第一話 女囚と聖者③
第一話 女囚と聖者③
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宿の二階部分。
廊下の突き当たりが、私の部屋だった。
キシキシと音の鳴る、軋んだ床。蝶番が錆びかけた、建てつけの悪い、窓と扉。
寂れた宿街にある、角地に位置した古い宿。
閑散期とあって、他の客もほぼいない。
頼みの警護兵たちは皆、隣の酒場へ繰り出しているときた。
「手当てをさせてくれ。私の部下が申し訳ないことをした」
聖者様は、私をベッドへ横たわらせると、自らもそこへ膝を乗せ体重をかけ始めた。
わああ!
覆い被さるなよ!
「痛みは?あざになっていない?打ち身の具合は?」
素早く、私の上着を脱がせる聖者様。
うおおおい!
勝手に脱がすなよ!
同意も得ず、服を剥ぐのは人権侵害だ!
囚人相手だからって裸にしていいとか思ってるなら、ちょっと傲慢がすぎるぞ!
人権無視か!!
「ちょ、ちょっと待っ……やめ……」
私は抵抗して聖者様から逃れようとした。
拒絶の言葉とともに、彼の顔をぶったり、爪を立てようとした。
だが、力が入らず、声も上げられなくなっていた。
ああ、まただ。
気のせいじゃない。
さっきも、そうだった。
フォークで彼を傷つけるどころか、その腕から逃れることすらできなかったんだ。
聖者様、だから?
常人にはない、不思議な能力を持っているのだろうか。
魅了、チャームと呼ばれる精神支配系の呪文や魔法の一種か、特殊なスキルでもあるというのか。
はたまた、心理学を応用した洗脳術か、催眠術も併用しての、人の意識や感情を操ったり、群衆を扇動する人心掌握術なのかもしれない。
圧倒的なカリスマ性や独特のオーラ、その人望、熱狂的な信者を生み出す人気ぶり。
人誑し、その言葉がしっくりきた。
自覚があるのか、無自覚なのか……。
彼は、すべての人間が、自分に好意を抱いていると信じて疑わない。
実際、彼を嫌ったり敵意を持ったりする者など皆無だ。
特に、その目で見つめられると、その目を見ると、拒絶や抵抗、否定などできない。
なんでも肯定して受け入れてしまう。
今の私が、いい例だ。
い、いや、負けるもんか!
洗脳だか催眠術だか知らんけど、拒絶してやる!
否定してやる!
成功体験だらけのエリートヤロウめ!
テメェも一度くらい挫折感味わってみやがれ!
私は、大きく息を吸い込んだ。
腹の底から声を出す。
「や、やめろ!聖者様!」
「……壽賀子さん、どうして?」
そうこうしているうちに、きつく結んでいたはずの腰紐まで外されかけていたことに気づいた。
ウ、ウワア、やっべぇ。
私は奪われた上着をたぐり寄せ、前合わせを閉じ、はだけた胸元を隠した。
「……いや?」
「い、いやだよ」
その一言。
やめろという静止。
いや、という言葉。
それだけを声に出しただけで、何日分かの精神力を使い果たした気がした。
どっと疲労感が襲う。
や、やばい。
もう気力も体力も、残っていない。
聖者様の目を見てはいけない。
できれば、声も聴かないようにしたほうがいい。
私が考えていた以上に、彼は常人ではない。
良くも悪くも。
「……私は、君を、自分だけのものにしたい、そう思うようになった」
聖者様は静かに語っているようだ。
「君が警護兵団の連中と話しているのを見ただけでも、嫉妬したよ。独占欲でいっぱいになって、カッとなって。……他の男に見せたくない、関わらせたくない、それこそ、私だけしか入れない監獄に、君を閉じ込めたい、幽閉したい、そんなことまで考えるようになってしまった」
な、なんか、恐ろしいこと言ってない?
閉じ込めとか、幽閉とか。
常軌を逸した物騒なワードが、ちらっと聞こえたんだが……!
「あ、あの……閉じ込めて何すんの?」
拷問?とか?
倒錯した加虐嗜好な行為とか?
まさか……!
「危害なんか加えたりしない。愛したいだけだよ。君に優しくしたいだけ。私は狂ってないよね?ただ他の男に奪われたくないだけだよ」
ぎゃああああ!
いつのまにか、有無を言わさず、聖者様の服剥ぎ行為は再開されている!
「ふ、服を脱がすなって!やめ……!」
ああ、もう、やめろの言葉すら出せなくなってる!
どうする⁈
絶対絶命!
助けて!誰か!
そ、そうだ!助けだ!
助けを呼ぶんだ!
それなら、聖者様を否定する言葉にはならない!
「助けてグエン!!」
つづく! ━━━━━━━━━━━━