第十一話 三忠臣と姫巫女②
第十一話 三忠臣と姫巫女②
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三忠臣をひとまず、警護兵団のみんながいる焚き火のところまで連れて行く。
そして傷の手当てを急いでもらった。
獣の爪で引っ掻かれたらしき細かい傷や、ガブリと噛まれたであろう牙の跡が、とても痛々しかった。
「あんたたち無茶するんじゃないよ。この森の奥には凶獣の巣があるから、禁足地にもなっていて土地の者でも近寄れないって、有名な話だろう」
「荒行場の端から森に入り込んだってぇ?盗難に遭ったのは災難だけど、あきらめるしかないよ」
警護兵団のみんなは、親身になって手当てをしたり話を聞いたりと、熱心に三忠臣の面倒を見てくれた。
三忠臣は、御主人と一緒に、滝行をしていたらしい。
その際に、濡れないように遠くに置いていた財布や貴重品、衣服の一部を盗まれてしまったというのだった。
「しかし、その盗人は、平気で森の奥に逃げて行ったんだって?なんだろうな、何か、凶獣に攻撃されない方法、手なづける手立てがあるのかもしれないな」
「そうですね……もしかしたら、この立地。その凶獣とやらは、もしかして……」
そこまで団長さんが続けたところで、三忠臣が意を決したように、次々に頭を下げ出した。
「壽賀子様、お頼み申す!あなた様ならば、あるいは……!」
ん?
「古い伝承や逸話の段階ではございますが……清い娘御ならば、森へ入っても無事に戻って来れるという言い伝えがありまして……!」
えぇ?
「凶獣も、聖なる清らかな乙女相手にならば、腹を見せ、服従するというのであります……!」
な、なんだって?
禁足地にいる、獣。
凶獣って。
処女には甘く、それ以外にはガブッといくって……どっかで聞いた習性だな。
それ、なんていう神獣?
その様子を見て、団員のみんなが、さっきの続きらしき話を再開する。
「壽賀子さん、大きく迂回してきたから、ずいぶん遠くへ来たように感じているかもしれないけど、地図上ではね、直線距離では、ここと西の寺院は、そう離れてはいないんだよ。森をはさんで西と東に位置しているんだ。森は西部地方の中心に位置していて、大きく広く、六カ国にもまたがっていてさ」
「え?あ、うん?」
「つまり、西の寺院にいた神獣と、ここで言う凶獣は、同種族なのでしょう。どちらも森の奥を住処にしているのですよ」
「ええ、神獣と凶獣が、同じ⁈」
「小動物である神獣が、子供の姿なんだろう。幼獣なんだね。大型の凶獣が、成獣。神獣が成長した姿なのだろうね」
ええええええ。
「だとすれば、同じ特性を持つ種族です。神獣にあれだけなつかれていた壽賀子さんならば、攻撃を受けないかもしれません。無事に森に入れるかもしれない」
「ちょ、ちょっと待っ……」
い、いやだよ、怖いよ!
そんなん憶測の段階じゃないか!
同じ種族だからって、個体がみんな同じとは限らんし!成長して大型化したら特性も変わっちゃうかもしらんし!
小動物にカプッとかじられるのとは、訳がちがうだろうが!
大型の凶暴な猛獣に、ガブっといかれるのは致命傷!絶対嫌だよ!
腕持ってかれるのも嫌だ!引っ掻かれるのすら痛いし恐怖だ!
私は、三忠臣の傷だらけになった体に目をやった。
血の滲んだ、生々しい引っ掻き傷やらが、見ているだけでも辛すぎた。
「お頼み申す、壽賀子様……」
「御主人様は、あきらめよ、とおっしゃいました。吹っ切ったように、すぐに、もう一つの荒行場へ行ってしまわれました。ですが……」
「あれは御主人様の大切な物なのです……あれは…………」
三忠臣の御主人は、たしか、寡黙な深緑衣の僧だった。
きっちり剃髪された丸刈り坊主頭に、屈強そうな大柄な体躯。托鉢用の鉄なべをぶら下げ、大錫杖を担ぎ、粗布に身を包む。
そんなかんじの人だった。たしか。
三忠臣が続ける。
そこまでして盗人から取り返したかった物。その内容を、私たちに語ってくれたのだった。
三人は、みんなして泣きじゃくっていた。
団長さんも団員のみんなも、とてもシリアスな表情を続けて、私の動向を見守っている。
「あああああ、もう!わかったよ!行くよ!」
そんなこと聞いちゃったら、行くしかないだろうが!
もう!
「ただし!試しに、ちょっと近寄るだけだからな!噛みつかれそうになったら、すぐに逃げ帰るからな!わかったな!私に期待するな!いいな⁈」
こうして私は、盗人を追うため、凶獣と対峙することになったのだった……。
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「……じゃーな、行ってくるよ……」
みんなに見送られながら、期待を一心に背負う私である。
ああああああ嫌だぁ!
怖い!ガブっといかれるのは、絶対いやだって!
私は、さんざん、
すぐ帰ってくるからな⁈とか、過剰に私に期待するな⁈とか、そんな目で見つめて人に頼み事するんじゃねぇ!とか、
ぶつぶつ言いながら、荒行場の端にある森への入り口に、なんとかたどり着いた。
ああ、ここからは一人か。
静かにゆっくりと進む。
凶獣に襲われたら、すぐに引き返せるように、重心を低く保ち、両手を広げつつバランスをとって、慎重に森に分け入って行った。
私の腰には、警護兵団員共通の装備である長剣がぶら下がっている。胸には防刃仕様の皮の胴着防具だ。
凶獣だけでなく盗賊を相手にするかもしれないので、万が一に備えて、である。
尼僧様の隊と合流した際に起こった、あの襲撃事件以来……。私は一応、兵団のみんなと一緒に護身術を習ったり、基礎的な訓練くらいは受けるようになっていた。
かといって別に強さに自信があるわけでもないし、盗賊とも獣とも、戦う気なんてさらさらないのであるが。
ただただ怪我をしないように!が目的なんである。
さっさと身を翻して逃げてやるからな!絶対!
そうして進んでいくと。
さっそく視界の先に、何頭かの大型獣の姿を捉える。
「あ、あれかぁ……」
巨大な体躯をしている。
手足や鼻先は長く、多少は目や耳が小さめなバランスになってはいるが。
真っ白いモッフモフの毛並み。
額の真ん中にある、一本角。
たしかに、神獣、モフ蔵の種族らしかった。
モフ蔵が幼獣で、こいつらが成獣なのか。
モフ蔵の親世代なのだろうか。
モフ蔵も、何年かして成長したら、こんなかんじになるのだろうか。
人里に降りていくのは幼獣の間だけなのか。成獣の状態では、凶獣として、敵認定されるから仕方ないのか。
……だとすれば、モフ蔵と会えるのは、今だけなのかな。
私があいつになつかれるのは、今だけなのか。
大きくなったら、もう、私には触らせてくれないのかな。
……なんだか、哀しくなってきた。
こうして私が凶獣を凝視していると。
すぐにこちらの気配や視線に気付いたのか、彼らは大きく反応を見せた。
一頭は、ごろりと地面に転がった。
腹を天に向けて、背を地面に擦り付ける。
服従のポーズと呼ばれるやつだった。
もう一頭は、静かに、お座りのポーズを保ち続ける。
もう一頭は、ゆっくりと私に近づいてきた。そして、べろべろと私の顔を舐めるのだった。
「こ、これは……!」
凶獣、いや、モフ蔵の仲間たちに、私に対する敵意は見られなかった。
私は噛みつかれたりはしなかった。
攻撃を受けなかった。
「……よかった……私は、モフ蔵が大人になっても、ちゃんと、好かれるんだ……なつかれるんだ」
涙が出ていた。
「嫌われたりせず、噛みつかれたりせず、ずっと、仲良くいられるんだ……」
私は、モフ蔵の仲間たちに挨拶をする。
首元をさすったり、腹を撫でたり、肉球を触らせてもらったり。
大型獣は大型獣で、これはこれで、なんとも言えない魅力がある。
これはこれで、とっても可愛かった。
でっかくて、逞しくて、頼もしくて、力強くて凛々しい上に、触りがいのある肉質。
たくさんの被毛。
たっぷりのモフモフさ。
「可愛い。あー、かわいいなぁ。そうかぁ、なんだよ、もう。おまえら、可愛いのかぁ」
彼らとの会話。
「うんうん、そうだよ、おまえら、かわいいんだよ?かわいいったらないよ、もう、ほんと、なんだよ、おまえら、もう、可愛いなぁ」
よく考えたら、可愛いしか言ってないが。
ナチュラルに、自然に口をついて出る、彼らを可愛いと思う、私の心の底からの声なのだ。
それが相手にも伝わり、人と獣という種族間の垣根を超えた、円滑なコミニュケーションに繋がるのだった。
こうして私は、モフ蔵の仲間たちと心を交わし、すっかり仲良くなったのだった。
めでたし。
━━━☆お、し、ま、い☆次回、喪女囚、必ず読んでね!☆
「…………はっ」
ちがう、ちがう。おしまいじゃなかった。
そうだった。何か別に目的があったような。彼らと遊んでばかりではいけなかったような。
えーと、なんだったかなぁ。
ああ、そうだ……盗人を追いかけなきゃなのか……。
もー。しょーがねえなぁ。
まあ、あんな事情、聞いちゃったらなぁ。
名残惜しいが、私は彼らに手を振って一旦別れ、奥へと進むことにした。
さらに森の奥に進むと、小さな湖、水場があった。
水面が鏡のように反射し、水上の風景、草木を映し出していた。
おそろしく澄んだ、透明極まる水質。きらきらと水面をはじくプリズム。発光でもしているかのような、奇跡みたいな水源だ。
神木ともいうべき大木もあり、その根本の周辺では、神獣の種族が群れをなして、くつろいでいた。
信じられないくらいに神秘的で美しい、神獣の住処。その情景。
ここが、盗人が逃げ込んだ先?
私が見惚れたまま立ちすくんでいると、しばらくすると、何人かが顔を出した。
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━




