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死にたがりの義勇兵。~死にたいのに、どんな逆境でも生き残ってしまう。そんな才能を持った主人公が多くの者を死ぬ気で救っていく物語~  作者: コヨコヨ


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五日間の訓練

「では! 出発進行!」


 ルーナが棒をガチャガチャと動かし、右脚で何かを踏みつけると車が急発進した。右手で持っている輪を右に回すと、進行方向が右に変わる。


 ――馬を使わずに移動できるとか訳がわからない。どうやって動いているんだ。


 ルーナは八時間ぶっ通しで車を運転し続け、中央区に入ったそうだが俺以外のやつらは全員吐いていた。




「うえぇえ……」


 エナは床に這いつくばりながら盛大に吐いた。

 俺はエナの嘔吐物を麻袋で受け止める。背中を優しくさすってやると、壊れた配管から出る汚水のようにさらに吐いた。固形物は無く、嘔吐物というより酸っぱい臭いの胃液と言ったほうが正しいだろう。


「お前、真面なものを食ってねえだろ。そんなんじゃ大きくなれねえぞ」


「…………う、うるさい」


 俺は吐き切ったエナを横たわらせる。その後、初めの方に盛大に吐き、それからずっと我慢しているハイネのもとに向った。


「ハイネ、我慢するよりも吐いたほうが楽だぞ」


「は、吐き方がわからなくて……、その……、ずっと辛いです……」


 涙目のハイネは少々いたいけすぎて困ったが、俺の下半身は反応しなかった。


 俺は麻袋をハイネに両手で持たせ、少し前かが身にさせたのち、喉の奥に指を突っ込んですぐに吐かせた。

 ハイネもほぼ何も食べていない水っぽい嘔吐物を出し、嗚咽を繰り返す。吐き切ったのか、ハイネは少し微笑み、青ざめていた顏色が戻る。


「はぁ、はぁ、はぁ……。あ、ありがとうございます……。でも、キースさんの手が汚れてしまいました……。すみません」


 ハイネは謙虚に謝ってきた。自分から謝れる奴に悪い奴はほぼいない。こいつは下町に住んでいるにもかかわらず、珍しく良い奴だ。


「気にするな。お前はガキだが小隊の一員だ。その歳で死ぬ覚悟ができるなんて大した玉だよ。そんな奴が困っていたら助けるのが大人ってもんだろ」


 俺は布で手を拭き、ハイネの頭を綺麗な方の手で髪をグシャグシャにする。その後、横に寝かせてやった。


「はは……、今の言葉、本心なんですね……」


「? 当たり前だろ。嘘をつく必要性がわからん」


 俺が答えると、ハイネは少々泣いていた。


 ――ずっと吐けなくて苦しかったんだな。


 強盗と道化師、詐欺師は共に意気消沈し、死体のように倒れ込んでいる。


「あぁくっそ! 気持ちわりい! 何でこんなに気持ち悪いんだ!」


 レインはずっと切れていた。切れて吐き、切れて吐きの繰り返しで俺は笑いそうになる。


「レイン、うるせえ。笑いそうになるから切れるのやめろ」


「お前は何でそんな平常心でいられるんだ! ふざけんなよ! おろろろっ!」


 レインは俺に切れて吐いた。何度吐いても、気持ち悪い感覚が抜けないようだ。


 ――もう、胃の中に入っている液体をすべて出しただろ。どれだけ吐くんだよ。


 俺は荷台の側面に横長に設置されている座席に腰掛けた。


「ルーナ。あとどれくらいで着くんだ?」


「もう着きます。あと少しの辛抱ですよ。にしても本当に珍しいですね。キースさんは私が運転する車に乗っているのに気持ち悪くないんですか?」


「いや、まったく気持ち悪くない。逆に心地いいくらいだ。皆はなぜ気持ち悪いのか全くわからん。ルーナ、お前の運転は上手い。自信を持て」


「はわわわ……、わ、私、運転が上手いなんて初めて言われました! よ、よーし! 最後の一時間はもっと思いっきり走らせちゃいますよ!」


 ルーナは魔力を車に大量に送り込み、加速させる。すると爽快なまでに荷台が揺れた。そのせいで、俺とルーナ以外の者は気絶するくらい吐く。


 中央区に入り一時間後、俺達はルーナに連れられ、巨大な監獄にやって来た。


 目の前には高さ五〇メートルを超えるコンクリートの絶壁があり、表面はつるつる。ルーナが言うには、施設が五角形になっているらしい。出口は一か所のみで、ルーナにしか開けられないらしい。

 一度入ったらこの牢獄から逃げだすのは不可能と言わざるを得ない。


「皆さんにはこの訓練場と言う名の牢獄で死ぬよりも辛い騎士団の訓練を受けてもらいます。男女や大人子共など関係ありません。皆さんを五日で兵士に育てます。では行きましょう」


 ルーナは手脚を大きく振り、笑顔で監獄の入り口に向かう。


「おい、ルーナ。お前の運転のせいですでに六人が死んでるぞ」


 俺は荷台から降ろした六人に指差す。


「あ、そうでした。すみません、キースさんに褒められて調子に乗ってしまいました」


 ――こいつらはルーナが調子に乗る前にすでに死んでたけどな。


 ルーナは拳銃をどこからか取り出し、緑色の弾丸が入った弾倉を装填した。


「皆さん、ちょっと衝撃が来ますよ」


 ルーナは六人の頭部に弾を撃ち込んだ。すると緑色の光が体を包んでいく。どうやら以前レインの弟の傷を直した魔法の弾丸版らしい。


 ――遠くからでも魔弾で支援ができるとか魔法、優秀過ぎるだろ。


 魔弾で治療された六人は無事回復し、立ち上がった。


 皆で施設に入り、俺達の特訓が始まる。五日間で変われるのか? と疑問に思うが、出られない以上ルーナに従うほかない。


 一日目は基礎体力作りの訓練を行った。


 俺達は牢獄内の土地を五〇キログラムを超える重装備で永遠に走らされた。倒れた者がいると、ルーナが緑色魔弾で治療し、さらに走らされる。泣こうが喚こうかずっと走らされた。


「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……。えっと、五〇キログラムの装備を着て一八時間走り続けるなんて無謀すぎるだろ。な、ルーナ」


 俺は重装備で走りながら、前を走る指揮官のルーナに話かける。


「えっと、キースさんは何で倒れないんですか? もう、終わりかけなんですけど」


 ルーナは苦笑いをしながら俺を見てくる。俺が倒れたところを見たかったようだ。


「なんでと言われても……。下町の過酷さに比べたらこんなもん、屁でもねえよ」


 俺が要らないことを言ったせいで、最後の一時間、俺の装備だけ倍の重さにされた。さすがにきつい。


 子供にまで同じ訓練をさせるなんて鬼畜すぎるが、エナは泣きごとを言わず走り切り、ハイネの方は泣き言を漏らしながらも走り切った。アランとナリス、ライトの三人は気絶しながら走り、ルーナが止まると同時に倒れた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。金のためだ……。五日間やり切ってやる……」


 レインは不屈の精神で走り切り、皆が一日目の訓練を死なずに生き残った。


 二日目も同じく体力作りを行った。とりあえず走ることばかりやらされる。


 昨日と違うことと言えば、場所がコンクリートの地面から、荒地を再現した特殊な施設内での走り込みだ。


 昨日を長距離走とするなら、今日は短距離走をずっとやらされた。


 もうすでに実戦形式で訓練が行われている。


 敵陣地にルーナが立ち、アサルトライフルで魔弾を撃ち続けてくる。その魔弾の雨を掻い潜りながら目的地に到達するという訓練だ。


「はああっ!」


 レインは岩石の壁から出て廃墟に走る。だが、ルーナの魔弾を足にくらった。魔弾に当たると激痛が走り、脚が鉛になったように重くなるという付与効果までついている。一発でも当たったら終わりだ。もちろん不合格で、もう一度初めから走らなければならない。


「…………」


 エナは身軽な動きで荒野を駆けた。あまりにも低い姿勢で走るため、魔弾が体に当たらず目的地に到達し、合格を貰う。


「まじかよ……」


 魔弾を全身に食らったレインは荒野で野垂れており、死体役になっている。


「ふぅ……。行きます!」


 ハイネはルーナが弾倉を丁度入れ替える瞬間に走り、装填されてから発砲される間に安全地帯へと飛び込む。まるでルーナが弾倉を入れ替える瞬間がわかっているかのようだった。いつの間にか目的地に到達し、合格を貰う。


 アランとナリス、ライトは勢いが良かったもののレインと同じ情けない格好で死亡した。


「最後は俺か……。まあ、アサルトライフルなら当たらねえだろ」


 そんな甘えた言葉を吐いたら、ルーナが切れてしまい、俺の時だけ機関銃に変えられた。


 ――つまるところ、ルーナの魔力が尽きるまで魔弾を撃ち続けられるという訳か。


 ルーナの放つ機関銃の魔弾は岩を容易く壊し、威力が本物の弾に近い。人体に当たったら怪我じゃ済まねえってくらい痛そうだ。頭に当たったら死ぬかもな。


「はははっ……。ここで死んでも悔いはねえが、情けないのは変わらないか」


 俺は魔弾が入ったルーナ製のアサルトライフルと弾倉だけを残し、重装備を外す。


 ――ルーナは戦い方を変えたんだ。俺だって変えさせてもらう。


 軽装備になった俺は、皆が出て行った右側からではなく、左側から出た。機関銃の操作は難しい。小柄なルーナならなおさらだ。


 ――どれだけ戦い慣れていても距離と速度が拳銃とけた違いなんだ、弾道が多少はぶれるはず。その誤差を修正される前に目的地に走り切る。


「くっ!」


 俺が思った通り、弾の威力が上がれば少なからず反動があるらしく、弾道がぶれた。俺の頭上を直径三○ミリメートルほどのデカい魔弾が通過し、怖気が走る。なんせ、地面に弾が当たるたび、三メートルを超える土柱が立ち、手榴弾が爆発したように砂が爆ぜる威力なのだ。

 飛び散った土が額の汗にくっ付き、目に砂が入り、視界が悪くなる。だが、俺を一撃で止めなかったことを敵兵役のルーナに後悔させてやろうと考え着くと身震いが止まる。


 俺は走りながらアサルトライフルの銃口をルーナの額に向けた。爺さんから銃は走りながら撃つなと教えられたが、今、止まったら俺に弾が当たっちまう。


「標的、二〇〇メートル先にいる敵兵」


 俺は引き金に指を掛けて魔弾を一発放った。一発程度なら拳銃とほぼ変わらない反動だ。放った魔弾は秒速二〇〇〇メートルで飛び、ルーナの額に向った。


 弾がパンっと破裂した。どうやら魔力の壁に防がれたらしい。


「はっ……、ずりい」


 俺はライフルを捨てて目的地まで全力で走る。


「指揮官に向って弾を撃つなんて……。何を考えているんですか……」


 ルーナが使っている機関銃の口が俺に再度向けられる。指揮官の額に静脈が現れた。


 「今のルーナは適役だろうが」と思ったが、あいつは怒っている。理不尽だ。


「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおっ! 死に腐れっ!」


 一秒で七〇発の弾が俺に発射された。全てが岩をも破壊する威力をほこっており、俺の体に何度も擦過し、服が焼け焦げている。ルーナは俺を確実に殺しに来ていた。


「キースさん! 手を!」


 ハイネは目的地で俺に手を伸ばし、距離を少しでも短くしようとした。やはり、ハイネは良い奴だな。うって変わって地面に倒れている奴らは俺を道連れにしようとする。


「はっ!」


 俺は死体を踏みつけながら走り、目的地に向かって飛び込んでハイネの手を握る。その瞬間、右脚に強烈な一撃を食らったが、ハイネとエナが俺を引っ張り、目的地に入れてくれた。


「はぁ、はぁ、はぁ……。ありがとう、二人共」


「…………」


 エナは黙っているが、顔は少し笑っている。


「あの機関銃から生き残れるなんて凄すぎますよ! さすがキースさんです!」


 ハイネは未だに俺の手を握っており、眼を輝かせていた。両者とも無傷なのだから二人の方がすごいと思う。なんせ、他の男は全員死んだ判定されているんだからな。


「はぁ。キースさんも一応合格です。私を狙わなかったらライフルを捨てずに済んだのに、あの判断は評価しかねます」


 ルーナは敵陣地から歩いてきた。


「機関銃なんて使われたら使っている奴を倒すのが一番安全に移動できる方法だろうが。魔法で防がれるのは想定外だったがな」


「私もキースさんが二〇〇メートル地点から完璧な位置に魔弾を撃ち込んでくるとはさすがに思いませんでしたよ。どんな腕前をしているんですか」


 ルーナは俺が捨てたライフルを手に取り、渡してくる。


「合格組はさらに前に出る訓練です。敵陣地には入れたら合格ですから頑張りましょう」


 ルーナは満面の笑みを俺達に向ける。 


「これより前……」


 ハイネは苦笑いを浮かべ、砂がついた涙を頬につーっと流した。


 笑っているルーナの表情が恐ろしく見えたのは同感だ。俺も泣きたくなる。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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