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第一話 女囚と聖者①

第一話 女囚と聖者①


━━━━━━━━━━

 

 あー、砂埃がひどい。

 巻き上げる強風には土や砂が混じっていて、口に入ると大変なことになる。

「ゲホゲホ、ゴホゴホ!」

「壽賀子さん、喉を痛めたの?大丈夫?」


 聖者様は、風上側に立って歩く。

 私を強風から庇うようにして。

「これを巻くといいよ」

 自らの頭部や首元を覆っていた長い布。ぐるぐる巻きにしていたものを手際よく外す。

 見るからに手間のかかった刺繍や細工のしてある上質そうな布地。大判生地のストールのようなもの。ふんわりふかふか、肌触りも良さそうで、いい香りもする。

 それを、彼は私に差し出してくれた。


 あー、これはきっと……。

 きっと、聖者様の熱狂的なファン層からのお布施だ。

 彼の信者さんたちが施した、大切なプレゼントの品なのだろう。

 すっげぇ熱量こもってそうで、そんなん貸してもらうのも気が引けるわ。


 そうこうしていると、彼は私の背に腕を回し、勝手にぐるぐる巻こうとしてきた。

 彼との距離が近くなる。

 彼の手が、私の頬に触れかかった。

 私は反射的に払い除ける。

「ああ、いや、いらない。そんな首周り巻いてたやつ、聖者様の顔の皮脂とかついてそうだし男臭そうだし」

 私は遠慮して、聖者様の申し出をきっぱりと断った。

「壽賀子さぁん」

「はいはい、大丈夫大丈夫、もう喋らないよ!黙って先を急げばいいんでしょ!話の続きは、宿へ着いてからね!」


 聖者とは。

 道徳の体現者であり、政治指導者としても、民衆の理想の手本や模範としてのふるまいを求められるのが常である。一時も気は抜けない。

 煩悩や己の欲を捨て、瞑想や読経に耽り、善行に励み、徳を積む。それが日常なのであった。


 この聖者様も……。

 品行方正。清廉潔白。慈愛に満ち溢れ、囚人相手にすら、こんなに低姿勢で物腰豊かな対応を見せる。

 おそろしく出来のよい、完全無欠な聖者像である。

 

 こんな聖人君子を嫌う輩は、あまりいない。


 だがしかし。

 私は、彼とは距離を取りたかった。

 旅の同行者なのだし、会話くらいは仕方ないが。

 過度の触れ合いやスキンシップ、接触を伴うコミュニュケーションは、御法度だ。

 なんたって、信者が怖ぇ。

 恐ろしいんだ、いやほんと。



 私たちは歩みを早めた。

 後ろを振り返って見ると。

 付かず離れずといった、ほどよい距離を保ちながら、数人の男たちが隊を成してついてきていた。武器を携え、重厚な装備を纏う、屈強そうな男たち。

 

 聖者様の警護兵たちだ。

 はあーあ、やれやれだぜ、まったく、何でこんな苦行に付き合わされなきゃならんのだ、とか悪態ついてるかと思いきや。そんな風に嫌がっているのは、この一行の中では、どうやら私だけだったようで。

 兵たちは規律正しく、どこか誇らしげに満足そうな笑みを浮かべて、聖者様の背を眺め付き従っていた。

 気力も体力もまだ余裕ありげである。

 聖者様に同行できる嬉しさやら、社会的役割による充足感、ちょっとした旅行、観光気分といった、陽気な気質の者も多く見受けられる。


 聖者様といい、この警護兵団の連中といい、私とは、まったく性質がちがうやつらばかりだ。

 お互い、共感も理解もしがたい関係性。

 仲間意識とか持てそうにない。


 異世界人同士なのだから、しょうがないといえばしょうがないのだが。

 ああ、っていうか。そういや。

 そもそも元の世界でも、家族とも学生時代の友達とも疎遠になってしまって孤立気味だったわ、私。

 だから、異世界に一人放り出されたところで寂しさや孤独感なんて慣れてるので、今更、ホームシックとかメランコリックな感傷なんかが起こらないのは、よいことなんだが。



       ━━━━━━━━━━━━━



「壽賀子さん、私はね、君の力になりたいんだよ」

 夕方過ぎて、やっと着いたのは、街道から外れた小さな町。


「君の元いた世界では重罪だったのだろうけども、平穏なこちらの世界ではたいした罪状にはならないし、君が悪人なんかでないことは、みんなわかっているよ」

 寂れた古い宿が立ち並ぶ一角で、聖者様は話を切り出した。


「一人異界に追放されるなんて、酷いよね。なんてむごい、痛ましい……。大丈夫かい?夜は眠れてる?ああ……心細くて不安でいっぱいなんだろうね」

「はあ」

「道中、過酷な苦行の旅に付き合わせることになって申し訳ないとは思っているよ、でも……牢獄に閉じ込められて獄中で刑期が過ぎるのをただ待つよりかは、こうして私の供として外の空気を吸ったり国内外を旅するほうが、君の気も晴れるかと思ったんだ」

 

 いやあ、獄中で労働して自由時間は本読んで、って生活も別に悪かない。

 っていうか、元の世界の生活もそんなもんだったかも。

 平日は自宅と会社の往復で、休日は家に篭って本読んだり、在宅の副業してたりだしな。


 聖者様は、屋内で過ごすことを、イコール、閉じ込められて可哀想とか発想する奴である。

 インドア派で引きこもり気味の私の思考なんて、理解もできまいよ。

 ああ、まぶしい。

 会話すら億劫なレベルになってきた。

 こんな光属性、陽の者と行動を共にしていると、やっぱりとっても居心地が悪い。


「何か私にできることがあったら言ってくれ。困っていることはないかい?」

 聖者様は、とても美形だ。

 中身も聡明で人格者だが、外見も、それはそれは素晴らしい出来栄えの御方だ。


 吸い込まれそうに澄んだ瞳をしている。

 色素の薄い、淡い水色の眼球。

 紐を通して、ネックレスにでもしたら、きっと飛ぶように売れるやつだ。

 そこらのパワーストーンや希少性のある高級な鉱物、宝石の類よりも、キラッキラしていてまばゆい輝きを放っている。

 恋が叶うだの、運気が上がるだの、満月の夜になるたびに窓辺に置いて毎月の運気をチャージするだので、さも御利益がありそうな神秘的なオーラを振り撒いておいでだ。

 サラサラで艶のある白銀色の長い髪も、一本いくらかで、需要があるだろう。


 肌も綺麗で透明感がすごい。肌質からして常人じゃないかんじ。普段食ってるものからして、ほぼほぼ野菜や果物穀物ばかりだからだろうか。生臭食わない菜食主義ヴィーガン。

 肌の内面から、光っているというか。

 あーまぶしい。

 私が眉間に皺を寄せ、顔をしかめていると、聖者様が反応する。


「私のことが信用できない?偽善だと思うかい?……たしかに最初はね、出会ったきっかけは、私にも打算があったのかもしれない。罪人を更生させれば聖者としての功績になる…… それは事実だからね」

「はあ」

 聖者様だけではない。他の殉教者や聖僧たちの苦行旅でもそうだ。

 同行する供の者の中には、たいがい俗物が混じっていた。

 凡庸ー!下劣ー!下賤ー!の三大要素な。私なんか、罪人で囚人だし。


 劣った者に教育を与え、更生を促し導き、社会に貢献する常人へと育てるのは、上に立つ者の責務でもある。

 と、同時に、徳を積む機会にも功績にもなる。

 巡礼旅するついでに、一緒に効率よく徳ポイント貯めれる美味しいチャンス、ってわけだな。


「聖者が旅の供にそういった出自の者を選ぶのは、打算でもある、くだらない因習だよ……。私も結局、根底には、ずるくて醜い出世欲があったんだ……」

 ほーん。

 いや別に。そんなもんじゃねぇの?知らんけど。聖者界隈とか、よくわからんけど。

 純粋な奉仕精神からではなく、聖者側にもメリットがあって、囚人の面倒見てくれてるってことだろ。

 まあ、利用されてるのは気分よくないけど、世の中そんなもんかなぁって。


「だが、今では……今は、ちがうよ」

 聖者様の声に、圧がかかり始めた。

「好きだよ、壽賀子さん」

 宿の一階部分、食堂を兼ねたテラス席。

 月明かりに照らされたテーブルの上には、お茶が二つと、焼き菓子の盛り合わせがある。

 聖者様はもちろん、囚人である私も酒を飲んではいけないから、お茶を頼んだ。


「今では、君がとても大事な存在だ。ずっと私の隣にいてほしいと思っている」

 聖者様は酔ってるわけではない。

「監獄に帰したくない。誰にも渡したくない。私は聖人なんかじゃないよ、肉欲も嫉妬心もある、ただの男だ」

 お茶だから。素面だ。

「好きだ、壽賀子さん」

 本気のようだ。


 え、えええ。

 本気か。シラフで言ってんのか、こんなこと。


 聖者様の両手が、私の右手の甲に重なった。

 私が、焼き菓子に手を伸ばしたら、そこで動きが封じられたのだ。

 ええー、私の甘シャリだぞ!お菓子の取り合い⁈

 ではなさそうだ。

 聖者様は、私をまっすぐに見つめた。

 両手で私の右手を掴んだまま、離さなかった。


「あ、あの、ちょっと待っ……聖者様……」

「好きだよ。このまま君と一緒にいたい」

 聖者様は、身を乗り出し始めた。

「ずっと私の隣にいてほしい。監獄にも、異界にも帰したくない。私だけのものにしたい……」

 私の右手を引っ張り、自らのもとに引き寄せる。

 互いの顔が近づいた。

 至近距離で真正面から見つめ合う、この状況。


 や、やばい!

「や、やめとけ聖者様!」

 私は顔を背ける。

 手を払いのけ、逃れようとしたが、うまくいかない。

「離せって!落ち着け!」

 

つづく!    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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