第三話 観光客と襲撃者①
第三話 観光客と襲撃者①
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その日、足を踏み入れたのは、ある観光立国だった。
各街道をつなぐ分岐点に位置しており、交通の要衝、一大ターミナルといった所。
華やかに栄えた都市である。
「おー、街だー都会だー!」
本聖堂のある都をスタートしてから、ここまで人が多い賑やかな国は久しぶりだなぁ。
渋滞やら人混みやら観光客やらの都会的賑わいは、正直苦手だけどもさ。それでもやっぱり、岩砂漠だの荒野だの山岳地帯だの洞穴だのよりかは、全然ましなわけで。
なんたって、こないだ野盗にも遭遇したばっかだし。
平和で治安のいい、整った環境の有り難みが、身に染みるってもんよ。
「聖者様だ!聖者様が参られたぞ!」
「フューリィ様!フューリィ様、こっちを向いてー!」
「なんと霊験あらたかな御方なのだ!ああ、見ているだけで心が洗われる!」
「きゃああー!なんてお美しいの!」
聖者様が所属する教団一派の、いくつかの聖地が点在する、ここらの地域。
教団の影響力が、とっても強い。
自然と、聖者様の名も、広く庶民にまで知れ渡っていた。
その歓迎っぷりといったら、英雄凱旋のようである。
街の門をくぐると途端、楽隊の曲が鳴り響き、街中の者総出でワーワーキャーキャー取り囲んでくるとかいう、このチヤホヤ超絶絶賛ムード。
こないだの聖者様、還俗するだ辞めたいだ不穏なこと口走ってたけども……。
こんな熱烈歓迎を受けたら、さすがに目を醒ますだろうよ。
聖者だからこそ味わえる恩恵や美味しい想いも思い出し、自覚も取り戻すだろう。
うんうん、これでいい。
この国でしばらく、民衆にワーワー囲まれて聖者様業務に没頭してれば、おかしな現実逃避を考えていたことも忘れるだろうし、きっとこの先も大丈夫だな。
聖者様と、その一歩後ろを歩くグエンは、煌びやかな軍服に身を包んだ近衛兵みたいな集団に厳重に警護されていた。
そんな二人の後ろ姿を、少し離れた所から私は見ていた。
警護兵団のみんなにまぎれて。
「あー、改めて、聖者様って、雲の上の存在のような御人なんだなぁって。私らとは次元がちがうなぁって思うよなぁ」
私は、終始笑顔だった。
聖者様のお供、というだけで、同じような尊敬の眼差しと歓待を受け、まんざらではない。
「今夜は、宮殿の客間みたいな良い寝床にありつけるようだし、聖者様、様様だよなぁ〜」
「この後は、街の分堂で交代要員の手続きや支給品の受け取りなんかをするでしょう、それからは我々は自由時間みたいですよ」
「観光の案内もしてもらえるみたいですよ、楽しみですねぇ」
同じように好待遇を受けてウキウキしている警護兵団のみんなと、キャッキャッとはしゃぐ。
聖者様とグエンは、教団のお使い業務や公開読経ショーに、地元信者さんとの語らいの会などを終えた後も、おえらいさん方との交流で忙しいらしい。
その間の私らは、自由にしてていいんだと。
ヤッター。
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大陸各地の大きめな都市には、教団の拠点となる支所や分堂、施設があった。
そこに、教団の使いの者や警護兵団の交代要員が、定期的に派遣されてくるのだった。
警護兵団の何人かは固定ではなく、交代制で、勤務や休暇を繰り返していた。
顔や名前を覚える間もなく、いつのまにか変わっていることもよくあった。
今も、何人かとは、ここでお別れかもしれない。まあ、また次の都市ですぐに交代して戻ってくるのかもしれないが。
そして、その支所に派遣されてくるのは、教団と警護兵団の関係者だけではなかった。
私への使いの者。
刑務所関連の事務員も、顔を見せていた。
官物を支給しに来てくれるのである。
お使いの連絡事務員は、形式的な説明を進めながら、私に色々な書類や物資を手渡してくる。
官物。刑務所からの支給品。
日用品や衣類、本や勉強道具、筆記具。
ささやかな額の賃金まで受け取れた。
受刑中であっても、この旅における収入が貰えてたりする。
刑務作業では、作業報奨金という、賃金が発生しているのでな。
本当にささやかーな時給換算の、些細で微々たる額なのであるが、ちょっとした旅の小遣いくらいにはなる。
ふふふ、何を買うかな。
そうして、日中は城下街を案内してもらったり観光名所を散策したりと、機嫌よく過ごした。
警護兵団のみんなもだ。
彼らは、夕暮れになる頃には、酒が入り、すっかり出来上がっていた。
囚人である私は、酒を飲んではいけないので、酒席は少し手持ち無沙汰である。
そこで。
一人で、さっきの城下町の市場へ行ってこようかと考えた。
さっき案内してもらったばかりだし、こんなに平穏で治安の良さそうな国なのだから単独行動をしても大丈夫だろうと。
生理用品だの下穿きだの、一人でしたい買い物はたくさんあるものだ。
官物支給の日用品や衣類ってのは、当然だけど、極めて最低品質で、ギリギリ必要最低限の数しか配られないわけでな。
たとえば官物ティッシュとか。
上限が決まってるから、決められた枚数内で、鼻噛んだり排泄時に使用したりも全部、いちいちやりくりしないとだめなんだぜ。
花粉症の時だとか、腹壊した時だとか、生理が重い多い時だとか、そういうのん想定してねえだろうっていう、いやこれ無理ゲーだろって枚数しか貰えなかったりするからな。
余分に欲しい場合は、作業報奨金……自分の金を出して、私物として買うしかない。
機能性の良い生地でできた、布ナプキンや肌着なんかも欲しいし。旅の道中に余裕を持って、着替えがもう一揃えあったら快適だよなぁ、とも思っていたのだ。
よーし、ひとっ走り、買い出しに行くとするかー。
城下の、大きな広場を中心にした市場。
軽く布で覆っただけの屋根や、テントみたいな手作り店舗。
活気があって、物に溢れていて、とても見応えがある。
ああ、平和だ。
いい国だ。
さすがの私も、こんな環境下で暮らせたらば、文句の一つも出てきやしねえぜ。
ふふふ、日持ちしそうな焼き菓子の詰め合わせも買えたしな。
甘シャリありがてぇ。
向こうの世界にいた頃よりも、甘いものが大好きになってしまった私である。
監獄にいた頃の一番の不満点が、この圧倒的、甘シャリ不足だったのでな。
受刑者の食事は質素なもの。それは納得しているので贅沢は言わないが、実際、甘いものやお菓子がめったに供給されない食生活、というものがなかなかに地獄であったのだ。
酒は飲めなくても我慢できるのだが。だが、だが。
お菓子、甘いもの。
甘シャリにだけは飢えていたなぁ、と、獄中の生活を思い出してみた。
そうして必要な買い物をあらかた済ませる頃には、足はすっかり棒になっていた。
さて、休憩をとるとするかな。
あっ、あれうまそう。
それは、この地域名物の果実酢ジュースだった。
メインストリートから一本狭い通りに入った路地裏。
観光客だけでなく、地元の人間にも愛されそうな、いい意味で飾り気のない、お手頃価格の小さな露店で見つけたものだった。
管状になった植物の茎を、ストロー代わりにつけてくれる。
私はさっそく軒先の段差に腰掛け、植物の茎からちゅーちゅー吸って美味しくいただいていた。
すると。
背後から、複数の女の子たちの会話が聞こえてきた。
その声は、どんどん大きくなってくる。
後ろから、女の子の集団が近づいてきていたのだった。
「あーら、あちら、聖者様のお供の方ではなくて?」
「まああ、はしたない、お行儀が悪いですこと。露店の物売りで買い食い、道端で座り込むなど。わたくしでしたら、あの方のご威光に恥じない、ふさわしい行いを普段から身につけておきますけどもねぇ」
「あの方と連日連夜御一緒の旅なんて、緊張して卒倒してしまいそうになりますわ。一時も気が抜けませんわよね」
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━