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呼びかけ

「な……。キース、どうした?」


 爺さんは俺の肩を掴み、心配そうに聞いてきた。


 俺は不意に空を見上げて目から液体が溢れないようにするも、どうやら遅かったらしい。そのせいで爺さんを心配させてしまった。


「知り合いの子供を助けに行きます。戦地だから、普通に死ぬかもしれません……」


 言うつもりはなかったが、爺さんは口が堅い。だからか、つい漏らしちまった。

 

 ――俺も不安なんだろうな……。


「そうか……。子供を助けに行くのか。はっ、キースらしい。わしが戦場にいたころよりも銃火器の性能が進歩したからな、戦闘の過激さが増しているはずだ。撃たれる前に撃て。お前なら、出来るだろ」


 爺さんは笑い、胸を拳で叩いてくる。


「ええ……、そのつもりです。でも、戦地に行った覚えがないので、どうなるかわからないのが本音ですね。俺の命には弾一発分の価値すらない。だから一発の弾と命を交換してもらえないかもしれません」


「ま、お前がどう言おうと、わしはお前が生きて帰ってくることを願って仕事をしながら待っていてやるよ」


「…………はい。今までありがとうございました」


 俺は爺さんに頭を下げて病院に戻った。すると、入口で怒っているのか喜んでいるのかわからないルーナの姿があった。


「お前の言った通り、仕事を辞めてきた。これで俺は無職だ。責任を取りやがれ」


「はいはい、わかりました。と言うか、リボルバーなんて持っていたんですね。んー、これは五○年以上前に徴兵に渡された品ですね。まだ残っているなんて奇跡ですよ。まあ、大戦の頃の品は質がいいことで有名ですけど、実際に持っている人を見るのは初めてです。とっくの昔に製造が終了されましたからね」


 ルーナはリボルバーの取っ手を見ながら呟く。


「そうなのか? 俺の知り合いから貰ったんだ。仕事を辞めた祝いにな」


「へぇ……。慕われていたんですね」


「どうだろうな。まあ、居心地がいい職場だったのは確かだ。今からは死地だがな」


「私が生きている限り、仲間は死なせませんよ」


 ルーナは目を細め、凛々しい表情になった。その表情を見た俺は心臓が跳ねる。


「あんまり気おいすぎるなよ。戦場じゃ、人が大勢死ぬんだろ。お前の方が命の価値を知っていると思うが、その言葉は目標かそれとも事実か?」


「…………目標です」


 ルーナは下を向き、歯を食いしばりながら言葉を絞り出した。


 ――まあ、そうだろうな。戦場で死人が出なわけがない。


「おいおい、落ち込むなよ。戦場で人が死ぬなんて当たり前だ。ほら、さっさと仲間を集めに行くぞ。時間がねえんだろ」


 俺はちっこい女の頭に手を置いて無駄に綺麗な髪をグシャグシャにしてやった。


「そうですね……、時間がありません。仲間を大急ぎで探しましょう」


 ルーナは俺の前を歩き、始めた。


「聖騎士様、お前はここの土地がわかるのかい?」


 俺ははにかみながら聞く。


「当たり前です。昨日、リーズさんから下町の地図を見せてもらった時、頭に叩き込みました。さ、繁華街に向かいますよ!」


 ルーナは腕を大きく振り、脚を高く上げながら歩く。


「はぁ……。まあ、いいか。一時間後にはわかるだろ」


 一時間後。


「うわぁ~ん、ここはどこですか。地図に乗っていたお店がありません。建物の位置も全然違うじゃないですか~!」


 聖騎士様は入り組んだ裏道で大きな声で泣いていた。どこからどう見ても迷子だ。


「下町に地図なんて有って無いようなもんだ。毎日毎日建物が出来たり壊れたりの繰り返しだからな。ほら、付いてこい。繁華街に送ってやるよ」


「うう……。初めからそうしてくださいよ。無駄な時間を食ってしまいました」


 ルーナは俺を睨みつけ、ぽこすかと殴ってくる。


「聖騎士様なら、聖なる力で目的地に着けるのかと思ってな。ま、お前は普通の人間だっただけだ」


 俺はルーナの頭に手を置き、拳が届かないように止める。


「ほんと嫌な性格してますね。あと、言い忘れてましたけど、キースさんは私の鎧を昨晩脱がしましたね?」


 ルーナは頬を赤らめながら呟き、頭から俺の手をどける。


「ああ、汚れが気になってな。あと鎧を付けたままだと寝にくいだろ」


「そう言うのは私を起こして、鎧を脱がしてもいいかと聞くのが普通だと思うんですけど」


 ルーナは頬を膨らませ、耳を赤くしながら言った。


「いや……、お前が疲れてそうだったし、起こすのは悪いなと思っただけだ。あと、俺は子供みたいな女に興味ない。脱がされたことなんて気にするな」


「くっ! 殴りたいけど殴りにくい……。ありがたいのに不愉快極まりない……」


 ルーナは奥歯が粉砕しそうなほど噛み締め、握り拳を作り、体を震わせていた。


 俺は裏路地を抜け、大通りに出る。そのまま真っ直ぐ歩き、繁華街に到着した。


「一瞬で到着した。って、大通りから真っ直ぐ行けばいいなら言ってくださいよ!」


「もう到着したんだから別にいいだろ。さっさと始めようぜ、時間が惜しい」


「もう……呑気なのか、せっかちなのかはっきりしてくださいよ」


 ルーナは小さな黒板にチョークで「義勇兵募集」と書き、頭上に持ち上げる。


「えー、義勇兵を募集します。月に金貨二○枚を支払いますから、共に戦いませんか。敵国に攫われた子供達を助けに行きましょう!」


 ルーナの大声は物凄くよく通った。この声で商売をしたら儲かりまくるだろう。なんせ、一キロメートル先あたりにいた人間もルーナの方を向いたくらいだ。だが、午前一一時頃まで声をかけ続けても下町の人間は誰も集まらなかった。


「どうしてでしょうか……。私はルークス王国で序列第七位の聖騎士なのに……、誰も私のことを知らないなんて……。確かに一位や二位の方に比べれば知名度は低いかもしれませんが誰も私に見覚えが無いって、ありえません」


「ただのうぬぼれなんじゃないか……。ぐほっ!」


 俺はルーナに腹パンされ、胃の内容物を吐き出しそうになった。


 俺とルーナはボロボロの老舗喫茶店に入り、無糖の珈琲をカップ一杯ずつ購入していた。まあ、女は珈琲を一口飲んだあと角砂糖を八個ほどカップに投入していたがな……。


 俺はルーナの金で今日の記事を購入し、騎士達の情報を見る。聖騎士の話題は尽きないようで、ありありと書かれていた。


 序列一位から一二位までの人物の活躍が報じられているにも拘わらず、七位のルーナの部分はどこを探しても見当たらない。


「なあ、ルーナの部分だけ、記事から抜け落ちているぞ」


「え? そ、そんなはずは……。見せてください」


 俺は記事をルーナに渡した。


 記事を受け取ったルーナは震えだし、記事をテーブルに叩きつけるように置く。


「綺麗さっぱり消されていますね。あと、一位の方に手柄を横取りされています。なるほど、そう言うことですか……。お兄様……」


 ――お兄様? 誰のことだ……。まあいいか。


「へぇー、ルーナは手柄まで他人に渡しちまうお人よしなんだな」


「そ、そんなわけありません。推測ですが私が女だから……、消されているんです」


 ルーナは握り拳を作り、記事を睨みつける。


「中央区って場所は、手柄をもみ消されるほど女の人権が弱いのか? まあ、下町は男女共に人権なんてないがな」


「私が聖騎士になって女性への風当たりは多少ましにはなりましたが、やはり男が強いのは事実です。戦場でも男の方が圧倒的に強い。私なんて『騎士達をいつくしむお飾りの姫』なんて呼ばれるんですよ。私も騎士の一人だと言うのに……」


 ルーナは記事をグシャグシャにして燃やした。


「……んじゃ、今回の事件を解決すりゃあ、ルーナの手柄に少なからずなるだろ。作戦を成功させて他の騎士達に一泡吹かせてやればいいじゃねえか。もしまた手柄が消されても、俺とリーズ先生はお前に一生感謝する」


「一泡吹かせる……。一生分の感謝……。はは……、こんなところで休憩している場合じゃないですね」


 ルーナはやる気を取り戻し、懸命に声を出しながら下町の者に義勇兵になってくれるよう、呼びかけた。昼食を抜き、ざっと六時間ほど歩き続けたが、未だに一人も集まらない。


「はぁ、はぁ、はぁ……。さすがに、喉が枯れてきました。一人も集まらないのは想定外です。一月金貨二○枚が少ないのでしょうか……」


「いや、下町で働いて一月金貨一〇枚稼げたらいい方だ。女なら金貨五枚でもすごい。まあ、下町の人間でも金より命を取るやつの方が多いってだけだな……」


「月金貨三○枚にあげてもう少し粘りましょう」


「大丈夫なのかよ。六人と俺を合わせたら二一〇枚の金貨が月単位で無くなるんだぞ」


「貯えには自信があります。お金を渋っている場合ではありません。テリアちゃんを助け出してペンダントを手に入れないと、国民全員が危険にさらされます」


「まあ、金を出すのは俺じゃねえからな。どんな金額を言おうとルーナの勝手だ。金額が上がれば人も集まりやすくなるだろう。金にしか興味ない奴かもしれないがな」


「例えお金に目がくらんだ人だとしても、誰もいないよりは幾分かましです。さあ、もう少し探しますよ!」


 ルーナは黒板を掲げながら大きな声を出し、下町の人々に呼びかける。


「皆さん、義勇兵になりませんか! 攫われた子供達を共に助けに行きましょう! 義勇兵になってくだされば月に金貨三○枚を支給します!」


「えー、六名様限定なのでお早めにお申し付けください」


 俺も出来る限りの声を出して人々に呼びかける。だが、俺の声は通りにくかった。


 午後七時頃、日の明りがさすがに少なくなってきた。繁華街には酔っぱらいのおっさんと、仕事漬けで辛い顏をしている人間しか出歩いていない。


「くっ、今日のところは収穫無しのようですね。戦場に行くにも申請が必要ですし移動時間もあります。最低でもあと六日で人を見つけないと手遅れになりかねません」


「六日……。誰かに声をかけていく方式に変えた方がいいかもしれないな。一日一人でも捕まえられたらいいんだろ?」


「勧誘をするのは気が引けますね……。出来れば自ら名乗り出てほしいんですけど」


「まぁ、死地に一緒に行ってください! なんてどこの詐欺師だよって感じだよな。いっちょ俺達も詐欺師になるか」


「な、何を言ってるんですか! 私は絶対に反対です。紛いなりにも私は聖騎士なんですよ。詐欺師になんてなりません!」


 ルーナは騎士に誇りを持っているようだ。


「知ってるよ。呼びかけるさいに、絶対安全ですという言葉を付け足せば、人は少なからずあつまってくるはずだ。戦場に連れて行っちまえば、生きるか死ぬか。もう、お前に従わざるを得なくなる。名案だろ」


 俺は腕を組み、悪い顏をしながら言う。


「驚くくらい最悪の手口ですね。とりあえず、今日はもう夜遅いのでリーズさんの病院に帰りましょう」


「そうだな。疲れて頭が回っていない気もするし、さっさと寝るか……」


 俺はルーナの前を歩き、リーズ先生の病院に向かう。


「今日一日、キースさんと過ごしてみて思ったことがあります」


「何だよ。思っていたような人間じゃなかったか?」


「いえ、多くの人がキースさんを見て頭を下げていました。過去に助けた人たちですよね?」


 ルーナは俺の隣に駆け、顔を覗き込みながら聞いてくる。


「助けた奴らの顔をはっきりと覚えてないからわからねえな。下町では健康な者が毎日何人も死にかけてる。俺は一度も死にかけないがな……」


「はぁ……、悪運が強いのも困りものですね」


 俺とルーナが移動中、空に伸びる銃声音が幾度となく聞こえた。夜中に聞こえる数にしては多すぎる。


「なにが起こったんでしょうか……」


「強奪か何かだろ。行くぞ」


 俺はルーナの手を引いて銃声が聞こえた方向に走って行く。


「ちょっ! ど、どこに行くんですか!」


 俺達は繁華街からに大通りに出る。すると銀行から火が上がり、黒煙が立ち昇っていた。どうやら、銀行強盗が起こったらしい。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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