第九話 女囚と仲間たち、再び②
第九話 女囚と仲間たち、再び②
━━━━━━━━━━━━━━━━━
シンギュラ姐さんは、変わらず美貌の持ち主だ。
抜群のスタイルで長身で、すらっと手足も長く腰の位置も高く、やっぱりビビっちゃうくらいのコワモテ迫力美人だった。
彼女はとても脱獄犯とは思えないほど、堂々としていた。
活気に溢れた生命力でもってイキイキとしており、女王然とした風格で、その場に君臨していた。
さしもの私でも、口答えしたり刃向かったりするのは、ちょっと、はばかられる。
そんな圧が、たしかにあった。
「ミュリュイ!あたしたちの仲間になりな!壽賀子もこっちに来るって言ってるよ!」
ええっ、言ってない!
私、そんなん言ってない!!
「シンギュラ姐さん!私、そっちに行くつもりなんかないよ!」
「壽賀子、あんた、無類の甘いもの好きだろうが。うちは食品工房をアジトに抑えてるんだよ、毎日好きなだけ菓子を食べれるんだよ、どうする?来るだろう?」
はぁぁ!!
甘シャリ!お菓子を、毎日好きなだけ喰える、だとぉ⁈
ま、まじか。
ど、どうしよう。
ああ、私の足ったら!
無意識のうちに一歩、また一歩と、シンギュラ姐さんのほうに向かっていくではありませんか!
しっかりしろ私ぃ!
「シンギュラお姐さん、あたしは、壽賀子ちゃんと一緒なら別にいいですけどぉ?」
ええっ!
ミュリュイちゃんまで、そんなことを言い出した!
「待って待って!ミュリュイちゃんは、もうすぐ保釈だろうに!なんだってそんな……!」
「いいの。保釈されたところで、あたし行きたい所もないし、やりたいことも特にないし。前科者ってだけで仕事も決まりづらいだろうし肩身の狭い辛い思いをするんだろうし。それなら、あたしを必要としてくれる人のところで過ごすのも悪くないもの。壽賀子ちゃんも一緒にいてくれるのなら、あたし、それでいいですよ、お姐さん」
そ、そんな!
そんなこと考えていたなんて、ちっとも知らなかった……。
不安、だったのか、悩んでいたのか……ミュリュイちゃんみたいな優秀な人でも……この先のこと……。
いや、優秀だからこそ、色んなことが気になったり繊細になったりもするのかもしれない。
ごめん、ちっとも気づいてあげられなかった……。
私は、ミュリュイちゃんに今すぐ寄り添いたかったが、シンギュラ姐さんに迫られているこの状況では、如何ともしがたい。
何たって、人の心配をしている場合などではない、そんな余裕などなかった。
私こそ、今まさに、悪の誘惑に蕩けそうになっているというのだから……!!
長身のシンギュラ姐さんは、私たち二人の姿を威丈高に見下ろしながら、満足そうに高笑いをした。
「決まりだね!」
ま、待ってぇ!
だめだめ!
今、まだ、理性やプライドで戦ってる途中なんで!
いい年した大人が、まさか、お菓子あげるからついておいで、なんて甘言にそそのかされるわけにはいくまいよ!
さすがに恥ずかしいよ!
刑務官スヴィにバレたら、ボロクソに貶され、罵られるよ!
私は、なんとか自分を律し、その場に留まろうとした。
どうにかして言いくるめねば!
「あ、あのぉ、シンギュラ姐さん!私などをお仲間にされてもぉ、足手まといの役立たずで、無駄に食い扶持が増えて、お困りになられるだけかと!」
「ミュリュイが三人分くらいの働きをしてくれるからねぇ。壽賀子が無駄飯喰らいでも、お釣りがくるってもんなんだよ」
は、はぁ、そうですか。
言いくるめにおいても、相手が一枚も二枚も上手であった……。
「無駄口は叩くし、無駄飯は喰らうし、ほんと、いいところがないねぇ壽賀子は」
それはそう。
「でもね、あたしはあんたのことは嫌いじゃないんだよ。口の減らない無能な怠け者であってもねぇ、信用だけはできると思ってるんだ」
あ、ああー、そうなんだ……。
いやほんと、いいとこなしかよ。なのに気に入られてるのかよ。
そ、それは光栄……?
でもさぁ、この勧誘はちょっと困るよ。
接触や会話のやりとりしただけでも、刑務官にバレたら、やっべぇんですよ。
特に、うちの担当の刑務官スヴィがまた、厳しくて。
超怖ぇヤツなんですよ姐さん……。
ああ、しかし甘シャリィィィ……お菓子ぃぃぃ。
い、いかん!
ずるずると、姐さんのほうに向かっていってしまってるがなー。
だめだ私ぃ!
と、その時。
カタン、と、床に何かが落ちる音がした。
私の上衣の懐に忍ばせていた、数珠だった。
ああ!これは!
聖者様が授けてくれた法具……!
そうだ、目を覚まさねば!
そんな私の覚醒と、ほぼ同時だった。
窓から真っ黒い物体が迫ってきていた。
ガシャーン!!
外側から窓枠が破壊されて、何かが部屋に飛び込んできたのだった。
「わ、わあああ⁈」
私はびっくりして叫び声をあげる。
ゴロゴロと床を転がりながら着地の衝撃を受け流す、その物体。
それは、黒い布をまとった人間だった。
深緑色の団服姿。うちの警護兵だ。
そして、その顔には見覚えがしっかりあった。
「スヴィ⁈」
「壽賀子!ミュリュイ!逃げなさい!」
刑務官スヴィドリガイリョフだった。
その手には警護兵団支給の装備品、片手剣があった。
私とミュリュイちゃんの二人を背にして庇い、シンギュラ姐さんと真正面から対峙する。
「ちぃっ!警護兵に偽装した、刑務官とはね!油断したよ!」
シンギュラ姐さんは、血で赤く染まる右腕を押さえて、よろめいた。
先ほどスヴィが、窓枠とともに飛び込んできた際に、斬りつけていたらしい。
天敵である刑務官からの攻撃に、少しは怯む、彼女だった。
「よし今だ!スヴィに任せて逃げよう!ミュリュイちゃん!」
近接戦でやりあう、刑務官スヴィドリガイリョフ。
刑務官は、意外に強かった。
中には暴れる受刑者もいるため、取り押さえたりなどの対処も必要になってくるようだ。刑務官の採用試験には、教養試験だけではなく、武道の実技試験や厳しい体力検査もあると聞く。
この刑務官スヴィドリガイリョフ。
ぱっと見、お役人然としていて文化系タイプに見えるが、実はそれなりの武力体力を兼ね備えている、なかなかの強者らしかった。
そうして私は、ミュリュイちゃんと二人で部屋を出て、廊下へ抜けることができたのだが。
「あっ、やばい!」
廊下には、見張りがいた。
悪党の仲間が二人もいて、立ち塞がっていた。
私たちは、後ろ手を紐で括られたままである。
手は使えない、どうすることもできない。
進退極まったと判断しそうになった、その瞬間……。
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━




