第五話 お役人と模範囚④
第五話 お役人と模範囚④
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翌日。
施設の職員さんたちに深々と頭を下げて、感謝の意をよーく伝えてから、私たちは島を出た。
次の目的地である離島行きの定期船に、乗船する。
乗船時間は半日ほど、と聞いた。
船内では、みんなが思い思いに船旅を楽しんでいるようだった。
特に、船首のほうでは、聖者様やグエン含めた大半の者たちが、腕相撲大会に興じておおいに盛り上がっていた。
一方。
私は一人、船尾から海を眺める。
ああ、静かだ。
波の音が心地よい。
ぼんやりと水面を眺め、潮風を浴びていると。
すると。
いつのまにか背後から、人が近づいてきていることに気がついた。
「あっ」
「そのまま振り向かず、海を眺めたまま、話してください」
刑務官スヴィドリガイリョフ!
「ね、ねがいまーす!交談、願いまーす!」
「はい、許可。なんですか壽賀子」
「どうよ、島の施設での私の模範囚っぷりは!ちゃんと見てくれてた?評価してくれた?加点?何点?総合点、今いくら?」
「何言ってるんです、加点どころか減点もいいところだ」
「えっ」
刑務官スヴィドリガイリョフは、そんな返答をする。
私は思わず、彼の言いつけもお構いなしに振り返って、彼の姿を仰ぎ見た。
あいかわらずの険しい顔。
仏頂面。
無感情、無感動、無表情な彼だった。
「あの島の施設長がね、あなたの評価基準を最低級に降級させてしまいましたよ。つまりあなたは三級から四級になりました」
「……は?」
「まだ気づいてないんですか。あの施設長ですよ。受刑者への面談を第三者視点から担当してくださる、非常勤の刑務官です」
は、はあああああ⁈
「これまで聖者様のおそばに仕えてきて、学んだり得てきた常識や作法があったはずなのに、それらがまったくできていない、なんたる怠惰で呆れた横着者だと、憤慨しておられましたよ」
ぬ、抜き打ち、覆面、臨時、刑務官⁈
「一個人でのみの人事評価では、どうしても偏りが生じたり、公平性に欠くことがあるのでね。こうした外部からの客観的な見解を積極的に取り入れているんですよ」
あああ!抜き打ちフィードバック!そんなもん積極的に取り入れるなぁぁ!
やめろぉ!ひどい!騙し討ちぃぃ!
「読経中に居眠りするのまでは百歩譲って許せても、自室での、だらしなさ極める荷物の散らかりぶり、整理整頓のできなさぶり。法具である数珠を床に放置する、という常識知らずの乱行ぶり。そもそも手入れを日頃から怠っているのが伝わってくる煤け汚損した法具の数々。およそ聖者様のお供とは思えない破戒ぶりだと、再三嘆かれておいででした」
あ、ああー、荷物の片付け中にお茶に呼ばれたんだった!
その間に部屋を見られていたのか!
そ、そんなことまで、いちいち重箱の隅を突くかの如くチェックするのかよぉおお!
法具の手入れとか!私がするわけないだろぉ!
じゃらじゃらの、綺麗な玉が通された、数珠!念珠!
元の世界でも装身具、アクセサリーの手入れとか、面倒がってしなかった私だぞ!シルバーのアクセとか、いつのまにか酸化して真っ黒になってたりしたんだぞ!
「さ、三級、せっかく頑張って三級まで昇級したってのに、降級、だとぉ⁈四段階中の、四級って、最低級じゃねぇか!」
「ほらほら!また口調が荒れていますよ!やっぱりあなたに品性のある語り口は無理ですかね!」
両掌を打ち合わせて、パンパン!と大きな音を出して私を威喝する!
嫌味ったらしい刑務官スヴィドリガイリョフ!
く、くそおおお!けっこう頑張ったのに!
こんなことで早急な仮保釈の道が閉ざされてしまうとは!!
がくりと、肩を落とす私。
「いいことを教えてあげます」
スヴィドリガイリョフは、そっと私に近付いた。
耳打ちだ。
な、なんだぁ?
耳に顔を寄せて、右手で口元を覆い、小声で話し始めた。
「賄賂という手段もあるんですよ」
「…………は?」
「私に賄賂を渡せば、甘く優しい採点基準にしてあげましょう。昇級だって、すぐですよ」
賄賂、ワイロ?
「袖の下、ですよ。刑務官だって人間だ。媚びられれば悪い気もしない。温情もかけるし贔屓目にもなる」
「えー、あんた、そういうやつだったん?」
私は呆れて、顔を歪める。
「こんな平和な世界にも、やっぱり横領や不正が横行してるんだなぁ。わー、イメージ悪ぅ。ちょっとこの世界にガッカリきたわ」
「横行などしていません!私だけです!賄賂を要求する役人なんて、私くらいのものです!他の者は、正しく職務を全うする善良な公務員です!この世界、及び、役人への勝手な幻滅はそこまでにしてもらいましょうか!」
ちょっ、待てぇぇ!
そ、そこまで、この世界や役人のイメージダウンを気にかけてるんなら、あんたも賄賂とか要求しなきゃいいだろうがぁ!
「とにかくね、正攻法では難しいですよ。私なら、あなたの仮釈放後の暮らしについても、便宜を図ってあげられます」
「そうは言っても、金とかないよ」
「金品でなくてもいい」
スヴィドリガイリョフは、さっきの耳打ち時と同じ立ち位置。
少し距離を詰めすぎている気がする。
なんだか近すぎるような。
そうして、そのままもう一度、耳打ちを始めた。
「朝まで、私と過ごすとか」
「は?」
「具体的に言うと、触らせるとか、奉仕するとか」
え、なんだそれ。
「そんなんが、賄賂代わりになる?」
「ええ壽賀子。私は職務中に、あなたを見守っているうちに、自分の気持ちに気がつきました。私はあなたのことが気に入った」
私の耳元で、そんなことを囁くスヴィドリガイリョフ。
「好きなんですよ、あなたのことが」
えーと。
何が正解なんだ。
どうすれば加点なんだ?
あ、わかった!
「私を試してるわけか!ここで甘い誘いに乗ったら、意志薄弱、社会的倫理観の欠如!とか見做されて失格!仮釈放の資格取り消し!の流れのやつなんだろう!」
あー、あぶねぇとこだった、引っかかるとこだった。
トラップかよ!罠かよ!
人を試すのとか、失礼だろうが!
私は彼のもとを後にする。
日が暮れ始めて冷えてきたし、そろそろ船室に戻るとするか。
「じゃーな!これからもなるべく、言葉遣いも直して行儀良く暮らすようにするから!ちゃんと加点評価してくれよなスヴィ!」
スヴィドリガイリョフの返事はなかった。
無言で私を見送っていた。
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━