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第五話 お役人と模範囚②

第五話 お役人と模範囚②


━━━━━━━━━━━━━━


 港から、山間部のほうにしばらく歩くと、教団の施設である宿舎があった。

 夕方近くになってから、ようやく門を抜け、その建物の玄関口にやっとのことで到着する。


 玄関先では、姿勢を正したり、静かに品よく足音立てずに歩いたり、にこにこスマイルを崩さない絶やさないように口角上げ続けたりと、思いつく限りの優等生ムーブを決め込んで、とにかく品行方正に努めた。


「こちらの島では、現地ならではの個性に溢れた建物で過ごせたり、とても珍しい食材が振る舞われたお食事がいただけるのですもの!本当にありがたいことですわ!施設の職員の方々にも感謝ですわ!」

 良い点を見つけて探して褒めて感謝する!

 これぞ模範囚の言動!


「さあ、警護兵団のみなさまもお疲れでしょう!外套やお履き物の手入れは私が済ませておきますわ!先に上がってくつろいでらして!」

 玄関先での世話係。

 私は、これまでほとんどしたことがなかった旅仲間への配慮や雑役を、積極的にこなした。

 慣れていないから時間がかかるし、少し手間取ったが……。

 

 どうよ刑務官スヴィ!


 これは好印象だろうよ!

 刑務官からの好感度もアップ!

 模範囚ポイント大量ゲットだろう!


 警護兵団のみんなを順番にねぎらった後、いよいよ最後は、刑務官スヴィドリガイリョフの番である。


「おつかれさまですぅぅ!船酔いなどしてらっしゃいませんん?今日は慣れないお船の旅など、みなさん大変でいらしたでしょうに、そのようなこと微塵も感じさせずに、一日背筋もしゃんとしていて、なんと凛としてらっしゃいますこと!さすが団員のみなさま、頼もしい限りですわぁ!」

 太鼓持ち要員に徹してやるぜ!

 オラ、加点しろぉ!ポイント入れろぉ!


 よしよし、これで模範囚ゲージも、メーターMAXまで振り切れてることだろう!

 スヴィドリガイリョフの外套と履き物を預かる際、ちらりと彼の顔色を窺ってみた。


 すると。

 彼はいつもの仏頂面のまま、ぴくりとも表情を動かさず、ほころばそうともしなかった。


 ええっ!!

 な、なぜだ!

 何が気に入らない⁈

 何が足りない⁈


「どうした壽賀子、もしかして緊張してるのか?」

 グエンが話しかけてきた。


「大陸とは勝手がちがうところがあるからね、でも大丈夫だよ、壽賀子さん。いつも通りの君でいいんだよ」

 聖者様も、話に入ってくる。

 ん?なに?


「この島は、教団の戒律を厳しく守ることで有名だしね。なかなか気が抜けないし、おっかないだろうと思うけど、私がそばについているからね、壽賀子さん」

 厳しいって……。

 そ、そうだったのか。


 まあ、今の私の状況に、おあつらえ向きとも言える。

 じゃあ、この調子で模範囚ポイント頑張って稼ぐかぁー。


 と、意気込んだ、その時だった。


「なんたることです!聖者様御一行ともあろう方々が!」

 激昂している金切り声が響いた。


 おお、いかにもな、お説教!お小言!ってかんじのニュアンス。

 わあ、苦手ぇ。

 その声の主は、施設の職員たちを取り仕切る管理職の女性だった。

 施設長さんらしい。


「洗足の儀はどうされました!ああ、警護の方々はもう奥へ行ってしまわれているではないですか!まさか、いつもこのような過ごされ方なのですか⁈ああ、ありえません!」


 せ、洗足の儀?

 あー、足を洗うってこと?


 儀まではいかんけど、衛生面で問題ない程度には、各自でそれぞれ綺麗にしてから室内に入ってるから大丈夫だぞ。

 そういや何回か、グエンが聖者様に、ちゃんと儀式的に洗足してるのも見たことあるけども。

 ふだんは時間もかかるし、まどろっこしいからなぁ。

 そんなん効率化簡略化合理化の一途で、省略しとったわ。


「そこのあなた!あなたです!聖者様の供の者でしょうに!洗足の儀もせずに聖者様よりも先に入室しようとなされましたね!警護兵の者どものことは大目に見て黙認するのも仕方ありませんが、おそば仕えの供の者のあなたの無礼は見逃せませんよ!」

 わ、わああ。

 私は、めっちゃ怒られた。


 そうだった。

 ここは厳しいとこだったな。ちゃんとしないと怒られるのか。

 しゃーない。

 供の者の私が、聖者様の足を洗えばいいんだろう?


「壽賀子、無理すんな。俺がやるからいいよ。おまえ、儀の細かい作法とか覚えてないだろ」

 おお、ありがとー。

 グエンはそう言って、私をかばってくれようとしたのだが……。


「作法を覚えてないですって⁈聖者様のおそば仕えの供ともあろう者が⁈」

 ひ、ひいい。

 よけい、火に油を注ぐ形になってるぅ。


 ここはおとなしく、説教きいたほうが丸くおさまるかも。

「壽賀子さんが洗ってくれるのなら、私も嬉しいよ。じゃあね、今から手順や作法をちゃんと教えるから、これから覚えていけばいいんだよ」

 にこにことした笑顔を浮かべて、聖者様がとりなした。

「すみません施設長さん、彼女は最近私のそばについたばかりで勉強不足でして。無作法をお許しください」


「ま、まあ、聖者様がそうおっしゃるのであれば……」

 咳払いをして、機嫌を直そうとする施設長さん。

 おーおー。

 聖者様の笑顔による、例の特殊スキル、人誑(ひとたら)しが発動しとるなぁ。

 施設長さん、デレデレじゃねぇか。


 こうして、なんとか、施設長さんのそれ以上の雷は免れた私だったが。

 だがしかし、洗足の儀。


 椅子に腰掛けた聖者様の前面に、私は真正面からひざまづいた。

 私の目の前には、聖者様の下肢があった。

 目線の先には膝頭が向いている。


 う、うう。

 なんてシュールな光景なんだ。

 他人の足を洗うために、ひざまづくとか。

 洗われてるほうだって、自分でやったほうが早いし、気を遣わなくていいだろうよ。

 気まずいじゃねえかよ、なんか恥ずかしいだろ、自分の汚れてるとこ見られたり触られたりとか。


 足の甲。かかと。指の股。土踏まず。腓腹筋。こむら。大腿骨。膝窩。ヒラメ筋。踵骨隆起。ふくらはぎ。足の腱。足指の爪。

 芸術品のように均整のとれた、見事な足関節の底屈、膝関節の屈曲。

 土や泥で汚れてはいても、そこはやはり、聖者様の足であった。

 足においても、やはりちゃんと、得体の知れないオーラとまばゆい美しさがあるのだった。

 

 あーあ。

 やれやれだぜ。

 裸足やサンダルタイプの履き物で俗世を歩いた修行僧が、一日の終わりに砂埃で汚れた泥足を洗ったんだよな。洗って、そうしてやっとお堂に上がれる、俗世から戻れるというやつ。

 それで、俗世や悪行から洗い清められる、離れられる、という、足を洗うの語源になったんだっけ。


 えーと、上着を脱いで、手ぬぐいをとって腰に巻いてー。

 水をたらいに入れて、右足を取ってー水差しで水をかけてー足を洗ったら、腰に巻いた手ぬぐいで拭いてやればいいんだろ。

 フットケアとか足ツボマッサージとかしてやったらいいんだろ。


 そうして私が手順を思い出しながら、なんとか一通りのことを終えようとしていると、

「壽賀子さん」

 聖者様が、私を呼んだ。

「なに?」

「……ふふふ」


 私は顔を上げた。

 返事をして見上げると、まっすぐに私の姿を見下ろす聖者様と、目が合った。

「なに⁈」

「ふふ、呼んでみただけ……」


 その目線、視線の意味に、やっと気づいた。

 胸元だ。

 真上から見下ろすと、ちょうど胸当ての隙間にできた肌が、のぞけるようになっている。


 ウワア。

 こんな見苦しいもの見てるなよ!


 ほんと物好きだなこいつ!


つづく!  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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