第十一話 三忠臣と姫巫女①
第十一話 三忠臣と姫巫女①
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西部地方の名所百選に数えられる、風光明媚な景勝地。
通称、西の滝群。
滝行に最適な環境とあって、修行の場としても行者たちに人気である。
そんな絶景スポットにおいて。
私たちは身体を慣らすためにも、まずは入ってすぐ、初心者向けの水行場から始めるのだった。
だが。
つ、冷たい……。
水が、ドン引きするくらいに冷たい。
これで初心者向けとか、嘘だろぉ。
さ、寒い……。
身体が冷える……。
やばい。震えるし、ガチガチする。
歯の根が合わなくなってきた。
低体温症とか凍傷とかが、あやぶまれるレベルの……寒冷障害のいちじるしい、はなはだしい、あれな危険な症状が……ああ、思考もこんなかんじで、あれなかんじになってきた……私は、もうだめだ…………。
「無理するなよ、壽賀子」
グエンが声をかけてくれる。
彼は、ばしゃばしゃと豪快に水を浴びていた。
「最初は、そんなもんだ。もう戻ってていいぞ」
「う、うん……でも……」
「兵団のみんなが、広場で火を起こして待っててくれてるはずだから、早くあったまってこいよ、ほら」
「風邪ひかないでね、壽賀子さん」
聖者様も水垢離をしながら、そんな言葉をかけてくれた。
聖者様は寒がりのはずなのに……えらいなぁ。
いざ修行となると途端、なんてことないといった風に切り替えて、すました顔で淡々と難行をこなしてしまうんだから。
そのへんは、やはり、さすがは聖者様なんだよなぁ。
私は、膝下から先を少しパシャパシャしただけで、無理だ。
滝の近くにいるだけでも、細かい水飛沫がかかるからな。髪から上体から、じんわりと濡れてしまった。これだけでも、すげえ冷えるし寒いんだ。
「ああ、水の滴る、壽賀子さんの裸足、生足。艶かしいなぁ。肩とか腕もしっとり湿って潤ってて、いきいき、ぴちぴち、つやつやで、肌がより神々しく見えるよ。もう少しで衣装も透けて見えてくる頃かもしれないなぁ」
またなんか、品位を欠いた不穏当な発言して意味ありげな凝視してくるぜ、こいつは……。
私は一人、遠慮なく、さっさと水場から撤退することにした……。
行場から出たすぐの広場では、警護兵団のみんなが待機していた。
簡易的な焚き火台を作成し、火を起こして待ってくれていた。
体を拭くための大判のバスタオルみたいな布地を差し出してくれたり、温かい飲み物を作ってくれたり、何かと世話を焼いてくれるのだった。
濃く煮出した発酵茶に家畜の乳汁を注いだ、ミルクティーみたいなやつ、香辛料のたくさん入ったチャイティーラテ、みたいなホットのドリンク。
ああ、これぞ。
警護兵団カフェともいうべき、私の癒しの居場所。
隠れ家ほっこりスポット。
はあ、ドリンク美味いし、居心地最高だぜ。
私は布地にくるまり、焚き火にあたってホットドリンクをすすり、やっとのことで生き返った。
「はぁーぁ。さっきのあれで初心者向けなんてなぁ。水は冷たいし滝の流れも十分激しかったけどさ、奥にはまだまだ、上級者向けの滝行場があるんだって?」
「フューリィ様とグエン様は、いつも、本格的な荒行場のほうまでを一気に回られるよ」
「中には女人禁制の場もありますし、逆に、女性専用として、男子立ち入り禁止の囲いがある場も作られているようですよ」
警護兵団の団員たちは、焚き火を囲んで、口々に言葉を発した。
「そうだ、さっき、食べられる茸を見つけたんだ」
「ああ、あっちに自然薯と木の実もあったよ」
「焼こう焼こう、壽賀子さんもどうだい?」
焚き火の周りに、棒切れで串刺しにした茸や薯を展開し始める。うきうきとしながら、山の幸や森の恵みを享受しようとする彼らだった。
「へえ美味そう。おやつにちょうどいいな。いただくよ」
きゃっきゃとはしゃいで、まるで行楽地のキャンプかバーベキューといったかんじで、みんなで盛り上がる。
焚き火を囲んで、おやつを焼いたり、お湯を沸かして温かい飲み物を作ったり。
しばらく焚き火にあたっていたら、私の濡れた衣装の裾は、だいぶ乾いた。
足を拭いたりした粗布や大判のバスタオルみたいな布地、それに肩衣なんかは、そのへんの木に紐をわたして干しておくか。
色とりどりの洗濯物が飾られる。
私たち一行は、修行僧と囚人と警護兵団なので、基本、みんな地味な色合いでできた衣装なのだが。
だが、その地味な衣装の上から一種類以上は、派手な色味の服飾品をプラスすることになっていた。
山岳地帯とか森林とかで、はぐれたり遭難した場合に遠目からでもわかるように、見つけやすいように、という理由からである。
私も、肩衣なんかは派手な原色なのだった。
女物のデザインの肩布。
これは、聖者様が選んで授けてくれた。
とても綺麗で目を引く赤系の色味。自分では、似合っていると思ったことはないし、なんなら少し気恥ずかしいが。が、しかし、たしかに遭難した時なんかのことを考えると、やっぱり派手な色のほうが生存率が上がるとか聞いてしまうと、なぁ。
こうして私たちが焚き火の周りで過ごしていると。
すると。
「少し、お話をよろしいですかな……」
初老の男性が近付いてきた。
「人を探しておるのですが……」
私たちは気前よく、どうぞどうぞと着席を促し、焚き火の囲いに混ぜてやる。
「探しているのは、女性なのですが……」
探し人をしている初老の男性は、静かに語り出した。
「……髪色は派手な黄金色で、豊かな毛量。瞳は亜麻色。肉付きはよく、豊満で……おそらくは、胸元や足元を露出気味の派手な色味の衣装を身にまとい、装身具や小物を大量に使用しては、過剰なまでに華美に着飾っているはずなのですが……そのような人物を見かけませなんだか」
初老の男性は、とても上品で優雅な印象である。その語り口や細かい所作においても、一般人のそれとは、どこかちがっていた。
身につけているものも、質も品もよいものだった。
どことなく、浮世離れをしていると感じる。努めて庶民を装ってはいるようなのだが、そこかしこから身分の高さが窺えるのだった。
異国のえらいお貴族様あたりが、おしのびで参られたのかもしれない。
同じようなことを感じたのか、悲痛そうな面持ちで人探しをする初老の男性に同情したのか。警護兵団の団長さんは、真摯な対応を見せるのだった。
「女性ですか。まだお目にかかれていませんが、そのように目立つ方なら、たくさん目撃情報がありそうですね。我々は、しばらくこのあたりを拠点に活動しますので、その方にお会いできましたら、すぐに報告にあがりましょう」
「おお、それは助かりまする……」
「うちの団員、全員に声をかけておきましょう。壽賀子さんも、女性が好みそうな所や立ち寄りそうな場所があったら、気をつけて見ておいてくれないかい?」
「そうだな、わかったよ。一応、お名前を聞いておこうか」
「…………恥を忍んでお頼み申す。娘の名は、ジュスツティエンヌと申します」
ジュスツティエンヌ。
「元々は、姫巫女でした……」
ジュスツティエンヌ姫……。
身分を明かすと、すぐに初老の男性は立ち去って行った。
彼は、異国の王族だった。
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「私は散歩がてら、そのあたりを見回ってくるよ」
「ああ、頼みます、壽賀子さん。例の、お姫様の件も……」
「わかったー」
ジュスツティエンヌ姫のお父上の話だと、前に何度か、この滝行場での目撃情報があったらしいんだよな。
奥は、男女別々になっている。
一方は、女人禁制の、岩場が主になったいくつかの荒行場。
もう一方は、男性立ち入り禁止で、囲いのある女人専用のスペースが設けられていた。
まあ、滝で全身水浸しになるくらいのガチなやつだと、衣が透けたり体の線が出たり、お互い異性の目が気になるもんだからな。
女性にしか立ち寄れない場所を見回るのは、私にしかできないことだし、一応、ジュスツティエンヌ姫がいないかどうか、見とくかな。
そうして、私が奥へ向かおうとした時のことだった。
もう反対の方角のほうから、何やら声が聞こえたのだった。
こっちは、たしか、上級者向けの修行スペース。
勢いの強い滝が来る、ヤバいとこなのでは。
うわー、怖。
私は絶対、近づきたくねぇや。
……っと、思っていたのに……。
「あああああぁぁぁ!お助けぇぇ!」
「ひぃぃぃ!痛い痛い痛い!」
「あああぁぁ⁈す、壽賀子様?壽賀子様ではありませんか!」
三人の男たちの悲鳴。
上級者向けの荒行場から飛び出してきた、彼ら。
彼らの一人が、私の名前を呼んだ。
「あっ」
そこで思い出した。
三忠臣だった。
聖塔の展望台で、一緒になった。
主人に忠実な臣下、三人組。
「あー、あの時の……!」
同じように旅を続けていれば、どうせそのうち、またどこかの修行場で一緒になることもあるだろうなあ、なんておしゃべりしてたんだったっけ。
しかし、その姿は一体!
彼らは、腕やら足やらを血まみれ傷だらけにしていたのだった!
「どうしたんだ、あんたら!その傷は一体!」
「け、獣が……凶暴な獣が群れをなしていて……」
「も、森の奥には、けっして立ち寄ってはいけないとは言われておったのですが……」
「ぬ、盗人を追って行きましたら、これこのような目に遭い申した……」
森の奥ぅ?
獣?凶暴な獣が何匹もいるってぇ?
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




