第五話 お役人と模範囚③
第五話 お役人と模範囚③
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「ここに座って、壽賀子さん」
聖者様が立ち上がって、代わりに私を椅子に座らせた。
「え、なに?」
「いいから、じっとしてて。交代だよ。今度は私が、壽賀子さんを洗ってあげる」
私を強引に座らせると、その前にひざまずく聖者様。
私の右の足を取り、ゆっくりと手を這わせ始めた。
えー、聖者様に、私の足を洗わせるん?
それって、いいんか?
いや、だめだよなぁ、この席、上座だし。
立場的には、聖者様が主人側で、私はしもべ、もてなす側なわけだし。
恥ずかしいから気を遣うから嫌だ、とかいう以前に、無作法にあたるのでは。
また施設長さんに、非常識だ礼儀知らずだなんだって、どやされてしまうのでは。
たじろいで、あたりを見まわすと、施設長さんと目が合った。
すると。
なんと、施設長さんは泣き出した。
尊いものでも見るかのように、手を合わせて拝み始めたのだった。
「ああ、聖者様!なんという!あなたというお方は!奴隷の仕事である洗足をなさるなんて!自らへりくだって、しもべの姿となられることで身を持って、日頃の己の傲慢さや他者への傲岸不遜ぶりに対する気づきを、私たちに与えてくださるなんて!」
え。
そうなん?
聖者様は、にこにこしながら、私の足を撫で回していた。
足首から先や、百歩譲ってふくらはぎあたりならば、汚れてるからまだわかるが。
膝上や、太腿には、そんな丁寧に洗うような汚れてる箇所はないはずだ!
うわ、こいつ、絶対、太腿触りたいだけじゃねぇか!
手を伸ばすな!
蹴飛ばすぞぉ!
「ああ、なんということでしょう、さすがは聖者様です!自らがひざまずき、しもべの洗足をなさることで、大いなる愛とへりくだりと、立場によらない平等精神を示しお教えになられているのですね!」
いや、ただ単に、太腿触りたいだけでは。
施設長さんは、そうしてしばらく拝み続けていたが。
感極まって嗚咽や涙や鼻水が止まらないらしく、そのまま顔を洗いに洗面室に駆け込んで行かれた。
は、はあ、一難去った。
やれやれ。
蹴飛ばすふりをして威嚇を見せて、私は、ようやく足を解放された。
あー、まったく、やれやれだぜ。
ん?待てよ?
あれ、もしかして。
そういえば、聖者様のもうひとつの不思議な能力。
前に、顔を触られた時、色々な不調が解消されたり肌艶がよくなったりとかしたことがあったんだよなぁ。
その時は、人体の構造や血流、ツボを理解し把握した上での、知識と技術だと結論づけたんだが。
ふと、自分の足を眺めてみる。
うわ、かかとが。
私のガッサガサな、ゴッワゴワでザッラザラのかかとが。
ツルツルなめらか剥き卵のような、艶やかさになってるぅ。
なんだこれ角質どこいった。ピーリングするな。
ついでに、巻き爪も外反母趾も、心なしか、ましになってるような気までしてきた。
浮腫んでパンパンだった、ふくらはぎも、すんなりスッキリしてる気もする。
足首も引き締まって見える。
えー、こ、これが、私の足。
す、すげぇな、やっぱり。
聖者様パワー、おそるべし。
私は前回と同じく、ツルツルになったかかとに感激したり見惚れたりするよりも前に、やはり気味の悪さが強く先行しゾッとしてしまうのだった。
様々な不調が解消され奇蹟を見たとしてもだ。手放しではとても喜べない。そのパワーの出所や由来が気になってしょうがない。
ま、まったく。
やれやれだぜ。
「フューリィ様……!」
グエンが、聖者様の名を口にしていた。
「フュ、フューリィ様ぁ……!」
その名を、小さく、何度も呟いていた。
ああ、次はグエンの番だな。
そうだ、グエンの洗足も私がやるのか。
私は新入りで、一番の下っ端だし。私にとってグエンは、一応、兄弟子っていう目上の立場になるわけだしな。
まあ、グエンには世話になってるし、グエンは聖者様とはちがって、おかしな視線も送ってこないだろうからいいけどな。
そうして私は、グエンに椅子への着席を促そうとして近づいた。
すると。
見ると、グエンは、ふるふると小刻みに震えていた。
「お、俺だって!俺だって!フューリィ様に洗足してもらいたい!!」
そして叫び出す。
「どうして!どうして壽賀子だけ⁈」
うわあ。
「ひどい!フューリィ様、俺にはそんなのしてくれたことなかったじゃないですか!!」
グエンはやはり、聖者様の狂信的な信奉者なのであった……。
「グエンの足を触っても楽しくはないからなぁ」
「た、楽しい、楽しくないの問題なんですか⁈立場を超えた主従関係の絆や、従者への信頼度!部下にそこまで心を許しているかどうかの大切な証なのでは⁈それを、古くからの臣下であるこの俺を差し置いて、新入りの壽賀子にはすぐに、簡単に施すなんて!!」
「別に他意はないよぉ。グエンのことは、足は触りたくないけど、私の一番の部下だと思っているから……泣くなって……」
だ、だめだ、こいつら!
バカップルか⁈バカ主従か⁈
なんだこの世界観は⁈
もう私はさっさと退場してやるから、めでたく二人の世界作ってやがれ!!
勝手に二人きりでイチャイチャしとけー!!
私は呆れてその場を離れ、二人をそっとしておいた。
やれやれだぜ。
こうして長い洗足の儀を経て、私は、やっとのことで建物内に入室することができたのだった。
あー疲れた。
はぁぁ、とりあえず、用意してもらった私の部屋で、荷ほどきしよう。
夕飯までの、このひととき。
腰紐緩めてラクな体制したり、ゴロゴロダラダラのんびり過ごすかー。
あー眠い。
そういや、夕食前の読経があったな。聞いてるだけとはいえ、お供で付き合わされるんだよなぁ。
やべえ居眠りしそう。
えーと、法具の準備とか、しなきゃなのか。
荷物の奥から数珠などを探したり、小物を散らばしゴソゴソする私。
と、そこへ。
施設の職員さんがお茶の用意ができたことを伝えに、わざわざ呼びにきてくれた。
お茶の時間を開催してくれるらしい。
おお、歓迎してくれるのか。
ありがてぇ。
私はお待たせしないよう、荷物の片付けもそこそこに、すぐさま呼ばれるままに広間へと降りていった。
こんなかんじで、宿泊施設の親切な職員さんたちには、たくさん世話になった。
温かいお茶や食事をご馳走になったり、湯に浸からせてもらったり、寝心地の良い寝具を敷いてもらったり。
私は、とても快適に過ごした。
そうして、施設での夜は更けていったのだった。
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━