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第十三話 聖都と婚約者②    

第十三話  聖都と婚約者②


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 広間には、私たち以外に誰もいなかった。


 だが、やはりまだ陽の高いうちからの昼日中で公共の場であるし、いつ誰に見咎められるかもわからないし、ひやひやする。

 はたから見れば、いちゃついている、イチャイチャしている、以外の何物でもない私たちなのだろう。


 髪を撫でるくらいの接触行為くらいは目を瞑ってもらえるのだろうけども。私はさすがに人目が気になった。



「……あのさ、ここではちょっと、なぁ。誰かに見られたら恥ずかしいんだが……」

「いや、いいんだ、ここで。ある程度の人目があるほうが、歯止めが利くからな。二人きりになったほうがまずいんだよ。本能の赴くまま、制御できずに想いを遂げてしまいそうになる」


「え、ええ?」

「おまえはまだ、心の準備ができてないんだろう?段階を踏んで少しずつ、ことを進めていかなきゃいけないんだろう?」

 グエンは、そんなことを言うのだった。


「それで考えたんだが、おまえのほうから触れてくれないか?」

「え、ええ?」

「それなら万が一にも、俺が、嫌がるおまえを無理矢理手篭めにするような危険性も少なくなるだろうし」


 な、なななんだ、それ。


「俺を抱きしめてくれないか?」

「そ、それは、ちょっと……い、いやその」

 私は言い淀んで、しどろもどろになる。


 すると、そんな私の様子を見かねたのか、グエンの手は止まった。

 私の髪から手を離し、撫でるのを即座にやめるのだった。


「困ってるんだな、悪かったよ。忘れてくれ」

「い、いや、ちがうんだ……」

「体調がよくなったら、どこか出掛けようか。芝居でも観に行くか?おまえの読んでた本で舞台化してたものがあったよ。他にどこか行きたいところがあるなら、そこでもいいから」

「あの……」

「俺が隣にいたら、さすがに過激な信者も近寄ってこれないだろうし、大丈夫だよ。ちゃんと盾になってやるから」


 困っては、ない。

 悪くも、ない。

 忘れたくも、ない。


 彼を抱きしめたかった。抱きしめられたかった。彼に触れたかった。触れられたかった。

 本当はずっと、彼に、ぎゅっと抱きしめられたかった。


 で、でも、どうすれば。

 どう言えばいいんだ。


 彼は、デートの提案をしてくれて、一緒に出掛けようと誘ってくれた。

 盾になるとまで言ってくれる。

 私も、私のほうからも何か、何かをしたい、何かを彼に伝えたい。


「グエン、あの……」

 私も、勇気を振り絞って、彼の顔を見つめた。




 すると、そこへ。


「よいところにおった、グエン。話がある」

 そんな声が響いた。


 その声とともに、私たちの仲と時間は引き裂かれた。



 声がしたほうに振り返ると。

 広間の出入り扉の傍らに、威圧感のある年嵩の男性陣が並んでいた。

 役職は小難しくて、とても覚える気にはならなかったが、とにかく教団のお偉いさん方ということだけは、かろうじて記憶の片隅に残っていた。


 教団の上層部、というのは、こいつらにあたるのかな。


 独特な立ち居振る舞いや、その物言い。

 格式ばった大仰な所作。

 煌びやかで珍しい柄の刺繍が施された、各個人に特別にあつらえられたらしき贅沢な法衣を得意げにまとう彼ら。

 驕り高ぶった選民意識や、自らの地位にあぐらをかいた傲慢さを、隠そうともしていない。


 彼らは、グエンの後ろにいた私の存在に気づくと注視をし、ひそひそと密語をささやき交わし始めるのだった。


「そこにおるのが例の娘か。ほーう、さすがに不敵な面構えよのう」

「思っていたよりは、わきまえているほうでは?贅沢は言いますまい」

「粗暴、粗雑な女囚上がりと聞いてはいたが、まあ、まだ見れはする。これならば、上質の法衣と冠頭巾などの宝飾を深くまとわせれば、それなりの見た目に仕立て上がるであろう」


 はあ?なんだ、こいつら。

 不躾にじろじろと。

 上から目線で、人を値踏みするように凝視しやがって。


 そうして、教団の上層部連中は一通りの密語を終えたのか、ようやっとグエンのほうへと向き直った。

「よう聞け、グエンよ……」

 グエンは彼らに向かって身を正し、膝をついて目線を下げていた。


「……グエンよ、聖者フューリィの従者として、今までよく仕えてくれた。その功績を持って讃え、昇任を与えるとともに東部地方にある複数種の土地建物の所持を許可する」

 ん?

 それって?


「お待ちください!一体どういうことですか!」

 グエンが、上層部のお偉いさん連中に詰め寄った。

「それはフューリィ様が決められたことなのですか⁈俺を厄介払いする気ですか⁈ 納得できません!俺を従者の任から解雇するなんて!」


 グエンが、厄介払い、される?

 お役目御免⁈解雇?

 え、東部地方の土地建物を賜うって、そういうこと?

 配置転換?人事異動⁈

 東にトバされるって⁈左遷⁈


「……まあ聞くがよい、グエン。あの方がな、聖者の職務を放棄するとまで言い出されたのだよ」

 え。


「引退をする、隠居生活がしたい、自由が欲しい、妻を娶る、結婚する……などと、そのようなことまでおっしゃられるようになられてな」

「我々とて必死で止めたのだ。しかしその意思は固くどうしようもなかった。それで折衷案として、妻帯を……女人を傍らに置くことは認める、ということになったのだよ。その結果、聖者の職を放棄することだけは、なんとか思い留まっていただいたのだ」


 引退って!結婚する、って!

 以前に口走っていた、不穏なこと!

 聖者様が反乱した⁈


 あきらめてなかったのか⁈

 この時のために、今までおとなしいふりしてたのか⁈


 上層部連中の考えはこうだった。

 引退されてしまうと、お布施や寄進がゼロになる。

 ゼロになるくらいならば、恋愛解禁や妻帯を認めてやったほうが、まだましだ、と。まだ被害が少ない、と考えたらしいのだ。

 女性信者が大幅に減ってしまうことになろうとも、ゼロよりかは、まだましだ、と。


 

「もう目付け役を置く必要は無くなった。おまえの役目は不要になったんだよ、グエン」

 そんな声が響き渡る。


「おまえはもう、私の従者ではない。おまえに私の恋路を邪魔する権限はないよ。私は自由だ」

「………………聖者様!」


 上層部連中たちの後ろから顔を出したのは、聖者様だった。

 善良そうな微笑みをグエンに向けて、そんなことを言い放つ。


「そういうことである、グエン。この方への女人の干渉に対する監視や排除は、もはや不要となったのでな」

「それ、そこの娘、壽賀子と言うたか。その娘と、このたび、めでたく婚姻の運びとなったのであるぞ」


 ええええええ!

 こ、婚姻⁈


「壽賀子さん、今から私の婚約者としてお披露目を行うから、ちょっと準備をしてきてくれるかい?」


 こここ婚約者ああああ⁈


 上層部連中がパンパンと手を打って合図をした。

「えっ、えええええ⁈」

 すると女官の何人かがすぐさま飛び出してきて、私を拘束し奥へと引き摺っていくのだった。

「わぁぁぁ!や、やめろぉぉ!!」


 ずるずると引き摺られていく私。視界の端では、同じように僧兵の集団に拘束されて羽交い締めにされているグエンの姿があった。


 あ、ああああ、な、なんだよぉ、これ!

 どういうことだよ!聖者様!!

 ふざけるなよぉ⁈


つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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