第十一話 三忠臣と姫巫女③
第十一話 三忠臣と姫巫女③
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それは人間の子供たちだった。
私は両手を挙げて、敵意がないことを示し、静かに要求を伝えることにした。
「あ、あのさぁ、君らの事情はよくわかったよ。私は誰にも、この場所と君らのことは言わない。すぐに立ち去るよ。ただ、返してほしいものがあってさ……」
子供たちは、じっとこちらを見つめ、私の話を聞いてくれた。
「……財布の中に、木彫りの小さな像があるだろう?それ、その人のお子さんが彫ってくれた物らしくて……早くに亡くされたらしいんだ。大事な形見なんだろうな、だから…………」
三忠臣に聞いた、御主人の身の上話。
大切な財布の中身についての話。
私がそこまで続けると、何人かが、身を翻して奥へと走って行った。
その先には、簡単な造りでできた屋根のある小屋らしきものがあった。布で仕切られたテントのような集まりも見える。そこが、彼らの住居らしい。
しばらくすると。
戻ってきた一人が、財布をひとつ、私に手渡してくれた。
中身を確認すると、木彫りの像にも金銭にも一切手をつけずに、そのままの状態で返してくれたことがわかった。
「ありがとうな、じゃあ、私はこれで」
礼を言って、約束どおりに、私はすぐにその場を立ち去った。
この場所と子供たちのことを誰にも言わないという約束も、ちゃんと守らなければいけないな。
ああ、三忠臣や警護兵団のみんなには、道の途中に財布が落ちてたとだけ言えばいいか。うん、そうしよう。
こうして、私は来た道を引き返して、帰路についたのだった。
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来た道を引き返していた、つもりだった。
だが。
おや?一向に、もとの荒行場の場所に出ないんだが?
「まさか、迷ったのかな、私……」
ごくりと息を呑む。
ははは、そんな、まさか。
陽気に現状を把握してみようと、にこにこしながらあたりを見回してみたが、迷子の事実は変わりないようだった。
うわあ、やっべぇ、どうしよう。
私、今、一人だぞ。森で迷うなんて。
遭難じゃないか。
帰れないって、どういうことだ。
私は次第に心細くなり、森を彷徨い歩いた疲労も重なり、とうとう、その場にへたり込んでしまった。
泣き出しそうになった、その時だった。
ふと振り返ると、木の影に、人の姿があった。
誰か、いる。
背が高い。大人だ。
見ると、外套の上から肩布やローブのような大判の布地をぐるぐるに巻いて、頭部や首元を覆っている人物だった。
私の持っている外套や肩布に似てるかも。
その色味や柄からして、女物だ。
この人、女の人?
背が高くて大柄な、女の人なのか。
「あ、あのぉ」
私は意を決して、声をかけてみる。
こんな禁足地の森をうろうろしてるんなら、なんだか怪しい人物なわけだが。背に腹はかえられない。
森の出口まで、連れてってもらおう。
あ、もしかして。
この人が、ジュスツティエンヌ姫だったりする?
聞いていたのとは全然ちがう地味目な見た目だけど、まあ一応、聞いてみるか。
「……ジュスツティエンヌ姫?」
近寄って、顔をのぞきこんでみた。
すると。
「まさか、迷ったんですか?」
聞き覚えのある、低くておっかない声を発するのだった。
「何をやってるんですか、壽賀子」
「ス、スヴィ⁈」
刑務官スヴィドリガイリョフだった。
「スヴィ!お、おまえ、な、なんで、ここに⁈ どうやってここまで⁈」
刑務官スヴィドリガイリョフは、女物の肩衣と外套のフードを外し、頭髪と、その顔面をあらわにした。
似ていると思ってよく見れば、それは、やっぱり私の肩衣と外套なのだった。
「あなたの肩衣を借りて、身にまとってきました」
「え、まさか、最初から、ずっとついてきてたのか⁈」
「団長にも許可は取りました。予測どおり、あなたの匂いが染みついた衣装を身にまとっていれば、凶獣には襲われませんでした。攻撃されずに安全に、森を歩くことができたんですよ」
ええっ、匂いで判断してるのか。
私の匂いがしていれば襲われないとか……。
何だかなぁ。
よく見ると、外套の上からぐるぐるに巻いた大判の布地は、滝行の時に私が足とか拭いたバスタオルみたいなやつ!
干してた洗濯物とか、私の肩衣とか外套とか荷物を勝手にあさるなよぉ!
な、何やってんだ、あんた!!
「受刑者を長時間こんなところに一人きりにさせたら、逃亡の恐れがあるでしょうが。見張るに決まってる」
「そ、そんな心配しなくても……。ま、まあ、おかげで助かったけど……」
「やっぱり迷ってたんですね。こっちですよ。私についてきなさい」
お、おう。
いけすかねぇ嫌なやつだけど、やっぱり頼もしいぜ。
まあ助かったんだから、よしとするか。
私は、言われたとおりに彼のあとをついていく。
これで、森を抜けて、もとの場所に帰れそうだ。
「それで、壽賀子。あなたは、みんなに何と報告するつもりなんですか?」
「え?」
「子供の窃盗団のことです。森を隠れ家にしていたでしょう」
「財布は、道に落ちてたとだけ言うよ。それでいいじゃないか」
「本当に彼らとの約束を守る気なんですか?彼らの存在を誰にも口外することなく、黙って罪を見逃してやると?」
改めて。
刑務官スヴィドリガイリョフは、最初から私の尾行をしていて、森での一件をずっと監視していたようだった。
「うーん、あの子ら、たぶん戦災孤児とかだろ?この森をはさんで北側にある国が、戦火もあって政情不安だものな。森の奥なら役人に見つからないで済むし、水源もあるし。たくましくやっていけそうだよ。大人になるまでの数年間、森で木の実とか茸とか採集して、少しずつ生活を立て直して、それからまともな道を探して行ったらいいんじゃないか?」
「本当のことを報告せずに、このまま、罪を見逃してやるつもりなんですか?」
「みんなに言うと、大ごとになったり国をあげて隣国と揉めることになるんだろう?北方の国は引き渡せと言ってくるんだろうから、こっちの国が表立って保護してやるわけにもいかないし」
「それで子供たちをかばったつもりですか?それが子供たちのためになるとでも?」
いや、知らねぇよ。
私は、問題解決能力とか判断力とかに長けてないんだよ、悪かったな、思考力に劣ってて、頭悪くて、常識なくて低学歴で無知で無学で無教養で。
浮浪児見つけたってどう対処するのが、その子らのためになるのかなんて、わかんねえもん。
行政に相談ったって、役所のどこの部署が信用できて役に立つのかとかもさっぱりだし。
「そういう福祉関係やら行政の綻びなんかの問題は、頭のいい政治家とか、上に立つ者、知識層が考えることだろう。私にはわからないよ」
「そうやって少しでも面倒な思考に陥ると、怠けて放棄して押しつけておいて、不満がある時だけは口達者に喚く。愚劣な大衆そのものですね、壽賀子。少しは上に立つ者たちの気苦労を思い知ってみたらどうですか。あなたは一度、為政者になったつもりで一日を過ごしてみたらどうですか。一日中ずっと、社会の統制機能と民衆の安寧な生活に想いを馳せることが、どれだけの精神的負担になって脳的な疲労感に繋がるのか、身をもって知るといいんです」
な、なんだ、その為政者ごっこ。
そういや元の世界でも、プレイヤーの自分が君主になって外政内政を行う、国家経営戦略シミュレーションゲームみたいなやつがあったけども。民忠って、すぐ下がるよなぁ、とか、ぶつくさ民草に文句言いながらやってたっけなぁ。
まあスヴィはスヴィで、相手の立場に立って物事を考えるべしとか、そういうこと説いてるつもりなんだろうけども。
刑務官スヴィドリガイリョフは、きつく巻いていた女物の肩衣や外套をずらして、首元をゆるめた。すると、首筋や肩にかけての逞しい線がはっきりと見て取れるようになる。
一見お役人タイプの刑務官だが、意外に精悍、ムッキムキなのだった。暴れる受刑者を制圧しなければならない事態に備えての、筋力と体力と武力。
脱ぐとガチムチ、屈強で筋骨隆々な野郎なのである。
私の右隣に立つと、私の右腕を掴んで、ぐいぐいと引っ張った。
おお、引っ張って歩いてくれるらしい。
かなり楽になる。
私は全体重まではいかずとも、半体重くらいはスヴィの左手に預けて、歩くのを手助けしてもらうことができた。
「受刑者の保全は、私の仕事のうちですからね。あなたを背におぶったり抱えて歩いたりしてもいいんですが、どうしますか?」
「そ、そこまでは恩に着せられたくない、かなぁ」
刑務官のこいつに、これ以上あんまり恩とか感じたくないしな。
なんだか、今の、この状況。
移送とか、護送の途中みたいだなぁ。
公共交通機関とか歩道とか、一般人もたくさんいるような公共の場を通って目的地を目指すという、刑務官が受刑者を連行する旅路。
刑務官スヴィドリガイリョフ。
彼は、私と同じだけ森を彷徨っていただろうにもかかわらず、とてもしっかりとした足どりを保ち続けていた。汗すらかかず、息も上がっていない。颯爽と私の腕を引き、すたすたと私の右横を歩いていた。
やっぱり、刑務官は刑務官。スヴィはスヴィだなぁ。
私は受刑者で、スヴィは刑務官。
この関係性は、ずっと変わらないや。
「もうすぐで森を抜けられますよ」
刑務官スヴィドリガイリョフが、指差した先。
それは、もとの荒行場ではなかった。
低めの崖先だった。
勾配が激しい、急斜面になっている。
「ここから、もう一つの荒行場に出られるみたいです。向こう側へ渡るよりは早いし近道だ」
「この崖を降りるのか……」
「たいした高さじゃない。平気でしょう。私が先に降りて支えますから」
そこまで言ってから、刑務官スヴィドリガイリョフは、ぴくりと反応した。
「誰か、います」
「え?」
崖先にひざまずいて、崖下をのぞいた時だった。
もう一つの荒行場では、何人かの行者が滝行をしていた。
半裸姿で、激しい勢いの滝に打たれ、苦悶の表情を浮かべていたのだった。
その中には聖者様やグエン、そして、あの三忠臣の御主人、深緑衣の僧もいた。
そんな行者たちの姿を眺める、怪しい人物が、少し離れた場所にいたのだった。
ちょうど崖下に降りたところ、すぐの茂みに隠れていた。
「女性のようです」
「いや、そんな、まさか……」
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




