第十話 神獣と喪女②
第十話 神獣と喪女②
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「あれ、こいつ、怪我してる」
一本角の付け根をよく見ると、小さく血が滲んでいた。
モフモフの長毛に埋もれていて、気づくのが遅くなってしまった。
幸い、警護兵団の団員の中には、医学の心得が多少あるという者もいた。
私は、神獣モフ蔵を膝にかかえて抱っこしたまま、さっそく近くに来てもらい、診てもらうことにした。
「これは……角を折られかけたんじゃないかな……無理矢理、ひねられたり引っ張られたのかもしれないですね」
「え、ええ、そんな、ひどいことするやつがいるのか」
「膿まないように、この薬を塗ってやってください」
そう言って、塗り薬を手渡してくれたが。
え、私がやっていいのかな?素人なんだが……医学の心得がある玄人が担当したほうが、手当てもスムーズで、患者にとっても安心なのでは?
「おお、壽賀子様、あなたがいてくだされてよかった。私らどもでは、神獣には触れませんのでな、手当ても看病もしてやれぬところでしたわい」
あ、ああ、そうだったな……。
こいつも怪我してる時くらい、人を選ばなくってもいいのになぁ。好き嫌いしてる場合じゃなかろうに……。
処女にしか触れない神獣、モフ蔵。
一体誰が、なんのために?
角に触れたってことは、年若い女性か、子供?
やんちゃな子供のいたずら?それにしても、動物虐待の領域だぞ。許さん。
「なんと酷いことを……。神獣は、我ら寺院の者にとっては守り神のような存在である前に、大切な隣人なのです。危害を加えられるようなことは、断じて見過ごせません」
「二度とこのようなことがないよう、犯人を見つけ、厳重に注意したいと存じます」
西の寺院の職員たちは、神獣が怪我をしている事実を知ると、まるで自分の身の上に起こったことかのように、みんなで嘆き悲しんだ。
聖者様も、大きくうなづいた。
「もちろんですとも。私も同じ気持ちです。みんなで手分けをして、不届者を探しだしましょう」
こうして私たちは、この寺院周辺から最寄りの宿場町、各村々に至るまで、聞き込み調査や情報収集に精を出すことになったのだった。
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そして、丸一日が経った。
私が担当するのは、神獣モフ蔵のお世話係である。
手当てと看病。
この役目は、私にしかできないことなのだ。
あたたかな、ぽかぽか陽気のもと、心地のよい風を受ける。
私は草原の丘陵地で、空を眺めていた。
神獣モフ蔵を抱っこしながら。
ああ、なんて穏やかな日々なんだろう。
幸せだなぁ。
「おっと、おまえが怪我してるのに、そんなこと思うのはだめだよな、ごめんな」
私の膝の上で、すやすやと寝息をたてて眠る、神獣モフ蔵。
私は、そっと、もふもふと撫でた。
「わあ、いいなあ。私も壽賀子さんの膝枕でお昼寝したいなあ」
聖者様がそんなことを言いながら、近づいてきた。
手には、食べ物の包みらしきものがあった。
モフ蔵の食事を調達してきてくれたらしい。
「私は、次に生まれ変わったら、神獣になりたいな。壽賀子さんの胸に埋もれて、抱っこされて……」
続けながら、聖者様は私のすぐ隣に腰を下ろして、神獣モフ蔵を撫でた。
「たくさん撫でてもらって、お風呂に入れてもらって体を洗われて、食事を食べさせてもらって、夜は一緒の寝床にもぐりこんで、薄着の寝巻き姿でまどろむ無防備な壽賀子さんを愛で慈しんで…………」
聖者様が撫で続けたが、モフ蔵は、ぐっすりと眠っているのか、起きなかった。
「……チロルちゃん」
聖者様は、しめしめといった表情で、優しく撫でまわし続けた。
「……この子は、チロルちゃんだ。チロルちゃんと呼ぶことにしよう」
ええ、勝手に名前をつけるなよ、なぁ、モフ蔵。
私の膝の上で、寝息をたてている神獣、モフ蔵。
「あったかい、柔らかい、もふもふふかふか手触りがいい」
三拍子そろった。
「触っているだけで、見ているだけでも幸せになる。多幸感に包まれる。ただ、そばにいてくれるだけで、幸福度がぐっと上がる。そんな存在だなぁ」
「それ、私が、壽賀子さんにいつも感じていることだよ」
「ええ、なんだそれ」
「そばにいてほしい、大切な存在。自分の大事な、宝物のような存在。ただ、そばにいてくれるだけで、できたら触らせてくれたら、もっと幸せで……わかってくれるかなぁ?」
「宝物、かぁ。そうだなぁ……」
私は昨夜から気になっていたことを切り出した。
「……なぁ聖者様、団員の一人がさ、気になることを言ってるんだよな。みんなが収集してきた情報って、全部耳に入ってるか?精査とか、してる?」
「そうだね、なんとなくはね」
「そうか……だとしたら…………」
私がそこまで続けたところで、神獣モフ蔵は目を覚ました。
「ああ、目が覚めたか、いっぱい眠れたか?」
モフ蔵は、目を覚ました途端、聖者様を見て、シャーッと威嚇する。
そして、ウーっと唸る。
「わかったよ、ごめんごめん、私はもう行くから。君に食事を持ってきてあげたんだよ、チロルちゃん。ほら、たくさん食べて元気になってね、じゃあね」
食べ物が入っているらしき包みを置いてゆく。
モフ蔵を刺激しないように、そーっと立ち上がり、静かにゆっくりとした挙動で立ち去ろうとする聖者様。
すると。
遠くから、一人の女の子がこちらを見つめているのに気がついた。
「やあ、こんにちは。何か御用かな?」
聖者様が近づいてゆき、にこやかに話しかける。
「あの、あなたはすごく有名な聖者様だって、みんなが……」
「うん、何か困ったことがあるのなら、話を聞くよ」
「………………」
「ああ、そうだ、私に言いにくければ、あちらのお姉さんとお話してもいいんだよ。あの人はね、私の供をしてくれている、とても優しいお姉さんなんだ」
女の子は、ちらりちらりと私のほうを確認した後、聖者様にぺこりと頭を下げて、そのまま私のそばまで歩み寄る。
そうして聖者様は、私たちを二人残し、立ち去っていった。
「こんにちは。私は壽賀子と言うんだ。まあ座りなよ。いい天気だし、風が心地いいよ」
「あたし、ジョカです……」
「ジョカちゃんか、よろしくな」
ジョカと名乗った女の子は、おずおずと、私の隣に腰を下ろした。
私の膝の上にいる神獣、モフ蔵を、じっと見つめる。
「神獣さん……」
女の子、ジョカちゃんは、震えていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、神獣さん……」
大粒の涙が溢れ出す。
ああ、やっぱり。
この子が、神獣モフ蔵の一本角を折ろうとしたんだ。
神獣に危害を加えようとした犯人は、この女の子、ジョカちゃんだった。
昨夜、警護兵団の団員の一人が、気になる情報を入手してきたのだった。
ここから遠く離れた異国の地で、神獣の一本角が高値で売買されているらしい、と。
密猟者が跋扈しているという話だった。
角を煎じて飲めば、ご利益で病気が治るという逸話もあるのだという。
ジョカちゃんには、ずっと体調を崩しているお母さんがいたが、ここらには医者はいない。遠くの街まで出向かなくてはならない。大金も必要になる。
ジョカちゃんは、よそ者の男たちに、こう吹き込まれたのだという。
角を煎じて飲めば、ご利益で病気が治る。半分はお母さんに使えばいい。残った半分は高値で買い取ってやるから、と。
密猟の元締めは、例の悪の組織だった。
悪の組織の首領、ジュドー。
あいつらの組織が、また関わっていたのだった。
自分たちでは神獣に触れないから、触れる女の子をターゲットにして狙いをつけて、話巧みに誘導したんだ。
人の弱味につけこんで、動物に危害を加えることをそそのかすなんて、あいつら絶対許せん。
「途中で、やめてくれたんだよな、ジョカちゃん。こいつが痛がるのを見て、かわいそうになって、角をあきらめてくれたんだろう?」
「ごめんなさい……」
「謝ってくれたし、こいつも、きっと許してくれるよ。お母さん、早く治るといいな」
神獣、モフ蔵は、ジョカちゃんの足元に擦り寄っていった。
もう怒ってないらしい。
お母さん想いのいい子だって、わかってくれたみたいだ。
私は、この子に、お願いをした。
西の寺院に定期的に立ち寄るように、と。
神獣、モフ蔵の様子をたまに見に行ってやってほしい、と。
ジョカちゃんは、こくんとうなずき、モフ蔵を抱きしめた。
「また来るよ、元気でな、モフ蔵」
これからは、西に立ち寄った際には、また顔を見にきてやるか。
たまには会いにきてやるかな。
聖者様は、さっそく西の寺院の職員と話をつけて、都の本聖堂や上層部から送金してもらう手筈を整え始めていた。
ジョカちゃんのお母さんに医者を呼んだり、手続きを取ったり、西部地方に施療院を増やす意向でもある。
おお、これぞ人助け。
いいことしたなぁ、聖者様。
善行ミッション。慈善クエスト。お布施の有効活用。
まさしく聖者様業といえよう。
もちろん、グエンや警護兵団のみんなの働きあってのものでもある。
のどかな西部地方の丘陵地帯では、心地よい風に乗って、草花と生き物たちの匂いが舞い込んでくる。
はぁ、気分がいいものだ。
私は思いきり、青々とした空気を吸い込んだ。
こうして私たちは、西の寺院を後にしたのだった。
絶対、また、近いうちに会いに来るからな!モフ蔵!!
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




