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第十一話 三忠臣と姫巫女④

 第十一話 三忠臣と姫巫女④


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 敏速な動きを見せ、あっという間に崖下に降り立った、刑務官スヴィドリガイリョフ。

 私は、崖下の彼に支えてもらったり抱きかかえてもらったりしながら、なんとか滑落することもなく無事に降下することができた。


「あ、あの……」

 茂みにいたその人物、女性に近づき、話しかけてみる。


「しっ!何ですの、あなた。今いいところなんですのよ。あなたも殿方の見目麗しき半裸体に興味があって、このような荒行場まで遠路はるばる拝みに参られたのかしら。ああ、見てごらんなさいな、水も滴る、よき男の数々。はぁぁ、麗しいこと、滝に抗う艶やかな色香ですことぉ」

「あの……あなたは、ジュスツティエンヌ姫?」


 髪色は派手な黄金色で、豊かな毛量。瞳は亜麻色。肉付きはよく、豊満で……胸元や足元を露出気味の派手な色味の衣装を身にまとい、装身具や小物を大量に使用しては、過剰なまでに華美に着飾っている。


 そのまんまだった。

 あの初老の男性、異国の王族。人探しをしていた彼が、述べていたまんまの人物が、そこにいた。


 この修行場をよく訪れていて、何件かの目撃証言もあったという、このジュスツティエンヌ姫。

 ものすごい美女だった。

 華やかで明るくて陽気で、きっと誰もが見惚れて虜にでもなってしまうだろう、とても活力があって魅力的なお姫様だった。


 しかし、まさか、修行中の男性の半裸姿を見物に来ていただなんて……。


「あのさ、お父上が探してらしたんだが……」

「まああ、ご勘弁!あなた、父上の使いの者でしたの?あたくし、今更、あんな窮屈な生活には未練などありませんでしてよ!勘当されて、せいせいしましたもの!頼まれたって戻るものですか!」

 

 そんなふうに反抗し、突っぱねてくる、ジュスツティエンヌ姫。


 私は困惑し、振り返って仰ぎ見る。私の真後ろで、刑務官スヴィドリガイリョフが腕を組んで立っていた。

 彼と、少し顔を見合わせた。

 だが彼には、会話の手助けをしてくれる気などはないようだった。

 ことの成り行きを見守るだけの立ち位置を崩すつもりはないらしい。ただただ黙って、私とジュスツティエンヌ姫とのやりとりを経過観察しているのだった。


 すると、ジュスツティエンヌ姫は、今度はそんな彼の姿を注視し始めた。


「まあぁ素敵ぃ!硬派で鉄の如き面貌がそそりますことぉ!あたくし、加虐性の滲む冷徹無比な殿御にも都度、順応適応対応できましてよぉ!ああ、なんとかぐわしき異性成分!嗅覚器官で知覚しましたわよぉ!…………あ、あら失礼、あなたの恋人さんなのですわね」

「えっ」

「とても残念ですけれど、あきらめますことよ」

「いや、スヴィは恋人じゃないよ。刑務官だ」

「けいむかん?まぁぁ、このような危険な色香だだ漏れの殿御がそばにいて、恋人ではないとおっしゃるの?ええ、まさか、一夜の過ちもありませんの?一度も男女の関係になったことが、ないと?」


「あのさぁ、場所変えないか?この荒行場は男性用で、女人禁制なんだろう?のぞくのは、もうやめにしたほうがいいと思うぞ。あの行者たち、あいつら、私の知り合いなんだが……もし、あの僧兵に見つかったりでもしたら、どつかれて怪我させられるし……姫の身が心配だよ。あと、あの深緑衣の僧も……三忠臣って言って主人想いの三人の従者がいてさぁ、きっと泣いて哀しむから……」


「まあぁ、あの見目麗しき殿方の集団!目の保養!あれが、あなたのお知り合い、なのですって?で、あなた、どの殿方が本命ですの?どの方と一番床を共にしましたの?どの方が一番技術的に優れていらっしゃるの?肉体的に満足できたのはどの方?一番相性がよろしいのはどなた?」

「そんな男女の関係性なんか、誰とも一度もないよ」

「肉体関係がない、ですって?」

「だって私、喪女だし。ああ、未通女というのかな」

「はぁ⁈」


 ジュスツティエンヌ姫は、耳を疑うかのようにして、私に掴みかかった。


「はぁぁぁ⁈あんな、よき殿御何人もに囲まれた逆後宮状態で未経験!とか!喪女とか!未通女とか!何をおっしゃってるんですの⁈あなた、宝の持ち腐れとしか例えようがないですわね!まったく呆れてものも言えませんことよ!どれだけ人生損してらっしゃるかおわかりになられてますの⁈せっかくの殿御運を無駄に浪費して!なんともったいないことを!愚かの極みとは、このことですわよ⁈いいですこと⁈あたくしがあなたの立場でしたらねぇ⁈今頃、連日連夜の破廉恥極まる酒池肉林!上を下への乱痴気騒ぎの狂騒大乱舞でしてよ⁈」


 西の寺院で聞いた、神獣の逸話……。

 性に奔放な不良姫、祈祷所で乱痴気騒ぎを繰り返す、無類の男好きだった姫巫女様の醜聞……。

 その後は、親に勘当されたとか国を追放されたとか、自ら出奔したとか、色々混ざってるけども……。


 ジュスツティエンヌ姫のお父上は、王族という立場の手前、大事な娘を勘当することになったんだよな。

 おしのびで直にあちこち探しまわられるくらい、姫のことを今でも大切に想っていて、とても心配をされていた。


「あのさぁ、ジュスツティエンヌ姫……お父上、おしのびで探しにまわられるくらい心配されてたぞ」

「まあ、心配など、なぜ?父上が気に病む必要などありませんのにね!あたくし、国にいた頃よりも今のほうがずっと幸せにやっていますのに!国外を飛び回っているほうが性に合っていますもの!」

「そ、そうなのか……」


「あたくし、千人斬りが夢なんですのよ!!世界中のいい男とまぐわうんですの!!西に、硬度抜群の殿方がいると聞けば飛んでゆき!東に、長さ太さ大きさが優れた殿方がいると聞けば駆けてゆき!北に、爪を短く切り揃えた手先指先の器用な殿方がいると聞けば馬車に乗り込み!南に、唇が厚く舌使いに秀でた殿方がいると聞けば波を乗り越えて!!」

「お、お幸せそうで、何より……」


 姫巫女、ジュスツティエンヌ姫。

 心配など要らなかったようだ。豪快にたくましく、のびのびと人生を愉しんでいらした。

 世界中を股にかけ、あちこちを自由に気ままに旅しているらしかった。


「では、達者でやっていたとだけ、お父上に報告しておくよ……」

「ああ、お待ちになって。これを!」

 ジュスツティエンヌ姫は、自らの両の耳に手をやった。

 手際よく、耳から飾りを外す。

 それを、私に差し出した。


 手渡してくれたのは、耳もとを飾る、一対の装身具だった。


 右用と、左用、対になったイヤリングだ。

 濃い桃色の、鮮やかで華やかな宝飾があしらわれている豪華な耳飾り。ジュスツティエンヌ姫のために誂えられたような、彼女にとても相応しいアクセサリーだった。


「あなたに差し上げますわ。きっと似合いますわよ。父上に報告する際にでもお見せになれば、あたくしとお話をしたという、よい証拠になるでしょうしね」

「えっ……でも」

「父上によろしくでしてよ」

 返す隙も与えず、彼女はそのまま身を翻して、素早く立ち去って行ってしまった。


 私にくれるとは言っていたが。

 囚人が、こんな高価そうな物品を受け取るのは、たしか、まずかったような。

 姫のお気持ちは嬉しいが、右用のも左用のも、両方ともお父上に渡すことにしよう。

 娘さんが旅のお供に愛用していた品だものな。

 きっと喜ぶことだろう。



 ━━━━━━━━━━━━━━━━━



 こうして。

 もう一つの荒行場、その崖下の茂みから、警護兵団のみんながいる焚き火のところに戻れた私と、刑務官スヴィドリガイリョフだった。


 それぞれ報告をすることになる。

 まず警護兵団のみんなと、そして三忠臣。


「途中の道端に落ちていたよ」

 私は財布を手渡して、そう報告をした。


 私の後ろにいた刑務官スヴィドリガイリョフ。

 彼は、スヴィは、何も言わなかった。口を挟んだりはしなかった。

 ただ黙ってくれていた。

 


 三忠臣の御主人、寡黙な深緑衣の僧。

 彼は、ここから南に向かった国にある、名家のご出身だった。

 ジュスツティエンヌ姫のお父上に報告に行った際も同様に、私はとても感謝されて、是非とも礼がしたいと迫られた。

 私は、今後もし困っている子供たちを見つけたら、その権限や財力を使って助けてやってほしいとだけ、頼んでおいた。


 六カ国で構成されている、西部地方。

 西の寺院の職員たちもいる。

 三忠臣と御主人もいる。

 ジュスツティエンヌ姫の父上もいる。

 きっと、彼らが善意の輪を広げて、西部地方の平和と子供たちの未来を支えてくれるはずだ。



 西部地方の中央部分には、大きな森があった。

 森は、六カ国にまたがっている。

 東側から反時計回りに……。


 1、東側に位置する草原地帯の国。西の寺院がある。

 2、東北の国。

 3、北部地方と国境を接する、戦火の激しい北側の国。

 4、滝行場がある、西側の国。

 5、南西にある国。三忠臣たちの御主人の地元。

 6、ジュスツティエンヌ姫の出身国、南側にある国。


 さあて!

 ひと段落ついたし、西の寺院に寄り道してから、次の地方に向かおうぜ!

 モフ蔵にも会いたいし、ジョカちゃん親子の様子も気になるしな!


 森を中心にして、円を描くように西部地方をぐるっと一周してきたわけだ。


 こうして、西部地方周遊の旅路は締めくくられたのだった。


 つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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