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第一話 女囚と聖者②

第一話 女囚と聖者②


━━━━━━━━━━━━━━━━━


 聖者様の暴走。

 

 気の迷い。

 ただの思いちがい。

 ただ血迷ってるだけ。

 正気じゃない。


「あのな聖者様、よく聞け」

 私は弁の限り、聖者様を説き伏せた。

「聖者様、疲れてるんじゃないか?この旅でのことだけじゃない。これまでの人生、聖者という役回りにおいてだな、常人にはおよそ理解できない重積、責任感、プレッシャーやらなんかさ、知らんけど、そういうのが積み重なって、自暴自棄になって、爆発して溢れ出た感情が、運悪く目の前にいた私にぶつかって、恋愛感情と錯覚してしまっただけなんじゃないの?」

「そんな、私は……」

「いつもは同世界人相手に気を張って弱音を吐けない環境にいたところへ、たまたま異世界人である私がそばにいるようになってだなぁ、少しは緊張がゆるんだことで楽になったんなら、それでいいよ。その感謝の念が、好意に結びついたのかもしれんよ、でもな、それは恋愛とはちがうからな。ちょっと落ち着けよ。何でもかんでも恋愛に結びつけるんじゃねぇよ」


 ついでに言うと、あんた聖者様だろうが。


 教団の顔。

 教団の看板背負った偶像。アイドル。広告塔。広報担当。

 あんたのことを好きになったことがきっかけで、入信したり、教団の活動資金にと、じゃぶじゃぶ金を落としたりするようになったファンが、たくさんいるんだろうが。


 妻帯は許されてるから、女性関係があったとしても、表向きの問題はない、とはいえだなぁ……。


 独身を貫き、生活感とか俗っぽさのない神秘性がウリだった聖者様がだよ、それが実は女に手ェ出してましたーなんてったらば、そりゃあ、人気も信者も離れるわけで。

 結果、寄進もお布施も滞る。

 だから、教団の上層部が泣いて止めるんだろうなぁ。

 実質、恋愛禁止みたいなもんなんだろ。


「壽賀子さん……逃げるのかい?私は君への想いを勇気を出して伝えたよ。それを無かったことにするなんて、ひどいよ。有耶無耶にしないでくれ」

 聖者様は、手を離そうとしない。

「ちゃんと私の目を見て。逃げないでくれ」

 だ、だめだ、こいつ。

 話が通じない。

 まさに暴走状態。

 

 離すどころか、ますます力強く掴んでくる手。

 腕を拘束され引き寄せられ、彼の顔が、真正面から視界いっぱいに広がる。

 自然と彼の目を見つめることになる。

「好きだよ。私は……君のことが」

 ぎゃああ、やめろ!やめるんだ聖者様!

 落ち着け!

 冷静になれ!

 正気を取り戻せ!

 こうなったら仕方ない!

 テーブルの上にある武器になりそうなもの、デザートフォークしかない!

 こいつで腕あたりをブッ刺すしかない!

 そう覚悟を決め、フォークを掴んで振りかざした。

 次の瞬間だった。


「フューリィ様ぁ!」

 名を叫ぶとともに、大男がテラスに現れた。

「なんたることだ!フューリィ様がぁ!女にたぶらかされるとは!」

 な、なんだこいつ?

 まあいいや、助かった!

 と、ほっとしたのも束の間!

 

「この魔性女めが!フューリィ様から離れろ!穢らわしい!」

 ガシャーン!

 ぎゃああ!いてぇぇ!

 私は、その大男に上体をどつかれ、椅子ごと床に転げ落ちた。

 おかげで聖者様の魔の手からは逃れられたのだが。


 しかし、魔性女って……。

 え、私が魔性?

「ああ、おいたわしいフューリィ様!不肖グエン!やはりフューリィ様から片時も目を離すべきではなかった!」

 フューリィ様とは、聖者様の名前のようだ。

 この大男は、どうやらグエンという名らしい。


「旅の供が、女囚!しかも異界人と聞いて嫌な予感はしたのですよ!どれだけ潔癖で崇高なフューリィ様が拒もうとも、たちの悪い魔性女が手練手管で誘惑し堕落させようと手ぐすね引いて罠に嵌めようと策略を仕掛け、こういった危機に陥ることもあるだろうと、危惧していたのです!」

「グエン……」

「さあ、俺が来たからにはもう安全ですからね!安心してください!この女囚は監獄へ突っ返しましょうね!」

 おーおー、絵に描いたような狂信者。

 聖者様の盲目的熱狂的信者のようだ。

 

 従者的ポジションかな。

 がっしりとした体躯に、ぎりぎりまで刈り上げた短髪。

 顔立ちは精悍で整ってはいるが、無精髭や細かい傷跡もいくらか目につき、結果として野生味や荒っぽい印象ばかりが残ってしまう。

 このグエンという大男。

 中距離戦闘用であろう長モノ、槍らしき武器をたずさえている。

 革鎧に、軽量そうな脛当てなどの装備品。

 前衛タイプの槍闘士ってところか。


 つーか、魔性はともかく、女囚とか。

 こうも、はっきり連呼されると、けっこう動揺してしまうな。

 

 プリズナー。

 囚人。

 それが、私の今の職業だった。

 聖者様や警護兵団のみんなは、そんな扱いや呼び名をしないから、今まで気にならなくて済んでいたのだけども。

 第三者視点から蔑まれるようなことが今までなかったから、傷つくこともなかったのだけども。


 けっこうな屈辱感である。


「彼女に謝罪をしてくれ、グエン」

 聖者様が、床に臥した私を助け起こそうと膝をついた。

「おまえは聖堂での務めがあるはずだ。私の従者は彼女だけでいい」

 私は、聖者様に抱きかかえられた。

「うわあああ!やめろ!よせ!」

「よせバカ!離せ!おろせ!」

 同時だった。

 私と、グエンの叫びが、ほぼ同時に響いた。


 聖者様は、二人分の叫びも、ものともせず。

「グエン、謝罪がないなら去るがいい。聖堂に帰るんだな」

 グエンを一瞥した後、

「壽賀子さん、無理しないで。床に倒されて……痛かったでしょう。このまま部屋まで運ぶから、しっかり掴まって」

 私の耳元で囁く、聖者様。


 お、お姫様抱っこぉぉ!

 アウト!これヤバイ!ダメ!

 信者に見られたら、嫉妬で殺されるやつ!


 私は当然、抵抗して彼の腕から逃れようとした。

 だが、たしかに、さっき床に打ちつけた腰の痛みが、尾を引いている。

 暴れたり、両足をバタバタさせようにも続かず、彼に抱きかかえられたまま。

 

 このまま部屋に連れて行かれる!

 た、助けてグエン!!

 見ると彼は、聖者様に冷たくあしらわれたことがショックなのか、半泣きになりそうな顔で佇むばかりだった。


 えええ、おいおい!がんばれグエン!根性見せろ!

 助けて!!


つづく!   ━━━━━━━━━━━━

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