第ニ話 聖者と僧兵①
第二話 聖者と僧兵①
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グエンは、都の本聖堂ではそれなりの任に就いていた、優秀な僧兵だったらしい。
僧兵とは、教団の私兵である。
僧侶ではあるのだが、常に自衛武装をしており、武芸を修練し戦闘に従事する兵隊としての側面のほうが強い、そんな存在である。
聖者様に信奉するあまりに、せっかくの出世ルートも棒に振って、こっちに合流しに来たというのだから、そのガチ勢っぷりたるや、まさしくファンの鑑というか。いやまあ知らんけども、改めて聖者様の異常な人望と人気をこの目に見せつけられた私である。
こうして、旅の一行は、
聖者様
私!(壽賀子)
僧兵
━━の三人になった。
ああ、それと、少し離れたところで私たちを見守ってくれている、警護兵団のみんなもいる。
彼らのおかげで、私たちは安心して前進に集中できるわけだな。
「壽賀子、おい、こっちへ来い」
街道沿いを、三人で横並びに進んでいると、グエンが私に呼びかけた。
呼ばれるまま近づくと、肩を抱かれる。
力強い腕で寄せられて、グエンのぶ厚い胸筋に、私の頬が触れた。
あー、そうだった。
グエン、こいつと恋人のふりをするんだったな。
聖者様に、私のことをあきらめてもらうために。
恋人のふり。
と言っても。
具体的に何をすれば恋人同士に見えるのか、などは、よくわからない。
そのあたりは、グエンにおまかせというか丸投げである。
「と、とりあえず、手を繋いで歩くとこからだ……肩を抱いたり腕を組んだり」
「うん、それで?それから?」
「う、うるさい……とりあえず、ここまでだ。俺は成人してから、それなりの年月分、女性経験もあるけど……おまえは……」
「馬鹿にするなよ。書物での知識なら、一通り頭に入ってる」
「じゃ、じゃあ、接吻とか、するか?……恋人のふり、だよな、あくまで芝居、だよな?まさかなあ、接吻まではできないよなぁ……ははは、は」
「接吻、口づけ、キスか。そうだなぁ、それは無理かなぁ」
「そ、そうだろうが!」
こそこそと、身を寄せ合って小声で耳打ちし合う、私とグエン。
そんな私たちの姿は、たしかに恋人同士に見えたのだろう。
そこから距離をとるように、聖者様は早足になって前を歩きだした。
愛用の錫杖をしゃらんしゃらん鳴らして、先へと進んでいく。
おお、いいぞ。
よし。作戦成功だと思う。
聖者様は、あれからすっかり寡黙になった。
一人でいることも多くなった。
これでいい。
すぐに私のことなど吹っ切って、聖者様業に身を入れてくれるさ。
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今夜は野営になりそうだ。
野宿だ野宿。
やだなあ。
夜露で湿るし、地面は硬いし、背中ガッチガチ。
余分に寝袋があれば、まだましだけど、荷物増えて移動が大変だし。結局、最低限の寝具になるんだよなあ。
さーて、ぶつくさ文句言いますかぁ。
悪態つきタイム開始ー。
とか思って準備していたら、グエンである。
「ほらよ壽賀子、こっちがお前の寝床だ」
こいつ、いやに荷物が多いなと思っていたら。
聖者様と私の分の寝具を、もう一式運んでくれていたらしい。
おかげで、いつもの野営よりかは、ふかふかの敷き布団が出来上がっていた。
聖者様の分はともかく、私の分までとは。
あ、ありがてぇー。
「打ち身がまだ痛むだろうしな。怪我をさせてしまったのは俺だ。治るまでは責任持って面倒見てやるよ」
そう言って、野営の設営から、食材や薪の調達に、調理の支度まで担当してくれるグエン。
実際、いたれりつくせりであった。
彼は有能だった。
僧兵、兼従者で、料理も雑事も器用にこなす。
実戦の経験もあるし、旅慣れてもいる。
おお。
最初の出会いからは考えられないくらい、好感度の高い、好青年じゃねぇかよ。
この苦行の巡礼旅にも、ちょっとは希望が見え始めた。
あとは、聖者様がこのまま大人しく過ごしてくれれば、スムーズに、旅のゴールが見えてくる。
……はずだった。
そのはずだったのに。
翌日のことだった。
「嫌な予感がする。ちょっと止まれ」
僻地に在した聖地を目指していたところだった。
岩肌の目立つ荒野。
街道から大幅に外れた道なき道。
グエンは地面に突っ伏して、耳を地につけた。
「まちがいない、野盗だろう」
地面から伝わる振動や微かな音、その他で、はるか遠くにいる荒くれ者集団の気配に気付いたと言う。
こちら側に有利な場所で、野盗を待ち構え、迎え撃つらしい。
すぐに警護兵団のみんなと連携を取り、散開し始めた。
「壽賀子、おまえはフューリィ様と、向こうの高台に避難していてくれ」
「わ、わかった」
私は少し動揺しながらも、言われる通りに聖者様と、それと団の馬や荷と一緒に高台に向かった。
野盗からの襲撃……。
急に、身の危険や恐怖を現実的に感じるイベントである。
うう、怖ぇ。
そうだよなぁ。
旅の道中って、追い剥ぎや盗賊もウヨウヨしていて、そのために警護兵団のみんながいるわけだけど。
今までが順調で、平穏無事すぎてヌルかったくらいなのかもな。
ほどなくして、戦闘が始まった。
低めの崖上、岩場の影になった窪み部分で身を隠しながら、見下ろす。
はらはらしながら覗いていると、聖者様が後ろに立っていた。
「みんな、強いから大丈夫だよ」
「う、うん」
聖者様と話すのは久しぶりだった。
二人きりになるのも。
振り返ると、彼は距離を詰めてきた。
ええっ!
私は、ぎょっとした。
「やっと二人きりになれたね、壽賀子さん」
その言葉と同時に、彼は私の顔に手を伸ばしたのだった!
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━