第十二話 荒神と人身御供②
第十二話 荒神と人身御供②
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次に目を覚ますと。
私は、柱にぐるぐるに縄で縛りつけられていた。
荒れて煤けた室内。朽ちた建材や家具。
そこは、廃屋のようだった。
そうだった。私は荒神様にさらわれてきたんだ。
ここは、荒神様の住処なのかな。
縄で縛られて身動きもろくにとれない。こんなにガチガチに拘束されて。私はこれから喰われてしまうのだろうか。
「あ、荒神様……?」
よく目を凝らして見てみると、部屋の隅に、誰かいた。
不気味な形相の人物が立っていた。
真っ黒い頭巾を被った、黒衣の怪人だ。
ああ、本当にいたのか、荒神様……。
うう、怖い……。
「……っく!」
私はたまらず、思いの丈を喚き散らしてしまう。
「く、くっそぉぉぉぉぉ!私、今、人身御供ポジション⁈生け贄にされてる⁈くそぉぉぉ!あの長老め!私をだましやがったな!今はもう生け贄なんてしてないって言ってたのに!やっぱり、まだ続けてたのか!雨乞いのために⁈私を荒神様に捧げやがったな⁈こっちは善意で役に立ってやろうと頼み事きいて、怖いの我慢して、わざわざあんなところにまで経あげに行ってやったっていうのに!ひどい!サイアクだぁ!人間不信になるぞぉ!!」
すると。
「ずいぶんと、威勢がいいんだな」
部屋の隅にいた黒衣の怪人のほうから、声が聞こえる。
荒神様の声?荒神様が、しゃべった?
「荒神様?」
よく見ると、不気味な形相、荒神の顔だと思われたそれは、ただの不気味な仮面だった。
荒神様は、仮面をはずし、頭巾を脱いだ。
すると正体は、ただの人間の男だった。
「え、人間?」
荒神様などではない。
端正な瓜実顔の青年だった。
「壽賀子、だったな」
荒神様、ではなく、ただの人間の男は、私の名を知っていた。
「壽賀子、おまえのことは、シンギュラから聞いている」
シ、シンギュラ?
シンギュラ姐さんのことか?
彼は、シンギュラ姐さんの名を口にした。
「お、おまえは?」
「僕は、ジュドー」
ジュドーって、その名前って!
ああ、こいつ、首領⁈
シンギュラ姐さんたちのバックについている大掛かりな悪の組織!
聖廟近くの山小屋襲撃事件の際、尼僧様の隊にいた女官をたぶらかして、スパイにさせたっていう!
有名な色男!女誑し!
たしかに、女ウケよさそうな甘ったるいマスクしとるぜ!
プラス、悪の魅力、危なっかしげなスリルとか色気とか、なんかフェロモン的な。知らんけど。
仮面を外した彼の素顔。たしかに端正な瓜実顔をしていた。
高い鼻梁。鋭い眼光を放つ、淡い緑色の瞳。だらしなさを一切感じさせない、きりりと固く結んだ唇。
濃い色合いの頭髪は、中途半端な長さである。
真後ろ中央あたりで一部をまとめており、残った側面の部分は、うっとおしそうに頬に散らして、輪郭線を彩っていた。
「ジュドー!あんた、ただの人間なんだよな?なんだって荒神様の真似ごとなんかしてるんだ?なんで荒神様の名を騙ってるんだよ!」
「荒神業とも言える。僕の属する組織が代々、生業として行なってきたことだ。先代、先先代の首領の頃から続く、遠い昔の頃からの、なりわいだ」
「なりわい?仕事?悪党どもの、シノギ、だってぇ?」
「荒神様への生け贄に捧げる、などというのは方便だ。実際は、都の花街への売買の都合をつけてやっていただけさ」
な、ななな、人身売買?
荒神様が、寒村から女引き取って、色街へ、売り飛ばしていたってぇ?
あ、あの長老!知ってたのか、村の者たちも?
女衒業、人身売買。
ずっと、村の者たちのほうから直々に頼まれて、感謝されながら引き受けていたと、ジュドーは言う。
そんな実態は暗黙の了解、公然の秘密だと。人身御供の話などは、人身売買を表立って言いにくいことゆえの方便。皆なんとなく知ってはいるものの口に出しにくいことゆえの、ただの方便だと。
そんなふうにジュドーは語ったのだった。
「な、なんだよ。じゃあ、女の子たちは無事なんだな。生きてるんじゃないか。いや、でも、そんな故郷の村から遠く離れた都に、悪党どもから売り飛ばされたら……そっちだって十分怖いんじゃ……」
「娘たちは皆一様に、都での華やかな暮らしに喜んでいたらしいぞ。常に貧しく、喰うに困るあのような寒村での地味な生活を抜け出せた上に、両親や村の者には一定の収入を与えてやれて、親孝行や故郷への恩返しをすることができるのだからな」
「そ、そんな……」
「いいか、壽賀子。悪党、悪党と罵られるのは心外だ。僕は、義賊のつもりでやっている。自らの手を汚すこともあるし醜い裏社会や構造の闇に触れることもあるが、けっして社会的弱者を痛ぶったりはしない。善行を施してやっている、くらいに考えていたよ」
任侠、という二文字が、頭に思い浮かんだ。
義賊、ねぇ。
ワルだけれども、それなりに信念があって、手段は荒っぽいけども、でも、目的は人助けや、世をよくすることっていう自己肯定は……。
残虐非道とか残忍酷薄とか悪逆無道とかの、そこまで恐ろしいレベルの悪人ではないのかもしらんが。
でもなんか、納得はできない。腑に落ちない。
荒神様を模した仮面や頭巾などの扮装は、悪党として活動する際に、顔や正体を隠すための絶好の怪人装束らしかった。
ジュドーが言うには、彼の悪党組織の歴史は古く、活動範囲も広く大陸全土に渡っているのだそうだ。
各地方のそれぞれに支部があり、あの村も、古くから人身売買での取り引きやつきあいがあるという。
私たちが立ち寄る先に配置された、組織とのつきあいがある集落や町や店。
彼らは、それらを駆使して、私たちの旅の行程を探ったり、罠を張ったりしていたらしい。
恐ろしいくらいの組織力。人海戦術。各地での活動員も大半は専業ではなく、ふだんは、ただの至ってふつうの民間人が、協力したり一役かったりするといったものであった。
こうして彼らは、ずっと私たちを付け狙っていたのだ。
「邪魔するよ、ジュドー!」
ジュドーの背後から入室してきたのは、長身の女性だった。
「久しぶりだねぇ、壽賀子!」
「シ、シンギュラ姐さん!」
あ、あああ、あの時以来かぁ。
気まずい。
「あ、あのぉ、傷の具合はどう?大丈夫?」
刑務官スヴィドリガイリョフと死闘を繰り広げてたんだよなぁ、この人。
腕も斬りつけられていて、血だらけになってたんだよなぁ。
刑務官スヴィドリガイリョフとシンギュラ姐さんが闘ってるとこ、私はどっちの肩を持つわけでもないけども……。
でも、やっぱぁ。
今の私の立場では、シンギュラ姐さんの味方になるわけにはいかないんだよなぁ。
「あのぉ、姐さん、そろそろ刑務所に戻ったほうがいいんじゃないかと……自首したほうが罪も軽くなるのでは。ちょっと顔色も悪く見えるし、そんな絶賛逃亡中、悪党集団の不健全不規則な生活様式じゃあ、ゆっくり養生することも難しいだろうし、傷の治りに差し支えるかと……」
「お黙り、壽賀子!あいかわらずぺらぺらと、よく動く口だねぇ!」
うぅ、相変わらず、こえぇ。
「今度こそ、あたしたちの仲間になってもらうよ!あの時は、刑務官の野郎に邪魔されちまったけど、あんただってこっちにくる気になってたろう!ふらふらと、あたしのほうに近寄ってきてたじゃないか!忘れたとは言わせないよ!」
ひ、ひええ、忘れてぇ。
お菓子の誘惑に負けて、大人気なく甘言に流されてしまったことなんて、もう忘れてくれぇぇ。
「な、仲間になんてならないよ!わ、私は心を入れ替えたんだ!聖者様のもとで、すっかり更生してさ!健全で明朗快活な模範囚だし!仮保釈ももうすぐ目の前だし!そんな私が悪党集団に属するなんてこと、するわけがないよ!!」
私は思いきり、シンギュラ姐さんに逆らった。
よ、よし、勇気を出して断ったぞ!
いいぞ、私!
そこへ、ジュドーが割り込んでくる。
「シンギュラ、外へ出ていてくれないか?彼女と……壽賀子と二人きりで話したいことがある」
「なんだって?」
「壽賀子と二人で話をさせてくれ。シンギュラ、おまえの望みは、組織への勧誘だろう?僕のほうからも、うまくことを進めるつもりだ」
「……………………」
「さぁ、行け。おまえも忙しい身のはずだ。部下を取りまとめるのも、僕がおまえに課した役目のうちの一つだろう」
そこまで言われて、シンギュラ姐さんは不服そうにしながらも、ゆっくりと立ち去って行った。
こうして私は、荒神様、もとい悪党組織の首領ジュドーと、二人きりになった。
つづく! ━━━━━━━━━━━




