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第七話 胸騒ぎと冬籠り①

第七話 胸騒ぎと冬籠り①


 ━━━━━━━━━━━━━


「壽賀子、あなたに伝えておかなければならない情報があります」

 刑務官スヴィドリガイリョフは、いきなり私の真後ろに立った。


 その後はすぐに、挨拶もなく、こんなことを伝えてきた。

「所内で主導者格だったシンギュラが脱走しました。現在逃走中。優秀な囚人に接触を試みては、仲間に引き入れようとしている、とのことです」

 

「……だ、脱走?主導者格の?シンギュラ……」

 主導者格?

 リーダー格ってことか。あっ。


 あー、シンギュラさんね!

 覚えてる覚えてる!

 あの綺麗な、おねえさんな!

 刑務所にいた頃を思い出すなぁ。


 房は一緒になったことなかったけど、工場作業や運動場で、何度かこっそりおしゃべりする機会があったんだ。

 ちょっとコワモテ迫力美人でおっかないんだけど、横暴に見えても一本スジは通ってて面倒見がよくて、みんなにもしっかり慕われていた記憶がある。

 (ねえ)さんと呼べって、言われたっけ。

 たぶん私よりもずっと年下で、本当はまだまだ、うら若い娘さんなんだろうけども。刑務所内では先輩にあたるし、一応言われるままに、(ねえ)さんって呼んでたっけなぁ。

 

 そんなシンギュラ(ねえ)さんが、なぁ。

 そうか。脱走か。

 今現在もなお、絶賛バックレ逃走中ナウなのか。

 

「優秀な囚人が目当てなのなら、私には興味ないのでは?」

「それはそうです。一応伝えているだけです」

 そ、そんな、はっきりと返さなくても……。

 どうせ私は優秀な囚人なんかじゃねえよ。


「ただ、気をつけてくださいよ。万が一にもシンギュラが接触してきた際には、正しい対処を心がけるように。わかっていますね、壽賀子。まちがっても、甘い誘惑や悪の勧誘に流されることなどないように」

「ふぁーい」

「返事は正しく!頬杖をつかない!姿勢を正す!」

「ハイハイ、ふぁーぁっと」

 私はあくびをした。


「すっかり、たるんでいますね、壽賀子。資格の勉強は、はかどっているんですか?」

 わざとらしいため息とともに、刑務官スヴィドリガイリョフは机上に目をやった。

 私の目の前、机上には、何冊かの本と筆記具が散らばっている。

 出所後のスムーズな社会復帰のため。私は、いくつかの資格取得を目指して、空き時間を利用して勉強に励んでいた。

 第一次産業における生産者のための売買権権利書作成の手引きだとか。農業技術検定、農業簿記検定、土壌医検定、農薬管理指導士だとか。甲乙丙種第4類の危険物取扱者のなんとかだとか。


 うん。

 全然、まったく、はかどってねぇよ。

 難しいし。

 無理だよ、嫌だよ、一応読んでるふりはしてるけども!

 これも官物で、適当に役人が色々あてがって、勝手に支給してきたやつ。


 進捗を察したのか、さらに深くため息を吐く、刑務官スヴィ。

 しばらくそうしていると、突如、彼がぴくりと反応した。

 扉のほうに向かって大きく振り返った。


「誰か来る。私はもう行きますが、くれぐれも脱走囚の件、心に留めて戒めておいてくださいよ」

 言って、素早くスヴィは立ち去っていった。


 スヴィのやつ。

 あいつ、自分が刑務官だとみんなにバレると、みんなが役人の目を意識して畏まったり緊張したり、伸び伸びとした普段の生活ができなくなるから申し訳ないとかいう配慮でもって、己の正体を隠しているらしい。

 あと。

 みんなが、旅の仲間としての情があって。私の味方をしたり、フォローやアシストをして私の評価を上げる手助けをしようと無意識にでも動いてしまうことも出てくるだろうから。ってこともあるらしい。

 すると、公平な審査がしにくいという理由もあるのか。



 ここは、民家の中にある一部屋。

 私の自室となっている。


 窓の外には雪が降り積もっている。

 寒さが厳しい季節のみ、一時的に旅を中断することになっているらしい。空き家一棟を借り上げ、そこで冬を越すのだと言う。

 屋内における、ぬるま湯ライフスタイル。

 ぬくぬく冬籠り生活。

 しばしの定住生活が送れるのだった。

 数週間ほどの滞在ではあるが。


 私には快適すぎて、ずっとこのまま冬が続けばよいとすら思うほど、この生活が合っていた。

 刑務官スヴィドリガイリョフに、たるんでいますねとか、嫌味言われたのも、それはそう。

 一日中、ゆるゆるの寝巻き兼部屋着のままで過ごすし。

 娯楽本を読んだりお菓子食べたりうたた寝したりお昼寝したりゴロゴロしたりダラダラしたり。


 あー、最高だ。

 おうちが一番。


 一方。

 みんなは、寒いだ冷えるだ常に言ってて、つらそうだった。

 屋内とはいえ暖房の効果は万全ともいえず、隙間風やら床下が冷たいやらで、かなり参っているらしい。

 みんなの大半は、生まれ故郷が南に位置していて常春の気候だったから、というのもあるのかね。


「壽賀子さん寒いよ、あっためて……」

 聖者様が、後ろから抱きついてくる。

 うおおおおい。

「触るなって言ってるだろう」

 私はすぐさま腕を振りほどき、彼から逃れた。


 特にダメージを受けているのが、他ならぬ聖者様だった。

 寒がりらしい。


「ああ、早く春にならないかなあ、寒いのは苦手だよ。ろくに外へも出れず部屋に閉じ込められてばかりで退屈だし、ずっと家にいたら気が滅入っちゃうよ」

 彼にしては、珍しくテンションが低い。

 暗い雰囲気だった。

 おお、立場逆転しとる。

 冬大好き、おうち大好きの私は、毎日ニコニコ機嫌よく過ごしてますがな。


「壽賀子さんと一緒に暮らせるから、まだ耐えられてるけどね。でも壽賀子さん、私のこと、あまりかまってくれないし触るなっていうし、愉しいこともしてくれないし、させてくれないし、せっかくの同棲生活なのに。ちょっとあんまりだよね」

 同棲言うな。

 同居だ。健全なルームシェアだ。

 寮生活みたいなもんだな。

 リビングやキッチン風呂場は共用でも、各自個室はあるし。

 隣の棟には、警護兵団が常駐しとるわ。


 

 グエンは、警護兵団の一部の者と一緒に、この雪の中も狩りに行ってくれている。

 昨日も獲物を何匹か仕留めて帰ってきて、さっそく捌いて見事に夕食のおかずにしてくれたのだった。

 その後は警護兵団のみんなとおおいに盛り上がり、酒盛りに興じていた。


 私は、狩りは勘弁だ。

 雪中での活動とかも、絶対嫌なんである。

 だから、その分代わりに、皿洗いや洗濯、部屋の掃除くらいは、してやることに決めていた。

 私が雑事を担当してやらないとな。

 しゃーない。


「しゃーないな。ちょっと早いけど、風呂を沸かしてやるから、肩まで浸かってあったまって元気出せよ」

 彼の弱っている姿を見かねて、私は対策を講じた。


 彼に、湯浴みを勧める。

 寒がりやに、少しは同情してやろう。

 ポカポカの熱い風呂を沸かしてやるか。血流もよくなり、平熱も上がることだろう。


 手拭いや大判の布地を何枚か出して、着替えや石鹸、湯桶も抜かりなく準備する。

 香草や柑橘、塩を湯に混ぜると熱伝導がよくなるらしいので、それもぶっ込んでおくか。

 浴場内の清掃をしたり、水を汲んだり、薪を追加したり。

 私は慌ただしく忙しなくかいがいしく働き動き回り、やっとのことで、ひととおりの入浴準備を済ませる。


 すると。

 そこで聖者様は、驚愕の一言を口にするのだった。


「壽賀子さん、一緒に入ろうよ!」

 

 ふ、風呂に、二人で一緒に入る、だとぉ⁈

 

つづく!   ━━━━━━━━━━━━━━

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