第一話 女囚と聖者④
第一話 女囚と聖者④
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「グエン!」
私は叫んだ。
「グエン助けて!来て!早く!」
グエン、彼の名を呼び、助けを乞うた。
聖者様にはもう、話が通じない。
暴走した彼を、とにかく落ち着かせよう。
それには、私一人では無理がある。
グエンの力を借りなくては。
「グエン!そこにいるんでしょうが!入ってきて!早く!」
呼ぶと。
案の定、扉の前にいた様子で、グエンはすぐに部屋に入ってきた。
「壽賀子さん、どうして……」
「グエンと二人で話をさせてよ、聖者様!」
ひとまずの危機は去った。
やれやれだぜ!
「きっと謝罪もしてくれるし、傷の手当てだってしてくれると思うからさ、ね!」
室内に三人。
しばらくは沈黙が流れた。
聖者様は静かなため息をつくと、ベッドから立ち上がった。
無言だった。
「じゃあね、聖者様は下でお茶でも飲み直してきなよ!わかった⁈」
扉を閉めた後、彼が階段を降りていく足音を確認した。
やれやれ。
少しは落ち着きを取り戻したかな……。
こうして。
部屋には私とグエンの二人きり。
「おまえなぁ……どういうつもりだ?」
ベッドへ横たわった私に向かって、グエンが詰め寄ってくる。
「グエン、まあ私の話を聞きなよ!あんた聖者様のお目付け役でしょ?だったら安心しなよ!私は聖者様とどうこうなるつもりなんかないから!」
「嘘つけ!あのフューリィ様に対して、心ときめかない娘がいるものか!」
グエンは頑なだった。
「おまえのような者の言うことなど、信じられるか!」
偏見の塊で、私のような存在を理解する気もなさそうだ。
「おまえは異界の罪人なのだろう?」
あー出たよ、またそれかよ。
罪人に発言権は無いのかよ。
会話すら許されないのかよ。
ベッドの端に片膝を掛け、私に詰め寄るグエン。
被布の前合わせの隙間からは、褐色の膚と発達した筋肉が見える。
なかなかの威圧感だった。
こんな前衛タイプの大男に詰問されては、さすがにこちらも萎縮してしまいがちだが……。
負けるものか!
「罪状は?フューリィ様に色仕掛けしたところを見ると、不義密通か、売春か?」
呪いの言葉を吐き捨てるように、罵り嘲る物言いを続けるグエン。
「そんなわけない!」
私はきっぱりと、思いきり反論する。
「そうか、娼婦か!」
「娼婦なわけねぇだろ!この御面相で、客がつくと思う?金出してくれるやつなんかいないよ!売りに出したところで、買う男なんかいないんだよ!悪かったな!言わせんなよ、こんなこと!自分で言ってて虚しくなるわ!」
「……えっ……」
グエンは硬直した。
近未来の現実世界においては、男女比も2対8という、女余りの実態がある。
何度かの大戦を経て、大量の戦死者を出した結果だ。
戦後、成年男女比は大きく崩れ、人口比率は極端なまでに歪になった。
女性の未婚率は、非常に高い。
ハイスペック、高収入高学歴高身長は大前提で、ごく一部の超絶美女か、上位何%かの特権階級しか、男性の相手に選ばれない。
女性の大半は、男性に相手にされず、恋愛も結婚も生殖行為も一切経験しないまま寿命を迎えるのだった。
「そ、そんな……」
呆然とした顔で、話を聞くグエン。
明らかに動揺し、すっかり大人しくなっていた。
私は怒りに任せて、そのあたりも含めて懇々と自己紹介してやった。
「い、いや、そうか、異界の事情は複雑なのだな……悪かった」
グエンは、ようやく頭を下げてくれた。
「しかし……そうか、いや、その、おまえ……それじゃあ生娘」
とても言いづらそうにしている。
「……おとめ、処女……なのか」
「処女っていうか、まあ、喪女な!」
グエンは顔を赤らめていた。
それからは目を合わさず、顔を背けたまま、会話を続けていた。
「グエン、あんたは聖者様に悪い虫がつかないよう、周囲の異性、つまり私を追い払いたいんでしょうが?そのへんの、聖者様周りにいる女性を見張ったり排除したり……教団の上層部からも、そうするようにきつく言いつけられてるのもわかってるよ!私もあんたの仕事を邪魔する気なんかないから!」
「あ、ああ……」
「私を監獄に返すんなら返すで、それでいいけど、なんたって聖者様、今、暴走して話が通じないからさ。グエン、あんたのほうからなんとか……って言ってもなぁ。どうも、聖者様のほうが立場が上だし、重臣にしても進言聞き入れてもらえそうにないし、主導権も握れなさそうだし……。何か、別の作戦を考えたほうがいいかもな……」
返事はなかった。
「……うーん、他になぁ、聖者様に私をあきらめてもらう方法ってないもんかね……」
グエンは無言で、肩に掛けていた鞄をベッドへ置く。
ごそごそと中をあさると、包帯や白い綿と小瓶を取り出した。
どうやら医薬品のようだった。
「腕を出して」
ああ、手当てしてくれるのか。
言われるままに差し出すと、袖の裾を捲られ、二の腕をあらわにされた。
ひんやりとした爽快感。
ミントらしきハーブの生薬が擦り潰されたものが貼り付けられている、湿布薬のようだ。
消炎成分がよく効きそうである。
「あとは、腰と足の付け根に、軽い打撲がありそうだが……どうする?」
「え?何が?」
「手当てしてやりたいが、初対面の男に、そこまでは肌を見せたくないだろう?」
あー。
聖者様は、さっき有無を言わさず服を脱がそうとしたけど、こいつは一応配慮してくれるのか。
人権認めてくれるのか。
へー。
囚人、囚人と罵ってくれたけど、こっちの事情を聞いてからは、申し訳なさそうに大人しくなって、反省もしてるようだしな。
許してやるか。
私は、彼に心を開きかけていた。
敵にすれば乱暴でおっかないが、味方にすれば、生真面目で誠実そうで頼もしいや。
信用はできそうだからな。
「その湿布みたいなやつ、ひんやりして気持ちいいし、効きそうだからこっちも貼って」
ここ数日歩き通しで、筋肉痛や疲労感が半端なかったしな。ちょうどいいや。
「お、おまえ、なぁ……」
私が後ろを向いて、上着の裾をめくると、グエンは声を荒らげた。
背中と腰の一部が露出しただけだが。
「だ、だめだぞ。もっと警戒しろよ、気をつけろよ。俺だったからいいけどなぁ……夜更けにこんな二人きりの部屋で、いくら怪我の手当てするって言っても、男にこんな肌見せちゃ、性的な対象にされて、いやらしい目で見られちまうぞ!わかってんのか、いいか、おまえがいた世界と、こっちの世界は、そのあたりの事情がちがうんだよ……」
目線を大幅に逸らし、明後日の方角を見つめながらも、グエンはなんとか器用に湿布を貼った。
私の体を視界に入れないよう、懸命に努めているようだった。
「足の付け根、太腿も……」
「おいっ!話聞いてたのかよ⁈そ、そんなきわどいとこ触れるか!お断りだ!」
速攻で拒否される。
私は捲り上げようとしていた腰布の裾を、静かに下ろした。
「い、医薬品は全部置いてってやるから、自分でやれ!」
「いいの?」
「ああ、詫びの品だ」
グエンは顔が赤いまま、私とは目線も合わさず出て行こうとした。
その後ろ姿を見ているうちに、いいことを思いついた。
「グエン!名案を思いついた!聞いてくれ!」
私は嬉しくなって、彼を引き止める。
「私が、あんたと恋人のふりをすれば、聖者様もあきらめてくれるんじゃないかな!」
「こ、恋人のふりぃ⁈」
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━