。俺は死地が大好きなんだ。だからルーナ一人で死地には行かせねえ。お前が死んだら誰が皆の給料を払うんだよ。俺は死ねれば保険金が入るからな。生きるか死ぬか、どっちに転んでも構わない」
「ほ、本気で言ってるんですか……」
ルーナはドン引きしながら聞いてきた。
「当たり前だ。俺は死に場を求めてるんだよ。妹を治すために金が必要なんだ。お前が一人で死のうがどうでもいい。保険金のために俺も死なせろ」
「本当に……馬鹿な人ですね。ここまで命しらずの人には初めて会いました……」
ルーナは大きな目から溢れんばかりの涙を流す。
なぜ泣くのかはわからないが、子供に泣かれ、俺は困った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。
毎日更新できるように頑張っていきます。
これからもどうぞよろしくお願いします。




