第九話 女囚と仲間たち、再び③
第九話 女囚と仲間たち、再び③
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「壽賀子ちゃん、危ないから、ちょっと下がってて」
ミュリュイちゃんが、華麗なステップで舞を踊った。
いつのまにか拘束の紐は切られ、両手は自由になっていた。
ミュリュイちゃんの指先には、何本かの細い刃物があった。
私に果物を剥いてくれた、あの小刀である。
「わ、わあぁ」
剣舞のようだった。
小刻みにその場を駆け抜けて重心移動を繰り返し、敵との距離を取ったり、スウェーで攻撃をかわしたり、いなしたり。
ダンスを舞い踊るかの如くな、流れるように美しい動き。
床から天井までの、下から上へ向けた、腕の振り。
右から左へ抜ける、手首の返し。
一回一回の所作が、指先までぴんとキレがあって決まっていて、芸術的な舞踊としても見事に極められていた。
わああ、強ぇぇ。
な、なんという刃物さばき。
あっという間に、一人、また一人と、見張りの男たちを片付けたミュリュイちゃんだった。
「壽賀子ちゃん、あたしね……元恋人を刺すために、小刀使いや人体、各急所のことを、連日連夜勉強したの……たくさん練習もしたの……」
ミュリュイちゃんは、静かに呟いた。
「そっか、ミュリュイちゃん、真面目で努力家だからな。こんな近接格闘術もしっかりマスターできちゃえるんだなぁ。やっぱすごいや、なんでも優秀な人なんだよなぁ」
「あたしのこと、怖くない?やっぱり、危険人物視されて警戒されるのも無理ないよね、こんな暴力的じゃ……」
「何言ってんだよ、私のこと助けてくれたじゃないか。ミュリュイちゃんは優しい子だよ。せっかく身につけた、この戦闘技術はさ、くだらない男への復讐なんかに使うのはもったいないよ。さっき私を守ってくれたように、きっと色んな人のことを助けたり守ったりできるはずだよ」
「壽賀子ちゃん……」
「わあ、まだ敵が残ってる!話はあとだ、みんながいる広間に戻ろう!」
途中の何人かも蹴倒して、私たちは広間に戻った。
すると、中では悪党たちがほぼ制圧され、形成逆転となっていた。
「あっ、団長さん!」
中央にいたのは、警護兵団の団長さんだった。
彼らは隊を分散させていた。
一部の隊は、建物内には侵入させずにいたらしい。少し離れたところから様子を見たりする別動隊を組織し、配置していたのだという。
私が気づいていなかっただけで、いつも、そのくらいの警戒をして慎重に任務にあたっていたらしい……。
あ、頭が下がる思いであります。
おかげで助かったぜぇ。
その別働隊が、外を取り囲む輩を、油断させて隙をついて制圧したのだ。
そうして建物内部の隊と連携をとって、窓から侵入して挟み撃ちにしたらしい。
そうか、それで、その中に刑務官スヴィもいたんだな。
ああ、よかった。
みんな無事だ。
「グエン、大丈夫か?」
しかし、さっき、しこたま殴られていたグエンだけは、頬が腫れ、唇は切れ、さすがに痛々しかった。
「壽賀子、おまえこそ、連れて行かれた先で何もなかったか?無事か?」
危険に晒してしまった、怖い思いをさせてしまったと、グエンは私を心配し、謝った。
ああ、こいつ、いつも防衛面で全面的にすげえ責任感じてたからなぁ。
今も自分を責めてるんだろうなぁ。
いやあ、今回は、私が囚人だったせいで、あんたら巻き込んじゃったみたいなもんだしなぁ。
被害も最小限に抑えられてるんだし、グエンは威張るくらいでも別にいいのに。
そーっと、グエンの腫れた頬に、触れた。
うわあ、痛そう。
私は顔をしかめて眉を寄せる。
「い、痛いか?」
「おまえの手、冷たくて気持ちいいよ」
そうか、よかった。
氷嚢代わりにな。冷やすと腫れも治るかな。
氷嚢代わりの、私の手のひら。
その上に、グエンの大きな手が重なった。
あたたかな彼の手が、私の手の甲を優しく包み込んだ。
「壽賀子、おまえが無事でよかったよ……」
グエンは静かに呟いた。
私は、穏やかに微笑む彼を前にして、ようやく、心から安堵できたのだった。
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刑務官スヴィドリガイリョフたちの隊のほうも、優勢らしい。
シンギュラ姐さんたちは、ずらかるよ!と言い残し、撤退して行ったという。
何人かは取り逃したとのことだったが、あらかた奪われた金品も取り戻し、めでたしめでたし、といったところである。
ふー、やれやれ。
みんなにシンギュラ姐さんと対峙した際の出来事を報告していると、次に、廊下の見張りをどうやって倒したか、の話になった。
ミュリュイちゃんが小刀を武器に戦闘し、活躍した時の、あの話だ。
その話が終わると、すぐに警護兵団の団長さんが近づいてきた。
私の隣にいたミュリュイちゃんに向かって、話しかけたのだった。
「ミュリュイさん、よかったら、保釈後は、うちの警護兵団で見習いをしないかい?」
団長さんは、にこりと微笑んだ。
「えっ、あたしがですか?いいんですか前科者が。しかも、傷害罪ですよ?」
「うちの警護兵団の本部にはね、退役軍人の出資者やえらい人がいてね。青少年の更生や社会復帰にとても理解があるんだ。武道経験のある者には、積極的に声をかけて受け入れているんだよ」
大柄で立派な体格を持つ団長さんは、膝をかがめて、目線をまっすぐにミュリュイちゃんに合わせた。
そして、爽やかな笑顔をむけた。
すると、実直で誠実そうな彼を見て、ミュリュイちゃんは、頬を赤らめた。
「壽賀子ちゃん、あたし……」
「ミュリュイちゃん、よかったな!」
よかったよかった。
ミュリュイちゃんは、これでもう大丈夫だ。
これでやっと、自分がどんなに素敵な女の子なのか、わかってくれるだろう。もう心配いらなそうだ。
……が。
「団長さん、ひとつ聞いていいですか?独身ですか?」
「あ、ああ、独り身だが……」
「本当ですね?あとで団員さんたち全員に確認とりますよ?本当のこと言うなら今のうちですよ?嘘ついてませんね?誓約書一筆書いてもらえます?」
ミュリュイちゃん……、ひ、ひとまず、よかったよかった!
「しかし、逃亡したシンギュラさんたちのことが気になるね……」
聖者様が、静かに語り始める。
「……尼僧様に聞いたんだ。内通者となった現在逃亡中の女官のことだよ。その女官は、買収をされるような経済状況の者ではなかったらしい」
「ええ?金には困ってない裕福な身の上?金目的ではないってこと?」
「おそらくは。そして、脅迫を受けるような弱味もなく、親類縁者の類もいなかったと証言されている」
「だったら、どうして悪党集団なんかに所属しちゃうんだ?」
私が疑問を呈すると、兵団の者たちが、次々に、言いにくそうに呟いた。
「あいつじゃないか?あの有名な、女誑し」
「ああ、ジュドーってやつだろ?」
女誑し?ジュドー?
「有名な色男が名を馳せていてな。悪党どもの親玉、組織の首領なんだが。そいつにたぶらかされた可能性も、たしかにあるな」
「彼が直接かかわっているとすると、厄介だね」
悪党集団の頭領、親分的な存在?
色恋を餌にして、たぶらかしたって?それで女官を悪の道に引き摺り込んだ、だってぇ?
そんな悪の手先になってもいいって思えるくらいの、そんな色男なんか、その首領は。
「シンギュラさんと一緒に行方をくらましてしまっていて、今となっては、確かめる術もないけども。たしかに彼女たちの背景にはね、もっと大きな影響力を持った存在が隠れていそうなんだよ」
「これだけのことをしでかせるんだからな。資金源も、窃盗団の規模も、桁外れなのはまちがいない」
ええー。
バックに、何かいる的なこと?シンギュラ姐さんのスポンサー?
脱走犯であるシンギュラ姐さん。その身を匿っているのかもしれない、資本金を出したり支援しているのかもしれない、あるいは、脱走そのものの手助けをしたのかもしれない、強大な悪の組織?
そんな悪党集団が、ハバきかしちゃってるんか。
聖塔で、いざこざがどうのって言ってた、あれもか?
商売仇の、別の宗教関係者とか、あるいは、教団内部の者とかが、聖者様の失墜をたくらんでるっていうやつだろう?
聖者様を、暗殺のターゲットにしてるかもしれないっていう、あの件。
そいつらから密命を受けた、外部の雇われ人……。
その、外部の雇われ人ってのが、悪党集団の構成員なのか?
「悪の組織の首領、ジュドー、か……」
私は、一応、その名を覚えておくことにした。
まあ、どうせ、すぐに忘れることになってしまうのだが……。
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━━




