第十二話 荒神と人身御供①
第十二話 荒神と人身御供①
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辺境の地。
さびれた村の近くを通る。
真っ黒くて大きな翼を持つ鳥が、けたたましくギャアギャアと鳴いていた。
山道の十字路には、分岐点の目印としての道標、木でできた立札が埋まっている。
そこに、一人の老人が立っていたのだった。
「旅の聖者様御一行と見受けられる。たいしたものは出せませぬが、我が村に泊まって休んで行かれてはいかがでしょう」
長老だと名乗ったその老人にすすめられるままに、私たちは一晩、村の空き家の何軒かを宿として借りることになった。
ぶ、不気味なとこだなぁ。
こ、怖いんだが……。
なんでも、このあたりの土地では昔から、精霊神やら荒神やらの信仰が根強いらしい。
私たちの文化には馴染み薄いのもあって、やはり居心地よく感じないのはたしかである。とはいえ、長老が声をかけてくれなかったら、まちがいなく野宿だったわけで。
屋根のある民家で寝泊まりできるだけでも、とってもラッキーでありがたく感謝すべきことなんではあるが。
はあぁ。
この悲壮な雰囲気漂う僻地の難所さえ抜ければ、あとはわりと楽な行程なんだがなぁ。
大通りの一本道につながるようになる。
都に通じる街道沿いには、宿屋や飲食店、休憩スポットも立ち並ぶし、かなり楽になる。都ももうすぐ目の前、って気分にもなるしなあ。
旅程の途中、本拠地である都に、ひとときでも立ち寄れること。
それは、みんなが心待ちにしていることだった。
旅はまだまだ続くのでゴールってわけじゃないが、都に立ち寄るたびに、それぞれがひと段落、一区切りをつける。旅の軌跡を振り返ることのできる、貴重な休息期間であった。
教団の本聖堂も、警護兵団の本部も、私を管理する刑務所施設その他も、彼らの家族や友人知人、生まれ故郷の懐かしい顔ぶれも、みんなが待ってくれているのだろう。
そのような事情もあって、こんなおどろおどろしい陰鬱なロケーションにおいても、旅の一行は全体的になんとなく明るさを保ててはいた。都での愉しみを想像することで、辛くも、現状の過酷さをなんとか耐え抜けているのだ、とも言える。
いや、しかし、怖いもんは怖いのだった。
私は不安げに、きょろきょろと屋内を見回しながら就寝準備をする。
この、小さく狭く古びた建物。
厳正な部屋割りの結果、離れ座敷みたいになったこの一室には、私一人だけが配置されている。
やはり、さすがに一人は怖い。
ひっ、ひえっ!お経が!
どこからともなく、不気味なお経が聴こえてくるぅぅぅ!!
わあぁぁぁ、怖いぃぃぃぃ!!
………………はっ!
よく考えたら、私、坊主どもと一緒に旅してるんだった……。そうだったそうだった。
聖者様たちが、いつもの就寝前の読経しているだけだった……。
は、はははは、もー。おどかすなよぉ、もー。
そうして私が、びくびくしながら寝具にくるまろうとしていた、そんな時だった。
「壽賀子、起きていますか」
窓の外から、声が聞こえた。
刑務官スヴィドリガイリョフの声だった。
「ここから、手続き関係の書類を差し込みますから、受け取って中身を確認するように。わかりましたね」
そんな声とともに、すぐに窓の隙間から、書類の何枚かが送られてきた。
「スヴィか……。よかった、一人じゃ心細かったんだ」
私は窓を開けて、ほっとして、彼の姿を目に入れる。
「ちょっと、さすがに一人だとなあ、ここ、怖くってさ」
「安心しなさい。受刑者を長時間、完全に一人にしたり目を離したりすることはないですよ。あなたが気づいていないだけでね、真夜中であっても、私のほうは細切れ睡眠で寝不足気味であってもですよ?すやすやと寝息を立てて満たされるような寝顔でぐっすり熟睡中のあなたのことを、いつも定期的に見回ったりしてるんですからね」
「そ、そうか、うん。な、なんか、ごめんな?」
そうか、私はいつも、一人ではなかったんだ。
ほっとして、刑務官という存在に、珍しく感謝をする。
ふだんは、平時はそりゃあ、自分を監視してくる敵みたいなもんだから。いっつも見張ってきやがってこいつウッゼェなあ、とか思うことはよくあるわけだが。
しかし、こういう心細い時には……。
「いつも、私を見守ってくれてありがとう」
……こんな時には、とても頼もしい、心強い守護神なのだった。
私は心を込めて、珍しく、彼への感謝を口にした。
だが彼は、その言葉を聞き終えもせずに、さっさと姿を消してしまっていた。
なんだよ、もう。
そのまま、開けた窓から、夜空を眺めた。
星がよく見える。月はなかった。
新月のようだった。
月明かりが一切ない。余計に気味悪さが増すような気がして、私はすぐに窓を閉めた。
こうして、私はびくびくとしながらも、なんとか眠りについた。何事もなく朝を迎えた時には、胸を撫で下ろして安堵した。
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一宿一飯の恩。
翌日は一日中、みんなで野良仕事や家屋の修理、狩りや採集など、各自の出来ることをそれぞれでこなして、額に汗して働くことになった。
私も、軒先を履き清めたりして、清掃に精を出していたところだった。
そんな時だった。
「村の外れ、もう少し登った先に古い猟師小屋がありましてな。そこで経をあげてくださらんか」
長老は、私に向かってそんなことを申し出る。
聖者様ではなく、この私に、だ。
「そちらの娘御にお頼み申す」
「わ、私ぃ?」
「この日照りに村の者一同、参っております。雨乞いをしてくださらんか。長年この村では、飢饉や日照りが起こるたびに、村の娘に犠牲になってもらい、土地の荒神様に人身御供を捧げて参りましたのじゃ……今はもちろん、そのようなことはしておりませぬが……」
ひ、人身御供って、生け贄?
「もちろん今は、断じてそのようなことはしておりませぬ。その代わりに、ここを通る娘御には、できるだけ経をあげてもらうことにしておりますのじゃ」
経をあげる、か。
「ま、まあ、そのくらいなら」
「わあ頼りにされちゃったね、頑張ってね、壽賀子さん」
話を聞きつけてきた聖者様が、長老の隣に歩み寄っていた。
にこにこしながら、話に割って入ってくる。
「できれば嫁入り前の生娘であれば、雨乞いの御利益も跳ね上がるのでしょうが……。奔放な性的倫理観、崩壊した貞操観念のおなごが跋扈するこのご時世ですからな、期待はしておりませぬ。………………え?聖者様、なんですと?今、なんとおっしゃられました?………………きっと雨水に恵まれます、と?なんと、まさか!では、壽賀子様と申されたか、それでは、あなたは……!おお、さすがは聖者様の供の者!常に行い正しく、清く、情欲にもけっして打ち負けずして、貞潔を保ちその身を律しておられるとは!今時、なんと見上げたお方じゃ!」
聖者様が、長老に何やら耳打ちをしていた。
……さては、喪女のこと、バラしやがったな。
おいおい。
にこにこしながら、人のプライベートな個人情報をぺらぺらとしゃべってるんじゃねえぞ……。
まったく。ふざけなよ。
喪女とか処女とか生娘とかが経をあげたなら、荒神様の機嫌がよくなって、雨乞いに成功するとか。なんだその下世話極まりない信仰はよぉ。
あとを追うようにグエンも近づいてきた。
「大丈夫か、壽賀子。俺とフューリィ様は、今から麓の庵を訪ねることになったんだ……」
「まあ、私のほうは、そんなに遠くないみたいだし」
「……そうか、気をつけろよ。警護兵団の何人かに、護衛についてもらうよう頼んでおくから」
グエンは深刻そうな表情のまま、私を見送った。
毎度グエンは、防衛面では神経質なまでに張り詰める。
聖者様の身辺だけでなく警護兵団のみんなや私のことまで、一行全員分の心配をしており、常に気にかけてくれていた。
「大丈夫だよ、サクッと終わらせて適当に切り上げて、さっさと帰ってくるからさ。じゃあな、行ってきまーす」
まあ、これも人助けだ。奉仕活動。慈善事業。
模範囚ポイント稼ぐ、善行ミッションなわけだし……きっと、見返りもあろう。
徳を積んで、あわよくば恩赦でも貰おう。
しばらく山登りをすることになった。
わかりやすい道だから迷うことはないと思うけども、けっこう山深いし険しいなあ。
そんで、怖い。なんか暗い。
鬱蒼と生い茂った草木とか。苔むした岩場とか。
そうして、ようやく目的地とされる猟師小屋らしき建物を見つける。
警護兵の数人の姿は、少し離れた先にあった。私から一定の距離を取って警戒範囲を大きく広げて見守ってくれているようだ。
彼らに声をかけると、屋内の様子を確かめてくれた。その後は、外で哨戒や待機を続けると言う。
私はそんな彼らの姿を見届けると、一人、中へと入って行った。
ランタンに火を灯し、猟師小屋の内部を照らして見て回る。
こ、こえぇ。
荒神様かぁ。今は、経あげるだけでいいけども。
昔は、生け贄にされてたんか。
怖い……。
今は猟師小屋に使っているとはいえ、昔はそれなりの厳かな目的の建物だったらしき痕跡が、いくつかあった。
祈祷の場というか祭壇らしき段差。禍々しいデザインの皿や器。陰惨な彫刻が施された美術品。
綺麗に整理整頓されていて、室内は片付いてはいたが。
あ、あああ、まさか、ここで生け贄の女の子たちって……。
荒神様のためではなく、雨乞いのためではなく、犠牲になったという女の子たちのために、経をあげよう。
まだまだ読むの下手くそだし、しょっちゅう、つっかっかってスムーズには進まないけどさ。頑張って、丁寧にお経を唱えよう。
そうして、私はしばらく読経を続けた。
だが、ふいに背後に、何者かの気配を感じたのだった。
振り返ると、不気味な形相の人物が立っていた。
真っ黒い頭巾を被った、黒衣の怪人だった。
まさか、荒神様⁈
ぎゃああああ、と、悲鳴をあげる前に、私は口を塞がれた。
私の口元が、濡れた布地で覆われた。
その途端、ぐらりと酩酊した。ぐるぐると目がまわる。
だ、だめだ。
意識が朦朧として、遠のいていく。
つんと鼻にくる刺激臭。何かの薬品のようだった。
布地に染み込まされていたのだろうか。
私は力なく、その場に崩れ落ちた。そんな私を荒神様は、ひょいと抱え上げる。
荷物でも持ち運ぶかのように、私を拾い上げてそのまま小屋から出て行った。
小屋の外では、警護兵団の数人が地面に倒されていた。
荒神様がやったのだろうか。
ここで、とうとう私は意識を失ってしまった。
私は、生け贄に捧げられてしまうのだろうか……。
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




