第七話 胸騒ぎと冬籠り②
第七話 胸騒ぎと冬籠り②
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今までのあらすじ。
極寒の季節に耐えるため、しばらくの間だけ、民家を借りた定住生活で過ごすことになった私たち一行。
私、壽賀子は、平穏な屋内ライフスタイル冬籠り生活を、絶賛満喫中であった。
だがそこへ、突然の、ナルシスト聖者様のトンチキ発言。
彼はなんと、一緒に風呂に入ろう、とか言っちゃうのである。
当然、私は断固拒否をするのだった。
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「ねえ、一緒に入ろうよ、壽賀子さん!」
せっかくの一番風呂だから、お湯が綺麗で温かいうちに二人で入ってしまうというのは、たしかに光熱においても水源においても節約になり、何かと効率的だからというのは、わからんでもないが。だが。
だが。
「絶対いやだ」
絶対、断固拒否だ。
「先に入って、待ってるからね!」
うわ、何その圧倒的容姿に自信ある奴発言。
聖者様は、上法衣の紐や腰帯をほどき始める。
おもむろに脱ぎ始め、自慢の上稞をあらわにしてくる、このナルシスト。
それはまるで彫刻のようであり、万人の鑑賞や評価に耐えうるであろう、美術品の如き美しさである。
あー、はいはい。
そんな美貌と肉体美の持ち主なら、そりゃあ、誰に見られようともちっとも恥ずかしくないだろうよ。
隠しているのがもったいない、宝の持ち腐れ、とばかりに、そばにいるやつなら誰でもいいから見せつけたくなるのもわからんでもないさ。
あからさまに見せびらかすように、誇らしげに裸体を披露してくる聖者様である。
「絶対いやだね、一人で入れ」
一方、私のほうはあいにくと、凡庸な人間なんでね。
様々な劣等感があって当然だ。
色だの形だの大きさ小ささ、脂肪のつき具合や、はたまた骨格の出具合、引っ込み加減、体毛の濃淡、皮膚の質感、その他諸々、コンプレックスも気になる所もたくさんあって、ふつうに恥ずかしいし、見られたくないもんなんだよ。
裸の見せ合いとか、私は絶対嫌だね。
ほぼ全裸姿の聖者様を、一人で浴場に押し込んだ。
私はその間、外へ出て、薪の追加をしたり、水を汲み直したりと忙しい。
ああ、後で、残り湯で洗濯もしておかなくては。
こうしてやっと、聖者様の長風呂が済んだのだった。
次は私の番である。
私が、足拭き雑巾や手拭いなどの準備をしていると、風呂上がりの聖者様がじっと見つめていた。
にこにこしながら、半裸姿で髪を乾かしながら。
こんなことを言う。
「これから、この浴場内で生まれたままの姿になるんだね、壽賀子さん。あられもない姿で湯に浸かったり、秘所を洗浄したりするんだね」
何を言っているんだ、こいつは。
「のぞくなよ」
「自信ないなぁ」
「ふざけるな、絶対のぞくな」
聖者様のことが信用できなくなった私は、彼に、愛用の錫杖を握らせた。
「私が風呂に入っている間、聖者様は自室にこもって、錫杖を鳴らしていてくれ」
「え、えええ、それって何の修行?」
たじろぐ彼に、自室への移動を促し、固く約束させる私。
しゃらーん、しゃらーん。
遠くから、一定間隔で鳴る音が聞こえる。
よしよし。
こうして安心して、風呂に入れた私だった。
そういや。
荒行や断食行などのために一人、穴蔵にこもる際のこと。
外の者に、自分が無事で生きていることを知らせるために、一定間隔で錫杖を鳴らしたり念仏を唱え続けたりして音を発する必要があるんだよな。
今の状態は、それと似ていなくも……ない。
しゃらーん、しゃらーん。
うむ、真面目に自室にこもったまま、鳴らし続けとるな。
のぞきに来たりはしていないようだ。
遠くから、一定の間隔と音量で、錫杖音が鳴り続けていた。
これが乱れたり止まったりすれば、すぐさま警戒モードに切り替えなければならないのだが、そんな心配は杞憂だった。
私は無事に、湯浴みを終える。
めでたし。
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グエンと警護兵団の一部の者は、この雪の中も狩りに行ってくれている。
その分の代わりに、と言ってはなんだが。
皿洗いや洗濯、部屋の掃除くらいは、私が担当してやることにしていた。
まあ、それはしゃーない。
おっと、残り湯で洗濯をしとくんだったな。
私は、この短時間内で、なかなかの働き者ぶりを発揮していた。
冬籠り生活で機嫌がいいから、なせるわざではある。
「ただいま!」
ちょうど残り湯での洗濯を終えたところで、グエンが帰ってきた。
「おかえりグエン、遅かったな」
私が出迎えると、グエンは私の姿を見た途端、ぎょっとして喚き始めた。
「お、おまえ、湯浴みしてたのか⁈そんな格好のまま、うろうろしてるなよ!」
私は、怒鳴られた。
なんだよ、ちゃんと服も着てるし、だらしなくないし、みっともなくもないだろうが。
同居ルールやマナーとして、共有スペースは公共の場と同じって言いたいんだろうけど。
聖者様なんかは風呂上がりに半裸でうろついてたから、そのくらい行けば非難もされるだろうけど、私はまともだぞ。
「濡れ髪とか、汗ばんだ紅潮した肌とか、石鹸のいい香りさせたまま廊下を歩くなよ!そんな姿、男に簡単に、おいそれと見せるな!」
何言ってんだ。
「あんたも風呂に入ってくれば?」
私は入浴を促したが、そこまで言ってから気づいて、慌てて訂正した。
「ああ、残り湯で洗濯したんだった。今、沸かし直してるとこなんだ。ごめん、もうちょっと待っててくれるか?」
「なんだって?」
「だから、湯舟のお湯使っちゃったんだよ」
「洗濯だって?俺の分も?まさか、ここにあった汚れ物、下袴も、下着も全部か?」
グエンは、明らかに動揺していった。
ん?
なんでだ?
「お、おまえなぁ!男の股引きなんか触っちゃだめだろ!汚いだろ!何の汁が付着してるかわかんねぇぞ!」
な、なんの毒汁だよ。
手が荒れたり、ただれたりするんか。
「いいから!そういうの自分でやるから!部屋の掃除も!寝具の洗濯も!おまえは触るな!見るな!関わるな!」
ええ。
よかれと思ってやってんのに。
風呂の湯はまだ沸いてない状態なんだが。
ぬるま湯でも構わん、と言い残して、さっさと浴場に行ってしまったグエンだった。
それってもはや、湯浴みではなく、行水なのでは。
ばしゃばしゃと豪快な水音が響き続けた。
なんだろう、やっぱり雪中での狩りは過酷で、ストレス溜まってイライラしているのかもしらんな。
そっとしといてやるか。
ねぎらうためにも、今夜は私が調理を担当してやろう。
私は、調理場へ向かい、食事の準備に取り掛かった。
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「ああ、お待たせ。さっきは動揺して、怒鳴って悪かったよ」
しばらくして、浴場から出てくるグエン。
その頃には、すっかり落ち着きを取り戻していた。
私が食材の皮剥きなど下ごしらえをしているのを見ると、すぐに調理場の隣に立ち、刃物を振るった。
皮袋から、さっき仕留めたらしき狩りでの獲物を取り出す。
「腹減ったろう。すぐに捌いて、美味い肉料理食わしてやるからな。おまえ香草焼き、好きだろう?」
雪中での狩りの疲れなど一切見せず、この後も料理を振る舞ってくれるとのことだ。
おお。
風呂で気分切り替えて、さっさと機嫌直して、飯を食わしてくれるという。
なんて人間のできたやつなんだ。
「グエン、あんた生活力あるなぁ。一生食いっぱぐれしなさそうで、すっげぇ頼もしいよ」
私はそこで自然と、彼への称賛の言葉が出ていた。
「な、なんだよ照れるな、おまえが素直に人を褒めるなんて」
「口には出さないだけで、ずっと思ってはいるよ」
「お、思ってるなら言えよ、そういうことは。口に出せよ。ちゃんと相手に伝えろよ」
グエンのことは、心の中では、いつもたくさん色々な観点から褒めているのだった。
「そうだ、教えてもらった干し肉の作り方、これでいいか?」
非常食、携行食、保存食作りも、並行して行っていた。
「ああ、ちゃんとできてるよ。こんなにたくさん、頑張ったんだな」
干し肉や燻製。ビーフジャーキーみたいなん。
乾燥果実、ドライフルーツ。乾果、乾物。
定住生活中の今のうちに、色々下ごしらえして準備しておこう。
旅の道中、難所や悪天候が続いた時。
どうしても食料が乏しくなってしまって、何日か強制的に、半断食道場みたいになったことがあったんだよなぁ。
あれは辛かった。
いよいよとなった時に、グエンが、いざという時用に余分に用意していた荷物をあさってくれたんだ。
非常食セットを分け与えてくれたんだよなぁ。
あの時の干し肉は美味かった。
乾果も。
命の恩人とまではいかないが、近いものはある。
こいつ、常に、人の何倍もの重たい荷物抱えて歩いてるんだからな。
そこは素直に尊敬しちゃうぜ。
「なあグエン、瓶詰めの根菜のピクルス、酢漬けみたいなやつ、もう食べていいか?」
「あれはまだだよ、まだ漬かってないだろうが。もう二、三日待てって言ってるだろ」
「浅漬けでもいいから食べたい。きっと香草焼きに合うと思うんだ」
「おまえねぇ」
しゃらーん、しゃらーん。
「ところでずっと気になっていたんだが、この錫杖音は一体?誰が何のために?フューリィ様のお姿が見えないが、お部屋で何をされているんだ?」
遠くのほうで未だ、錫杖の音が鳴り続けていた。
「あっ」
彼のことを、忘れていた。
呼びに行ってやらねば。
約束をきちんと守ったことを、褒めてやるとするか。えらいえらいと、伝えてやるか。
ささやかなぬくもりを感じる、穏やかな時間が過ぎていく。
こうして私は、刑務官スヴィドリガイリョフが忠告していた、くだんの件も……すっかり忘れてしまっていたのだった……。
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━━