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第十話 神獣と喪女①

第十話 神獣と喪女①


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 通称、西の寺院。

 西部地方における、教団の重要な拠点である。

 私たちが立ち寄ると、西の寺院の職員たちはあたたかく出迎えてくれた。


 のんびりとした牧歌的な土地だった。

 小高い丘陵地帯に草原が広がり、そこかしこで放牧中の家畜が自由にくつろぐ。

 温厚そうな動物が、たくさん目に入った。


「壽賀子さん、この西の寺院の周辺にはね、有名な神獣がいるんだって。見られるといいね、楽しみだなぁ」

「神獣?」

「真っ白くてふわふわで、とても可愛らしいんだそうだよ」

 聖者様が、にこやかに話しかけてくる。


 私たち一行は、中庭に通されていた。

 古いあずまやのもとで、日差しを避けながら食事をいただいているところだった。


「フューリィ様、あちらに!神獣とは、もしかして、あれがそうなのでは?」

 談笑していると、庭の端に、ある一匹の動物が迷い込んできた。

 遠目がきく視力の良いグエンが真っ先に見つけ、指で指し示したのだった。


「おお、そうです、あれが神獣です。この時期はめったに人里へは姿を見せませなんだが、さすがは聖者様御一行ですな。きっと旅のご加護が得られることでしょう」

「希少で、吉兆として現れると言いますぞ。縁起が良いものが見れてよかったですな」

「これも、聖者様の日頃の行いと人徳ゆえ」

 西の寺院の職員たちが、口々に語り出す。


「へー、あれが神獣かぁ」

 真っ白な毛並みの、小動物。

 大きな耳と目。ふかふかの被毛に覆われた、丸いフォルム。

 額の真ん中部分には一本の角が生えていた。


 たしかに愛らしい。

 長毛種の猫と、仔羊を足して二で割ったみたいな外見。

 もっふもふ、だな。

 足回りを見たかんじ、オスみたいだし、モフ太って呼ぶか。いや、モフ助、モフ蔵がいいかな。


「可愛いなあ、おいでおいで」

 さっそく聖者様が興味を示して、手招きをしたり呼びかけたりしだした。

 しかし。

 神獣、モフ蔵は、プイッと顔を背けて、壁の後ろに隠れてしまった。

 おや。


「珍しいね、聖者様に寄ってこない動物なんて」

 聖人には獣が気を許して寄ってくるとかいう定説がよくあるが、この聖者様も例外ではなく、彼も、ふだんは、動物にはすぐになつかれ好かれるという体質である。


 だが、この神獣、モフ蔵は、いつまで経っても寄ってこなかった。

 壁に隠れたまま、警戒を解かない様子だ。


 さすが神獣。

 そのへんの動物たちとはちがう、どこか一線を画しているというのか。

 聖者様が相手であっても、簡単に靡いたり媚びたりしない。

 プライドや気位の高い小動物のようだ。


 残念がり、未練がましく、神獣モフ蔵の姿を眺める聖者様。

 グエンや警護兵団のみんなも、食べ物やおもちゃで釣ったり、なんとか気を引こうとしたが、駄目だった。


 そんな様子を見ていた私に向かって、

「おお、女性のお供の方がおられるのですね」

 西の寺院の職員たちが、声を掛けてきた。


「ああ、壽賀子と言います」

「あなたなら、神獣もなつくかもしれませんな。近づいてごらんなさい」

「えぇ?」

 なんでだ?

 オスっぽいとは思ってたけど、女が好きなんか。

 女好き神獣って。


 まあ、低い声や荒くて大きな振動音を嫌がる生き物って多いと聞くし、動物相手には基本、女のほうがウケるもんなのかもしれないな。

 言われるまま、私は静かに近づいてみた。

 すると、たしかに反応して、寄ってきたのだった。


「おお!やはり!」 

 西の寺院の職員たちは、歓喜の声を上げて讃えた。

 周囲も、ざわざわしだした。


 神獣は、私の足元にまとわりついて、頭を擦り付けたりスリスリ愛情表現をしている。

 なつかれてる、好かれてるなあ、たしかに。

 そっと持ち上げると、抵抗もせず私に身を委ねゴロゴロ喉を鳴らし始めた。

 わあ、抱っこまでさせてくれるんか。

 何だ、このあからさまに女好き、男には塩対応、男嫌いな神獣は。


「なんと、今時、見上げた供の方であられる。このところの俗世の事情により、嫁入り前の娘御であろうとも、欲求のままに身を任せ、その身を持ち崩す奔放な生き様も多く見受けられまする。花も恥じらうおとめの存在であろうに、すっかり堕落の象徴になりもうした。婚姻まで貞操や純潔を守る、身持ちの固いおなごなぞ、とうに滅んだものかと危惧しておりましたわい」

「壽賀子さまと申されたな、立派ですぞ。よくぞ、常世の欲にも惑わされずして流されずして清さを保ち続けたものですな。それでこそ、聖者様のお供にふさわしいというもの」

「……はあ……?」


「神獣は、処女にしか触れませんのじゃ」

 は、はぁぁ⁈

 何だそれはぁ⁈


「この神獣は、幼女や、飾り気のない清楚な女性のことが大好きでしてな。それが以前、異国の高名な姫巫女様がこの地に参られた際のこと、この神獣は、なんと逃げ隠れてしまったのですよ。それでおかしなこともあるものだと訝しんでおりましたら、後日発覚したのが、姫巫女様の醜聞でして。すぐに調査が入って明らかになった事実は、祈祷所を隠れ蓑にした、夜な夜な繰り広げられる、姫巫女様と複数男性との乱痴気騒ぎというものでして……」

 ひ、ひええ。


 こうして、西の寺院の職員は、他にも、神獣の様々な逸話を語って聞かせるのだった……。


 も、もういいよ!

 貞潔判定機、判定獣、ってことだろ!もう十分、よくわかったから!


 そういや一角獣、ユニコーンとかも、そんな伝説かなんかあったような。

 下世話な特性してんなぁ……。

 見た目はこんなに可愛いのに……。

 喉をゴロゴロ鳴らしながら、私の胸に顔を埋めたり擦り寄せたりしている、この神獣。


「すっかり壽賀子さんの愛玩動物のようだね、なんだか妬けちゃうなぁ」

「こいつ、どうやって未通かどうかを判断しているんでしょうね」

「何か、壽賀子さんから、いい匂いでもしてるんだろうね」

 グエンと会話を交わした後、おもむろに、鼻先を私に近づけてくる聖者様。


 や、やめろぉ!そんな匂いは存在しない!

 すると、

「シャァァ!」

 神獣は聖者様相手に、シャーッと威嚇し、そしてウーっと唸り続けた。


 お、おう。

 よしよし、下世話な好き嫌いは欠点だが……やっぱり、可愛いやつめ。

 モッフモフのこんなに可愛いやつに、ここまでなついてもらえたら、私も幸せ者だよ。


 喪女でよかったと思える、数少ない、希少で貴重な経験であった……。


 つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


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